アジア経済
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論文
強まる反インフォーマリティの規範――マニラ首都圏スラムの「盗電」を事例に――
宮川 慎司
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2020 年 61 巻 3 号 p. 28-60

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《要約》

途上国の貧困層は,生活の上で当局に認められないインフォーマルな活動を行うことが少なくない。本稿は,互いの苦境を理解するマニラ首都圏の貧困層自身が,なぜ2010年代半ばになって反インフォーマリティの規範をもつようになったかについて,スラム地域の「盗電」に関する調査から考察する。盗電を行う住民と行わない住民双方の論理から,盗電を許容しない規範が生じる理由を明らかにする。もとよりスラム住民は火災発生の恐れがある盗電に対して批判的な規範をもつ一方で,電力正規契約を得る障壁の高さから盗電を正当化していた。しかし近年の2つの法執行強化により,盗電は許容されなくなりつつある。第1に,技術的な取締りの導入により,盗電を取締られた住民が金銭的負担の不公平から盗電に対して批判を強めた。第2に,ドゥテルテ政権下における公的機関の行政手続き改善を背景に,正規契約を得る障壁低下の可能性が示され,盗電の正当化が難しくなった。

Abstract

The poor in developing countries must sometimes resort to informal activities that are not allowed by authorities because they have no other choice. This paper examines why the poor in Metro Manila have adopted anti-informality as a social norm since the mid-2010s, despite understanding one another’s predicament. This paper explores this question by considering a case of electricity theft in a slum area, focusing on the viewpoints of those who steal electricity compared with those who do not. While slum residents used to disapprove of electricity theft because it posed a fire risk, they nevertheless justified it on the grounds that the initial cost of obtaining a formal electricity contract was too high. However, the residents have recently stopped tolerating electricity theft because of two recent developments. First, some residents have become unable to steal electricity due to technical measures against electricity theft and have come to criticize those who continue to steal and pay less money for electricity because they view it as unfair. Second, the residents have come to think that changes in government policies under the Duterte administration may reduce the initial cost of obtaining a formal electricity contract, making it difficult for electricity thieves to justify their actions.

 はじめに

Ⅰ インフォーマリティに対する規範と取締り

Ⅱ 調査地における盗電の状況

Ⅲ 盗電に対するかつての規範

Ⅳ 盗電批判の強化

Ⅴ 盗電正当化の困難化

Ⅵ 結 論

はじめに

発展途上国(以下,「途上国」)の貧困層は生活をする上で,規制当局(以下,「当局」)に認められないインフォーマルな活動(インフォーマリティ)を行わざるを得ないことが多い。貧困層のインフォーマリティに宥和的なアプローチを取るか,厳格な取締りを行うかという問題は活発な議論の対象となってきた。ペルーの在野の経済学者であるデソトは露天商などの事例から,フォーマルな制度にアクセスできないことが,貧困層の生産性の向上を妨げる原因であると指摘し,土地の権利を付与するなど,彼らのフォーマル化を支援する政策の重要性を提起した[De Soto 2000; 2002]。しかし近年は,インフォーマリティは貧困層を対象とする社会政策の拡充と非効率の目立つフォーマルな社会保障制度のミスマッチから説明できるところが大きいと論じるLevy[2008],インフォーマル経済の生産性はデソトが想定するほど高くないと主張するLa Porta and Shleifer[2014]など,貧困層の潜能力に期待するデソト的な政策は経済学的な観点から批判の対象となっている。

インフォーマリティをフォーマル化させる政府の支援の減少は,本稿で扱うフィリピンにも当てはまる。フィリピンでは,1986年に誕生したアキノ(Corazón Aquino)政権以降,スラム改善事業,コミュニティ抵当事業など貧困層の土地利用状況を改善する政策がとられてきた[Porio and Crisol 2004]。しかし,こうした貧困層に歩み寄る努力にもかかわらず,スラムの問題は未だ解消されていない[青木 2013]。近年のインフォーマリティに対する政策は,支援によってフォーマル化を促進する方向ではなく,2016年に誕生したドゥテルテ(Rodrigo Duterte)政権のように,厳格な取締りによってインフォーマリティを減少させる方向に進んでいる。ドゥテルテ政権による取締りの対象は麻薬関係者,公道における許可のない露天商,古いジープニー(乗り合いタクシー)の営業,公共の場での喫煙など,生活における様々な部分に及ぶ。さらに,2019年にマニラ市長に就任したモレノ(Isko Moreno)(注1)による露天商への厳格な取締りに代表されるように,人々の支持を背景に反インフォーマリティの方針とる政治家がドゥテルテの他にも現れつつある。

フィリピンでは2000年代ごろから,インフォーマルな活動を行う貧困層と,そうした活動を社会の発展を阻害する原因と捉える中間層の間に対立が見られることが指摘されてきた。日下[2013]は,2000年代初頭の露天商への取締り強化に対して,中間層は渋滞緩和や公道の清潔さをもたらすものとして一定の理解を示す一方で,貧困層は生計維持のために取締りに抵抗することを論じた。このようなインフォーマリティをめぐる貧困層と中間層の対立が表面化する一方で,ドゥテルテ政権期の世論調査はインフォーマリティをめぐる貧困層同士の対立という新たな論点を提起する。例えば,2016年のSocial Weather Stationsの調査によればドゥテルテ政権下の超法規的殺人を含む強硬な麻薬対策に対して,中間層や富裕層(ABC層)は84パーセントが満足,5パーセントが不満と答えたのに対し,貧困層(D層)は84パーセントが満足,8パーセントが不満,最貧層(E層)は86パーセントが満足,8パーセントが不満と答え,貧困層も中間層や富裕層と同程度に麻薬対策を支持することが明らかとなった[SWS 2016]。麻薬使用者や超法規的殺人の被害者の多くが貧困層であることを考えると,この世論調査はインフォーマルな活動を行う貧困層自身も必ずしもそうした活動を擁護する立場にはないことを示唆する。麻薬は周囲の人に大きな害を与える可能性のある極端な事例ではあるものの,貧困層が互いのインフォーマリティを許容しないことは,他の事例にも当てはまる可能性がある。互いの苦境を理解する貧困層が,同じ貧困層のインフォーマリティを許容しなくなる原因を理解するためには,社会に不利益をもたらすものとしてインフォーマリティを批判する論理の変化からだけでなく,互いの生活への理解に基づいてインフォーマリティを擁護,正当化する論理の変化からの考察も重要である。

人々がインフォーマリティを許容するかどうかの判断基準は,当局によって設定された客観的な基準とは異なる。インフォーマリティに対する許容度について論じる本稿では,当事者(本稿の事例では,調査地スラム住民を指す)の不文法による判断に焦点を当て,それを社会規範(以下,「規範」)と表現する。規範は「裁判所や議会などの公的機関から発表されるものでも,法的な制裁の脅しによって強要されるものでもないが,しっかりと遵守される」[Posner 1997, 365]ものである。第三者的な当局によって成文化された規則ではなく,不文法として当事者の間で共有される規範が,当事者がある活動を許容するかどうかの基準となる。

以上を踏まえて本稿では,なぜマニラ首都圏の貧困層は2010年代半ばになって反インフォーマリティの規範をもつようになったのか,という問いに取り組む。取締りを歓迎する側がインフォーマリティを批判する論理の変化だけでなく,取締りを受ける側がインフォーマリティを正当化する論理の変化からも,この問いを検討する。近年のインフォーマリティに対する法制度整備や法執行の強化が,インフォーマリティに対する批判を強め,また正当化を困難にさせたことで,インフォーマリティが許容されない規範が形成されつつあることを本稿は主張する。取締りを受ける側もインフォーマリティの正当化を難しいと考えるようになるため,反インフォーマリティの規範は取締りを歓迎する側だけでなく,取締りを受ける側にも受け入れられるようになる。

具体的なインフォーマリティの事例として,マニラ首都圏のスラム地域における,正規の料金を支払わずに電力を利用する「盗電」を扱う。インフォーマリティに関する先行研究の多くが取り上げてきた露天商に対する取締りと比べて,マニラ首都圏の盗電に対する取締りは強力で不可逆的であり,当局による取締りのインセンティブも高い。そのため盗電の事例は,取締りの状況の変化が比較的少なく,ある程度の期間を経て起こる規範の変化を考察しやすい事例である。

研究の方法としては,マニラ首都圏に位置する調査地スラムの322世帯に対する全数の聞き取り調査により,調査地の電力利用状況を把握した。そのなかの15世帯に対してはさらに詳細なインタビュー調査を行い,住民の規範を分析した。調査においてはタガログ語を用いた。

本稿のⅠ節では,「インフォーマリティ」,「規範」の概念を整理しつつ分析枠組みを示す。Ⅱ節では,研究方法と調査地で見られた電力利用の概要を整理する。Ⅲ節では,住民が盗電に対してもとよりもっていた規範を示す。Ⅳ節では,第1の変化である盗電に対する技術的な取締りの影響による,盗電への批判の強まりを論じる。Ⅴ節では,第2の変化であるドゥテルテ政権下の行政手続きの改善により,盗電の正当化が難しくなったことを論じる。最後にⅥ節で結論と盗電の事例から得られる示唆を述べる。

