Ajia Keizai
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
Book Reviews
Book Review: Takashi Shinoda, Formation and Genealogy of Entrepreneurial Groups in India: Religion, Caste and Entrepreneurs in Gujarat (in Japanese)
Hideki Esho
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2020 Volume 61 Issue 1 Pages 76-79

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本書は著者が1990年から2018年にかけて発表した論考に加筆修正して一書となしたものである。本書に先駆けて著者は邦文で,『インドの清掃人カースト研究』(春秋社,1995年)および『インド農村の家畜経済長期変動分析――グジャラート州調査村の家畜飼養と農業経営――』(日本評論社,2015年)の2冊を刊行しており,本書は著者の「3番目の研究テーマ」の成果である。著者のあくなき探求心と粘り強い研究姿勢のたまものである。まずは敬意を表したい。

Ⅰ 本書の概要

本書は全3部13章から構成され,序章と終章が新たに書き加えられている。第Ⅰ部「インドの経営展開と社会集団格差」(第1章~第2章),第Ⅱ部「グジャラート州の宗教,カースト,職業」(第3章~第6章),第Ⅲ部「グジャラートの経営者名簿分析」(第7章~第13章)となっている。

第Ⅰ部に収録された第1章「産業政策と企業家」は,「独立インドにおける経済体制と産業政策を整理し,これらが企業家に与えた影響の一端を検証」した概説である。著者は既存の企業研究が財閥研究に限定されてきた点を指摘し,「現在インド各地で生じている地域経済の再編を担い手である企業家の側面からとらえるためには,(中略)中小零細企業など製造業と関連サービス業の底辺層の経営者研究」が必要であると強調している。つづく第2章「経営と社会関係資本」は,「インド人間開発調査」2011/12年版の個票データを整理して,社会集団(宗教分類,カースト分類,カースト・宗教分類)と就業構造の関連を探ったものである。

第Ⅱ部に収録された第3章「宗教・カーストの人口構成」は,1931年の国勢調査に依拠して「グジャラート」の宗教・カーストの構成を整理したものである。また第4章「宗教・カーストと職業」は,前章に引き続いて1931年国勢調査に基づいて「グジャラート」におけるカーストと職業構成の関わりを検討したものである。「1931年時点では多数のカーストとりわけ職人・サービスカーストは『伝統的』職業と深く結合していた」ことを確認している。第5章「農村部における職業構成」は,独立後のグジャラート州において「カースト,職業,後進性の三者の関係」がどのように変化したかを追跡した概説である。第6章「平原部の部族民」は,スーラトなど肥沃な平原部に居住していた部族民ドゥーブラーに焦点を当て,独立後において彼らの就学構造・就業構造や生活等がどう変化したかを分析したものである。

第Ⅲ部に収録された第7章から第12章までの6つの章は,グジャラート州の企業や製造業に焦点を当てて「経営者」のカースト・宗教構成を整理・検討したものである。「経営者」の「姓」が,彼らが所属するカースト・宗教を同定する手法として用いられている。

第7章「州政府製造業者名簿分析」(この名簿は小規模工業の事業体に限定されている)は,グジャラート州政府産業附置局が編纂した製造業者名簿第3版(1987年刊行)に記載された2万名近くの代表者の姓と宗教・カーストとの対応関係を検討し,パーティーダールとバニヤーが最有力の2つの集団であることを確認している。

第8章「グジャラート商工会議所1991年度版名簿分析」は,タイトルにある名簿を利用して4500名近い会員の姓をカーストに従って整理したものである。「グジャラート商工会議所の会員分析という限定された枠組み」の中であれ,「バニヤーの相対的な比率の低下とパーティーダールの躍進が明瞭にあらわれている」と結論している。第9章「グジャラート商工会議所2014年度版名簿分析」は,前章の続編である。「パーティーダールのさらなる躍進」が確認できるとしている。

第10章「南グジャラート商工会議所名簿分析」は,スーラトに拠点をおく表題の会議所の1991年名簿を使用した,同様の分析である。会員数は2489名である。

第11章「大規模工業の展開と経営者」および第12章「中小零細企業の展開と経営者」は,それぞれグジャラート州政府が編纂した大規模工業および中小零細企業の個票を利用した,同様の分析である。大規模工業の場合には1983年から2014年3月までに認可された累積件数6094件,中小零細企業の場合には2006年から2015年までに認可された35万786件が分析対象とされている。

第7章から第12章にかけてさまざまなデータを整理する中から「パーティーダールの場合は農業部門から商工業への資本移動,バニヤーの場合は商業・金融業から製造業への参入,職人カーストの場合は技術・ノウハウ蓄積を活用した『伝統的』部門での展開,一部のバラモンやパールスィー教徒の場合は官界から実業界への移動,などが顕著な特徴として認められる」(480ページ)とまとめている。

