アジア経済
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書評
書評:Garry Rodan, Participation without Democracy: Containing Conflict in Southeast Asia.
Ithaca: Cornell University Press, 2018, ⅺ + 281pp.
外山 文子
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2020 年 61 巻 1 号 p. 89-93

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はじめに

1990年代以降,世界的に民主化の波が広がり,もはや選挙を実施していない国を探す方が困難な状況となった。政治指導者にとって国民の政治参加に基づいた政権の正統性は,必要不可欠なものとなった。ところが世界の民主化状況を眺めてみると,依然として権威主義体制に位置づけられる国が多い。また先進国においても,ポピュリスト政治指導者の登場が民主主義を脅かしていると危惧されている。

国民に政治参加を保障する制度は,必ずしも民主化を推進したり民主主義の「質」を向上させたりするわけではない。では各国の政治参加の制度は,なぜ,どのように,いかなる目的をもって生み出されたのか。本書はこの問いに対して,シンガポール,フィリピン,マレーシアを事例にとりあげて検証を行ったものである。また,先進国の民主主義に関する問題にも考察を広げようと試みた意欲作である。

本書の構成は以下のとおりである。

  • 序 章   政治代表をめぐる争い(Struggles over Political Representation)
  • 第1章   政治参加・代表制度の理論化(Theorizing Institutions of Political Participation and Representation)
  • 第2章   政治代表のイデオロギーと参加様式の分析枠組み(Ideologies of Political Representation and the Mode of Participation Framework)
  • 第3章   歴史,資本主義,そして争い(History, Capitalism, and Conflict)
  • 第4章   シンガポールの任命国会議員(Nominated Members of Parliament in Singapore)
  • 第5章   シンガポール協議権威主義における公的フィードバック(Public Feedback in Singapore’s Consultative Authoritarianism)
  • 第6章   フィリピンの比例代表システム,改革者,そして寡頭支配者(The Philippines’ Party-List System, Reformers, and Oligarchs)
  • 第7章   フィリピンの参加型予算(Participatory Budgeting in the Philippines)
  • 第8章   マレーシアの失敗した協議代表制実験(Malaysia’s Failed Consultative Representation Experiments)
  • 第9章   マレーシアにおける市民社会と選挙改革(Civil Society and Electoral Reform in Malaysia)
  • 終 章   資本主義,制度,そしてイデオロギー(Capitalism, Institutions, and Ideology)

序章から第2章までに,本書の分析枠組みが示される。まず著者は,米国のトランプ大統領登場や英国のEU離脱への大衆支持について触れ,近年のポピュリズム復活は,公的な政治参加制度によって「争い」を包摂することの限界を露呈しているのだと述べる。そして資本主義市場のグローバル化と,物質的・社会的に不平等な結果は,政治参加および代表のありかたについて規範的な争いを激化させているのだと指摘する。

次に著者は,政治参加制度に着目することの重要性を説く。本書のねらいは,誰のために制度が機能し,それはなぜなのかという問いを明らかにすることであり,制度の登場,奉仕する利益,どのように奉仕するのかという点について解明する必要があると主張する(p.21)。

本書では,政治参加制度の分析に当たり以下の2つの命題が立てられる。ひとつ目は市場経済の発展は不平等を深化させ,既存の権力・利益パターンを混乱させるために,エリートおよび政治的に阻害された人々の双方に対して新たな政治的挑戦を生み出す,2つ目がこの過程における権力闘争では,エリートおよび対抗勢力は,お互いに異なる目的を描きながら,自らの参加,代表,民主主義モデルの構築を希求する(p.1)。

上記命題を検証するため,本書は以下の理論的アプローチをとる。まず政治体制を権力や利益をめぐる社会的争いにより形作られる「参加構成様式」(MOPs)として理解する。MOPs分析枠組みの基本となるのは,①協議イデオロギー(consultative ideologies),②個別イデオロギー(particularist ideologies)による類型化である。前者は官僚的または非政治的概念で,政府が設立する諮問機関などを広範に支えるイデオロギーとされる。後者は民族,宗教,その他グループの議会制度への取り込みを正当化する際に重要なイデオロギーとされる(p.7,pp.30-32)。さらにMOPs分析枠組みの参加様式を,参加の場所と包摂度の差により①個人的政治表現,②市民社会による表現,③社会的取り込み,④行政的取り込みの4種類に分類する(pp.33-39)。著者は,ある国の政治参加の制度が,いずれのイデオロギーを採用し,どのような参加様式により構成されるかを決定するうえで重要なのは,歴史的経験と資本主義の発展形態による社会勢力の構成であると主張する。