Ⅰ インフォーマリティに対する規範と取締り

1. インフォーマリティと規範

本節では本稿の分析枠組みを示した上で,事例である盗電の特徴を述べる。まず,「フォーマリティ/インフォーマリティ」,「規範」の概念に関する枠組みを整理する。

「インフォーマル(インフォーマリティ)」はILO[1972]を嚆矢におもに経済学の分野で議論がなされ,その語の使われ方は多様である[Moser 1994; Rakowski 1994; AlSayyad 2004; 受田 2014]。貧困層の活動の性質について論じる先行研究は,当局が設定した基準に当てはまるかという視点と,社会の人々に受け入れられるかという視点の 2つによって活動を分類してきた。例えばHart[1973]は,収入を得るための活動のフォーマリティ/インフォーマリティをサーベイによって当局に把握されているかどうかで区別し(注2),その上でインフォーマリティを社会で受け入れられるかどうかによって,正当な(legitimate)インフォーマリティと不当な(illegitimate)インフォーマリティに区別した。同様にCastells and Portes[1989]も,収入を得る活動のフォーマリティ/インフォーマリティは,活動の方法が法と社会的状況という2つの要因によって正当(licit)とみなされるか不当(illicit)とみなされるかで区別されると主張した。Castells and Portesの視点は,途上国貧困層に限らず人々の活動を,法的な境界(legal/illegal)と当事者たちの社会的な境界(licit/illicit)によってとらえる必要性を提起するAbraham and Schendel[2005]にも共通するものである。

途上国貧困層の活動を2つの視点で分類するHartやCastells and Portesの先行研究を踏まえて,本稿では(1)当局が認めるかどうかに関する当事者の認識という軸と,(2)当事者たちの規範という軸の2つによって,貧困層の活動を図1のように4つに分類する。

図1 2つの軸による途上国貧困層の活動の分類

(出所)筆者作成。

まず(1)の軸であるフォーマリティ/インフォーマリティの区別に関して,Hartはサーベイ,Castells and Portesは法制度という当局が定めた客観的な基準を用いる。それに対して,当事者(スラム住民)がもつインフォーマリティに対する規範の変化に焦点を当てる本稿では,当事者が自身の活動をどのような基準によってインフォーマリティとみなすかについて,彼らの視点から考察する必要がある。当局が設定した制度が必ずしも十分に機能せず,当局の制度と現実の間に乖離が存在する状況では,人々は当局の制度よりも,当局に実質的に認められているかという現実をより強く意識する。途上国においては,周囲の人々がみな当局の制度から逸脱する活動を行う場合や,そうした活動に対して当局が取締りを行わず「黙認」をする場合がしばしばある[Holland 2017]。その場合,当局が設定した客観的な基準に照らして認められない活動であっても,当事者はそれを当局の制度に違反するものであると意識しないだろう。したがって,議論の対象である当事者の視点でフォーマリティ/インフォーマリティの境界を考える本稿では,その境界は「当局に認められるかどうかに関する,(議論の対象である)当事者のとらえ方」にあるとする。本稿の「インフォーマリティ」は,現実のなかで身につけられた当事者の視点を強調する点で,法制度に照らして違法であることを意味する「イリーガリティ」とは必ずしも一致しない。

実際,本稿の事例のスラム住民は,盗電が共和国法(Republic Act: RA)7832反盗電法(Anti-Electricity and Electric Transmission Lines/Materials Pilferage Act)という当局の制度から逸脱することは意識せず,正規契約という配電会社に認められた電力利用方法の存在や,配電会社の盗電に対する取締りの存在という現実から,盗電が当局の制度に違反していることを認識している。マニラ首都圏では,正規の電力契約の提供や盗電に対する取締りの存在は周知の事実である。そのため,盗電が配電会社に認められないインフォーマリティに属するという認識は,調査地住民を含めたマニラ首都圏の人々に共有されている。

貧困層の活動を区別する第2の軸は,本稿の焦点である(2)人々の規範に基づく区別である。Hart,Castells and Portes,Abraham and Schendelらの論者は社会的な視点による活動の区別を提起するが,どのような場合に社会的に正当とみなされるかなど,社会的な視点の具体的な内容まで踏み込んで論じていない。本稿では,ある活動を許容するかどうかに関して当事者の間で共有される基準である,規範を決定する具体的な要因として,次の2つの論理を考える。第1は,ある活動を許容しない方向に規範を傾ける「批判の論理」,第2は,ある活動を許容する方向に規範を傾ける「正当化の論理」である。批判の論理は,活動に起因する負の影響に対する反発から生まれることが多く,正当化の論理はある活動を行うことに理解が示される場合に生まれる。例えば,生活の苦しさなどの状況によってフォーマリティに移行できない事情が当事者たちに受け入れられれば,インフォーマリティに対しても正当性が認められる。これら2つの論理のせめぎあいにより,当事者たちによる規範が形成される。ある活動に対して,批判が弱い場合や正当化が認められる場合には許容度は高くなり,批判が強い場合や正当化が難しい場合には許容度は低くなる。

これまで述べてきた2つの軸は,人々に不利益を与える非効率な制度に基づいた「許容されないフォーマリティ」,当局の制度には反するが当事者たちからは正当性が認められる「許容されるインフォーマリティ」においてはずれが生じる。「許容されないフォーマリティ」は,当局の立場からは取締りの対象とならないが,当事者はそれを許容しない。反対に,「許容されるインフォーマリティ」は,当局の立場からは取締りの対象となるが,当事者はそれを許容する。

以上を踏まえて,盗電というインフォーマリティに対して調査地スラム住民がもつ規範の変化を考察する本稿は,(2)の当事者の規範に関する軸に焦点を当て,盗電が「許容されるインフォーマリティ」側から「許容されないインフォーマリティ」側へと移行する要因を論じる。配電会社から認められた正規契約や,配電会社によるパトロールという取締りは,調査地スラムにおいて昔から存在していたため,盗電がインフォーマリティに属することに関して住民の認識には大きな変化がない。それに対して規範は,批判の論理が強く主張されるようになる変化と,正当化の論理を主張することが難しくなる変化により,盗電を許容しない方向へと変化していく。

2. 先行研究が論じる盗電に対する規範

盗電に対する批判の論理と正当化の論理は,先行研究ではどのように議論されてきただろうか。マニラ首都圏の盗電について詳細に論じた研究は管見の限り存在しないが,途上国の貧困層による盗電の規範に関する先行研究では,盗電を正当化する論理が強調され,盗電が貧困層によって許容されていることが論じられた。まず,貧困層の生活の苦しさに対する理解という観点から盗電を正当化する論理が挙げられる。例えばBayat[1997]は,中東において貧困層が電気や水など生活必需品をインフォーマルな方法で得ることに対して,人々は正義の感覚(sense of justice)から理解を示すことを論じた。

また,電力を含む公共サービスは公的機関が無償で提供するべきとの考えから,盗電を正当化する論理を指摘する研究も存在する。例えばインドでは,電力供給は州の社会的な責任であり,教育や医療と同じように州がそのコストを負うべきである,という人々の考えが報告される[Kumar 2004]。

さらに,電力会社の機能不全によって盗電が正当化される論理が指摘される。インドのラジャスタン州では,農業セクターに対する正規の電力供給が十分でないため,盗電が正当化されている[Katiyar 2005]。Manzetti and Rufin[2006]は,電力など基本的サービスは医療や治安と同様に政府が提供すべきものとする,ラテンアメリカにおける不払いの文化(culture of non-payment)の存在を指摘する。その文化は,政府機関や社会的な上位層がしばしば電力料金を払わないため,貧困層も自分たちに料金の支払いを求めることは不当と考えることから生じるという。

以上のように,貧困層の盗電に関する先行研究においては,盗電を正当化する論理が強調されてきた。たしかに,盗電を正当化する論理は本稿の調査地においても見られるものの,フィリピンの貧困層がインフォーマリティを許容しないという近年の現象を説明するにあたっては,これらの先行研究の知見のみでは十分ではない。貧困層が盗電を批判する論理は存在しないのか,そして盗電を正当化する論理は近年のフィリピンにおいても説得力をもちうるのか,という点について検討の必要がある。

3. マニラ首都圏における盗電を扱う意義

インフォーマリティの事例として盗電を扱う意義を,インフォーマリティに関する多くの先行研究が事例として取り上げてきた露天商と比較しながら整理する。マニラ首都圏の盗電は,その取締りに関して3点の特徴を指摘できる。

第1の特徴として,取締りの強力さが挙げられる。露天商に関する先行研究では,貧困層は当局の取締りから,あの手この手を使って逃避することが強調されてきた。Scott[1985]がマレーシア農村の調査から描写した,暴力的行動を伴わない日常的抵抗は都市貧困層においても観察される。例えば,マニラ首都圏の露天商は取締りのパトロールが来た際には,移動式の台車を押して逃避することや,賄賂を渡して当局職員を懐柔することで取締りから逃れることが論じられた[Kusaka 2010; 日下 2013]。他方で,マニラでは盗電対策として,盗電防止力が高い技術的な取締りである高所集合メーター(Elevated Metering Centers: EMCs)の導入が進みつつある。形がなく保存や輸送が難しいという財の性質により,電力の利用には電線やメーターといったモノが必要となるが,配電会社はそれらに工夫を施すことで,強力な取締りが可能となる。さらに,人を介さない技術的な取締りには贈賄の戦略をとる余地がないことに加え,Auyero[2001]が指摘するような,当局側と住民側を仲介するブローカーが両者を取り持つ交渉を行うことで,盗電の取締りが緩められる余地もない。

