アジア経済
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Print ISSN : 0002-2942
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紹介:川名晋史編著『共振する国際政治学と地域研究――基地,紛争,秩序――』
勁草書房 2019年 ⅴ + 285ページ
鈴木 早苗
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2019 年 60 巻 4 号 p. 80

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本書は国際政治学と地域研究それぞれの利点を生かして協働のあり方を探る論文集である。理論を構築,実証する場として地域をとらえる国際政治学を「トップダウン型」とし,フィールドワークから得られた知見を積みあげていく地域研究を「ボトムアップ型」として,それぞれのアプローチをいかに有効に組み合わせるかに取り組んでいる。本書は実証のための地域,目的としての地域理解,理論の再構築と地域という3部構成になっており,国際政治学・地域研究それぞれの立場から分析を試みている。

第1部は,国際政治学の理論を実証する場として地域をとらえる見方であり,米軍基地をめぐる接受国の国内政治メカニズムについて仮説を立て(第1章),デンマークのグリーンランドにある米軍基地を事例に実証する。グリーンランドの米軍基地をめぐる政治過程において,グリーンランド自治政府(地方政治主体)がデンマーク政府に及ぼす影響力を分析するため,デンマーク国内交渉(第2章),米国の認識変化(第3章),ロシアの北極圏政策(第4章)を取り上げている。第2章と3章に比べ,第4章は仮説と有機的につながっていない。代わりに,グリーンランド自治政府あるいはデンマーク政府の対ロシア認識をとらえる章があってもよかったのではないか。

第2部は,目的としての地域理解として,地域研究による事象の理解が国際政治学の視角で補足されることで,より深い地域理解をめざす。タイ南部のイスラム教徒の独立運動に端を発した国内紛争「パタニ紛争」がなぜ国際問題化しないのかについて,フィールドワークに基づく紛争当事者からの視点(第5章),米タイ同盟の歴史(第6章),中国とタイの歴史(第7章)という3つの側面から総合的に回答を得ようとしている。ただし,パタニ紛争が国際問題化しない理由・背景を分析するうえで,第7章はマクロな分析になりすぎている。

第3部は,国際政治学の既存の理論を再構築するための地域としてトルコをとりあげる。「地域安全保障複合体」(RSC)の理論が地域内の安全保障に主眼を置き,隣接する地域との関係を詳細に論じてこなかった点に着目し,同理論の再構築を試みている。トルコは欧州地域と中東地域に挟まれた位置づけにあることから,RSCではこの2つの地域を断絶させる「絶縁体国家」とされる。第3部は,トルコの政治・外交政策(第8章)とEUからみたトルコ(第9章)という視点から絶縁体国家の概念の再検討を説く。また,トルコを絶縁体国家ならしめている背景として,中東地域における米国の覇権(第10章)という要素にも注目する。第8章と9章が,絶縁体国家の概念を批判的にとらえ,説得的な議論を展開する一方で,第10章は,RSC理論の再構築という目的は共有するものの,大衆(ミクロ)の認識を取り込むべきという別の視点からの主張になっており,第3部全体としてまとまりに欠ける印象を受けた。また,RSC理論の再構築をめざすのであれば,既存概念を批判的にとらえるだけでなく,どのような条件下であれば分析概念として有効になりうるかなどの議論を展開すべきであった。

本書は国際政治学・地域研究それぞれの立場から複数の研究者が同じ事象を分析するという点で注目すべき取り組みといえる。一方,国際政治学と地域研究のアプローチがどこまで異なるのかという疑問も生じた。国際政治学の立場から,地域研究が採用してきたフィールドワークを実施する場合もあるし,事例に関して細部まで知見を深める場合も多い。また,地域研究的な立場といいつつ,国家間関係などシステムレベルの視点に配慮する研究もある。一研究者ではなしえない奥行きのある分析をめざすという本書の目的は,国際政治学・地域研究という区別よりも,国家,組織,個人といった分析レベルのすみわけをすることでも達成できるのではないか。

 
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