第3章では,事例としてとりあげるシンガポール,フィリピン,マレーシア3カ国の歴史,資本主義,争いについて概観する。著者は,東南アジアにおいては冷戦と経済のグローバル化が,凝集性をもつ独立した市民社会の形成に対して負の作用を及ぼしたと指摘する。

次に,各国の特徴を指摘する。シンガポールは,行政的・社会的取り込みと,協議イデオロギーが最も成功した国であるとされる。エリートの凝集性と権威主義支配のテクノクラート的性質が,国家資本主義の形態と密接に結びついている。そのため新しい参加制度の導入は,非競争的なものへと歪められ続けてきた。対照的にフィリピンでは,国家機構は私的な富や権力の急激な集中を醸成するために利用されてきた。中間層が率いるNGOもエリートが推進する開発戦略と関係しており,貧しい人々の利益を代表する凝集性のある社会的政治的運動に欠ける。マレーシアでは,協議イデオロギーや代表制度はわずかな影響力しかもたない。マレー人の政治的優位を前提とする政治体制に対して潜在的な脅威となるからである。同国では,個別イデオロギーが政治代表のイデオロギー的基礎となったと述べる。

第4章では,シンガポール国会における任命議員の導入について検討がなされる。1990年に導入された任命議員は,与党が民主主義的代表制の代替案として,公式に協議イデオロギーを具体化させたものであった。同イデオロギーにおいて重要なのは,市民の代表を律する民主主義的な権利ではなく,有益な情報と知見をもった支配エリートによって公益が代表されうる熟議と協議が存在するという点であった。

第5章では,シンガポールの公的フィードバックについてとりあげる。1985年に国民からのフィードバックのための機関が創設され,その後同種の機関は名称を変更しつつ存続してきた。しかし協議は行政機関を通じて実施され,参加者,参加方法,テーマについては行政機関からの影響を受けるものであった。

第6章では,フィリピンの比例代表制度についてとりあげる。1995年に導入された比例代表制では国会議席の20パーセントを比例代表制に割り振った。改革者は貧困や不平等の問題解決を熱望していた。しかしエリートは,比例代表制を寡頭資本主義に対する脅威を抑え込むための手段に変えてしまった。改革者の間で意見が衝突したため,市民社会側が一枚岩になれなかったことも影響した。

第7章では,フィリピンの参加型予算についてとりあげる。政府は,2012年に貧困層に対する啓蒙プログラムの一環として,ボトムアップ式の参加型予算を導入した。しかし同プログラムも比例代表制と同様に,寡頭支配者の権益を保護・促進する手段となった。やはり改革派の間で考え方の相違があり、市民社会は一枚岩になれなかった。

第8章では,マレーシアにおける国家経済協議会議(NECC)の創設についてとりあげる。NECCを通じて真の改革の実現を望む人々が登場する一方で,政府は従来から適用してきた個別イデオロギーを補完するために,協議イデオロギーに基づきNECCを創設したため,両者の間には大きな溝が存在した。

第9章では,マレーシアで選挙制度改革を求める大規模な市民運動(ブルシ運動)についてとりあげる。同運動は大きな広がりをみせたが,再分配など構造的な問題には踏み込めず,選挙制度改革の要求に徹したため一定の限界があった。同運動はマレー人優遇に対する挑戦でもあったが,次第にマレー人の同運動への参加が減少するなどの課題もあった。

終章では,新興国から先進国にまで射程範囲を拡大して、本書の分析枠組みが普遍的な有効性をもちうることが論じられる。著者は,資本主義のグローバル化に伴い不平等の問題が深刻化し,国民が不満をもつようになるため,全ての政治体制のエリートは利益を守るため新たな制度の構築を模索することになると主張する(p.213)。そして昨今,欧米の自由民主主義国においてポピュリスト・イデオロギーが多くの人々を引き付けるようになったのは,政治制度に対する新たな挑戦であると指摘する。事例として英国の経験について言及がなされる。

