アジア経済
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論文
チュニジア南部タタウィーン地域における女性の出生行動の変化――2事例村の調査結果――
岩崎 えり奈
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2020 年 61 巻 1 号 p. 35-67

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《要約》

本稿では,チュニジア南部タタウィーン県の村において実施した家族計画実態調査の追跡調査を用いて,過去20年間における同地域の女性の出生行動をミクロな視点から分析した。その結果,同地域における出生率の低下と女性の出生行動に関して,晩婚化による晩産化と,家族計画・避妊手段の普及を直接的な要因として女性の出生数が低下したこと,娘世代が20代前半で結婚し,第1子を結婚後1年以内に産む点は母親世代と同じだが,第1子出産後に間隔をあけて子どもを産む傾向があること,理想子ども数を4人とする家族規模に関する価値観は20年の歳月がたっても変わらなかったことが明らかになった。以上の分析結果は,出生率の低下が一般に想定される近代的な家族観への変容によってもたらされたのではないことを示している。社会経済状況への女性と世帯の対応が「晩婚化」と「晩産化」,観念的には折衷の理想子ども数4人であり,間隔をあけて子どもを産む出生行動を導いていると考えられる。

Abstract

Middle Eastern countries have been undergoing a decline in fertility since the 1990s. In Tunisia, the fertility rate dropped close to the demographic transition level, even in rural areas. This article examines the factors contributing to fertility decline in rural Tunisia, based on data from questionnaire surveys conducted in 1997 and 2016. Because the same households were surveyed 20 years apart, change in fertility and reasons for this change could be analyzed at the micro-level.

Results of the analysis confirmed that fertility declined between 1997 and 2016 in the villages studied. (1) Direct causes were postponing marriage later until in life (which was due mainly to time spent pursuing higher education and the difficulty men faced seeking employment) and the prevalence of family planning. (2) Although the women in 2016 exhibited the same preference as in 1997 for giving birth to their first child within 1 year of marriage, they preferred greater spacing for subsequent births in 2016, which reflects a change in their attitude toward quality of life. Notably, their ideal number of children did not change. The preference for a large family persisted, reflecting the actual socioeconomic role of family in the study villages.

These results led us to conclude that the fertility decline in the region was not caused by the so-called ‘modernization’ of the family. Marriage and family continue to play important roles in the region’s society, and this seems unlikely to change. In such a society, the demographic reaction of households to socioeconomic conditions is to delay marriage.

 はじめに

Ⅰ チュニジアにおける出生動向とタタウィーン県の位置づけ

Ⅱ 調査方法と調査地の概要

Ⅲ 調査村における婚姻行動の変化

Ⅳ 調査村における出生行動の変化

Ⅴ 調査村における子ども数についての考え方

 おわりに

はじめに

1. 中東地域とチュニジアにおける出生率の動向

周知のように,「人口転換」モデルは多産多死から少産少死への出生率の変化を説明する理論であり,①高出生率・高死亡率(多産多死),②死亡率の先行低下,③出生率の追随低下の段階をへて,④低出生率・低死亡率(少産少死)の段階に到達するとされる。このモデルに照らして中東諸国の人口動態の特徴を述べるならば,②死亡率の先行低下が20世紀初頭から開始したにもかかわらず,③出生率の追随低下のペースが遅かったことが指摘されてきた[Fargues 2000]。しかし,中東諸国でもようやく1980年代に出生率低下のペースが速まり,「1975~2005年のあいだに,一世代のうちに出生率は女性1人当たり7.5から3.6にまで半減した」とされる[Courbage and Todd 2007, 65]。近年の合計特殊出生率(女性が生涯に産む子ども数の推計値)がチュニジアでは横ばい,アルジェリアやエジプトでは上昇傾向に転じていることを指摘する研究もあるが,中東の社会が少子化に向かっていると考えて差し支えないだろう[Ouadah-Bedidi, Vallin and Bouchoucha 2012]。

むろん,一国全体では出生率が低下したものの,国内では地域格差が存在するのも確かである。チュニジアはトルコやイランとならんで出生率の低下が目覚ましかった国だが,地域別にみると,1980年代まで,首都チュニスなどの主要都市を擁する沿岸都市部で出生率の低下が進んだ一方で,内陸部では高い出生率が観察された。しかし,1990年代以降,内陸部でも出生率は大幅に低下している。実際,1994年まで合計特殊出生率がチュニジア国内でもっとも高かった南東部のタタウィーン県と中西部のカスリーン県では,1994年にそれぞれ4.1と4.3であった合計特殊出生率は2014年に2.3と2.6になった[INS 2015, 29]。その結果,首都のチュニス県との差が縮小し,沿岸都市部と内陸部,都市と農村間で出生率の違いはなくなりつつある。

2. 中東地域の出生力動態に関する先行研究

中東地域に関する人口学的研究は数多くある。その多くは,中東地域における出生率低下の直接的な要因として学校教育の普及にともなう晩婚化と家族計画の普及を重視してきた。すなわち,女子教育の普及が高い出生力の大きな要因とされてきたアラブ社会特有の慣行であった早婚を遅らせ,晩婚化と晩産化による出生率の低下をもたらしたと考えられている[Courbage 2014; Fargues 1988; 2000]。他方,国家の積極的なキャンペーンによって家族計画に対する知識と認識が高まり,避妊手段の普及が既婚女性の出産数を抑えてきたことは多くの研究で指摘されている[Charmes 1981/1982; Gastineau 2005; Ouadah-Bedidi, Vallin and Bouchoucha 2012; Sandron and Gastineau 2002a; Vallin 1971]。

そして,出生率の低下,婚姻年齢の上昇と家族計画の普及はいずれも都市の高学歴層ではじまったことから,女子教育の普及に象徴される都市化や工業化,学歴社会の浸透,所得上昇,女性の社会進出と地位向上などさまざまな社会的,経済的な発展,一言でいえば「近代化」にともなう現象として出生率の低下はとらえられてきた[Bousnina 2015]。それはいずれ農村や低学歴層にも波及すると考えられてきたが,実際にそのとおりになりつつあることは先に述べたとおりである。

しかし,近年の中東の人口動態に関する研究では,地域によって結婚や家族のあり方,社会経済構造が異なるので,出生動態は多様な道筋をたどることが指摘されている[Sajoux 2012; Cosio-Zavala 2012]。また,地中海周辺諸国の出生力動態を学歴別に分析したLévêque[2017]は,高学歴女性の出生率が地中海南岸諸国においても低下したものの,その低下の速度が国によって異なることを明らかにしている。

さらに,従来の出生力動態の研究は人口センサス等のマクロ統計に依拠した研究に限られてきたが,近年,国内の地域レベルでの出生力動態の研究がなされるようになり,経済社会の成熟化をともなわないで出生力が低下した地域があることも報告されている。たとえば,出生率の国内地域間格差に注目したSajoux and Chahoua[2012]はモロッコ国内の各地域の合計特殊出生率を推計し,その値が農村部や貧困地域においても人口置換水準に近づきつつあること,しかしながら発展の指標となる識字率や人間開発指数との相関関係が地域によって異なることを明らかにしている。そして,識字率の向上がみられないにもかかわらず出生率が急速に低下した理由として,フランスへの移民を送り出している地域ではフランスの家族規範が「伝播」したこと,貧困地域では出生率の低下が経済困窮に対する生活防衛であることを推察している。チュニジアの中西部の貧困地域を対象にしたGastineau[2005; 2012]も同様に,同地域における出生率の低下が「人口転換」論が想定する「近代化」にともなう現象でなく,生活防衛であると指摘している。

このように,出生力動態は地域の社会経済構造や文化によって異なることが考えられ,その解明のためには,ミクロな視点から地域社会レベルで女性の出生行動を分析する必要がある。出生力動態は社会経済的な変化に対する女性と世帯の反応をあらわすものと考えられるが,それぞれの地域性においてその反応は異なると考えられるからである。

さて,ミクロな視点から出生力動態を分析する際に議論の焦点になるのは,家族に関する価値規範に関してであろう。中東地域の場合,家父長的な家族構造,「拡大家族」が高出生率の要因として考えられてきたため,出生率低下を説明する際にも,そのような伝統的な集団的統制・価値規範の弛緩と「近代家族」への変容が出生率低下の前提条件として進行したかのように認識されてきたからである[Fargues 1988; 2005; Sandron 1998(注1)。この傾向は,1994年のカイロ人口開発会議を契機に家庭内外のジェンダー関係と出生力の関係に注目が集まった際もみられた[Obermeyer 1995]。とくに女性の地位向上が積極的に政策的に推進されてきたチュニジアでは,出生力動態を家族構造の変化と女性の地位向上に結びつけて論じる研究が多い。