第2の特徴は,EMCsによる取締りの不可逆性である。マニラの露天商の研究においては,その取締りはパトロールに割く人員や資源の多寡が社会的状況に応じて変化することが論じられてきた。取締りが強い時期には露天商は減少するが,国政選挙の前などに貧困層の票離れを防ぐために取締りの手が緩められると,露天商は公道での営業を再開する[日下 2013]。それに対して盗電対策であるEMCsは,一度導入されれば故障がない限りその取締り効果は持続する。そのため,EMCsの導入は盗電を将来にわたって抑制する不可逆的な変化とみなすことができる。

第3の特徴として,当局側の取締りインセンティブの高さを指摘できる。途上国の露天商に関する先行研究では,当局の取締りキャパシティの不足[Lipsky 1980; Batreau and Bonnet 2015],取締り当局内の混乱や分裂[Cross 1980],貧困層からの投票を必要とする政治家の思惑[Holland 2017]などの当局側の事情により,取締りが必ずしも厳格に行われないことが指摘されてきた。他方で,マニラ首都圏の住民に対する配電は民間企業が担っており,盗電は企業の損失に直結する。サービスの公的性格により,エネルギー規制委員会(Energy Regulatory Commission: ERC)の監督下にある配電会社は,盗電による損失をERCが定める上限の範囲内で消費者の電力料金に上乗せすることが可能だが,その上限を超過した分は配電会社の負担となる[Philippines 1994, Section 10]。盗電による損失をその上限の範囲内に収めるために,配電会社は盗電を取締まるインセンティブが高い。

以上のように,マニラにおける盗電への取締りは強力で不可逆的であり,当局による取締りのインセンティブも高いことが示された。貧困層側の戦略と当局側の事情によって,不安定ながらも残存し続ける露天商と比べて,盗電はその取締りの性質により一方向的に減少していく。したがってマニラの盗電の事例は,ある程度の期間をかけて起こる規範の変化を考察する上で適した事例と考えられる。

Ⅱ 調査地における盗電の状況

1. 調査方法

本節では,調査方法と調査地の社会経済的状況を整理した上で,調査地で観察された電力利用状況を説明する。

本稿の事例分析の調査地であるスラム地域は,マニラ首都圏のカマナバ(Camanava)地区に位置する(注3)。カマナバ地区は洪水の被害を受けやすく,マニラ首都圏のなかでも比較的貧しい地域である。調査地を選定した条件は,技術的な盗電の取締りであるEMCsが未導入である地域と,既に導入されている地域が隣接していることである。以下,EMCsが未導入で盗電が残る調査地をA地区,既に導入されている調査地をB地区とする。両地区は同一の市に属し,A地区はひとつのバランガイ(注4)のなかに位置する175世帯からなり,B地区は隣接する3つのバランガイに分かれ,合計147世帯から構成される。両地区が位置する市において,EMCsはほとんどの住宅地区に導入されており,A地区はEMCsが導入されていない数少ない住宅地区である。A,B地区を含む地域を担当する配電会社の支店(Business Center)へのインタビューによると,EMCsは担当地域の62~63パーセントほどに導入されており,さらに13~20パーセントの地域に導入が進められていく予定である(注5)。また,マニラ首都圏には広くEMCsが見られ,その数も増加しつつあるため,A,B地区の調査結果はマニラ首都圏全体において進行しつつある変化を反映するといえる。

調査方法としては,2016年8~9月と2017年2月にA地区において予備調査,2017年7月~2018年6月にA,B地区において世帯調査,2020年1月に両地区から15世帯を選び詳細なインタビュー調査を行った(注6)。世帯調査では,質問紙を用いた(必要に応じて質問紙外の項目も尋ねる)タガログ語での対面の聞き取り調査を,両地区のすべての世帯に対して実施した(注7)。世帯調査に際してはその調査地に住んだ経験のある人々に協力者として同行してもらい,家を一軒一軒訪れ,調査対象の家の電力メーターや電線の状況などを直接視認した。世帯調査でのおもな質問項目は本稿の末尾の付表1にまとめている。EMCsが未導入で盗電が残るA地区では,地区で頻繁に開催されるイベントにも参加し,住民たちとの日常的な会話を行うことで地区の状況をより詳細に把握した。A地区のバランガイの村長(kapitan)に対しては,5回以上にわたる詳細なインタビューを行った。さらに,両地区を含む地域に対する配電や,盗電の取締りを担当する配電会社の支店の所長や技術部長にもインタビューを行い,正規契約への申込み手続きや,現場での盗電対策に関する詳細な情報を得た。

2. 調査地の社会経済的状況

2つの調査地の社会経済的状況は類似している。両調査地ともに正式な土地の権利(land title)はない。平均の世帯人数はA地区で4.80人,B地区で5.33人である。多くの住民の職業は小規模な雑貨店や露天商店や路上軽食店の経営であり,その他にも建設労働者,工場労働者,バランガイや市役所の職員が多く,職業構成は似通っている。

両調査地の貧困や格差の状況も類似している。世帯の月間平均所得はA地区が1万5710.8ペソ(注8),B地区が1万4938.6ペソである(表1)。世帯調査をおもに行った2018年3~5月における調査地の1日の法定最低賃金は約500ペソであり,フォーマルな企業に属する労働者1人が1カ月(24日労働として)に最低でも約1万2000ペソ稼ぐことを踏まえると,平均5人ほどの世帯(うち労働者は2人ほど)の1万5000ペソという所得の少なさが明白となる。

表1 A,B地区における月間世帯所得

(出所)筆者作成。

(注)所得の額を「わからない」と答えた世帯は計算に入れていない。

2018年の上半期における,フィリピンの5人家族の食料と生活に最低限必要なものを合計した金額の基準である貧困線(poverty line)は,1万481ペソである[PSA 2018]。貧困線を下回る世帯の割合である貧困率(poverty ratio),貧困世帯の所得が貧困線を下回る程度を示す貧困ギャップ(poverty gap)から,両調査地における貧困の状況はマニラ首都圏のなかでも深刻であるということがわかる(表2)。調査地における所得の不平等度を表すジニ係数(Gini coefficient)はマニラ首都圏の数値と大きな差はないが,ジニ係数を押し上げる富裕層が調査地にはいないことを考えると,フィリピン全体やマニラ首都圏の数値との単純な比較は難しい。また,これら3種類の数値はA,B地区の間で大差はなく,類似の社会経済的状況においてEMCsの有無による電力利用状況の相違を考察できる。

表2 調査地とフィリピンにおける貧困の状況

(出所)以下のデータを参照しながら,筆者作成。

(注)1)A地区,B地区の数値は2018年3~5月に行った調査に基づく。所得の額を「わからない」と答えた世帯は計算に入れていない。

   2)A地区,B地区以外の数値は,貧困率と貧困ギャップは2018年,ジニ係数は2015年の数値による。出典は,貧困率はPSA[2018]Table 1,貧困ギャップはPSA[2018]Table 6,ジニ係数はPSA[2017]Table 4である。

3. 調査地における電力利用状況

調査地の社会経済的状況を確認したところで,盗電の残るA地区で見られた電力利用状況を概観する。A地区で1932年に生まれた女性によると,彼女が生まれた時からA地区には配電会社,水力会社による電気や水の供給が存在していたという。つまり,マニラ首都圏に位置し,早い時期からインフラが整備されたA地区では,電気や水の供給が90年ほど前には既に開始されていた(注9)

2017年2月におけるA地区の電化製品の所持状況を見ると,ほぼすべての世帯が所有するものとして電灯,扇風機,テレビが挙げられる。携帯電話は世帯のなかで1台は所持されている。ラジオ,炊飯器,冷蔵庫,洗濯機は半数ほどの世帯が所有しており,冷蔵庫や洗濯機は近所の数世帯で共有される場合もある。コンピュータやエアコンをもっている世帯は少なく,10世帯に満たない。

次にA,B地区で見られた3種類の電力利用方法である盗電,転売,正規契約について整理する(図2)。

図2 3種類の電力利用方法

(出所)筆者作成。

  • (1)   盗 電

本稿における「盗電」(フィリピンではjumperと呼ばれる)は,配電会社の架空配電線の表面を覆う絶縁体を剥がし盗電線を結びつけることで,料金を支払わずに電力を利用するものである。盗電はRA 7832反盗電法によって定義され,罰則等が定められている。図2のように正規契約者のメーターを迂回して盗電線を接続することで,盗電によって消費された電力は個人のメーターに計上されず,直接配電会社の負担となる。隣人のもつメーターに無断で盗電線を接続し,盗電による使用分がそのメーターに計上される種類の盗電もある。しかし,スラム地域では住民は密な関係で結ばれているため,もし誰かのメーターに盗電線を接続すればすぐさま露見し,両者の間で対立が発生する。調査地ではそのようなリスクのなかで住民から盗電をする例はまれで,配電会社に負担が計上される形での盗電が行われる。盗電を行う際には調査地のなかで盗電線を接続する技術をもつ住民が手助けをする。彼らは「特殊な電気技師」(speciael elctrician)と呼ばれ,自身の試行錯誤を通して盗電の技術を身につけたと話す(注10)

盗電をすると,配電会社の想定よりも大きな電流が架空配電線に流れることでショートが起き,電線で火花が散る原因となる。スラム地域の住居は木材など燃えやすい材質で構成されるため,住民は盗電がもたらす火災を非常に恐れ,盗電をすることを可能な限り避けたいと考える。