本書の内容の紹介はここまでとして,次に論評に入りたい。本書は,近年多数の研究者の関心を引き付けているポピュリズムの台頭や,民主化の後退といった現象を出発点としている。ポピュリズムに関する研究は,政治指導者の独裁的な統治スタイルに関心が向きやすい[Levitsky and Ziblatt 2018外山ほか 2018]。しかし本書は,ポピュリズムの台頭に対して,政治指導者に焦点を当てるのではなく,参加制度に着目している点が興味深い。また第4章から第9章までの事例研究では,各国の歴史的経緯を踏まえつつ丁寧な検証を行っている点も評価できる。東南アジア3カ国の政治史について学ぶうえでも,大変参考になる一冊だといえよう。

しかし,詳細で丁寧な事例研究については高く評価できるものの,全体的な分析枠組みや主張については,妥当性または説得力に欠ける部分がいくつか存在することを指摘せざるを得ない。以下では評者の疑問点について(1)分析の射程範囲の広さと妥当性,(2)協議イデオロギーと個別イデオロギーによる分類の適切性,(3)全体の議論の流れと構成の3つに分けて議論する。

(1) 分析の射程範囲の広さと妥当性

本書は,先進民主主義国におけるポピュリズム台頭への関心を出発点としながら,新興民主主義国である東南アジア3カ国の政治について詳細な事例研究を行い,事例研究により得られた知見を基に,終章では再び先進国である英国の事例について分析を行っている。本書のねらいは,政治体制や民主主義の成熟度を問わず,各国を横断して使用しうる分析枠組みを提示することにある。そのため,「先進国と新興国」または「民主主義体制と(半)権威主義体制」との間を行き来するかたちで議論を進めることは,著者にとっては当然であり必要なことなのかもしれない。

しかし,分析の射程範囲として妥当であるかについては不明な部分がある。著者は,分析にあたっては各国の歴史,とくに東南アジア諸国については冷戦の遺産と,資本主義の発展形態が社会に与えた影響が重要であると繰り返し述べている。実際3カ国の事例分析においては,これらの点について丁寧な調査と分析がなされている。これに対して,冒頭で触れている欧米先進国や,終章で分析を試みている英国の事例では,各国の歴史的経緯や資本主義の発展形態の特徴などについて子細な検証が行われているわけではない。

事例研究としてとりあげたシンガポール,フィリピン,マレーシアの3カ国は,いずれも欧米諸国から植民地にされた経験をもち,現在も経済,社会および政治構造に植民地時代の影響が残っているとされる。これらは欧米諸国が経験しなかった歴史である。また著者は,資本主義経済のグローバル化による不平等の拡大,国民の不満の高まり,既存の代表・参加制度の機能不全について論じている。しかし,資本主義発展の経過についても先進国と新興国では大きく異なる。

同一の枠組みにより,先進国から新興国まで,民主主義体制から非民主主義体制までの分析を試みるという意欲は称賛に値する。しかし,著者が各国の歴史や資本主義発展の経緯が重要であると主張するならば,分析枠組みの適用にあたり,政治体制や経済の発展度合いの違いから生じる相違点についても言及すべきだと思われる。

(2) 協議イデオロギーと個別イデオロギーによる分類の適切性

次に,参加制度を協議イデオロギーと個別イデオロギーによって分類することの適切性について触れたい。本書では協議イデオロギーを,経済,社会,政治ガバナンスが最も効率良く機能することを保証するために,利害関係者や専門家を政策過程に取り込むことの効用を強調するものだと説明する(p.30)。他方,個別イデオロギーについては,民族,人種,宗教、地理,性別,文化に基づいた共同体やアイデンティティの代表権を強調するものだと述べる(p.32)。そして著者は,これら2つのイデオロギーを用いてシンガポール,フィリピン,マレーシアの代表・参加制度の構築過程や運用について分類している。

シンガポールは人民行動党により長年統治されており,マレーシアはマレー人優遇に基づく政策を数十年にわたり継続している。そのため感覚的には,協議イデオロギーと個別イデオロギーによる分類は一定の説得力をもっているように思われる。しかし,厳密に検証する場合,学術的にどの程度の妥当性をもつかは不明である。

本書で,「イデオロギー」という表現が使用されていることが読者を少々混乱させているかもしれないが,2つのイデオロギーはともに政府の言説や統治方針を指している。そして,事例としてとりあげられた3カ国は,シンガポールとマレーシアは(半)権威主義体制,フィリピンも民主化の途上にある国である。著者は,民主化途上国の政府が国民の不満を抑えるために諮問会議を立ち上げたり,任命制の国会議員を設けたりすることにより広く各セクターから代表者を取り込み,政権の民主的正当性を強調しようとする手法を協議イデオロギーと呼んでいる。

