アジア経済
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書評
書評:David Altman, Citizenship and Contemporary Direct Democracy
Cambridge: Cambridge University Press, 2019, xxiii + 258pp.
宮地 隆廣
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2020 年 61 巻 2 号 p. 90-93

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 はじめに

代表制民主主義が適切に機能する条件の解明は,現在の政治学における最重要課題のひとつといっても過言ではない。本書もまた同様の問題関心から現代の直接民主主義(direct democracy)に焦点を当て,それが代議制民主主義に資する有効な制度であることを唱える。著者はチリ・カトリカ大学の教授であり「多様な民主主義」(Varieties of Democracy: V-Dem)プロジェクト・データセットの著者のひとりでもある。著者は早くも1990年代に南米ウルグアイの直接民主主義に関する論文を発表しており,21世紀に入ると,民主主義の質に関する論考とともに,ラテンアメリカ諸国を中心とした直接民主主義に関する論考を数多く発表してきた。本書は著者のこうした一連の研究に最新の成果を加えたものである。

以下では,本書のおもな内容を紹介した後,その特長と重要な論点を示す。なお,本書における直接民主主義メカニズムとは「ある地方や国の市民が,普通選挙かつ秘密選挙による投票を通じて,特定のイシューに関する選択や意見を提示する,一般に認知されかつ制度化された過程」であり,具体的には①市民が発議して現状の変更を試みるもの(イニシアティブ),②立法や執政の決定に反対すべく市民が発議して現状の維持を試みるもの(選択的レファレンダム),③政府が発議するもの(選択的プレビシット),④憲法改正案の承認など憲法上の義務として実施されるもの,⑤①に立法府の提示する代案(counterproposal)を含めたものの5つを指す。熟議や公開投票,リコールは直接民主主義メカニズムに含まれない(pp.6-10)。

Ⅰ 内容

第1章は導入に該当する。代議制民主主義が市民の期待に反する動きをする場合の対応は2つある。第1の方法は既存制度を改めることで,選挙制度改革がその典型である。これに対し,新しい政治参加の経路を作り出すという第2の方法もあり,ミニパブリックスなど熟議空間の制度化が例として挙げられる。そして,直接民主主義を構成する5つの手段のなかで,①と②にあたる市民発議の直接民主主義メカニズム(citizen-initiated mechanism of direct democracy: CI-MDD)は第2の改革に含まれる。

この説明は著者の直接民主主義に対する基本的姿勢を反映している。まず,直接民主主義は代議制民主主義を補完する制度であって,それを代替するものとはみなされない。代議制民主主義が機能不全を起こしているなら,それを廃して古代アテネを想起させるような直接民主主義を実現すること,そのために直接民主主義が実現可能なサイズに政体を小さくすることが望ましいことになるが,著者はこれをアテネ的バイアス(Athenian bias)と称し,根拠のない主張として批判する。

また,CI-MDDだけが代表制民主主義を補完するということは,直接民主主義が間接民主主義に一律の効果をもたらすとは考えないことを意味する。たとえば,手段③が該当する政府発議,すなわちトップダウンの直接民主主義メカニズム(top-down mechanism of direct democracy: TD-MDD)は,政府がアジェンダや実施のタイミングを市民に押し付ける性格をもつ以上,CI-MDDと同列に考えることはできない。

第2章から第8章までは3つの部に分けられ,CI-MDDに関する問いに即して議論が展開される。第1部「起源」(origins)では,なぜ権力者は自らの意思決定を制限するCI-MDDを導入するのかという問いに答える。ナポレオン占領以後のスイス,ポピュリズム時代の米国,そしてヴァイマル憲法成立に至るドイツの比較を通じ,既に民主主義が成立した国において経済危機や戦争などに起因する政治的不安定が生じると,政治に対する市民の不満や幻滅を緩和する目的で政治家がCI-MDDを導入したという共通点が見出される。さらに,スイス連邦の政治制度は米国憲法を参照したなど,政治制度に関するアイディアの国際的波及も重要である(第2章)。1900年から2016年までに存在した国家を対象に,CI-MDD導入の可能性を高める要因を生存時間分析で特定すると,国内的側面(体制の民主主義度の高さ,その度合いの変化の大きさなど)と国外的側面(CI-MDDを制度化した国の数)の双方が確認される(第3章)。