  • (2)   転 売

電力の正規契約をもつ世帯から電力を転売してもらうことで(以下,「転売」。配電会社はflying connectionと呼ぶ)電力を得る世帯も見られる。転売においては,サブメーターと呼ばれる非正規のメーターを通して使用量が計測され,転売している正規契約者が決めたキロワットアワー(以下,「kWh」)当たりの価格に基づいて料金が回収される場合がほとんどである。その料金は高額で,調査地で転売を利用している85世帯(注11)の平均価格はkWh当たり19.1ペソと,正規契約料金の約2倍である(注12)。転売の料金が高額である理由は,正規契約者が転売した先の世帯が料金を踏み倒すことを恐れるためである。その恐れから,正規契約者が転売をする場合は高額な料金を徴収しておき,転売先の世帯の支払いが滞った場合でも配電会社への支払いができるように現金をプールしておく。多くの正規契約者は,正規契約をもつことができない貧しい住民は,転売の料金を踏み倒す危険性が高いと判断し,転売をしたがらない。

正規契約者が転売によって他の世帯に電気を使わせることは法で禁じられている[Philippines 1994, Section 2; ERC 2004, Article 18]。転売をしていることが露見した場合,配電会社はその正規契約者への電力供給を切断することが許されるが,転売に対する配電会社の取締りは弱い。配電会社は正規契約者のメーターを通じて転売された分の電力料金を集金でき,取締りのインセンティブが低いためである。配電会社が転売を発見した場合には,架空配電線に想定よりも大きな電流が流れ火災発生の危険性が高いとして,その世帯に転売をやめるよう通告を出すが,それ以上の対応は行わない(注13)

住民たちは,転売を盗電と同様に配電会社に認められないインフォーマルな活動であることを認識している。しかし,転売は火災を発生させるリスクが低いと住民に認識されており,またkWh当たりの料金も正規契約よりも高価で,盗電のような金銭的負担の低さに起因する不公平感も小さい。そのため住民たちによる転売に対する許容度は,盗電に対する許容度よりも高い。

  • (3)   正規契約

マニラ首都圏において,発電された電力を消費者に届ける配電部門は,ERCの監督下にある民間企業のメラルコ(Manila Electric Cooperation: Meralco)が独占的に担っている。正規契約を得るための初期費用は高額で,通常の新規契約プロセスにおける支払いは6000ペソほどである(注14)。また,ERC[2010]に定められる土地の権利などの証明書の提出が必要であるが,土地の権利をもたないスラム住民はそれらの証明書を用意することが難しい。さらに,配電会社は申込者の家屋に長期的に人が居住することを確認するために,1家族につきトイレ,キッチン,リビングをひとつずつ所有することを求める(注15)。複数の世帯がひとつの家屋に住み,トイレやキッチンを共有することが多いスラムの世帯は,この要件によっても正規契約化を阻まれている。証明書や家の設備の条件に関して不備があるスラム住民が正規契約を得るには,配電会社につながりをもち,手数料を見返りに手続きを代行するフィクサー(fixer)と呼ばれる仲介者を通すことが事実上必須である。フィクサーは配電会社,その姉妹会社,市役所に関係する機関などの末端職員である場合が多い。A地区の住民は,フィクサーと配電会社は裏でつながっており,徴収した仲介手数料を両者で分けあっていると噂する。フィクサーは,RA 9485反レッドテープ法(Anti-Red Tape Act)において違法と定められている[Philippines 2007, Section 4, 12(注16)。しかし,配電会社はフィクサーを排除するための十分な対策をとっていない。正規契約を得るための初期費用はフィクサーへの手数料を含めると1万5000ペソほどにものぼる。月の平均所得が1万5000ペソほどで,日々の暮らしに精一杯で貯金をすることが難しい調査地住民にとって正規契約を得る障壁は高いといえる。

以上の3種類の電力利用方法に関して,多くのA地区住民は正規契約,転売,盗電の順で望ましいと考え,大きく次のように電力利用方法を選択する。

正規契約は,その初期費用の高さから金銭的に余裕のある世帯が得る場合が多い(表3)。しかし,正規契約を得るにあたっての証明書などの要件は20年,30年ほど昔は2018年の世帯調査時ほど厳格ではなく,フィクサーも存在しなかった。そのため,世帯調査時の所得が低い世帯のなかにも,過去に申込みを済ませ正規契約をもつ世帯も存在する。

表3 電力利用別の月間平均世帯所得

(出所)筆者作成。

(注)所得の額を「わからない」と答えた世帯は計算に入れていない。

転売は,正規契約の初期費用を負担できないが,近隣に転売を許可する正規契約者が存在する場合に利用される。転売は火災のリスクが盗電ほど高くないものの,kWh当たりの料金が高額であるため正規契約の方が好ましいと考えられる。A地区において転売を利用する世帯の平均所得が低い理由は,転売を許可する正規契約者がA地区のなかでも所得の低い世帯が集まる地区に居住しているためである。

盗電は,正規契約の初期費用を負担できず,近隣の正規契約者に転売を許可されない世帯が行う。盗電利用者も含めたA地区住民は誰しもが火災のリスクを恐れて盗電を避けたいと考えるものの,半分近くの世帯は他の手段で電力を得ることが難しいため,盗電に頼らざるを得ない。また,盗電は借家に住む賃貸者の多くに用いられる。賃貸者は将来引越しをする可能性があるため,高額な初期費用を払ってまで正規契約を得ようと考えない。大家も,自分が住まない貸家のために正規契約を得ようとしない場合が多いが,賃貸者が盗電をすることで家の持ち主である自分に罰則が及ぶことを恐れる。そのため,賃貸者に盗電を禁じ転売を利用するように求めるが,多くの賃貸者は転売を許可されず大家に隠れて盗電を行う。正規契約をもつ大家が近くに住む場合は,大家が賃貸者に転売をするが,大家は他のバランガイに住むなど近隣に居住していない場合が多く,大家が賃貸者に直接転売をすることはあまり多くない。

4. 電力利用状況と盗電に対するパトロール

次に,技術的な取締りであるEMCsが未導入のA地区に対して昔から行われる盗電対策である,配電会社によるパトロールの効果を整理する。

パトロールは配電会社やその姉妹会社の職員が架空配電線に接続されている盗電線を切断し回収するものである。パトロールには警察や電力会社の高位職員が同行するため,住民は作業を行う下位職員に賄賂を支払って取締りから逃れることは難しい。盗電線を回収されてしまうと,住民は再び盗電をするために盗電線を買い直し再接続する必要がある。電線の価格は1メートル当たり10~20ペソであり,家屋から架空配電線までの距離に応じて購入する。それは収入が少ない調査地の住民にとっては無視できない額の出費となる。パトロールが来る頻度は,A地区のなかでも配電会社の架空配電線が走る通りからの近さに依存する。

パトロールの効果を検討するにあたって,パトロールが来る頻度によってA地区をさらに細かく3つの地区に分ける。パトロールが毎日来る地域を「x地区」,週に2,3回来る地域を「y地区」,月に1,2回来る地域を「z地区」とする(図3)。これら3地区はそれぞれ取締りが強い地域,中程度の地域,弱い地域で,これらの比較からパトロールの取締り効果を検証する(表4)。

図3 A地区の小区分

(出所)筆者作成。

表4 A地区内の電力利用状況

(出所)筆者作成。

  • (1)   x地区:パトロールが毎日来る地域(14世帯)

通りに面したx地区では,日祝日と雨の日を除いて毎日,朝5時から夕方6時頃までパトロールが来る可能性がある。住民はパトロールに盗電線を回収されないように,パトロールが来る可能性がある時間帯には常に架空配電線から盗電線を外しておく。ときには盗電線を外すことが遅れ,職員と家のなかの住民間で盗電線をめぐる綱引きが展開されることもある。盗電線を外している間は電力を使用することができず,電力の使用が可能なのは夜間のみである。x地区の住民は常に電力を使える状態にし,盗電がもたらす火災のリスクを減少させるために転売を利用したいと語る。しかし,近くの正規契約をもつ世帯は転売を許可しないため,盗電を使用せざるを得ない。

  • (2)   y地区:パトロールが週に2,3回来る地域(33世帯)

通りから少し奥まった場所に位置し,パトロールが週に2,3回ほど来るy地区では,転売を使用している世帯が多く盗電は少なかった。住民が盗電よりも転売を好む理由はx地区住民が挙げるものと同様であった。x地区と異なり転売を許可する正規契約者が近くに住んでいるため,転売を利用する世帯が多い。

  • (3)   z地区:パトロールが月に1,2回来る地域(128世帯)

通りから遠いz地区にはパトロールが月に1,2度しか来ない。半分以上の世帯が盗電を用いる一方で,所得が比較的高い世帯も多く,正規契約者も多い。z地区住民は,パトロールが来たときに住民たちの間だけで理解可能な隠語を叫ぶ。それを聞いた住民たちはパトロールが来たことを知り,電線に接続している盗電線を回収される前に外すため,盗電線を回収されるのは,2,3カ月に1回ほどだという。この地区の正規契約者も転売を許可することには消極的で,転売によって電力を得る世帯は少ない。

パトロールはx地区においては盗電が可能な時間を夜間のみに限らせ,y地区においては多くの住民に転売を利用させる圧力をかけた点で,一定の効果がある。転売によって使用される電力は,転売元の正規契約者のメーターを通じて配電会社が回収できるという点で,パトロールは配電会社にとって有益といえる。しかし,x地区のように電化製品を自由に使えない不便さや火災発生のリスクのなかで盗電を続けることも可能であり,盗電防止策としての効力は完全ではない。

