アジア経済
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書評
書評:Sophia Kalantzakos, The EU, US and China Tackling Climate Change:Policies and Alliances for the Anthropocene.
Routledge: New York, 2017, ⅷ + 170pp.
鄭 方婷
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2020 年 61 巻 3 号 p. 119-122

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 はじめに

国連気候変動交渉における歴史的合意である「パリ協定」は,2015年12月に採択され,翌2016年9月に発効した。一方,パリ協定の前身となる「京都議定書」は,米国の離脱など幾多の困難を経て,採択から発効まで8年も要した。パリ協定が比較的スムーズに発効に至ったのは,米国と中国が発揮した政治的な指導力に因るところが大きいと考えられる[鄭 2017]。

しかしドナルド・トランプ米大統領が2017年6月に離脱を宣言したことで,パリ協定は難しい局面に入っている。2019年11月には国連に離脱通告があり,その1年後の2020年11月に正式な離脱となる。現在,2020年から適用されるパリ協定の細則に関する交渉課題が山積しているが,米国を再び交渉のテーブルにつかせ,同国の実質的な寄与を確保できるかどうかが焦点のひとつになっている。

本書は,この問いに正面から答えようとした著作である。著者のSophia Kalantzakos氏は,これまでレアメタルをめぐる米中の競争に関する分析など,国際政治学的な視点から地球環境・気候変動問題を論じており,評者の研究スタイルと近い。以下では,本書の構成に沿ってパリ協定の実施状況や課題を紹介し,最後に評者の見解を述べることとする。

Ⅰ 本書の内容

本書は全6章で構成されている。第1章から第4章では,それぞれ米国,中国,EU,そして米中間において,環境問題が政治課題として台頭してきた歴史や気候変動に関する政策,法案,立法過程などが整理されている。第5章では欧中環境協力の可能性と課題が明らかにされている。そして第6章では,EUと中国がアジア,アフリカ,中南米地域に対してそれぞれ果たすことのできる影響力を最大限に発揮し,ネットワークを拡大させて共通の課題に取り組むよう提言がなされている。以下で各章の内容について紹介する。

第1章では,米国政治において環境・エネルギー関連の諸問題や気候変動・温暖化対策が政権交代に翻弄されてきた歴史に焦点が当てられている。著者は,環境管理の効率性を向上させる方法として「費用便益」および「リスク便益」分析,すなわち環境保全のための費用,もしくはリスク削減の効果への評価が主流となる政治過程を紹介し,これらは長期的かつ広範に評価すべき地球規模課題への対応には適していないとしている。さらにこのことから,米国を「まだ消極的で信頼できない」プレイヤーとし,グローバルな環境問題の解決に米国が積極的な役割を果たすことは期待できないという。これは2001年に京都議定書から離脱した共和党ブッシュ政権と,現在パリ協定の離脱に邁進するトランプ政権が化石燃料の使用拡大を招いたことが背景にある。また国際主義から孤立主義への転換や,他分野で自国の安全保障を最優先とする傾向が今後も続く見通しであることも一因であると指摘している。

第2章では,環境保護や気候変動に対し高い意識レベルにあるEUがこれまで担ってきた積極的な役割が紹介されている。著者はEUを「希望に満ちたパラダイム・チェンジを求める」プレイヤーとしている。その理由として,早い段階から環境への配慮を貿易問題と結びつけながら国家間の貿易障壁を徐々に取り除くことに成功したこと,深刻な大気汚染や酸性雨など越境型の環境問題を体験し,環境団体やいわゆる緑の党が大きな政治的影響力をもつこと,さらにEUの枠組みによって共通の政策が適用されるだけでなく,環境税などの経済的ツールを用いて産業界に持続可能な開発を浸透させたことなどが挙げられている。