しかしながら,社会学や人類学の研究によれば,拡大家族から核家族への移行が実態として存在してこなかったことは明らかである。中東社会の家族がネットワーク的な性格をもつことは多くの研究によって指摘されている。本稿の研究対象地であるチュニジア南部のタタウィーン地域についても,Projet IREP[1994]岩崎[1996; 2005],Iwasaki[2006]が当該地域の家族を個人が動員しうる資源となる家族ネットワークとしてとらえる必要性を指摘した。当該地域では,フランスや国内都市への出稼ぎという文脈において,出稼ぎと夫の不在を支える機能を状況可変的に果たす組織として家族は理解される。

3. 問題関心と目的

それでは家族が柔軟性をもち,また社会経済的な役割を果たす社会において,出生率の低下はどのようなプロセスをたどるのだろうか。かかる問題関心にもとづき,本稿は,チュニジア南部タタウィーン地域を事例に,ミクロな視点から出生力動態を明らかにすることを目的とする。具体的には,第1に,女性の出生行動パターンの変化が実際に起きているのかどうかを検証し,第2に,女性の出生行動パターンの変化の要因を①婚姻,②避妊,③家族規模に関する考え方の3点において分析する。

タタウィーン県は,1990年代までチュニジア国内で出生率がもっとも高く,日本の国際協力機構(JICA)が家族人口公団(Office National de la Famille et de la Population)をカウンターパートとして実施した「チュニジア人口教育促進プロジェクト」(1993~1999年)のパイロット地域に指定された。筆者は,このプロジェクトの活動の一環として1997年に家族計画実態調査を実施した[岩崎 1997a; 1997b]。さらに,2016年にその追跡調査を行った。本稿が依拠するのは,この1997年家族計画実態調査と2016年追跡調査から得られたデータである。出生力の変化を分析するためには,女性が産んだ子ども数,婚姻年齢や理想の子ども数などの質的な情報を含めた総合的な情報が時系列で必要である(注2)。2016年追跡調査はそのような情報を収集するために実施された。1997年と2016年の調査データを比較することによって,1997年から20年後の出生行動の変化を明らかにすることが可能である。

本稿は,以下のように構成される。まず第Ⅰ節でチュニジアにおける出生動向を地方の動向に留意しつつサーベイし,第Ⅱ節で調査方法と調査地の概要を述べる。そのうえで,第Ⅲ節において調査地における婚姻行動の変化を,第Ⅳ節において出生行動の変化を検証し,最後に第Ⅴ節において家族規模に関する考え方を扱う。

Ⅰ チュニジアにおける出生動向とタタウィーン県の位置づけ

1. 合計特殊出生率の推移

出生動向は,通常,合計特殊出生率で把握される。それは再生産年齢(15~49歳)の女性の出産数を年齢階層別に算出し合計することで得られ,1人の女性が生涯に産む子どもの数を示す指標としてしばしば用いられている。

この合計特殊出生率でみると,「はじめに」で述べたように,チュニジア全体では1960年代から出生率の低下が急速に進んだ。1966年に7.2であった合計特殊出生率は2004年には2.0に下がり,人口置換水準の2.07に達したと認識されている[INS 2015, 19](表1)。

表1 チュニジアとタタウィーン県における人口と出生率の推移

(出所)人口センサス各年版,統計年鑑各年版[IRD and ONFP 1989, 67]。

(注1)1975年と1984年の合計特殊出生率と避妊実施率は1978年,1988年の数値。

(注2)2004年と2014年の避妊実施率は2006年と2012年の数値。

地域別にみると,出生率低下のペースに差が観察される。南部,なかでもタタウィーン県が出生率のもっとも高かった県であったことは「はじめに」で述べたとおりである。しかし1990年代後半以降,地方においても急速に出生率は低下した。その結果,2000年代に入り,地方の合計特殊出生率は首都チュニスなどの沿岸都市部とほぼ同じ水準になった。タタウィーン県においても,2000年代に合計特殊出生率は2に下がった。2014年における同県の合計特殊出生率は2.3に若干上昇したものの,人口置換水準にほぼ達し,安定化している。

2. 出生率低下の直接的要因

  • (1)   家族計画の普及

多くの途上国と同様に中東諸国では,人口増加が経済発展の妨げになると考えられたことから,国連や米国援助庁の技術・資金援助の下で,1960年代から1970年代にかけて家族計画プログラムが導入された。チュニジアでは,一部の宗教指導者の反発があったものの,エジプトとならんで中東諸国のなかでもっとも早く,1964年に家族計画プログラムが導入され,避妊手段提供による直接的な出生力抑制と家族計画の考え方の普及による間接的な出生抑制を政府が積極的に推進してきた(注3)。1970年代には,家族計画プログラムが全国のベーシック・ヘルスセンターや母子保健センターで実施され,内陸部や農村部でも家族計画サービスが入手可能になった。

以後,とりわけ1970年代から1980年代にかけて家族計画は目覚ましく普及した。家族計画の指標となる避妊の実施率をみると,全国で15~49歳の女性のなかでなんらかの避妊を実施したことがある女性の割合は1978年において31.4パーセントに過ぎなかったが,1994年には59.7パーセントに上昇した(表1参照)。1990年代後半以降の避妊実施率は60パーセント程度で横ばいであり,家族計画はそれを必要とする女性に行き届いていると考えられる[INS website]。

地方においても家族計画の普及は目覚ましく,2000年代初頭にはチュニジアの農村,地方においても家族計画が普及したと認識されている。都市・農村別にみると,農村部における避妊の実施率(2001年)は58.1パーセントであり,都市(64.9パーセント)とくらべると実施率は低いが,農村部においても避妊手段が普及していることがわかる[INS website(注4)。1990年代に家族計画と避妊手段の普及活動が積極的に農村や地方において展開されたおかげであろう。県別の避妊実施率の推計がなされなくなったために地方における実態は明らかではないが,タタウィーン県でも避妊実施率は60パーセントに達したといわれている(注5)

  • (2)   婚姻年齢の上昇

婚外出生がほとんどない社会では,出生率は結婚している女性(夫婦)の出生率(有配偶出生率)とならんで,女性の年齢別有配偶率(女性の結婚の年齢パターン)を直接要因として決定される。

そこで結婚年齢に注目すると,女性の平均初婚年齢は過去50年間に大きく上昇した。チュニジアでは,人口センサスの年齢別未婚者割合から算出される未婚率の減少パターンでもって推計される静態平均初婚年齢(singulate mean age at marriage)か,年齢階層別の婚姻届件数から,平均初婚年齢は推計される(注6)。どちらのデータを用いるかで平均年齢の推計値は異なるが,1960年代から現在まで一貫して平均初婚年齢が上昇してきたことは両データに共通して観察される。人口センサスから推計される静態平均初婚年齢を例にすると,1966年の21歳から2014年には28歳に上昇した[Vallin 1971, 252; INS 2016a, 28(注7)

地域別の平均初婚年齢の推計はOuadah-Bedidi, Vallin and Bouchoucha[2016]が行っている。その推計結果によると,タタウィーン県の平均初婚年齢は全国でもっとも低く,1984年にチュニス25.8歳に対して20.8歳であった。ところが,学校教育の普及にともない,1990年代にタタウィーン県をはじめ地方や農村においても平均初婚年齢が上昇した。タタウィーン県の場合,女性の平均初婚年齢は1994年にチュニス28.0歳に対して24.4歳,2004年にチュニス29.6歳に対して28.9歳に上昇した。アラブ社会における女性の婚姻の特徴として早婚がよく指摘されてきたが,それはチュニジアでは農村・内陸部においてさえもみられなくなったといえよう。

しかし婚姻年齢は飛躍的に上昇しているとはいえ,これは日本や欧米諸国のように非婚者の増加を意味するわけではない。結婚は現在もチュニジア人女性にとって大きな価値をもっている。実際,人口センサスにおける45歳以上の女性における未婚者の比率を指標とすると,その比率は2014年で10パーセント以下であり,生涯を未婚で過ごす女性は少ない[INS 2016a, 43(注8)

3. 完結出生児数の地域別推移

カップルの本質的な出生動向を把握するには,完結出生児数という別の指数がある。合計特殊出生率は,ある年齢層の女性全員を母集団にしている。つまり,未婚女性も含んでいるので,合計特殊出生率の増減は女性が産む子どもの数(出生力)だけでなく,婚外子が稀な社会においては女性が結婚するかどうか,あるいはどのタイミングで結婚するか(晩婚化)によって大きく左右される。また,夫婦の子どもの生み方(ペース)が複数年次にわたって変化している場合があり,短期的な変動の影響を受けやすい。