以上のように調査地における電力利用状況を整理したところで,次節から盗電に対する規範の変化を分析する。本稿では以下,表5のように盗電批判の論理と正当化の論理の変化を論じる。Ⅲ節では,EMCsの導入,ドゥテルテ政権の誕生という近年の変化以前に住民に共有されていた批判の論理と正当化の論理を示す。Ⅳ節ではEMCsの導入に伴う料金負担の不公平感から,批判の論理が強まることを,Ⅴ節では正規契約化の障壁低下の可能性が示されたことで,盗電を続ける正当性が低下したことを論じる。

表5 盗電に対する規範の変化

(出所)筆者作成。

Ⅲ 盗電に対するかつての規範

1. かつての規範:批判の論理

本節では,周囲の地域へのEMCsの導入(2000年代後半),ドゥテルテ政権の誕生(2016年)という変化以前からA地区住民の間で共有されていた規範を,批判の論理,正当化の論理の順に盗電利用者と,転売利用者や正規契約者双方の立場から論じる。インタビューにおいてかつての規範を尋ねる際は,住民に過去のことを振り返ってもらう形で話を聞いた。

A地区は比較的小さなバランガイに位置し,そのバランガイの面積の大部分を占める。住民間の交流は密であり,バランガイが主催するビンゴやバスケットボールの大会などのイベントにはほとんどの住民が参加する。そのため,住民は電力使用状況も含め互いの生活状況を熟知している。

A地区にはEMCsの導入,ドゥテルテ政権の誕生という変化以前より,2つの理由から盗電に対する批判の論理が存在していた。第1は,盗電が火災発生のリスクを高めることで,第2は,盗電による配電会社の損失が,正規契約者への料金に上乗せされていることである。以下,この2点を住民へのインタビューから示す。

  • (1)   火災発生のリスク

盗電は架空配電線に大きな電流を流すことでショートを起こし,その火花が木材など燃えやすい材質で建てられる家屋に燃え移ることで火災を発生させる可能性がある。火災が発生した場合,その被害は正規契約者の家も含むコミュニティ全体に及ぶ。火災防止局(Bureau of Fire Protection)の発表によると,2019年にフィリピンで発生した火災の原因のうち最も多いものが,「不適切な電力接続(faulty electrical connection)」である[Cabrera 2019]。また,例えばOrosa[2012]など,盗電による火災の事例はマスメディアにおいてしばしば報じられるため,盗電による火災発生のリスクは住民に認知されている。A地区でも,雨の日には盗電線から火花が散る様子が見られるため,火災発生を恐れて自主的に盗電線を外す盗電利用者が多い。このような火災の恐れから,住民は正規契約者,盗電利用者ともに盗電に対する批判の論理を共有していた。

「盗電による火災をとても心配しています。近くのメラルコの電柱では盗電によっていつも火花が散っているので,盗電は嫌いです」

(A氏,50代女性,A地区住民,正規契約者,2020年1月18日)

「盗電による火災は,当然恐れています。私は盗電をしていますが,火災が発生しないように十分注意をしています」

(B氏,40代女性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月18日)

「もちろん,火災は恐れています。泥棒の方が火災よりもずっとましです。泥棒は家のテレビや携帯電話などを盗むだけですが,火災は近くのすべての家に被害を与えてしまいます」

(C氏,40代男性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月26日)

  • (2)   盗電による損失の正規契約料金への上乗せ

A地区住民が盗電を批判する第2の理由は,盗電による配電会社の損失分が正規契約者の料金に上乗せされることである。配電会社は盗電による損失をERCが定める上限の範囲内で消費者の電力料金表に加算して負担させることが可能である[Philippines 1994, Section 10]。2001年のRA 9136電力産業改革法(Electric Power Industry Reform Act)によって,電力料金の透明化の一環として電力料金表における料金項目の細目化が定められた。それにより,消費者に届けられる電力料金表にもSystem Loss Chargeという名目で盗電による損失分が電力料金に加算されていることが明記されるようになった(注17)。調査地の住民も盗電が電力料金を上昇させていることを認識し,盗電を批判する原因となっている。

「盗電に対しては不満があります。盗電を含むすべての電力使用量はメラルコの変圧器に計上されています。それ(筆者注:盗電による電力の使用分)は正規契約者の料金に上乗せされて,私たちの料金がより高額になります」

(A氏,50代女性,A地区住民,正規契約者,2020年1月18日)

「正規契約者たちが,盗電に対して怒る一つの理由は,盗電によって使用した電力が正規契約者の料金に上乗せされることで,彼らの料金が高くなるからです」

(D氏,50代女性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月18日)

以上のように住民の間では盗電に対する反感が存在するが,住民同士で盗電に起因する対立を解決することは難しい。なぜなら,盗電に対する批判をスラム内で表立って行うことは難しいためである。フィリピン人の価値観に関する研究では,コミュニティ内での争いを防ぐために他者の体面を傷つけない配慮の重要性が,文化人類学者を中心に古くから指摘されてきた[例えば,Lynch 1962; Jocano 1975; 高橋 1972]。さらにスラム地域においては,儀礼親族関係を結ぶことを通じて住民同士の関係が深化する[中西 2008]。そのため,住民が互いに争いを防ごうとする意識はさらに強く働くと考えられる。調査地においても,盗電を行う人に対して直接的な批判がなされることはほとんどなく,その理由は他者の体面を尊重する価値観を論じる先行研究の指摘に当てはまる。

A,B地区の住民が盗電への批判を控える理由について,多くの人がdedmaという概念を挙げた。これはフィリピンにおいて,不都合なことに気づかないふりをすることを意味するdead maliceの略語で,他人の行いに対して「自分は関係ない(walang pakialam)」という態度をとることである。A地区のある住民は,dedmaを見ざる,聞かざる,言わざる(see no evil, hear no evil, speak no evil)と表現した。もしdedmaを無視して盗電を批判すれば,批判をした側とされた側の間に衝突が発生する。盗電に不満を持つ人々もそのような争いを避けようとするため,盗電を見てみぬふりをするという。

配電会社に匿名で盗電を通報するという間接的な批判であっても,批判をした住民が誰であるかが状況によって推測される場合には「報復」が存在するため,住民自身で盗電への反感に起因する問題に対処することは容易ではない。

「私は,かつて一度メラルコに通報をしたことがあります(筆者注:これは2019年の出来事)。通報は,盗電そのものを告発したのではなく,近くの古い木製の電柱で,盗電によっていつも火花が散っていて危険であるため,電柱を交換してほしいという理由で行いました。それによって電柱は新しいものに交換されましたが,盗電をしていた隣人は,電柱の近くに住む唯一の正規契約者である私がメラルコに盗電を通報したと考え,怒りました。そして,私がもっていた2つの電力メーターのうちのひとつを壊してしまいました(筆者注:盗電をしていた住民は電柱が交換された後も盗電を続けている)」

(A氏,50代女性,A地区住民,正規契約者,2020年1月18日)

以上のように盗電に対しては2つの点からの批判が存在した。とりわけ,火災リスクは盗電をする住民にも十分に認識されており,彼らも可能な限り盗電を避けたいと考えている。これらの盗電に対する批判的な規範はかつてから存在し,筆者の調査時点でも住民に共有されていた。しかし,住民間の衝突の恐れから,住民同士で盗電をめぐる問題を解決することは難しく,バランガイや配電会社などの権力をもった主体の介入が必要となる。

2. かつての規範:正当化の論理

盗電を批判する論理が見られる一方で,盗電利用者は盗電を正当化し,正規契約者のなかにも盗電に一定の理解を示す住民も存在する。盗電を行う人自身も,モノを盗むことに対する罪悪感,火災発生のリスク,正規契約者の料金の上昇などを認識しているため,盗電することを避けたいと考える。しかし,正規契約を得るための初期費用はフィクサーに対して支払う手数料を含めると1万5000ペソに上り,調査地住民にとってその額を用意することは難しい。また,転売によって電力を得ようとしても,転売を許可する正規契約者を見つけられない世帯は盗電に頼らざるを得ない。自身の金銭的余裕のなさ,フィクサーに起因する初期費用の高さ,正規契約者が転売したがらないという事情により,盗電を行う世帯は盗電以外の選択肢がなく,「どうしようもない(walang magawa)」状態にあると主張して盗電を正当化する。

「私は昔,メラルコの正規契約を得ようとしました。しかしメラルコは,私たちの家がブラックリストに入っている,という理由で契約をさせてくれませんでした。(中略)隣人は正規契約をもっていますが,私たちが隣人のメーターの近くで盗電をしているため,隣人はメラルコに電力を切断されると心配して,私たちをよく思っていません。だから,転売も利用することもできません。私たちは火災が怖く,盗電をしたくはありませんが,他の方法がないので盗電をするのは仕方ないのです」

(D氏,50代女性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月18日)

「盗電をすることは泥棒なので,罪悪感があります。(中略)しかし,正規契約を得るには十分な貯金がありません。近くに一軒だけ正規契約を持つ家がありますが,その家は周囲の盗電をしている多くの家すべてに転売をすることはできません。もし私だけ転売を許可してもらえても,他の盗電している家から嫉妬されてしまうでしょう」

(E氏,30代女性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月18日)

「私の夫はバランガイで働いているため,盗電をする人々の生活が苦しいことをよく知っています。だから盗電をする人を責めようとは思いません」

(F氏,50代女性,A地区住民,正規契約者,2020年1月18日)

本節では,スラム住民の盗電への批判と正当化というかつてから存在した規範を示した。次節以降は,近年の法執行の強化により盗電に対する批判が強まり,正当化が難しくなる変化を示す。

Ⅳ 盗電批判の強化

1. 盗電の技術的取締り(EMCs)