第3章では,過去の「持続不可能な経済開発」への反省から「変化と改革を求める」プレイヤーに変貌する中国がクローズアップされている。中国は大気汚染をはじめいくつもの深刻な環境汚染を経験し,近年,環境保護に対する意識が大きく向上しただけでなく,気候変動への対処においても真剣さがみられるようになった。また近年の胡錦涛,習近平両政権においては「生態文明に基づく発展」が大いに強調されてきた。これは中国が経済発展最優先の立場から,経済成長の維持,貧困の根絶といった難しい課題に直面しながらも,破壊された環境の回復に取り組み始めるなど転換期にあることを示している。とはいえ,「一帯一路」のような対外協調路線の開発戦略の陰には,環境破壊の輸出と資源略奪に対する懸念が今もなお強くもたれているという。

第4章では,気候変動協力における米中関係の展開が分析されている。中国はこれまで国際問題の交渉に臨む際,途上国集団であるG77のリーダーとして先進国に対抗してきたが,通商関係の深化によってその立場は次第に通用しなくなってきた。米国,欧州,日本などの先進国と可能な範囲で協力し,状況に応じて戦略的に国益を計算しながら対処コストを拠出しなければならなくなったため,冷戦期に比べて中国外交ははるかに柔軟化したとされる。また米中は貿易や外交,安全保障などで競争関係にあるが,環境・エネルギー問題への対処は関係改善の手段として戦略的に取り組まれている。とくに2009年のコペンハーゲン国連気候変動会議の開催を機に米中の政治・政策協力が急ピッチで進められ,その後も良好な協力関係が継続していた。ただ,両国は自国にとって好都合な国際制度・ルール作りを望んでいたため,米中の戦略的二国間協力がEUやその他の地域まで拡大されることはなかった。

第5章では,EUと中国の協力関係の構築が「共通する地球規模の挑戦にとって最善の策」であると主張されている。その理由として,①両者間では外交や安全保障よりも経済分野の優先度が高く,気候変動をめぐってパートナーシップ関係を築けば危機への対応力が高まる,②投資をセットにして経済発展や技術革新を目指すことができる,③米国による政治的リスクを回避できる,④温室効果ガスの排出取引権制度など,両者はすでに関連するさまざまな分野で協力関係にある,といった内容が挙げられている。

最終章の第6章は「希望と変化を加速させる国家間のネットワーク」と題し,欧中それぞれが戦略的パートナーシップなどのネットワークを通じて,持続可能な開発モデルの構築に対してもつ影響力を,アジア,アフリカ,中南米などへさらに拡大するよう推奨している。国連の持続可能な開発目標(SDGs),技術革新によるエネルギー利用の高効率化,エネルギー源の多様化などはどの国にとっても重要であり,気候変動の緩和にも繋がる。これらは各国共通のテーマとなり得ることから,二国間のみならず多国間での協力も可能である,と著者は指摘している。

Ⅱ 本書の貢献および到達点

書名にもある「アントロポセン」(Anthropocene:人新世)とは,人類が地球に非常に大きな影響を与えた時期を強調するために2000年以降に生まれた造語である[Schwägerl 2014]。定義については諸説あり,正式な地質年代区分としてはまだ認定されていないが,地球規模課題や環境文明論を語る際に重要な概念となっている。本書の立場は,アントロポセンにおいて地球規模課題に対処する際,主権国家以外のさまざまなアクターが担う役割の重要性が増し,国家の重要性が相対的に低下はするが,その存在は依然軽視できないというものであり,国家中心的な視点から議論が展開されている。

本書でもっとも重要な論点は,気候変動などの地球規模の環境問題におけるEUと中国との協力関係の重要性である。その背景には①米国との協力関係より安定的であること,②欧中が純粋に経済的利益を追求しても更なる緊密な関係の構築が可能な場合が多いこと,③欧中間には日中間のような歴史認識や領土問題,米中間のような戦略的・軍事的対立が存在しないこと,などがある。こうしたことから著者は,両者間の協力関係をさらに推進すべきであるとしている。