第13章「ダリト経営者の個別事例研究」は,ダリト・インド商工会議所グジャラート州支部会長マクワーナーの家族三代にわたる企業経営の事例を紹介したもので「農業労働者から雇用労働力に基づく経営レベル」にまで到達した軌跡を辿ったものである。

Ⅱ コメント

「経営者集団の形成と系譜」という魅力的な本書のタイトルに惹かれて,書評を引き受けさせていただいた。ところが本書を読み終わってみると,一体「経営者集団の形成と系譜」研究はどこにあったのだろうかと考えこんでしまった。その原因は,本書で「経営者」として論じている主体が,私が事前に想定していた「経営者集団の形成と系譜」のイメージとあまりにも違っていたためである。

著者はこう論じている。すなわち「企業家・経営者の範疇には財閥から小商人・自営職人にわたる,大小さまざまな経営主体が含まれている」。そしてこう続けている。「これらのなかで,財閥に関する研究は比較的進んでいるが,中小規模の経営主体に関する研究は非常に後れている」(265ページ)と。まさしく,本書で著者が焦点を当てているのは財閥に代表される大企業の経営者でもなく,あるいは「マールワーリー商人といった特定商業集団」の研究でもなく「在地社会における中小零細企業の経営者」である。この名もなき「底辺層の経営者研究」(46ページ)に焦点を当てた点に本書の第1の特徴がある。

それにしても,である。中小零細企業経営者がどのような企業経営をしているのか,第13章でふれているダリト経営者の事例を唯一の例外として,残念ながらその内実に関する言及を見出すことはできない。そのために,ことさら「経営者」という言葉を使用する必然性を感じることができない。また「経営者」の中に「小商人・自営職人」まで含まれているのだとすれば「(企業)経営」という言葉が過剰使用されているという印象を受けてしまう。たとえば,第2章でインド人間開発調査には「経営調査」が実施されたと論じているが,著者が「経営調査」としたものは調査世帯が従事している事業(自家労働力あるいは雇用労働力に依拠したビジネス)分野のことを指す。経営の内実を示す調査ではない。また,第7章から第12章までの各章で言及されている「経営者」とは,各種名簿等に記載されている代表者,連絡担当者あるいは設立申請者のことであるが,彼らを一括して「経営者」あるいは「経営者集団」とみなす論拠が十分に理解できない。

さらに第7章のグジャラート州政府製造業者名簿では「製造業は32の業種に分類(2桁)」され「各業種はさらに製造品目に応じて複数の項目に分類(4桁)」されていると説明し「項目を単位とする分類は業種内での伝統的部門,近代的部門と経営者との相関のほかに資本,技術,組織形態に関するきめの細かな分析に対する有力な手掛かりを提供する」と論じながら「本章ではこの点に踏み込む余裕はない」(244ページ)として分析を放棄してしまっている。

また,経営組織形態に関する情報にも言及していない。これでは「経営分析のない経営研究」という矛盾した結論を得ることしかできない。それは,著者の主要関心が企業の経営研究にはなく,むしろ中小零細規模の企業従事者たちのカースト・宗教構成がどうなっているのか,それらが歴史的にどう変化したのかという点にあるためであると思われる。より広くいえば,イギリス植民地期以降伝統的職業とカーストの乖離がどの程度,またどのように進んできたのかが主要関心であるために生じた結果である。

本書の第2の特徴は「経営者」の姓を基準としてカースト・宗教(出自)を同定するという手法にある。そのねらいは「政府編纂の資料や報告書にみられる社会集団区分(『指定カースト』『指定部族』『その他後進諸階級』『その他集団』よりも格段に詳細な宗教・カースト構成の変動を把握できる」(2ページ)からであるとしている。姓によるカーストの同定という手法については,かつて藤井毅が激しい批判を展開し,篠田がそれに反論を加えるという論争が展開された[篠田・藤井 1997]。この論争の核心は,姓とカーストが一対一で対応していないという点に尽きる。論争以降に出版された本書では,この点に十分な配慮が施されているように思われる。

著者によると,グジャラートで姓が使用されるようになったのはイギリス統治下であり,その歴史は150年に満たない。グジャラートでは「商工業への新たな参入による職種・職能・地名を表示する姓の獲得とラージプート姓への集団改姓」の2つが重要な動きであった。しかし「改姓運動のように姓と出自との対応をより複雑化する動きもみられるが,現在でも相当数の姓は単一の宗教あるいはカーストと対応している」(10ページ)と述べている。問題は,著者のいう「相当数」とはどの程度を指すのかということになろう。というのも,著者は「『パーティーダール』のなかには『上位諸カースト』に分類されているデーサイーやアミーン,『クシャトリヤ』に分類されているチャウドリーなどの姓の使用者もいる」(11ページ)とか「指定カーストの姓は大規模な改姓運動によりクシャトリヤ姓と重なっている」(262,479ページ)とも述べているからである。