本節では,盗電の技術的取締りであるEMCsがスラム地域に導入されることで,盗電批判が強まったことを示す。まず,EMCsの強力な盗電抑止効果を論じる。

EMCsの導入以前は多くのスラム地域で盗電が行われていたため(少なくとも,B地区では行われていた),電力料金を支払わないただ乗りに対するスラム住民からの批判は少なかったと考えられる。途上国のスラム住民が,都市部で土地を「占拠」した後に,電気や水をインフォーマルな方法で入手していた事例は多く報告されている[Perlman 1976; 2004; Roberts 1982]。A地区の「特殊な電気技師」へのインタビューによると,盗電の技術は他の人が行う様子を模倣することで容易に習得できるものであり,各コミュニティに技術をもつ人が存在する(注18)。したがって盗電はマニラ首都圏で広く行われ,盗電がただ乗りとみなされて批判を受けることは少なかったと考えられる。しかしその状況は,EMCsの導入によって変化しつつある。

EMCsはB地区に2007年ごろから段階的に導入され始め,2010年には導入が完了していた。EMCsは各家庭の電力メーターを電柱の上にまとめて設置するものである(図4)。メーターが高所に設置されることに加え,電線が丈夫なものに強化され,表面の絶縁体を剥がされて盗電線を結び付けられることを防いでいる。さらに,電柱上のメーター付近には高圧電流が流れており,電柱に登って盗電線を接続することは困難である。

図4 EMCsの仕組み(左),EMCsの写真(右)

(出所)筆者作成,写真は筆者撮影。

EMCsの盗電抑止のメカニズムは以下の通りである(図4参照)。EMCsが存在すると,正規契約をもたないXの家が,盗電をするために①のように家の近くを通る電線に盗電線を接続した場合,電柱上に置かれたYの家のメーターにXが使用した電力が計上され,料金が上昇してしまう。それを防ぎつつ盗電を行うには,②のように高圧電流に感電する危険性のなかで電柱に登り,EMCsを迂回して盗電線を接続する必要がある。実際,A地区において3人の「特殊な電気技師」にインタビューをしたところ,②のように盗電線に接続することは不可能であるという(注19)。しかし,電柱に登って盗電を試みた人が感電死する事例もマスメディアで報道されていることから,マニラ首都圏のEMCsが導入されている地域でも大きな危険を犯して盗電が行われている地域が存在する可能性はある[Villanueva 2009など]。

EMCsの盗電抑止効果は,EMCsが導入されているB地区と,未導入のA地区を比較することで検討できる(表6)。正規契約の割合はB地区で若干高くなっている。A地区では盗電が46.3パーセント,転売が12.6パーセントであるのに対し,B地区では盗電が0.7パーセント,転売が48.3パーセントと,盗電の割合と転売の割合はA地区とB地区で大きく異なり,B地区では家の近くの街灯から盗電を行う1世帯を除けば,盗電は見られなかった。A地区,B地区の盗電の割合の差から,EMCsが盗電を防止する上で大きな効果をあげていることが示される。

表6 2つの調査地の電力利用状況

(出所)筆者作成。

EMCsは正規契約を得られないスラムのなかでも貧しい住民に,kWh当たりの料金が高い転売を強いる点で最貧層の生計をより苦しいものにしている。

2. 盗電批判の強化

EMCsによる取締りの強さを確認したところで,次に盗電が不可能となったB地区住民が盗電をただ乗りとみなし,A地区で盗電を行う住民への批判を強める変化を論じる。

A地区とB地区は地理的に隣接しており,両地区の住民は職場における交流や親戚の存在を通じて,互いの生活状況をよく知る場合が多い。そのためB地区の住民たちは,A地区でEMCsが導入されておらず,未だに盗電ができるという事実を認知している。B地区の住民は,自分たちが正規契約や転売によって高い料金を支払う一方で,A地区の住民が盗電により軽い金銭的な負担で済んでいることに対して不満をもつ。A地区における盗電使用者が盗電線代や「特殊な盗電技師」への謝礼として月々に支払う額は,x,y,zのどの地区に住んでいるかにも依存するが,おおむね500ペソ以下である。それに対して,B地区において正規契約利用者は平均で月々1657.1ペソ(73世帯),転売の利用者は976.9ペソ(71世帯)を支払っている(表7)。平均世帯所得が1万5000ペソほどである彼らにとって,500~1000ペソの差は小さくない。kWh当たりの料金が高額である転売利用者の支出の方が少ないのは,転売を利用する世帯の方が電力料金を抑えるために電力利用を控える傾向にあるためである。

表7 正規契約者と転売利用者の月間電力支出

(出所)筆者作成。

(注)1)電力利用の額を「わからない」と答えた世帯は計算に入れていない。

   2)転売をしている正規契約者の料金は,どの世帯がどの世帯に転売をしているかの関係を明らかにした上で,転売分による料金の増加をなるべく除外する形で計算した。B地区の正規契約者の料金がA地区のそれよりも高額であるのは,転売する側-される側の関係を明らかにできない世帯が複数存在したことがその一因である。

フィリピンのスラムコミュニティ同士にはある種の競争心があり,自分のスラムは近隣のスラムと比べて優れていると誇る心理が存在する[Berner 1998]。このようなスラム間の競争心もあいまって,B地区住民の間でA地区の盗電に対して強い反感が醸成されている。なかには,かつて自身も盗電をしていた経験から盗電に対して一定の理解を示す住民もいるものの,インタビューをした人の多くがA地区の盗電に対して不公平感を語った。

「なぜ彼ら(筆者注:A地区で盗電をする人々)が盗電をしている一方で,私たちは料金を払わなければいけないのでしょうか。それは正しいことではありません。私は怒りを感じますが,彼らと争いたくはないのでそれを口に出そうとは思いません」

(G氏,40代男性,B地区住民,正規契約者,2020年1月18日)

「(A地区で盗電をする人々が)盗電をすることは不公平です。メーターがあって,電気料金を払う私たちとは異なり,彼らは好きなだけ電化製品を使うことができます。私たちは電気料金が上がることを恐れて,時には扇風機を使うことすらためらうというのに。(中略)もし,彼らは貧しくても,電気料金のために貯金をするべきです。支払いは月に一回なので,そのための貯金はできるはずです」

(H氏,50代女性,B地区住民,正規契約者,2020年1月26日)

「盗電をしている人が料金を払わないことは不公平だと思います。しかし,私も高所メーター(筆者注:EMCsを指す)が導入される前は盗電をしていたので,彼らの事情も理解できます。だから,批判しようとは思いません」

(I氏,70代女性,B地区住民,正規契約者,2020年1月18日)

配電会社は盗電が多く,取締りの優先度が高い地域から順にEMCsを導入していくため,A,B地区のようにEMCsのある地域とない地域が隣接することは珍しくない。その結果,みな盗電が可能でただ乗りへの不満が生じなかったかつての状況は変容し,盗電が不可能となった住民の間で盗電への批判が高まっている。一度導入されれば盗電抑止効果が長期的に続くEMCsはマニラ首都圏全体で設置が進んでいる。実際,2019年にマニラ市長モレノが市内の盗電に対して取締りを強める方針を表明するなど,盗電に対する取締りの動きは調査地以外のマニラ首都圏においても進んでいる[Hallare 2019]。そのため,マニラ首都圏で盗電に対する批判が強まる傾向は今後さらに続くだろう。

Ⅴ 盗電正当化の困難化

1. 拡大するEMCs導入の動き

近年の第2の変化は,ドゥテルテ政権が進める公的機関の機能不全の改善である。配電会社の業務改善を背景に正規契約化の障壁低下の可能性が示されたことで,盗電を行う人も多いA地区住民の間で盗電の正当化が難しくなった。

2016年に反インフォーマリティを標榜するドゥテルテ政権が誕生してから,A地区のバランガイは地区内にEMCsを導入する方針を打ち出している。バランガイがEMCs導入を進める背景には,大統領の方針が市長を通じてバランガイへと浸透するマニラ首都圏の地方政治の文脈が影響している。A地区が属する市の市長は親ドゥテルテであり,インフォーマリティを減少させることを評価する姿勢を公言している。この市は,市に属するすべてのバランガイを麻薬使用者の減少割合,ゴミ回収の実績など,様々な事項に関して評価し,順位をつけて表彰をする。各バランガイは市から表彰を受けると,バランガイの建物の前に横断幕を掲げて大々的にそれを誇示し,建物内の人目につく場所にはトロフィーや表彰状を飾る。1987年憲法により地方公選職の任期に制限が設けられたことで,特定の人物が公選職に留まり続けることが不可能になり,地方政治家の入れ代わりが激しくなった。その結果,地方政治家が再選やより上位の公選職を目指すには,在任期間中の実績が重視されるようになった[佐久間 2010]。A地区が位置するバランガイの村長(以下,「A地区村長」)も,村長を勤める間の実績は将来のキャリアの上で重要であると語り,市長からの表彰を実績として重要視する(注20)

また,市と良好な関係を維持することは住民に評価されるバランガイ運営においても重要である。A地区の村長によると,バランガイは道路の整備など大きな事業を行う際には市の援助金を得る必要があり,そのために市と良好な関係を築く必要があるという(注21)

ドゥテルテ政権による反インフォーマリティの方針,バランガイの運営が評価,比較されるシステム,地方政治家の在任中の業績が重視される地方政治の状況といった要因が組み合わさった結果,A地区バランガイは盗電を許容しない方針に傾きつつある。A地区の村長は2018年ごろから配電会社にEMCsの導入を要請している(注22)。A地区は近隣の地域に比べて盗電が少ないため,配電会社はより優先度の高い地域への取締りが完了した後にA地区にEMCsを導入する計画である(注23)。村長はEMCsの導入を進める理由として,火災発生の懸念に加えて,EMCsが導入されている周囲のバランガイと自分のバランガイの間の不公平,自分のバランガイのなかの盗電使用者と正規契約者の間の不公平を放置できないという理由を挙げる(注24)