これに対して,完結出生児数は女性が生涯に産む最終的な平均出生数である。チュニジアの2014年人口センサスにおいては,45~49歳の既婚または結婚経験者(離婚・死別)の女性が産んだ子ども数と定義される。「完結時」の女性がもつ子ども数を対象にしているので,本節第2項で述べた家族計画の普及や学校教育の普及による婚姻年齢の上昇という外的な要因を排除して,子どもをもつことに対する女性とその夫の基本的な行動を描き出す。その点で,完結出生児数は子どもや家族に対する価値観をよりよく反映した指標と考えられる。

さて,チュニジア全体では,完結出生児数は1975年に7.2人であったが,1984年に6.8人,1994年に5.6人,2004年に4.4人,そして2014年に3.4人へと低下している。県別の推移については,2004年と2014年しか入手可能な統計がないが,地域的な違いがみてとれる(表2)。中西部,南西部,南東部などの内陸部・南部における出生児数の低下は早いペースで進んだが,それでもチュニスや北東部などの地中海沿岸の北部と対照的である。なかでも,タタウィーン県はチュニジアのなかで完結出生児数がもっとも多い県であり,もっとも低いチュニスと2人の差がある。

表2 チュニジアの地方・県別完結出生児数(2004年,2014年)と貧困率(2015年),10歳以上非識字率(2014年)

(出所)2014年人口センサス[INS 2016a, 34; 2017, 19; 2015b, 12

(注1)完結出生児数は,45~49歳の女性の平均生存子ども数。

(注2)貧困率は,上位貧困線を基準にした貧困率。

貧困率(2015年)と10歳以上非識字率(2014年)を指標に地域の社会経済的な特徴をあわせてみると,出生力動態における地域的な違いは社会的,経済的な発展度と単純な因果関係にあるのではなく,文化的な要素を含めた地域構造の文脈において理解する必要があることがわかる。出生率がもっとも低いチュニス,北東部,中東部は沿岸都市部であり,発展している地域である。「アラブの春」の発祥地となった中西部はもっとも発展が遅れている地域であり,完結出生児数も比較的多い。これに対して,北西部は昔からチュニスへの国内出稼ぎ・移住が多い貧困地域として知られているが,完結出生児数が少ない[Sandron 2002b]。タタウィーンを含む南東部はフランスへの移民や国内への出稼ぎで知られる地域であり,貧しい地域ではない。文化的な特徴について付け加えておくと,タタウィーン地域は2011年の革命後のイスラーム政党「ナフダ」の支持基盤であり,保守的な文化傾向で知られる[岩崎 2015]。

Ⅱ 調査方法と調査地の概要

1. 調査方法とサンプルの特徴

  • (1)    調査方法

タタウィーン県は,「はじめに」に述べたように1990年代までチュニジア国内で出生率がもっとも高く,日本の国際協力機構(JICA)が家族人口公団をカウンターパートとして実施した「チュニジア人口教育促進プロジェクト」(1993~1999年)のパイロット地域に指定された県であった。このプロジェクトはIEC(Information, Education, Communicationの略。情報普及・啓蒙)に主眼をおき,家族計画に関する啓蒙教材(ビデオ番組,印刷媒体)の制作をおもな内容としたもので,筆者はこのプロジェクトに1997年にIEC専門家として参加し,パイロット地域における家族計画実態調査(以後,1997年調査)を担当した[岩崎 1997a; Iwasaki 1997参照]。

1997年調査は,タタウィーン県において家族計画が普及しない理由を明らかにすることを目的とし,フェルシュ(Fersh)村とその隣りのトラーレト(Tlālet)村において,質問紙による面接調査方法で行われた。この調査は家族計画に関する態度調査であったことから,調査対象者は既婚の再生産年齢(15~49歳)の既婚女性とその配偶者に絞られた。調査の結果,該当する女性338人とその同居男性配偶者223人からの個人調査票と,その属する世帯に関する405の世帯調査票が回収された[岩崎 1997b, 97-98]。

本稿が依拠するのは,1997年に実施されたこの家族計画実態調査の追跡調査として,2015/2016年にかけて行った調査(以後,2016年追跡調査)により得られたミクロデータである。本調査は,チュニジア家族人口公団タタウィーン県支部の協力を得て,上記の家族計画実態調査が実施された1997年からほぼ20年がたった現在,どのように女性の出生・避妊行動が変化したのかを明らかにする目的で実施された(注9)

2016年追跡調査の特色は,1997年と同じ村で同じ質問票を用い,同じ調査対象者を対象に実施したことにある。質問票は1997年と同じで,世帯・男性調査票,女性調査票の2つからなる(注10)。世帯・男性調査票を男性調査員,女性調査票を女性調査員が担当し,2015年8月と11~12月,2016年8~11月に実施した(注11)

また,補足調査として,質的な情報を得るための聞き取り調査を2016年のアンケート調査時と2017年8月と11月,2018年3月と8月,2019年4月に実施したほか,2019年7月にフォーカスグループを実施した(注12)

2016年追跡調査では,亡くなっているか高齢であるために調査できないケースのほか,みつけることができなかった世帯は半分近くに上った(注13)。女性本人が不在,またはインタビューが不可能な場合もあり,その場合は1997年調査時の女性の娘か息子の妻を調査対象とした。その結果,得られたサンプル数は表3のとおりである。1997年調査時と同じ女性はサンプルの半数を占める。

表3 2016年追跡調査のサンプル数

(出所)2016年追跡調査データ。

  • (2)   サンプルの特徴

先に述べたように,1997年調査は再生産年齢(15~49歳)の既婚女性を対象とし,2016年調査はその追跡調査として実施した。そのため,2016年追跡調査サンプルは1997年調査のサンプル女性よりも年齢が高い(表4(注14)。また,20年の歳月がたっているので,2016年には離婚や夫との死別を経験した女性もいる。2016年の女性サンプル314人中の大半の女性は既婚者であるが,3人が寡婦,10人が離婚経験者である。

表4 調査対象女性の年齢

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

(注1)1997年の45~54歳には55歳の年齢1人を含む。

(注2)2016年の調査女性344人中の30人は年齢情報が欠損・異常値であったため除外した。

なお,チュニジア農村部やタタウィーン県農村部とくらべて,調査村の年齢構成は20~40歳代の年齢層が多い特徴をもつ(注15)。これも,本調査が再生産年齢の既婚女性の追跡調査であったことに起因すると考えられる。

2016年追跡調査サンプルの半数は1997年調査の対象者であり,その多く(表5の「本人」)は40~60歳の年齢層である。これに対して,その娘や息子の妻,新規女性ならびにその息子の妻サンプルは40歳以下である。世代的には,40~60歳までの年齢層が1997年調査時の対象者であり,40歳以下の年齢層が1997年調査対象者の娘世代である。前者は1970年代半ば以前の生まれで出生率低下以前の時期,後者は1970年代半ば以降の生まれで出生率が急速に低下した時期に再生産年齢を迎えていた世代である。

表5 2016年追跡調査サンプルの年齢層と世代

(出所)2016年追跡調査データ。

なお,以下では,出生動向に関してほぼ同じであるので,紙面の都合上,両村の合計を集計した結果のみをに掲載する。

表6 調査村とタタウィーン県の人口推移(1994~2014年)

(出所)人口センサス各年版。

2. 調査地の概要

  • (1)   人口の推移

調査村は隣り合うトラーレト村とフェルシュ村の2つであり,県庁所在地のタタウィーン市部とゴムラッセン市部とを結ぶ県道の中間地点,両市から12キロメートル離れたところに位置する。

1994年のセンサスによれば両村の世帯数はトラーレト村321世帯,フェルシュ村261世帯,人口はトラーレト村1825人,フェルシュ村は1516人であった。全体的に2014年の人口は増えておらず,むしろ1994年の時点よりも若干減少している(表6)。タタウィーン県に限らずチュニジア農村部に全般的にみられる傾向だが,これは農村から近郊都市のタタウィーン市やゴムラッセン市,地中海沿岸都市部のチュニスやスファクスなどへの人口流出によると考えられる。人口の男女比に示されるように,両村では男性が少ないことから,人口流出の一因は男性の流出つまり後述する出稼ぎにあると考えられる。

