Ajia Keizai
Online ISSN : 2434-0537
Print ISSN : 0002-2942
Bookcase
Bookcase: Taro Adachi, Kaihei Koshio, Tatsushi Fujihara, Agricultural Policies, Universities and War: Unknown History of “Manchurian Hokoku Farms” During and After the Asia-Pacific War (in Japanese)
Kyoko Nomoto
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2020 Volume 61 Issue 2 Pages 96

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満洲報国農場とは1942年に始まり,翌年の「在満洲報国農場設置要綱」以降,つぎつぎと設立された農林省管轄の農場である。東京農業大学(以下,東京農大)が,ソ連(現ロシア連邦)との国境に近い満洲国東安湖北に満洲報国農場を開設したのは1943年のことであり,大学が主体となって設置した唯一の農場であった。1944年8月,東京農大専門部農業拓殖科7期生による第1回拓殖訓練実習が開始され,彼らは11月に帰国する。翌1945年入学の8期生は入学直後の4月から6月にかけて,満洲報国農場へと出発する。その直後の歴史を知っている読者は,この8期生たちがどのような苦難の道をたどることになるか思いを馳せることになる。

現実に,このとき満洲に渡航した8期生87名中,ソ連軍侵攻とその後の混乱のなかで53名が死亡または行方不明となり,実習の運営にかかわった上級生3名と教職員2名が犠牲となったという(67ページ)。では,なぜこの時期に学生たちは満洲に送られ,過酷な運命をたどることになったのか。本書の主題はここにある。著者3人のうち2人は現役の東京農大教員であり,在職する大学の負の歴史を直視し,多くの学生が犠牲になった事件がなぜ起こったのかを検証するとともに,その後,現在に至るまで大学がどのようにこの事件に向き合ったのか(向き合わなかったのか)を鋭く問うている。

もうひとりの著者である藤原辰史(農業史)は,満洲農業移民政策を推進した橋本傳左衛門(京都帝国大学農学部教授)の農学者としての責任に迫る。橋本は「満洲報国農場の立役者である杉野忠夫の師」にあたり,また自らも満洲農業移民政策に深くかかわっていた人物である。章タイトルとサブタイトルからは,告発の書ともいえる本書において,著者たちがどのような問題意識をもち,何を明らかにしようとしたかが伝わってくる。なお,巻末に満洲報国農場関連書類と,生還者の黒川泰三氏の手記「東京農大満洲湖北農場の追憶」を収録している。

本書は,農業拓殖科8期生の過酷な実体験をまとめた『凍土の果てに――東京農業大学満州農場殉難者の記録――』[黒川 1984]や,拓殖科の卒業生やその遺族へのインタビューに基づいて,当時の実相に肉迫する。応用昆虫学(足達),植物生理学(小塩)という「専門外」の分野を専攻する2人の著者は,その鮮明な問題意識に基づいて鋭く主題に迫り,当時直接かかわった大学関係者だけではなく,その後の大学当局の説明責任や戦後補償の問題まで射程に入れて論じている。

さらに補章において,その実態が明らかにされてこなかった満洲報国農場について,「空白」をたどろうと試みたことも特筆に値する。満洲報国農場は戦争が激化した時期に食糧増産のため設立され,終戦時,東京農大湖北農場を含め70近くの農場があった(『満洲開拓史』[満洲開拓史復刊委員会 1980,903]によれば74農場)。各府県から青年男女の勤労奉仕隊が数カ月交替で派遣され,営農したのである。本書によれば,終戦時には約4600人の隊員が派遣されており,ほとんどが年若い少年少女たちであったという(149ページ)。補章では,自費出版された記録やインタビューに基づいて,多くの報国農場について紹介している。各農場に派遣された男女別人数や終戦時の在場者数,そして生還者数をみると,東京農大だけにとどまらない満洲報国農場の直面した過酷な状況が浮かびあがってくる。女性の比率がかなり高いことにも注目したい。

以上,多くの問題を剔出し追求する本書の刊行にあたっては,著者らが現に接している学生たちの存在が大きかったのではないか。著者たちの問題提起はけっして過去にのみ向けられているのではない。

文献リスト
  • 黒川泰三編著 1984.『凍土の果てに——東京農業大学満州農場殉難者の記録——』記録刊行委員会.
  • 満洲開拓史復刊委員会編 1980.『満洲開拓史』全国拓友協議会.
 
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