2. ドゥテルテ政権による公的機関の業務改善

A地区のバランガイはEMCsを導入するにあたって,盗電を行う生活が苦しい住民たちを納得させるために,正規契約を得る初期費用を低下させることを強調する。それが可能である根拠としてバランガイは,ドゥテルテ政権以降,配電会社の行政手続きが迅速化したことを挙げる。

ドゥテルテ政権は麻薬関係者の厳格な取締りに代表されるように,インフォーマルな活動を行う人々に対する取締りが注目されるが,公的機関における汚職や非効率の改善にも力を入れる。つまり,人々がインフォーマルな活動を行うコストの上昇だけでなく,フォーマル化するためのコストの低下も同時に目指されているのである。貧困層の潜在能力を評価するデソトの議論とは必ずしも一致しないものの,ドゥテルテ政権の方針の一部は,フォーマル化のコスト低下というデソト的なアプローチと軌を一にするといえるだろう。

ドゥテルテ政権の公的機関への圧力は強力である。2019年の施政方針演説(State of the Nation Address: SONA)において,ドゥテルテはマニラ首都圏の交通渋滞を引き起こす原因となるものを排除する方針を打ち出し,十分な成果が見られない場合は,担当大臣に職務停止を申し渡すと発表した[Rappler.com 2019]。SONAの3日後に開催されたマニラ首都圏評議会(Metro Manila Council)では,60日以内に公道における露天商などを排除する方針が各市長に共有され,一定の成果をあげた[Metro Manila Council 2019]。

このように,ドゥテルテは短期的な視点から,すぐに成果の出る取締りを行うよう行政機関に対して強い影響力を行使する一方で,長期的な視点からもインフォーマリティの減少を目指し,そのための法制度整備を進める。ドゥテルテは2017年のSONAにおいて,公的機関におけるレッドテープ(煩雑な手続き)を減少させる方針を発表した。2018年には,2007年のRA 9485反レッドテープ法を改正したRA 11032ビジネス簡易化・政府サービス効率化法(Ease of Doing Business and Efficient Government Service Delivery Act, 以下,「ビジネス簡易化法」)が成立し,その後執行機関として大統領府に反レッドテープ庁(Anti-Red Tape Authority)が設置された。ビジネス簡易化法は,求められた行政手続を行う規定日数を定めるなど手続き効率化のための方策を定めた他,反レッドレープ法で違法と定められていた,行政手続きの仲介者であるフィクサーに対する取締りをさらに強化した。フィクサーはパスポートや各種証明書を得る際に申込者から金銭などを要求する存在として問題視されており,調査地で見られた住民と配電会社を仲介するフィクサーもこれに該当する。

ビジネス簡易化法は地方政府にも適用されるため,マニラ首都圏の市長,そして各市長を通じてバランガイの運営にも影響を及ぼす。2020年に行ったA,B地区におけるインタビューにおいても,多くの住民がドゥテルテ政権になって,行政サービスの改善を実感していた。特に,両地区が位置する市の市役所では,出生証明書,税金証明書などの書類を得る際にかかる時間が短くなったと住民は口をそろえる。

運営改善の圧力がバランガイにまで届く様子に関して,A地区の村長は以下のように語る。

「ドゥテルテが大統領になってから,あらゆる問題に関して,住民たちはバランガイに意見するようになりました。現在は Duterte 8888 Hotlineを通じて,誰でも大統領に意見をすることができます。バランガイが住民の声を聞かないときには,住民はホットラインを通じてドゥテルテにメッセージを送り,そのメッセージを受け取ったドゥテルテはバランガイに対して,『なぜ助けの手を差し伸べないのか。あなたたちは自分の身を守ることができるよう,私を納得させる根拠を示しなさい』というメモを送ります。もしそのようなメモを受け取ったらと考えると,震え上がってしまいます。市内の別のバランガイで,このようにドゥテルテに叱責されたバランガイが実際に存在します」

(A地区村長,2020年1月22日)

さらに運営改善の圧力は,配電会社にも及んでいるとA地区の村長は語る。配電会社は民間企業であるがサービスの公的性格から,電力産業に対する準司法的,準立法的,行政的機能を持つ独立規制機関であるERCの監督下にあり,公的性格と私的性格の両面をもつ。そのため,配電会社にも運営改善の圧力がかかるのだろう(注25)

「昨年,住民からプライベートメッセージでバランガイ内の古い電柱を交換して欲しいとの連絡を受けました(筆者注:Ⅲ節,1項において述べた事例と同じものである)。その電柱は,これまで度々問題になってきたものであり,過去3代の村長がメラルコに要請をしてきましたが交換されませんでした。しかし今回は,私がメラルコに要請をしてわずか1週間後に,新しい電柱との交換が実現しました。これはドゥテルテ政権による圧力が影響しているでしょう」

(A地区村長,2020年1月22日)

以上のような公的機関,配電会社の運営改善を背景に,A地区村長は電力契約の初期費用低下の可能性を住民にアピールし,EMCs導入を進めている。

3. 盗電正当化の困難化

A地区にEMCsを導入する計画は,配電会社とバランガイによる説明会が開催されているため,住民たちに認識されている。住民に対して村長は,EMCsが導入される際には盗電を行う貧しい世帯が電力を得ることができるように,配電会社と交渉し正規契約を得るための障壁を下げる方針を打ち出す。村長自身も,住民が電力の正規契約を行う際に半ば必然的に利用せざるを得ないフィクサーの存在を問題視しており,住民がフィクサーを介さずに正規契約を得られるようにするという(注26)

正規契約化の障壁の低下を伴ったEMCs導入の方針は,盗電に対して反感をもっていた正規契約者や転売利用者のみならず,盗電利用者にも受け入れられている。盗電利用者がEMCs導入を受容する理由は,彼ら自身も盗電以外の方法で電力を得ることが望ましいと考えるためであった。

「私たちだってリーガルでありたいと思っています。それは盗んでいることの罪悪感や火災の恐れからです。もしフィクサーがいなくなり,正規契約のコストが低くなるのであれば,EMCsの導入には反対しません」

(D氏,50代女性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月18日)

「もしEMCsの導入の際に,メラルコが何らかのプロモーションを行い,費用が安くなるのであれば,EMCs導入はかまいません」

(J氏,20代女性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月26日)

このように,盗電利用者は正規契約の障壁が下がるならば,EMCs導入を受け入れると語る。彼らは盗電以外の方法の利用を望む一方で,正規契約や転売の利用が難しいため盗電を正当化していた。しかし,正規契約の初期費用低下の可能性が示されたことで,盗電利用者は盗電を正当化し,盗電を続ける理由がなくなったと考えるのである。

住民からの賛同を背景に,バランガイはEMCs導入を進めるが,バランガイ関係者の一部はバランガイが初期費用を低下させられないと考える。

「もし初期費用が低くなれば正規契約に申し込むでしょう。しかし,私はバランガイがメラルコと本当に交渉できるかを疑っています。電力はメラルコの問題であり,バランガイが口を挟むことは難しいでしょう。その場合,取締りが導入されれば貧しい人々の電気はなくなってしまいます」

(C氏,40代男性,A地区住民,盗電利用者,2020年1月26日)

さらに,バランガイ内部の政治に詳しいA地区住民は,配電会社とバランガイの間にある種の取引が存在し,バランガイは実際には初期費用を低下させる交渉力をもたないと指摘する。

「メラルコがEMCsを導入するという契約に,もしバランガイがサインをすれば,バランガイはメラルコから10万ペソを受け取ることができます。もしバランガイがその金銭を欲しいと思うならば,バランガイとメラルコの間の初期費用に関する交渉は行われないでしょう」

(K氏,50代男性,A地区住民,正規契約者,2020年1月26日)

配電会社との契約に合意をすることでバランガイが10万ペソを受け取るという話は,バランガイ関係者やその親戚は認知していたが,それ以外のA地区住民に広まっていないようであった。盗電利用者はバランガイが掲げる正規契約の初期費用低下を前提にEMCsの導入に賛成する。しかし,実際に初期費用が低下するかどうかは,確実とはいえない状況であり,フィクサーという配電会社の機能不全をどのように乗り越えられるかについては,今後注視する必要がある。もし,初期費用の低下が実現しないままEMCsが導入されれば,B地区のように正規契約の初期費用を支払えないスラムのなかでも貧しい人々が,kWh当たりの料金が正規契約より高い転売を利用せざるを得なくなるだろう。

本節ではドゥテルテ政権以降,初期費用が低下する可能性が示されたことにより,盗電利用者を含む住民がEMCsの導入を受け入れる状況を論じた。ドゥテルテ政権は行政手続きの改善を目指したビジネス簡易化法を成立させ,その執行機関である反レッドテープ庁を設立した。この法にはフィクサーに対する取締りも含まれており,この法が機能すれば,住民は配電会社の機能不全を理由に盗電を正当化することが今後難しくなっていくだろう。

Ⅵ 結 論

本稿では,互いの生活の苦しさを理解すると考えられるマニラ首都圏の貧困層が,なぜ2010年代半ばになって反インフォーマリティの規範をもつようになったか,という問いに対してスラムにおける盗電の事例から取り組んだ。スラム住民の間で盗電に対する許容度が低下しつつある変化を,批判の論理と正当化の論理の変化から論じた。