人口減少は,学校の現場でも観察される。聞き取りによれば,両村では小学校の学級数と1学級あたりの生徒数がここ10年ほどで減っているという。小学校教師のある女性によれば,トラーレト村では20年前に1年生のクラスが3つあったのが今は1クラスに減り,1クラスあたりの生徒数は40人前後から23人に減っている。同様の変化はフェルシュ村の小学校でも耳にした。

  • (2)   就業構造

タタウィーン市からゴムラッセン市にかけての一帯を含むタタウィーン地域は,リビア国境に近いジェッファーラ平原と,サハラ砂漠に続くダハラ高地に挟まれた標高200~300メートルの山岳部の谷間にある。そこに位置するおかげで,とくに平地にあるフェルシュ村では,乾燥気候でありながらも,農業が可能である。とはいっても,農業のみを生業とするには当該地域の土地生産性は高くない。

そのもっとも大きな理由は,水の稀少性にある。乾燥地帯に位置する当該地域は降雨がほとんどなく,地下水資源も限られている。農業にしても畜産にしても,市場向けに生産できるかどうかは水の確保にかかっているが,水を確保できている世帯は,農地を保有する1997年調査時の世帯全体の39.5パーセントしかなかった[岩崎 2005]。したがって,農外就業に生計を頼らざるを得ない。しかしながら,近郊には農業以外の就業機会を提供しうる都市は近くにはない。人口約9万人(2017年)[ODS 2018]のタタウィーン市が近郊にあるが,そこではタタウィーン県全体で32.9パーセントという全国でもっとも高い失業率(2018年)に示されるように,雇用機会が限られている(注16)。このような制約条件の下では,現金収入を得るため,住民は出稼ぎすることになる(注17)

出稼ぎの特徴は,村ごとに特定の職業が選ばれていることである[岩崎 1996]。調査村の場合,その職業はトラーレト村では豆売り,フェルシュ村ではフタイル(揚げ菓子)売りであり,おもな出稼ぎ先は国内の都市,なかでもチュニスであった。このような就業構造は1997年から20年後の2016年も変わりない。男性の3人に1人は出稼ぎを行っている。

就業構造に関して過去20年間で大きく変わった点は,働く女性の増加にある。1997年の時点では15~24歳の女性の2割が学生,それ以外の女性はほぼすべて「家庭内」,つまり家事や農作業や家畜の世話などの家族農業労働であり,農外就業する女性はいなかった[岩崎 2005]。これに対して,2016年の時点では,就業する女性は少ないものの,20代と30代の高卒や大卒の女性のなかで若干増えている(表7参照)。彼女たちの多くは学校の教師または公務員である。

表7 1997年と2016年の就業状況

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

(注1)就業状況は15歳以上の調査世帯員を対象にした。

(注2)失業率は労働力人口(就業者と失業者)に占める失業者の割合。

もう一つの就業構造の変化は,若年失業者の増加にある。失業問題は都市ほどには深刻ではないが,調査村においても顕在化してきた。このことは25~34歳の年齢層の男性を例にとると,1997年に5.2パーセントであった失業者の比率が2016年に10.9パーセントに上昇していることにみてとれる。女性の場合,「その他」に含まれる「家事」と回答する女性が多く,失業者の割合は10パーセントにとどまる。しかし,失業率にすると25~34歳の年齢層では50.9パーセントに上る。失業中の女性の71パーセントは大学程度の学歴をもつ20代から30代前半の女性であり,高学歴の女性が望む就職口がないことを示している。

  • (3)   教育水準の向上

就業ないし失業中の若い女性の増加,また次節で述べる婚姻年齢の上昇など,女性のおかれた状況は20年間で大きく変化したが,それは学校教育の普及と関係している。学校教育の普及は目覚ましく,表8に示されるように,1997年調査ではほとんどの女性が非就学者か小学校程度の教育水準であったのに対して,2016年追跡調査ではそうした低い教育水準は母親世代の40歳代以降に限られる。その娘世代の20代と30代の女性は中学か高校,大学程度の水準に教育水準が向上している。

表8 1997年と2016年追跡調査サンプルの年齢階層別教育水準

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

Ⅲ 調査村における婚姻行動の変化

本節では,出生力に大きな影響を与えると考えられる婚姻行動についてみよう。

1. 婚姻年齢

表9の婚姻年齢は,「現在の夫と何歳のときに結婚しましたか」という質問に対する回答を年齢階層別に集計した結果を示す。女性の既婚者のなかで再婚者はほぼ皆無であったので,この婚姻年齢を初婚年齢とみなすことができる。

表9 年齢階層別の平均婚姻年齢

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

(注)女性のなかで再婚者は2人を除いていなかったので,平均婚姻年齢は平均初婚年齢に等しいと考えてよい。一方,男性は50代後半以降に再婚した者が多いため,平均婚姻年齢が高くなっている。これらの再婚者を除外すれば男性の平均初婚年齢は表中の平均婚姻年齢よりも若干低いと考えられる。

1997年の時点では,44歳以下の年齢階層の女性は19歳か20歳で,45歳以上の女性は18歳以下で結婚することが多かった。これに対して,2016年には30代の年齢層において平均婚姻年齢が23~24歳に上昇している。表9に示されるように,男性の平均婚姻年齢は女性よりもさらに早いペースで上昇し,2016年の値は平均30歳である。

婚姻年齢を押し上げている主要な要因は第Ⅱ節第2項(3)で述べた教育水準の向上にある。1997年のサンプルにおける女性はその大半が非就学者か小学校卒であり,中学校以上の教育水準がほぼ皆無である。そこで,2016年に限って学歴別の婚姻年齢をみると,小学校程度の女性の平均婚姻年齢が18歳であるのに対して,大卒女性の平均婚姻年齢は25歳である(表10)。

表10 教育水準別の女性の平均婚姻年齢

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

もうひとつの要因は,就職難を背景にした男性の経済状況にあると考えられる。当該地域に限らず中東地域に一般的な傾向だが,結婚は親から独立した家を男性が用意してスタートする。20代後半のある女性は,(学業が終わってから)「すぐに結婚したかったが,夫が家や車が準備をするのを待っていたので遅くなった」という。別の40代の女性によれば,「結婚のタイミングを決めたのは夫。夫が仕事をみつけてお金を貯め,家を建てるまで待っていた」。男性の就職難の一方で,男性が家を用意できてから結婚するという世帯形成のあり方は変わっておらず,結婚を遅らせる要因になっていると考えられる。

2. 未婚者の増加

表11は,世帯調査票中の婚姻状況(未婚,既婚,寡婦,離婚,別居)をもとに年齢別の未婚者割合を算出し,1997年と2016年の未婚率を比較した結果を示す。

表11 調査世帯の年齢階層別未婚割合

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

若い年齢層に目を向けると,2016年の時点では20代後半と30代においても未婚者が増えている。1997年の時点では30代で未婚者は男女ともに5パーセントであったが,2016年の時点では30~34歳の未婚率は女性27.3パーセント,男性36.3パーセントに上った。

なお,40歳以上の男性は1人をのぞいて全員が既婚者であった。これに対して,55歳以上の女性に寡婦が増えており,75歳以上の女性は全員寡婦である。高齢の女性に寡婦が多いのは,夫と妻の年齢差によるものであろう。

1997年と2016年の共通点としては,未婚者割合が40歳以上の年齢階層では男女ともに未婚者がほぼ皆無であり,伝統的な皆婚パターンが継続されていることが指摘できる。教育水準の向上,若い男性の就職難により婚姻を先送りにせざるを得ない状況にあるのであって,結婚が大きな価値をもつことに変わりないといえる。

3. 配偶者選択

配偶者の選択は,結婚や家族のあり方の変化を示す指標である。中東地域の場合,伝統的に父方平行いとこ婚つまり父方オジの子どもとの結婚が理想として選好されており,社会におけるその比重が伝統的な親族関係の重要性を示す指標とされてきた。もっとも,父方いとこ婚はあくまで理念型であって,実際に多いわけではない。調査村では父方いとこ婚は婚姻女性の1割であり,より多い婚姻形態は父方親族,ならびに父方親族よりも比重が少ないが母方親族との婚姻である。

表12は,1997年と2016年の20代・30代の女性の配偶者選択を比較した結果を示す。1997年とくらべると,2016年では父方いとこ婚が減っている。そのかわりに増えているのが非親族との結婚,そしてアルシュ(部族‘arsh)内の結婚である。アルシュ内の結婚はいとこ婚が減った分に増えており,2016年には20代の女性の3割を占める。非親族との結婚は20代の女性においても少なく,それは教育水準別にみても同じである。