しかし,著者が「協議イデオロギー」と表現する統治手法は,他の非民主主義国でも使用されている。たとえばタイでは,2006年軍事クーデタ後に制定された2007年憲法により上院議員の一部任命制が復活し,社会の多様なセクターから上院議員を選んでいるとされた[外山2012]。また2014年に軍事クーデタが起こり,再び軍事政権のもとで憲法を起草する際にも,全国各地で公聴会を繰り返し実施し,一般市民や子供にまで意見を述べる機会を与えた。しかし,最終的な決定に対して,一般国民が影響力を及ぼすことができなかった点はシンガポールなどと同様であった。つまり,政府が協議イデオロギー的手法をとることは,決して珍しくない。とくに非民主的体制においては,協議イデオロギーは常套手段といえよう。

では,個別イデオロギーについてはどうだろうか。著者が,個別イデオロギーが強い影響力をもつ国として挙げたのはマレーシアである。マレーシアは,植民地時代に英国により民族分断統治が行われたため社会的に深い亀裂が存在しており,この点が他の2カ国と異なる。とくにシンガポールとの統治形態の相違については,個別イデオロギーで説明できるようにも思われる。

では,シンガポールとフィリピンの違いを分析する際にも,個別イデオロギーは有効なのだろうか。フィリピンでは,市民社会の改革派勢力が穏健派と革新派に分裂していたことにより,エリートによる支配の強化を招いたことが指摘されている。しかし,フィリピン市民社会に存在する分裂は,個別イデオロギーの要素とされる民族,人種,宗教などに基づくわけではない。著者自身も,両国の資本主義の発展形態の相違点について触れている。

経済的不平等が拡大したことを契機に,エリートと大衆の双方が新たな代表・参加制度を希求するという本書の議論は面白い。いずれの国の指導者も,国民の不満を吸収するために社会全体から代表者を取り込んでいる(かのようにみえる)新たな参加制度を導入した。しかし,新しい参加制度の登場やその後の成否について,2つのイデオロギーにより分類を行うことにより,学術的に新しい何かがみえてくるかといえば微妙かもしれない。

(3) 全体の議論の流れと構成

最後に,全体の議論の流れについて気になった点を指摘する。本書は,一言で形容すれば「ごった煮の鍋」である。本書には多数のキーワードが登場する。たとえば,資本主義のグローバル化と不平等の拡大,ポピュリズムの席巻,植民地や冷戦の歴史,資本主義の発展形態と社会構造,参加制度をめぐる政治的争い,協議イデオロギー,個別イデオロギー,市民社会などである。

本書の分析枠組みが,政治経済学的アプローチと歴史的制度論のアプローチを併せて使用していることに加えて,近年のポピュリズム興隆についても分析対象に入れようとしているため,議論が複雑になり,理解しづらいものになっている。そのため本稿でも,本書の内容紹介にやや多めの紙面を割くこととなった。3カ国の事例研究は丁寧な記述と明快な分析により理解しやすいが,本書全体の議論を把握しようとするとき,読者は少々困惑するかもしれない。

本書の肝は,3カ国の事例分析に基づく参加制度をめぐる政治勢力間の攻防である。協議イデオロギーおよび個別イデオロギーという概念によって分類することの妥当性はともかく,政治の参加制度が,必ずしも真に民意を吸い上げるための制度ではなく,政府が不満をもつ勢力を統制するための手段として利用されたり,エリートが制度を乗っ取ったりする過程こそが最も興味深い。本書全体の議論も,制度をめぐる政争を中心に据えて,よりシンプルで明快な議論にまとめた方が好ましかったようにも思う。

著者であるギャリー・ロダンは,長く東南アジア地域の民主化について研究してきた著名な研究者であり,多数の著作を世に送り出してきた。彼の著作は,学術的に高く評価されている。本書は,著者にとって集大成に近い作品かもしれない。そのため,多くのファクターが1冊の本に詰め込まれているのであろう。本稿では,本書に対して批判的な評価も述べたが,普遍的な分析枠組みを構築しようとする著者の学問的野心と情熱については敬意を表したい。

文献リスト
  • 外山文子 2012. 「タイ2007年憲法と上院——その新たなる使命——」『南方文化』 (39)75-96.
  • 外山文子・日下渉・伊賀司・見市建編 2018. 『21世紀東南アジアの強権政治——「ストロングマン」時代の到来——』 明石書店.
  • Levitsky, Steven and Daniel Ziblatt 2018. How Democracies Die. New York: Crown.
 
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