本書では気候変動への対処をめぐる大国間関係がテーマとなってはいるが,米国の主導権が相対的に低下していく時代に,環境問題以外に通商,外交などでも主要国間で協力関係を構築するメリットを提示している。EUと中国は互いに重要な貿易相手国ではあるが,米中とは異なり,安全保障問題上の競争相手ではないことから,安定した戦略的パートナーシップが維持できるとした。このように本書でもっとも強調されるメッセージは,アントロポセンにおける問題解決および次世代のための経済発展に道筋をつけるには,欧中関係が担う役割が非常に重要であるという点である。また本書には,環境問題の国際政治学的研究に対する貢献として評価すべき点が3点ある。

第1に,EUと中国が有効な協力関係を構築できると議論したことである。地球環境課題への対応で主権国家の役割が相対的に低下したにもかかわらず,米国の離脱により,EUと中国の戦略的協力関係には経済合理性があるとしたことは評価されるべきである。政権交代の度に孤立主義に走る米国とは一線を画し,EUと中国が取る指導的な立場はますます重要性を増すだろう。

第2は,地球環境問題,脱炭素化,再生可能エネルギーへの転換といった分野におけるEUのリーダーシップが,今後の問題対処に重要であると示したことである。実際に気候変動の深刻化を受け,欧州委員会は2019年に「欧州のグリーン・ディール」を発表するなど,「気候単独主義」ともいえる戦略を取ろうとしている[European Commission 2019]。

第3は,国家中心的な議論を展開しつつも,その他のアクターによる役割を軽視していないことである。自治体やグローバル企業による努力がますます重要視される現在も,国家は法的枠組みや行政手段の構築により国内外で政治折衝や経済開発を主導できるため,依然その影響力は無視できない。しかし同時に,米国の州政府や各国の地方自治体などのサブ・ナショナルなアクターは中央政府の制約を受けにくく,EU,中国による国家間連携にそれらのサブ・ナショナルなアクターも巻き込んだ三者間協力が今後ますます重要となっていくと論じている。以上3点が本書のオリジナリティと到達点であるが,課題も残る。

Ⅲ 残される未解決の課題

本書は豊富な資料に基づき欧中協力を推奨しているが,アントロポセンにおける課題解決とガバナンスに対して大国間協力関係が果たし得る影響力についての理論的な分析枠組みには触れていない。相互依存と競争関係が複雑に絡み合うなかで,地球規模課題の解決に有効な大国間関係はいかなる条件下で成立するのか。それに関する仮説の提示と検証は行われておらず,政治過程や政策内容の記述に終始している。

とくに,深刻化する気候変動問題を根本的な解決に導くには,温室効果ガス排出削減を避けて通れない。2018年時点で世界全体の温室効果ガス排出量(CO2換算)に占める割合は,中国26.5パーセント,米国13.0パーセント,EU8.5パーセント[UNEP 2019]であり,圧倒的な排出量の中国に,継続して実質的な削減行動を取らせなくてはならない。しかし米国が消極的な姿勢を続ければ中国がこれまでと同様に協力的な姿勢を保つ保証はなく,米中間では「囚人のジレンマ」,すなわち「各国が合理的に選択した結果,地球全体にとって望ましくない状況」に陥る可能性も否定できない。米中間でこの囚人のジレンマ状態を打開するための条件と手法に関して,理論的な提示がほしいところである。

実際に懸念すべき状況も起きている。2015年から2017年までの3年間で,中国の排出量増加率は一度緩やかになったが,2017年に米国が消極的立場に転じてから,2018年の1年間で中国は1.6パーセント,米国は2.5パーセントの大幅増加となった。また,中国では2021年から2025年の経済開発を方向づける第14次5カ年計画策定プロセスがすでに始まっており,エネルギー分野でも化石燃料の使用増加が懸念される。2015年から2020年の第13次5カ年計画策定時に比べて,排出削減に関する国際的な,とくに米国からの圧力が軽減しており,さらに米中貿易紛争の影響で減速が目立つ経済成長に厳しい視線が注がれるからである。