表12 配偶者との関係

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ

(注)「あなたの夫と親族関係(qarāba)はありますか」に対する二者択一回答(親族qarāba/よそ者barrānī)ならびに親族関係がある場合,「どのような関係ですか」に対する回答(父方オジの息子/母方オジの息子/父方親族min awlād al-‘amm/母方親族min awlād al-khāl/アーイラ・カビーラmin al-‘aila al-kabīra/アルシュ(部族‘arsh)/その他の親族関係)を整理した結果を示す。

アルシュとは,タタウィーン地域では,系譜集団としての「部族」であるが,5世代ほどを遡る範囲の親族集団を指すこともある。トラーレト村の場合は9つの3世代に遡る範囲の親族集団アーイラ・カビーラ(‘aila al-kabīra)があり,それらがシャフバーニー(shahbānī)というひとつのアルシュを構成している。他方,フェルシュ村は,ムガールサ(mghārsa)とよばれる一種の分益小作慣行により近隣の地域住民が農地を取得し移住して村が形成された歴史をもつので,アルシュはジュリーデト(Jlīdet)とゴムラッセン(Ghomrāssen)の2つに分かれ,さらにジュリーデトは12,ゴムラッセンは2つのアルシュに分かれる。後者の5世代ほどを遡れる範囲の親族集団はアーイラ・カビーラとよばれることもあるが,調査村ではアルシュとよばれることが多い。つまり,アルシュは文脈によって伸び縮みする親族ネットワークとして理解される。

フォーカスグループにおける議論のテーマのひとつは結婚相手についてであった。アルシュ内の結婚の増加について質問した際,「昔は父方いとことの結婚が多かった。だが,今は自由になった」,「今は開かれた」という回答が返ってきたことにみられるように,アルシュ内の結婚の増加は結婚相手選択が自由になった証として受け止められていた。職場や学校で知り合った非親族との結婚も20年前とくらべれば増えているが,それよりもアルシュ内での結婚が多いのは親族を介して知り合う機会が多いからであろう。村の外に住む親族も多いので,アルシュは結婚を介して村の外にでるネットワークでもある。加えて,「同じメンタリティ」,「同じ文化だから自分(結婚する女性)も,自分の親も安心」という理由もある。

Ⅳ 調査村における出生行動の変化

本節では,調査村における完結出生児数の変化を確認したうえで,出生数に影響を与える出産と避妊開始のタイミングをみよう。結婚が子どもをもつことに直結する社会では,若いうちに結婚してすぐに子どもを産み,出産間隔をおかずに産み続けることが子沢山の理由と言われてきた。

1. 完結出生児数の変化

表13は,調査村における既婚女性1人当たりの年齢別生存子ども数を示す(注18)。完結出生児数の指標として45~49歳の女性1人当たりの生存子ども数をみると,2016年におけるフェルシュ村とトラーレト村の生存子ども数はいずれも4.7人である。この値は第Ⅰ節で述べた2014年タタウィーン県の完結出生児数(4.6人)とほぼ同じであり,調査村における出生数はタタウィーン県全体の平均に相当する。

表13 年齢階層別女性の生存子ども数(2016年)

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

図1は,調査村の完結出生児数の推移を示し,タタウィーン県とチュニジア全体の値を比較のために加えた。フェルシュ村とトラーレト村の1997年における完結出生児数はそれぞれ6.4人と6.0人であった。1994年人口センサスでは完結出生児数の統計が発表されていないので,1984年ならびに2004年のセンサス値と調査村の値を比較しよう。中のタタウィーン県の完結出生児数は1984年がチュニジア全体と同じ6.8人,2004年が6.2人であったから,1994年における値を両年の中央値6.5人だったと仮定すると,1996年調査時の両村の完結出生児数はその値と近似している。したがって,両村の完結出生児数はタタウィーン県全体の傾向とほぼ同じと考えてよい。チュニジア全体の値(2014年3.4人)とくらべると依然として高い出生力水準ではあるが,タタウィーン県の全体的傾向と同様に,調査村においても子ども数が減っていることは明らかである。

図1 調査村,タタウィーン県,チュニジア全体の完結出生児数(45~49歳女性1人当たりの平均生存子ども数)

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ,INS[1984, 115; 138; 2016a, 31, 34]

2. 第1子出産のタイミング

次に,第1子出産時の女性の年齢を結婚年齢と比較することで,出産のタイミングをみよう。20代の女性に目を向けると,1997年の調査時には60パーセントの女性が結婚1年以内に第1子を出産していた。結婚1年から2年のあいだに第1子を出産した女性とあわせると,結婚2年以内に出産する女性は82パーセントに上った。つまり,女性は結婚してすぐに子どもをもつ傾向があったのだが,この傾向は2016年においても観察される(注19)。実際,表14に示されるように,2016年の時点でも20代の女性の63パーセントは結婚1年以内に子どもを出産している。したがって,女性の多くにとって,結婚が子どもをもち母親になることに直結する基本構造は不変であるといえる。

表14 女性の出産開始のタイミング

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

(注)2016年追跡調査における第1子出産時の女性の年齢は,世帯を離れた子どもを含めた全子どもの年齢について問うた質問項目から計算した。1997年調査データには子どもの年齢を質問項目に入れていなかったため,第1子の年齢を世帯構成表中の最長年齢の子どもの年齢で代替した。子どもが成人に達する40代以上の女性の場合は結婚や仕事などで世帯を離れた子どもをもつ可能性が高くなるが,20代の女性については子どもが世帯を離れるケースは少ないと考えられる。そこで2016年追跡調査データとの比較は20代に限定した。

その背景には,結婚イコール母親になるという社会的圧力と観念がある。20代の女性によれば,「私たちが暮らす環境では,女性が結婚するとまわりが子どもについて聞く」,「女性は絶対に結婚1年以内に子どもを産む必要がある。それが女性本人と家族の願いなので」,「女性は結婚したらすぐに子どもを産む。夫婦生活の時間をもたず子育てに入る」という。結婚して子どもをもち母親になってはじめて一人前の女性という考えは,1996年から20年たった現在も根強いことがうかがえる。

3. 避妊開始のタイミング

避妊の実施状況については,1997年では一度も避妊を実施したことがない女性は45パーセントに上った(注20)。2016年におけるその比率は33パーセントに減っているが,これは20代と30代の女性において避妊実施率が高まったためであり,1997年と2016年では出産間隔の違いが関係している。ここでは出産間隔の指標として,避妊開始のタイミングをみよう。表15は,避妊開始時の子ども数を年齢別に示す。

表15 年齢階層別の避妊開始のタイミング

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

1997年においては,第5子出産後かそれ以降に避妊を開始した女性は23.2パーセントであり,第4子出産後に避妊を開始した女性とあわせれば38.3パーセントに上った。つまり,一般的に,避妊開始のタイミングは第1子出産後か理想とする子ども数に達する前後のどちらかに分かれる傾向があるが,調査村では後者の遅いタイミングで避妊を開始する傾向が強くみられた。

一方,2016年における避妊開始のタイミングを年齢別にみると,50代以上の女性は5人目の子どもを産んでから避妊を開始するケースが4割以上にのぼり,これ以上の子どもを産みたくないときから開始していた。これに対して,20代と30代の多くの女性は,第1子出産後から避妊を開始している。つまり,第1子を産んだ後,出産の間隔をあけるために,避妊を実施する傾向がある(注21)

避妊開始のタイミングが早くなった背景には,妊娠・出産・育児期によりよい状態を維持したいという「生活の質」(QOL)を重視する意識の高まりが指摘できる。避妊は母乳により2年間できているから不要という考えがあり,2018年の聞き取り調査によれば,50代の女性は「コーランのとおりに,母乳をあげれば自然に避妊できる。母乳を2年間あげたら次の子どもが生まれ,そうして子どもが増えていった」という(注22)。一方,第1子出産後から避妊を開始した女性は次のように説明していた。「女性と子どもが疲れるから。子どもが離乳して少しおいてから次の子どもをもつのがよい」。第2子出産後に避妊を開始した女性は,「疲れたので,2人目を産んでから間を置き,3人目を産んだ。そのほうが母親の健康にいいし,子どもの世話をきちんとできる」という。

また,先に第Ⅰ節で指摘したように,調査村において働く女性は少ないが増えており,第1子または第2子を出産後に仕事に復帰するため,つまりワークライフバランスのために出産間隔をあける女性もいる。村で小学校教員として働く30代の女性は,子どもの面倒をみてくれていた義母が病気になったため,第2子出産後に育児負担が増し,第3子出産までの出産間隔を4年あけたという。