第2部「性質」(nature)ではまず,CI-MDDがどの程度成功を収めたかに関する投票結果が分析される。ここでいう「成功」とは,発議者が現状維持と現状変更のどちらを目指し,投票の結果がそれに沿っているか否かで判断される。その際,投票率や賛成比率の最低水準(quorum)など可決に要する条件が制度ごとに異なることを考慮する必要がある。1980年から2016年までに行われたTD-MDDとCI-MDD計1141例に対するロジット分析の結果,CI-MDDの成功に有意な効果をもつ要因のなかには,成功を定義する制度的障壁が低いことに加え,発議内容が政府の意向と一致していることが含まれている。また,TD-MDDの成功率は8割に達するが,CI-MDDのそれは3割に満たないという事実も明らかになる(第4章)。

CI-MDDに対しては,移民の完全な排斥を求めるなど極端な主張をもつ集団に利用される危険性はないのかという疑念がある。たとえば,極端な主張ゆえに人気の乏しい集団は発議の成否以上に,直接民主主義を使って自らの存在や関心を社会にアピールすることで人気上昇を図る投資(capitalization)の効果をねらうことが考えられる。前章の分析対象のうち民主体制下にある784例を対象に計量分析を行うと,行使について発議者のイデオロギーに有意な偏りはないが,年々急進化の傾向がみられるうえに,CI-MDDについては投資の効果も確認される(第5章)。

第2部の結果はCI-MDDの意義を問うものである。CI-MDDが極端な主張をもつ集団に利する傾向があり,その成功には政府の意向が影響し,かつ成功率が低いとなれば,それは代議制民主主義の軌道修正を求める制度として有望といえるのか。これに答えるのが第3部「改革」(reform)である。まず,CI-MDDが制度として存在するだけで,その行使を防ぐよう政治家が先回りして民意を汲んだコンセンサスを確立すること,そしてCI-MDD利用を目論む極端な主張をもつ者も発議要件(たとえば署名数)を満たし,かつ支持票を得るべく主張を穏健化させる効果がある。政府と市民社会の関係についても,政治家と有権者の選好を接近させるなどのよい効果が期待される。そして,代議制民主主義の機能改善に資するとされる諸制度,具体的には分権化や熟議,電子政府に数多くの問題が指摘されていることと比べると,CI-MDDは魅力のある制度であると唱える(第6章)。

さらに,これまでの議論を踏まえ,直接民主主義を有効に機能させるための制度設計案も示される。市民発議に必要な署名数(人口の9パーセント程度),結果の効力に関する規定(法的拘束性をもたせるが,後の国民投票や立法によって覆されることは妨げない)などと並び,熟議市民委員会(deliberative citizens commissions: DCC)の創設を提案していることは注目できる。DCCは,直接民主主義メカニズムの発議にともない,性別や年齢などの属性に配慮してランダムに選ばれた奇数名の市民によって構成され,構成員の議論と専門家による文言作成の支援を経て,投票で諮る選択肢を提示する。これにより,直接民主主義の発議者が極端な提案をしたとしても,それに対する穏健な案がDCCから示されることになり,市民社会の総意に近い選択が可能となる(第7章)。第8章は第7章までの議論の整理と今後の研究に関する展望を示している。

Ⅱ 特長

代議制民主主義の改善を考察する一連の文献のなかにあって,本書の立ち位置は個性的である。市民社会が政府に対し行動の説明を求め,適切でなければ行動を改めるサンクションを与える意味で,直接民主主義は垂直的アカウンタビリティ(vertical accountability)のメカニズムを有する。一般に,垂直的アカウンタビリティで議論されるテーマは①政治家の選挙過程に関することと,②マスコミ活動や抗議行動といった非選挙的な過程(社会的(societal)アカウンタビリティ)であり[高橋 2015],直接民主主義は①の枠内で処理される。たとえば,Levine and Molina[2011, 24]は直接民主主義を参加の機会と考え,発議者を問わずその回数が多いほど参加的であるとして肯定的に評価する。