評者がみるところ,第12章の「表12-14姓集団と社会集団のクロス表」がこの問題についての重要な手掛かりを提供しているように思われる。ここでいわれている社会集団とは「指定カースト,指定部族,その他後進諸階級,その他」の4分類を指す。表12-14をみると,たとえばバラモンの場合,総人数(サンプル数)は1万5376人であるが,この中にその他後進諸階級763人,指定カースト163人,指定部族59人が含まれている。バラモンのなかの3社会集団(「その他」を除いた3つの社会集団)の比率は6.4パーセントである(注1)。あるいはまたパーティーダールの場合のサンプル数は5万5072人であるが,このうち3社会集団の合計人数は2605人(比率では4.7パーセント)である。ところがクシャトリヤの場合,総人数は1万9201人であるが,3社会集団の総数は4720人であり,比率でみると24.6パーセントときわめて高い。これらのズレから「相当数の姓は単一の宗教あるいはカーストと対応している」といっていいかどうか,やや微妙な感じもする。

以上,より明確にしてほしい論点や疑問があるものの,すでに引用した「パーティーダールの場合は農業部門から商工業への資本移動,バニヤーの場合は商業・金融業から製造業への参入,職人カーストの場合は技術・ノウハウ蓄積を活用した『伝統的』部門での展開,一部のバラモンやパールスィー教徒の場合は官界から実業家への移動,などが顕著な特徴として認められる」とした貴重な結論は,ハリシュ・ダーモダーランの名著『インドの新しい資本家たち』[Damodaran 2018]の観察と通底するものがあって興味深い(注2)。著者が嘆いているように,中小企業の「企業家・経営者の人的側面に踏込む研究は少なかった」(3ページ)のであるが,ダーモダーランの著作はこの空白を見事に埋める画期的な著作であった。ダーモダーランは,独立後インド各地で,伝統的な商業集団(パールスィー,グジャラート・バニヤー,ジェイン,マールワーリー,シンディー(ローハナー),ナトゥコッタイ・チェティア,メーモーン,ホージャ,ボーホラー)とは異なる社会的背景をもった企業家たちが勃興したことに焦点を当てた。そして,新興ビジネスコミュニティーの中にいくつかの類型を見出した。ひとつは,よく知られた「バザールから工場へ」と転身したケースである。すなわち,伝統的商業カーストから製造業への転身である。またひとつは「農家から工場へ」と転身したケースである。すなわち,農業・農業関連の背景をもつ進歩的農民あるいは「農村中間層」(カンマー,レディー,ラージュー,ナーイドゥー,ガウンダー,ナーダール,エザーバー,パーティーダール,マラーター,ヒンドゥー・ジャート,シーク・ジャート,ヤーダブ,等)からの転身である。またひとつには「オフィスから工場へ」と転身したケースである。すなわち,歴史的に官僚およびホワイトカラー専門職に従事していたいわゆる「書記カースト」(バラモン,カートリー,カーヤースター,ベンガーリー・バドラロック)からの転身である。

著者が各種の製造業者名簿を利用して作成した集計値から得た結論は,事例研究を通じてダーモダーランが得た結論と同型である。本書と並行してダーモダーランの著作を読むならば,新興ビジネスグループの具体的なイメージが湧くはずである。

最後に,中小零細企業(90パーセント以上が零細企業)を対象とした第12章で,著者は21世紀に入ってからのインドを「新興の後進経営階級台頭の時代」と呼んだ。そして「彼らの経営動向の把握は,現代インドの社会経済変動の核心を理解することにつながる」(458ページ)と論じている。著者がどのような意味で,「現代インドの社会経済変動の核心を理解することにつながる」と述べたのか今ひとつ判然としないが,現代のインド経済が底辺から大きく変化していることだけは確かなようである。

(注1)  この表からは判然としないが,バラモンのなかにはクシャトリヤやパーティーダール等の「その他(上位カースト)」が含まれている可能性も排除できない。

(注2)  第7章から第9章で焦点を当てたパーティーダールや職人カ-スト,バラモンたちを「先進経営集団」と呼んで,区分けしている点に注意したい。なおダーモダーランも修正新版の「まえがき」[Damodaran 2018]で,4つのダリト資本家の事例に言及している。

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© 2020 Institute of Developing Economies, Japan External Trade Organization
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