なお,第1子出産前に避妊を開始する女性がほぼ皆無なのは,先に述べた結婚イコール子どもをもち母親になるという観念と関係している。たとえば,20代のある女性は,「結婚したら1年以内に子どもを産み,それまでは避妊手段を使わない。不妊になる副作用が怖いので」と述べていた。別の女性は,「最初の子どもを産んでから(避妊を開始する)」,「不妊のおそれ(不妊でないことを証明できない)から」と説明していた。結婚イコール母親になるという観念と,「生活の質」に対する意識とが第1子出産後からの避妊開始という行動をつくりだしているといえる。

Ⅴ 調査村における子ども数についての考え方

1. 理想の子ども数

  • (1)   理想の子ども数に関する誤差の問題

理想子ども数に関しては,次の質問項目を設けた。ひとつは理想の子ども数であり,「(あなたにとって)よい家族にとって子どもは何人必要ですか」という質問である。もうひとつは娘に望む子ども数であり,「あなたはご自分の娘(ないし孫娘)に何人の子どもをもつことを望みますか」という質問である。

回答者自身にとって何人の子どもが理想であるのかを知りたいのだが,そのような質問を回答者本人にぶつけることは倫理的に難しい。なぜなら,先に述べたように本調査は追跡調査であるため,出産を終えた高い年齢層の女性を含んでいたからである。実際,プレテストの際に,本人にとっての理想の子ども数を質問項目として予定していたのだが,40歳以上の女性は(これ以上の子どもを望まないので)「理想がない」としか答えられないか,「現実を理想と思うしかない」と答えた女性が多かった。また,子どもをほしいが不妊に悩む女性を少なからずサンプルに含んでいたことも理由のひとつである。そのため,不妊に悩む女性に対して,理想が叶えられないのに理想を問うのは残酷であるとの調査員の意見があった。

以上の理由から,本人の理想を娘に望む理想で代替する質問項目を設定したのだが,子ども数は娘の実際の子ども数の影響を受ける可能性があり,これも誤差を生じかねない。そこで,その影響を避けるために,娘にすでに子どもがいる場合は孫娘に望む子ども数を問うようにした。しかし,娘のかわりに孫娘についての子ども数を問うように工夫したとしても,時代状況の影響を受ける可能性がある。実際,調査時に「自分の時代と娘の時代は違うから,理想も変わってくる」という意見が返ってきた。

そこで威力を発揮するのがパネルデータであり,それによって1時点における世代の比較ではなく,複数の時点間での比較が可能になる。つまり,1997年と2016年の調査データを比較することで,意識を扱う際につきものの誤差を避けつつ,時代の変化を分析することができる。

  • (2)   1997年と2016年の理想子ども数

さて,これら2つの質問項目に対する回答を比較すると,理想子ども数よりも女性個人にとっての理想数をよりあらわすと考えられる娘に望む子ども数のほうが若干低くなっている。これは,社会的通念と個人の理想にずれをあらわすと同時に,先に述べたように娘に望む子ども数が現実の娘の子ども数を投影されることも原因と考えられる。

図2は年齢階層別に,これらの質問項目に対する回答から得られた理想的な子どもの数(理想子ども数と娘に望む子ども数)を集計した結果を示す(注23)。理想子ども数は1997年とくらべ2016年のほうが若干低くなっているが,娘に望む子ども数は1997年と2016年でほとんど変わらない。

図2 1997年と2016年における年齢階層別の理想子ども数と娘に望む子ども数(単位:人)

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

表1617においてより詳細に,20~30代の年齢層,つまり娘世代(2016年)と母親世代が娘世代と同年齢だった年齢層(1997年)を比較しよう。年齢階層別の回答分布をみると,過半数の女性は4人を理想子ども数,4人か3人を娘に望む子ども数と回答している。したがって,理想子ども数と娘に望む子ども数のどちらであれ,理想子ども数は1997年から20年後の現在においてもほぼ変わっていないといえる。

表16 年齢階層別の理想子ども数の分布

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

表17 年齢階層別の娘に望む子ども数

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

2. 理想の子ども数と予定子ども数からみた出生行動パターン

さて,理想子ども数があまり変化していないにもかかわらず,第Ⅲ節で指摘したように実際の子ども数は1997年から20年後の2016年に低下している。その理由は,現存子ども数と理想子ども数を比較することによって説明できる。図34は,予定子ども数と理想子ども数を年齢階層別に示す。予定子ども数は,希望子ども数と現存子ども数の和として算出した子ども数である。

図3 年齢階層別女性の現存子ども数と理想子ども数(単位:人)(1997年)

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

(注1)予定子ども数は現存子ども数と希望子ども数の和として算出した。

(注2)設問は次のとおりである。

理想子ども数:「よい家族にとって子どもは何人必要ですか」

(追加)予定子ども数:「あなたは今後にお子さんをほしいですか」

(ほしい場合)「何人のお子さんをほしいですか」

娘に望む子ども数:「あなたはご自分の娘に何人の子どもをもつことを望みますか」

図4 年齢階層別女性の現存子ども数と理想子ども数(単位:人)(2006年)

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

年齢階層別に予定子ども数をみると,20代の女性の予定子ども数は理想子ども数に一致している。つまり,1997年に20代であった母親世代と2016年に20代である娘世代とも,予定子ども数は4人前後である。ところが,母親世代が45~49歳(2017年)になると,予定子ども数は理想子ども数より0.5人多くなっている。さらに1997年の45~49歳,つまり母親世代の母親世代においては,45~49歳に現存子ども数が理想子ども数を2人近く上回っている。

また,母親世代と娘世代では出生実現のペースが異なっている。実際,母親世代においては,1997年の30~34歳の時点ですでに現存子ども数が理想の子ども数に到達しているのに対して,娘世代の現存子ども数が理想子ども数に到達するのは40~45歳である。

このような出生行動パターンの違いは,第Ⅳ節で述べた避妊開始のタイミングの違いによるものであろう。つまり,出産間隔をあけることでゆっくりと時間をかけて育児をする志向をあらわしていると考えられる。と同時に,第Ⅲ節で述べた婚姻年齢の上昇が出産開始を遅くしていることも関係している。その意味では,男性の就職難と教育水準の向上による晩婚化と晩産化という外的条件,よい健康と育児の状態を維持したいという志向があわさってできた出生行動パターンであるといえる。換言すれば,1997年と2016年の女性の子ども数の違いは,社会変化と生活の質(QOL)志向があわさって生じたものであって,家族規模に対する考え方が影響しているのではないのである。

3. 大家族と小家族に対する志向

最後に,家族規模に対する認識を探るため,出生意欲に関する定性的な質問項目をとりあげる。つまり「あなたの考えでは,何人の子どもがいると小家族だといえますか」,「あなたの考えでは,子ども何人から,子どもが多い家族つまり大家族だといえますか」,次いで「大家族と小家族のどちらがよいと思いますか」という質問項目である。

  • (1)   大家族志向

2017年の回答によると,年齢層が高くなるほど若干異なるが,女性にとって「大家族」は平均子ども数7.0人以上,「小家族」は平均子ども数2.0人以下として認識されており,1997年の時点とほぼ同じである。

「大家族」と「小家族」のうち,1997年では20代と30代の女性の7割が「小家族」のほうがよいと答えており,「小家族」志向が大多数を占めた(表18)。ところが,2016年では「小家族」のほうがよいと答えた20代と30代の女性は5割以下に減っている。かわりに,「大家族」がよいと考える女性が増えている。

表18 「大家族と小家族のどちらがよいと思いますか」

(出所)1997年家族計画実態調査,2016年追跡調査データ。

したがって,「大家族」志向の高まりを「伝統的家族」志向への回帰としてとらえられるかどうかは2時点だけの比較では答えを出すには不十分であるが,少なくとも,夫婦と子ども2人からなる「近代家族」が根付かなかったことは指摘できるだろう(注24)。1997年当時は,家族計画のキャンペーン活動が積極的になされ,「近代家族」イデオロギーが今よりも流布し強かった時代である。実際,1997年の調査時に「小家族」を好むと回答した女性に理由をたずねたところ,多かった回答は「(子どもが)少なければ大切に育てられる」(qallil wa dallil)という家族計画のキャンペーンで使用されていた標語だった。リプロダクティブヘルス・ライツに家族計画の目的が転換した1990年代後半以降,そうした家族計画のキャンペーン活動は行われていない。