本書の議論にはこうした枠組みには収まらない斬新さがある。第1に,CI-MDDはその定義上,議員を選ぶ選挙ではないため①ではなく,法制度に従った選挙であるため②でもない。第2に,直接民主主義の多様なメカニズムを示したうえで,CI-MDDこそ重要であることを示す。最後に,第6章にある通り,CI-MDDが直接対象とする市民と政府という「縦の」関係だけでなく,市民間や政治勢力間の協調という「横の」関係にまで効果を広く認めている。

先行研究との差異としてもうひとつ指摘すべき点は,直接民主主義の一般的含意を追究していることにある。本書同様,直接民主主義の事例を広く考察した代表作としてButler and Ranney[1994]と,その第2版であるQvortrup[2014]があるが,いずれも一般的含意の導出には消極的であった。たとえば前者は,直接民主主義の行使はまれであり,事例ごとに固有な状況がある以上,異質な事例を並べたうえで一般的含意を見出すことは期待できないとする[Butler and Ranney 1994, 258]。

本書はこうした傾向に挑戦するものであるが,これは時代の産物であるといえる。過去の直接民主主義研究が一般化を忌避したのは,比較に対する方法論的態度が確立されていなかったことが大いに関係していると思われる。V-Demのメンバーである著者は今日の実証政治学の基本的アプローチを熟知した人物であり,多様で比較困難にみえる直接民主主義の現象を比較可能な形に指標化し,統計的手法によって政治経済の諸指標との連関を見出そうとする。この点こそ,著者が過去の代表的な直接民主主義研究者と一線を画すところである。

こうした本書の性格は予想通りの反発を招き,最近発表された書評では,ニュージーランドでのCI-MDD導入は政治的不安定とは無縁であるなどの反例をもとに,本書の主張に疑義を示している[Qvortrup 2019]。しかしこれは,計量分析が前提とする確率論的(probabilistic)な因果推論をわずかな逸脱事例で否定するというアンフェアな批判である。実際,本書では繰り返し,直接民主主義を含むあらゆる政治制度がどの社会でも同様に機能するという楽観は慎むよう指摘されている。本書の示す一般的含意とは直接民主主義に関し相当程度広くいえることであって,それに全事例の完全な説明を期待するのは過大な要求である。

Ⅲ 今後期待される2つの論点

確率論的因果推論を逸脱事例で否定することは誤りであるが,個別性に分け入ってその推論の射程を具体的に検証する余地はある。第8章では今後の研究課題として,国民投票と議員選挙が相互に投票行動に与える影響やテーマごとの国民投票の傾向など,本書の議論を外側に広げる提案をしているが,本書の内容自体を見直す道も残されていよう。流れるような本書の議論展開にあって,いささか淀みが感じられるのは第2部と第3部のつながりである。たとえば,第2部が示すようにCI-MDDの成功率が低いなら,与党政治家にとってCI-MDDは脅威にならず,政府に異議を申し立てたい市民にとっても魅力は乏しいはずである。著者はこの点を認めつつ,第3部でそうした脅威や魅力が実際に政治家間の協調や市民間の連帯を醸成するものだと唱えるのだが,この2つの部を首尾よくつなげるには,CI-MDDの脅威や魅力が政治家や有権者を動かす条件に踏み込む必要がある。

とくに説明を要するのは政治家の脅威認識の方である。市民側については,自らの関心を争点化したい者がCI-MDDの行使に向け積極的かつ柔軟に振る舞うことが予想できるが,政治家側の脅威認識はおのずと導かれるものではない。第3部では効果があった事例が紹介されているが,効果がなかった事例は存在するのか,存在するなら効果を発揮する条件は何かを解明せねばならない。

最後に,政策提案を含む本書を日本語で評することに言寄せて,日本の統治機構改革への本書の主張の応用について指摘する。衆議院の解散権を有する首相が選挙のタイミングを握ることに加え,橋本行革以後の統治機構改革によって,内閣が強いリーダーシップをもつようになった[PHP「統治機構改革」研究会 2019]。こうしたトップダウン色の強い現行の制度に,ボトムアップのCI-MDDを組み合わせることは,統治機構の独善的な政治運営に対する歯止めを提供するものと期待できる。自民党が提案する憲法改正の文脈では,本書が提示する5つの直接民主主義メカニズムのうち,改正承認の国民投票に注目が集まっているが,日本の民主主義を健全な形で活性化させる可能性を秘めたCI-MDDこそ正面から扱われるべきではないだろうか。

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