グローバルレベルでの協力も楽観視できない。パリ協定の発効に伴い各国が国連に提出した「自国が決定する貢献」(Nationally Determined Contributions: NDCs)の達成に向けて準備を進めているが,5年ごとに更新が求められる各国のNDCは,EUを除きほとんどの国が現在の水準より野心的になっていない[Climate Watch 2019]。また,2014年から2016年にかけて世界全体のGHGs排出量はほぼ横ばいが続いていたが,2017年に4年ぶりに増加(対前年比1.2パーセント)した。2018年も1.5パーセント増え,過去最高を更新した。世界全体の排出量の増加にともない,米中も国内の状況を優先しており,両国がグローバルな合意と行動にこれまで担ってきた指導的な役割も一転して減退したことがわかる。

パリ協定の採択から4年以上が経過し,米国の離脱宣言や米中貿易摩擦,さらには新型コロナウイルスのパンデミックなど,著者が執筆当初予測していなかった事態が起きている。EUは主要排出国の行動を同一の方向へ誘導し,囚人のゲームに近づきつつある現在の構造を変えていかなくてはならない。

2019年12月にスペインで開かれたCOP25は会期こそ史上最長であったが,重要な結論を出せないまま閉幕を迎えた。そしてパリ協定の実施に重要とされる国際排出権取引制度,次期NDCsに関する共通な時間枠,長期の資金援助枠組み,実施の透明性の確保,適応委員会および専門家諮問グループによる報告書の提出などに関する細則が未解決のまま残されている。

多大な労力をかけて作り上げたパリ協定が京都議定書と同じ轍を踏むのを避けるためには,実質的に排出削減レースを独走状態のEUが現在の高い問題意識と積極的な行動を保ち,中国を巻き込み緊密な協力関係を築いていくことが必須である。また,米国を再び協定に戻らせ,中国との交渉を継続させるために知恵を絞らなければならない。

Ⅳ 結語

本書は国際政治学の視点から,欧州,中国,米国それぞれの気候変動,環境,エネルギー等の政策決定過程やその内容,さらには欧中関係,米中関係についても1970年代まで遡ってその歴史的な展開と今後の展望について詳述している。これまで欧州と米国はそれぞれ経済,環境,エネルギーなどの分野で中国と戦略的な関係を築こうとしてきたが,著者は欧中関係がより安定する理由について,豊富な歴史的コンテンツをもとに説得力ある提言を述べている。

近年の不安定な米中関係がグローバルな環境ガバナンスの進展を阻害するという著者の読みはまさに的中しており,今後,米中貿易紛争が長引くなかで米国が国際交渉の場に長期間不在となれば,中国がこれまでと同じ意欲で協力的な立場を取るかどうかは非常に不透明である。実際に,トランプ政権の立場に対応して中国は,国連や国際主義から一歩身を引き,公にコミットメントしなくなるなど,負の連鎖効果がみられる。

また,仮にEUと中国の全面的協力が実現しても,パリ協定の採択に至るまでに米中が発揮したリーダーシップと同等な影響力を欧中が及ぼすことができるかは不明である。中国がEUと協力して排出量を削減しても,その努力が米国など他国の排出増によって相殺されては意味がなくなってしまう。

今日の温室効果ガスの排出状況が大きく変化しないのであれば,米中両国による積極的な対処の重要性は依然変わらない。米国のオバマ政権と中国の胡錦涛,習近平両政権が取った戦略的な協力関係は,互いに自国益を最大化しつつも国内の論争と反発を乗り越え,国境を越えた課題に取り組むことで国際協力を推し進める原動力となった。しかし現在は従来のリアリズムに基づく国際関係が主流となり,気候変動に対処するための経済・生産活動への関心が薄まったように感じられる。気候単独主義に傾くEUには,今後,主要排出国である中国だけではなく,米国に対しても積極的な働きかけを行うことが望まれる。

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© 2020 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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