「小家族のほうがよい」と答えた女性に理由(複数自由回答)を質問したところ,2016年においても経済的理由が多くあげられた。たとえば,「家計支出を抑えられる」,「育児の肉体的負担軽減」,「生活が楽になる」などである。30代のある女性は,「自分が子どもだったときは学校の通学バッグを1回買ってずっとそれを姉妹と使いまわしていたが,今の子どもたちは毎年,自分専用をほしがる。このように生活はよくなったが,お金はもっとかかるようになった」と述べている。

他方,「大家族」を好む理由は,「集うと神の加護がある」(lamma wa baraka),「たくさんいると幸せだ」,「大家族には活気がある」という価値観や,「集うとお互いに助け合える」,「(子どもが)大きくなったら互いに助け合う」といった相互扶助にある。

1997年との大きな違いは,集まりを意味するランマ(lamma)が言及されたことである。ランマは,とくに親族の集まりの意味で用いられ,「大家族にはランマとバラカ(神の恩寵),助け合いがあるから」ということばにみられるように,親族の存在や結束の価値観をあらわしている。ランマは,20年前の1997年の調査時には耳にしなかったことばである。

フォーカスグループにおいて「大家族」志向の理由をたずねた際も,ランマが引き合いにされた。

「結婚などの機会には,アルシュの親族が一堂に集まる。そして,結婚行事の期間中,すべての家族が行事の主催者をお金などで助ける」

「たとえば結婚式に1000人を招待すると,すべての家族は手伝いなどのほかに20ディナールを援助してくれる」

「義姉たちは大家族のもとで農作業をただ働きしていた。しかし今は違い,家族はそれぞれ独立し」「農業賃金労働者を雇っているが,週末にはいつも大家族で集まり,ランマがある」

このように「大家族」志向は相互扶助をあらわしているが,その背景には,第Ⅲ節第3項で述べた親族ネットワークの役割があると考えられる。一般的に「小家族」志向は教育水準の高まりとともに強まると想定されてきたが,調査村ではそのような傾向はみられなかった。過去20年間のあいだに教育水準が高まったが,第Ⅲ節第3項で述べた配偶者の選択に示されるように,それは親族ネットワークが若い世代,高い教育水準の女性においても重要な社会的意味をもち続けているからであろう。

  • (2)   家族規模

1997年の調査時における家族規模に対する考え方は,「小家族」と「大家族」の中間として理想の子ども数は4人がよいというものであった[岩崎 1997b]。2016年の追跡調査後に行った聞き取り調査の結果も同様であり,4人という子ども数は「大家族」ではなく中間規模と認識されている。

なぜ4人なのか。1997年に聞き取りを行った際,当時の時代状況をあらわしていると考えられ,もっとも印象的であった説明は,数人の女性から聞いた次の説明であった。

「男の子は家を支え,女の子は母親を助けるからそれぞれ1人が必要。それぞれに助け合う兄弟姉妹が必要だから,それぞれに2人が必要。かつては,さらに亡くなる可能性があったからもう1人を追加し,男の子3人,女の子3人が必要だった。しかし今は死ななくなったから,それぞれ2人ずつで合計4人」

20年後の2017年に娘世代の女性に理想子ども数が4人である理由をたずねた際も,同じ回答がかえってきた。

「子孫を残すには,男の子と女の子がそれぞれ2人必要」

「息子は兄弟を欲し,娘は姉妹を欲する」

「息子は一家の大黒柱(‘amāra al-dār),娘は親を助ける」

以上のさまざまな回答から浮かび上がってくるのは,生活の質を維持し経済状況に対処するために子どもは少ないほうがよいという意識の一方で,相互扶助のために「大家族」をよしとする意識が並存していることである。その両者の折衷として,4人が選択されていると考えられる。1997年調査時における平均子ども数は6人であり,2017年調査の対象になった女性もそうした「大家族」で育った世代である。「大家族」の経済的コストを承知しつつも,助け合いの基本が家族にあることを認識しているから,折衷の値の4人が理想になるのであろう。

最後に,2016年の質問票において「20年前まで多かった大家族は今や小家族になったが,あなたの考えではそれはどうしてですか?」とたずねた質問に対して,圧倒的多くの女性は家族計画の意識向上,または避妊の普及を理由としてあげた。次に多かったのは「生活にお金がかかるから」,「物価が高くなったから」という経済的な理由,そして「結婚が遅くなったから」,または「出稼ぎ」(によって息子がチュニスやフランスなど村の外に出る)という理由であり,家族に対する考え方や価値観の変容をあげた女性はわずかであった。

おわりに

本稿では,チュニジア南部タタウィーン県の村において実施した家族計画実態調査の追跡調査を用いて,過去20年間における当該地域の女性の出生行動の変化を分析した。その結果,同地域の女性の出生行動に関して明らかになったことは,次の3つである。

第1に,過去20年間において,女性の出生数は同地域においても低下した。その直接的な要因は,チュニジアや中東地域全般について指摘されてきたことだが,晩婚化による晩産化と,家族計画・避妊手段の普及にある。晩婚化は,女性の教育水準の向上と同時に,男性の就職難,少ないながら働く女性の増加を背景にしており,出生数の低下はこのような社会経済的変化を反映していると考えられる。

第2に,女性の出生行動は大きく変わり,母親世代は20歳以前の若い年齢で結婚し,30代半ばには理想の子ども数に到達していたのに対して,娘世代は20代前半で結婚し,第1子を結婚後1年以内に産む点は母親世代と同じだが,第1子出産後に間隔をあけて子どもを産む傾向がある。生活水準を維持しよりよく子育てするために,時間をかけてゆっくり育てる志向が生まれたといえる。

第3に,家族規模に関する価値観は20年の歳月がたっても変わらなかった。1997年とくらべ2016年の平均子ども数は減少したが,これは1997年調査時における女性が産んだ平均子ども数が理想の子ども数を上回っていたためであって,家族規模に対する価値観が変化したためではない。実際,20年たった現在においても「大家族」志向は根強い。それは兄弟姉妹が助け合いになるという考えに基づいており,現に家族が社会経済的な役割を果たしているからであろう。

こうしてみると,同地域における出生率の低下は一般に想定されるような近代的な家族観への変容がもたらしたのではない。チュニジアないしアラブ社会にはアラブ的な家族観があり,結婚と結婚イコール母親になるという価値観は社会の変わりにくい要素であると考えられる。そのため,社会経済状況への世帯の人口的な対応は,結婚の入り口における調節,つまり晩婚化と未婚者の増加という形をとるのである。

また,同地域では結婚相手が親族であることに示されるように,親族ネットワークが社会的な重要性をもつ。このような社会では「大家族」志向は根強いが,その一方で,生活の質を維持し経済状況に対処する必要がある。また,よりよく子育てしたいという志向もある。そのような社会経済状況に対する女性と世帯の対応が観念的には折衷の理想子ども数4人であり,間隔をあけて子どもを産む出生行動を導いていると考えられる。

以上,本稿では,タタウィーン地域における出生力動態をミクロレベルで考察することを目的に1997年に調査実施した女性の追跡調査結果を分析した。その対象地は村であり,同じ地域でも都市部においては子どもをもつことの経済的コスト,家庭外で働く女性の増加など社会経済的な環境が異なると考えられ,都市部との比較,さらに他の地域との比較分析を行うことが今後の課題である。

 [付記]

本研究の実施にあたり,2015年度第44回三菱財団人文科学研究助成「チュニジア南部タタウィーン地域における家族生活の変化―1996年から現在の追跡世帯調査」(研究代表者:岩崎えり奈),2018年度第一生命財団研究助成「北アフリカにおける福祉とコミュニティ―チュニジアを中心に」(研究代表者:岩崎えり奈),2016~2019年度日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究A(課題番号:16H01899,研究代表者:長澤榮治教授)ならびにアジア経済研究所「中東における家族の変容」研究会(主査:村上薫2017~2018年度)の支援を受けた。本誌2名の査読審査員ならびに「中東における家族の変容」研究会メンバーからは,本稿の作成にあたり,貴重な示唆やコメントを多数頂いた。また,現地調査に際しては,チュニジア家族人口公団タタウィーン県支部長のマブルーク・ドゥッカール(Mabrouk Dukkar)氏に多大な助力を得た。ここに記して謝意を表したい。

(上智大学外国語学部フランス語学科教授,2019年3月19日受領,2020年1月10日レフェリーの審査を経て掲載決定)

(注1)  たとえばCourbage[2014]は拡大家族から核家族への移行,父系家父長型家族制度の崩壊を前提に,少子型への移行が普遍的に進んでいると述べている。