もとより,スラム住民は火災発生のリスクや電力料金の上昇といった負の影響から盗電を批判する一方で,盗電をする人々の生活が苦しく,盗電以外の方法で電力を得ることができないという事情への理解から,盗電を行うことを擁護,正当化する論理も主張された。

この規範は,近年の2つの法執行強化に伴って変化が見られた。第1は,2000年代後半から導入が進みつつある,盗電の技術的取締りであるEMCsによる,住民に対する法執行の強化である。盗電が不可能となった地域の住民は,金銭的負担の不公平感から,盗電を続ける住民への反感を強めた。第2は,2018年に成立したビジネス簡易化法に代表される,ドゥテルテ政権による公的機関の機能不全に対する法執行の強化である。これまで正規契約を得たくても得られなかった住民は,正規契約化の障壁低下の可能性が示されたことで盗電の正当化が難しくなり,盗電の技術的な取締りを受容するようになった。盗電に対する批判が強まった変化と,盗電の正当化が難しくなった変化により,住民の規範は反盗電の方向へと傾いた。

本稿は法執行の強化が,人々のインフォーマリティに対する批判の論理と正当化の論理を変化させることで,彼らが反インフォーマリティの規範をもつようになることを論じた。当局からの取締りの対象となる人々自身もインフォーマリティの正当化を難しいと考えるようになるため,反インフォーマリティの規範は取締りを歓迎する側だけでなく,取締りを受ける側の人々にも受け入れられるようになる。インフォーマリティに対する法執行の強化は,近年のフィリピンにおいてドゥテルテ大統領,モレノ市長などの政治家によって露天商,フィクサーなど様々なインフォーマリティに対して積極的に推進されているため,反インフォーマリティの規範は今後強まっていくと考えられる。

また本稿の調査から,インフォーマリティをめぐる対立が発生する原因に関しても示唆が得られる。2000年代以降,露天商への厳格な取締りに対して貧困層と中間層の見解の対立が注目を集めるように,フィリピンにおけるインフォーマリティをめぐる問題は,「インフォーマルな活動を行う人々」と「インフォーマルな活動から不利益を被る人々」の2つの立場に注目が集まることが多い。しかし,近年顕在化するインフォーマリティに起因する問題は,公的機関の機能不全というフィリピン社会に昔から存在する問題にも原因がある。貧困層自身もインフォーマリティに留まることを望まず,フォーマリティへの移行を希求するが,公的機関の機能不全が彼らのフォーマル化を妨げるためである。したがって,インフォーマリティをめぐる人々の対立は,フォーマル化する経済的余裕のある中間層の成長や,インフォーマリティへの取締り強化という近年の変化をきっかけに,公的機関の機能不全という過去の遺制から浮上してきた問題であることが示唆される。

貧困層をフォーマルな制度から排除する公的機関の機能不全の例として,調査地で見られたフィクサーが挙げられる。調査地において盗電をする人々は,盗電をやめて正規契約を得たいと考えるが,正規契約を得る初期費用の高さから盗電を続けざるを得ない状況にある。初期費用が高額である大きな原因は,土地の権利などの証明書を用意できないスラム住民に仲介手数料を要求する,配電会社につながりをもつフィクサーの存在にある。つまり盗電というインフォーマリティが存在する原因は盗電をする住民側のみならず,住民の土地の権利のなさに起因する問題やフィクサーの存在を放置する当局側にもあるといえる。追加的な金銭などを要求することでフォーマルな制度にアクセスする障壁を上げるフィクサーは,電力契約だけでなくパスポートや営業許可証など様々な公的機関で見られる,フィリピン社会に深く根付いた問題のひとつである。

以上を踏まえると,フィリピンにおいて問題化されつつあるインフォーマリティをめぐる人々の対立を和らげるための手がかりは,フォーマルな制度にアクセスする障壁を低下させることにあると考えられる。本稿の冒頭において,フォーマル化の障壁を下げるデソト的なアプローチは,貧困層の生産性の低さという観点から近年批判の対象となっていることを述べた。しかしこのアプローチは,インフォーマリティをめぐる人々の社会的な対立を和げる方策として有効であるだろう。

 [付記]

本稿は,日本科学協会の2019年度笹川科学研究助成による助成を受けた成果の一部である。また,本稿の作成にあたり貴重なコメントをいただいた2名のレフェリーに,この場を借りて御礼申し上げる。

(東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻国際関係論コース博士課程,2019年10月23日受領,2020年4月10日レフェリーの審査を経て掲載決定)

付表1 全数世帯調査におけるおもな質問項目

(出所)筆者作成。

(注)2018年3~5月の世帯調査時に用いた。

(注1)  Isko Morenoは通称で,本名はFrancisco Moreno Domagosoである。

(注2)  Hartは収入を得る活動におけるフォーマリティ/インフォーマリティを区別するにあたり,賃金労働者であるか自営業者であるかという要因も挙げるが,経済活動に限らずインフォーマリティを広く考察する本稿においては,その要素に関しては詳細に扱わない。

(注3)  カマナバ地区はCaloocan, Malabon, Navotas, Valenzuela市を含む地域である。インフォーマリティの調査という事情により,調査地が位置する具体的な地名は特定しない。

(注4)  バランガイはフィリピンにおける最小行政単位であり,日本の「村」に相当する。

(注5)  2018年6月28日に,筆者が調査地を担当する配電会社支店の技術部門長に実施したインタビューによる。

(注6)  A地区の盗電を行っている世帯から5世帯,転売または正規契約を利用する世帯から5世帯,B地区から5世帯を選んだ。

(注7)  収入や支出など金銭を共有する家庭を1世帯とした。そのため,共通の電力メーターを使用していても,2つの別の世帯に分けて数えた例もある。全数調査においては,調査期間中に不在であることや,発見が難しい家に居住しているなどの理由で調査ができなかった世帯もある。A地区の14世帯に対しては全数調査時に調査ができなかったため,2017年の予備調査のデータを用いている。

(注8)  世帯調査を行った2018年5月1日時点のペソは2.13円である(Investing.com, https://jp.investing.com/currencies/php-jpy-historicaldata 2019年10月11日最終閲覧)。

(注9)  2020年1月18日に,筆者がA地区に住む80代女性に実施したインタビューによる。

(注10)  2018年6月17日に,筆者がA地区における3人の「特殊な電気技師」に実施したインタビューによる。

(注11)  サブメーターを用いてkWh当たりの価格に基づいて料金を支払う世帯のみを計算している。

(注12)  世帯調査時の2018年5月における,正規契約の料金(使用量100~200kWh,家庭用)は8.9048ペソ/kWhである(Meralco Rate Archives, May 2018, Summary of Schedule of Rates, https://company.meralco.com.ph/news-andadvisories/rates-archives 2018年7月26日最終閲覧)。

(注13)  2018年2月8日に,筆者が調査地を担当する配電会社支店の技術部門長に実施したインタビューによる。

(注14)  2018年6月28日に,筆者が調査地を担当する配電会社支店の技術部門長に実施したインタビューによる。

(注15)  2018年2月8日に,筆者が調査地を担当する配電会社支店の技術部門長に実施したインタビュー,2019年2月27日に,筆者が配電会社支店の技術担当者に電子メールにて行った質問による。

(注16)  フィクサーの活動は法制度から逸脱するが,「当局に認められないと当事者に認識されている」という本稿におけるインフォーマリティに該当するかを定めることは難しい。フィクサーは末端ながらも当局側に属する存在であるが,当局の高位職員や警察などからの取締りが十分でないためである。

(注17)  System Lossとは,送電の過程などに発生する技術的損失と,おもに盗電からなる非技術的損失の合計である。電力料金表のサンプルはメラルコのホームページ(https://biz.meralco.com.ph/billings-and-payments/understandingyour-bill 2020年2月14日最終閲覧)で参照可能である。電力料金の細目化は,Philippines[2001, Section 36]によって定められた。

(注18)  2018年6月17日に,筆者がA地区における3人の「特殊な電気技師」に実施したインタビューによる。

(注19)  2018年6月17日に,筆者がA地区における3人の「特殊な電気技師」に実施したインタビューによる。

(注20)  2020年1月22日に,筆者がA地区の村長に実施したインタビューによる。

(注21)  2020年1月22日に,筆者がA地区の村長に実施したインタビューによる。

(注22)  EMCsの導入は,配電会社側からバランガイに働きかけるだけでなく,バランガイや電力消費者から配電会社に要求することも可能である[ERC 2010]。

(注23)  2018年2月8日に,筆者が調査地を担当する配電会社支店の技術部門長に実施したインタビューによる。

(注24)  2018年6月27日に,筆者がA地区の村長に実施したインタビューによる。

(注25)  2019年末ごろから,ドゥテルテはマニラ首都圏を担当する2つの民営水道会社に対して批判を強めている。政府が水道料金決定に関与できないなど,財界人が国のインフラを支配し,市民にとって不利益な制度を維持することを批判して,2022年に期限が切れる現行の水道会社との契約を更新しないことが検討されている。2つの水道会社のひとつである Maynilad Water Services, Inc.の会長であるパンギリナン(Manuel Pangilinan)は配電会社メラルコの会長も兼ねており,インフラ産業から財界人の影響を排除しようとするドゥテルテ政権の圧力は,配電会社にも働いているだろう。

(注26)  2017年2月13日,2020年1月22日に,筆者がA地区の村長に実施したインタビューによる。

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