(注2)  出生に関する総合的な情報を収集するため,「人口保健調査」がこれまで実施されてきたが,1990年代以降チュニジアでは実施されなくなった。人口置換水準に到達し,出生率の低下が国家の課題ではないと政府が認識するようになったからであろう。チュニジアで実施された「人口保健調査」としては,IRD and ONFP [1989]Pan Arab Project for Child Development[1996]を参照。

(注3)  1960年代には,家族計画に関連した法的な整備,運営組織の設立が相次いでなされた。フランス保護国時代に輸入・売買が禁じられていた避妊手段の取引合法化(1961年),第5子以降の中絶容認(1965年),婚姻年齢の引き上げ(1964年)(女性は15歳から17歳,男生は18歳から20歳)などの法改正と並行して,1968年には保健省内に家族計画部局が設置されたほか,チュニジア家族計画協会が設立された。さらに1973年には,家族計画部局が独立採算制の組織として「家族計画人口公団」に改組され,人口政策・家族計画サービスを担うことになった。[岩崎 2018

(注4)  INS and UNICEFが2018年に行った全国調査によれば,15~49歳の既婚女性人口に占める避妊実施中の女性の割合は,チュニジア全体で50.7パーセントであり,都市50.9パーセント,農村50.5パーセントであった[INS and UNICEF 2019, 92]。この値には,過去に避妊を実施したことがあるが調査時において避妊を実施していなかった女性は含まれていないため,表1中の避妊実施率よりも低い値になっている。

(注5)  避妊実施率の推計がなされなくなった背景には,避妊が普及したことと,1994年のカイロ国際人口開発会議を契機に人口政策の目的が人口抑制からリプロダクティブヘルスに転換したことがある。

(注6)  チュニジアでは,平均初婚年齢は結婚のタイミングに関するデータが得られない場合に用いられる静態平均初婚年齢(singulate mean age at marriage)推計(hajnal法)が用いられ,婚姻届の年齢別件数か人口センサスの年齢別未婚者割合から推計される。婚姻届から推計された平均初婚年齢は 27歳であり,人口センサスから推計される静態平均初婚年齢(28.6歳)より若干低めである[INS 2016a, 28]。なお静態平均初婚年齢は未婚率が時間的に静態的であることを仮定しており,平均初婚年齢を高く推計する傾向がある。2014年センサスでは,はじめて初婚年齢を問う質問がセンサス質問票に加えられた。その結果得られた離別者や離婚者も含む女性の平均初婚年齢は22.5歳であった[INS 2016, 28

(注7)  2014年人口センサスの婚姻データから算出された平均初婚年齢はチュニジア全体の都市部と農村部が22.8歳と21.7歳であるのに対して,タタウィーン県都市部で21.1歳,農村部で20.7歳である[INS 2016a, 70-71]。

(注8)  年齢階層別に未婚女性の比率をみると,1966年の比率は20~24歳のチュニジア人女性の27.0パーセントに過ぎなかったが,2006年には88.4パーセントに上昇している。30~34歳の女性に占める未婚者の割合も高く,1966年にたった3.9パーセントであったその値は37.5パーセント(2006年)へと増加した[Vallin 1971, 250]。

(注9)  1997年の調査時の主眼は,とくに家族計画に関する知識がどの程度普及しているかにあった。タタウィーン県における低い避妊実施率は情報・知識の不足が大きな理由のひとつと考えられたからである。しかし,1997年の調査結果から,ほぼすべての女性が家族計画と避妊方法について知っていることがわかり,2016年の追跡調査時には知識に関する質問項目を削除した[岩崎 1997b]。

(注10)  女性調査票は①配偶者との関係(婚姻年齢,婚姻期間,初婚か否か,結婚相手を誰が選択したか,配偶者との血縁関係,アルシュ〔部族〕名,親や兄弟姉妹の生存・居住場所),②経済活動(就業の有無,職業,就業場所,収入の用途,農業従事の有無,農業に従事する家族員,家畜の有無,家畜飼育の場所等),③日常生活(配偶者の就業場所,配偶者が出稼ぎである場合の出稼ぎ先と帰省回数,村内と村外での行動範囲と同行者,配偶者と意見が一致しない場合の解決方法,家庭内の事柄に最終の言をもつ者等),④子ども(子どもの有無,生存子ども数とその年齢・居住場所,死亡子ども数等),⑤子どもと家族に関する意見(希望する息子・娘の数,子どもの面倒をみる親族,子どもに対する影響力をもつ親族,子どもの性別に対する選好,理想の子ども数,大家族・小家族に対する認識と選好等),⑥避妊と家族計画(避妊方法の知識,各種避妊方法の受け入れ可否,避妊の副作用についての知識,避妊実施状況,避妊手段の入手先,避妊実施の理由,宗教は避妊を奨励するか否か等),⑦家族計画サービス(家族計画サービスに対する意見,保健医療サービスに対する意見,婦人病の知識,家庭内暴力の有無等)から構成される。 世帯調査票は①世帯構成の基本情報(氏名,世帯主との関係,年齢,居住場所,性別,教育水準,就業状況等),②おもな保有耐久消費財,家屋形態と所有主,③農業(農地の保有状況と場所,耕作作物,生産物の用途,家畜の保有数と用途等)からなる。

(注11)  調査員はチュニジア家族人口公団タタウィーン県支部の協力を得て,タタウィーン在住で失業中の大卒者12人であった。

(注12)  フォーカスグループは,2019年7月8・9・10日に,調査2村において20~30代の女性計22人と50~60歳代の女性計9人を対象に実施した。

(注13)  みつけることができなかった理由としては,村外に引っ越したケースのほか,名前が同定できなかったケースなど。

(注14)  その結果,世帯員全体の平均年齢も2016年追跡調査サンプルのほうが高くなっている。世帯員全体の平均年齢は1997年に男女それぞれ22.8歳と23.8歳であったのが,2016年には30.1歳と29.5歳であった。

(注15)  20~39歳年齢層が全体に占める比重は,2014年人口センサスによればタタウィーン農村部では女性36.7パーセントと男性30.5パーセントに対して,2016年追跡調査ではフェルシュ村で女性44.1パーセントと男性41.7パーセント,トラーレト村で女性43.0パーセントと男性41.3パーセントであった。

(注16)  チュニジア全国平均が15.4パーセントに対して,タタウィーン県の失業率は全国でもっとも高い32.4パーセントを記録した(2018年)[INS 2018,6]。

(注17)  タタウィーン県と調査村における出稼ぎについては,岩崎[1996; 2005]Iwasaki[2006]を参照。

(注18)  2016年追跡調査では,345人の女性中8.4パーセントの女性が死産ないし出産後に子どもを亡くしたと回答している。

(注19)  年齢が高くなるほど結婚と第1子出産の間隔は広がる傾向にある。これは不妊問題と関わっていると考えられる。2016年追跡調査データにおける50代以上の女性の32パーセントは結婚と第1子出産の間隔を4年以上あけていた。これらの女性のうち数人に聞き取りした結果では,子どもを授かることに苦労したためとのことであった。

(注20)  1997年の時点でも家族計画・避妊の知識は普及しており,避妊を実施していない理由は子どもをほしいと思っているか,副作用のおそれにあった[岩崎1997b]。

(注21)  避妊手段は,避妊を一度でも経験したことがある女性に対し避妊手段を問う質問項目に対する回答をもとにしている。2016年追跡調査時に最も普及していた避妊手段はIUD(41.8パーセント),ピル(29.3パーセント),カレンダー法(10.0パーセント),不妊手術(6.7パーセント),コンドーム(4.1パーセント),注射法(2.5パーセント)であった。不妊手術は宗教的に禁じられている(ハラーム)と考えられ,それを避妊手段として施術する女性はほぼ皆無であった。

(注22)  コーランによれば,2年間の母乳が奨励されている(コーランスーラ2・233章)。

(注23)  年齢階層別にみると,平均理想子ども数は年齢が上がるにつれて若干増えている。これは現実の子ども数の変化を投影していると考えられる。実際,母世代の1997年の理想子ども数と娘に望む子ども数は20年後の2016年には若干増えている。

(注24)  「大家族」志向に関して,聞き取り調査ではイスラームに関して言及した調査対象者は皆無であったので,その強まりをイスラーム化の傾向としてとらえられることはできない。ただし,「宗教は家族計画を奨励しますか」という質問に対し,「ハラーム」(宗教的な禁忌)と回答する女性が2016年には増えており,その理由として,「ムスリム人口を増やすことを神は奨励している」という回答が少ないが増えている。このような回答は1997年の調査ではなかったものである。2011年革命後のイスラームと家族計画の関係については,別稿で考察したい。

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