アジア経済
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書評
書評:大塚健司著『中国水環境問題の協働解決論――ガバナンスのダイナミズムへの視座――』
晃洋書房 2019年 ix + 217ページ
菱田 雅晴
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2021 年 62 巻 3 号 p. 101-105

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20世紀が「石油の世紀」と称される一方で21世紀は「水の世紀」ともされるが,中国は,その生命の源としての水供給に関する施策を国策として進めている。というのも,中国は「環境問題のデパート」とも称されるまでに,大気汚染,水質汚濁,土壌汚染からダイオキシン,環境ホルモンあるいはCO2排出,地球温暖化対応等に至るまでのあらゆる環境問題を胚胎しており[杉本 2008],なかでもとりわけ注目されるのが水資源だからである。その広大な国土ゆえに季節的,地域的な差異が大きく,北部の乾燥地域では河水表面からの蒸発,過剰な地下水汲み上げで水不足が加速する一方で,南部では水質汚濁が深刻となっている。未曾有の驚異的テンポと規模で進行した経済成長にともない,七大水系中,珠江,長江を除けば,松花江が軽度汚染,黄河,淮河が中度汚染,遼河,海河が重度汚染水系とされている[国際協力銀行開発金融研究所 2004]。

このため,「水質汚染防止法」の施行(2008年6月)以下,「大気汚染防止行動計画(大気十条)」(2013年9月),「水質汚染防止行動計画(水十条)」(2015年4月),「土壌汚染防止行動計画(土十条)」(2016年6月)等,水質汚染防止のための対策を強化し,国を挙げて大気,水質,土壌汚染防止に関する中長期計画に取り組んではいるものの,各地域の自然的,社会的諸要因の相違から改善のテンポには大きな差異が存在している。

こうした錯雑な背景をもつ中国の環境問題のなかでも水環境問題を俎上に載せ,さまざまな関係主体による「協働解決」を目指して「ガバナンスのダイナミズム」という視点を提起したのが本書である。

著者,大塚健司氏は中国環境研究の第一人者として知られているが,アジア経済研究所での15年に及ぶ中国の水環境のガバナンスに関する研究成果をとりまとめ,2018年筑波大学大学院生命環境科学研究科に提出した博士論文をさらに加筆修正したものが本書である。頭記のとおり,局地的に偏在する水汚染が地形,地質等の自然地理的要因に加えて都市,工業立地等の経済社会的要因に大きく左右されることから,その被害,影響の分布は均一ではありえず,ましてやその水問題の解決も自然や社会に存在するさまざまな要因を踏まえなければならない。こうした観点から,本書は中国の水環境問題をめぐる多様な関係主体間の「協働解決」を「ガバナンスのダイナミズム」としてアプローチを行っている。

本書全体を俯瞰すべく,目次を掲げておこう。以下のとおり,序章含め全8章から構成され,前3章がいわば解析装置,分析デバイスの検討であり,そのデバイスを用いた各ケーススタディに対する解析結果が後章で展開されている。

  • 序章 中国の水環境問題とガバナンス――本研究の視角と方法

    第1章 中国の水環境問題の所在――本研究の課題

    第2章 資源・環境管理,関係主体,相互作用――本研究の分析枠組み

    第3章 水危機への政策対応――太湖流域の水環境ガバナンスのダイナミズム

    第4章 コミュニティ円卓会議の社会実験――太湖流域の水環境ガバナンスへのボトムアップ・アプローチ

    第5章 水汚染被害への政策対応――淮河流域における重層化する政策とガバナンス

    第6章 実践と政策の相互作用が織りなすガバナンス――NGO「淮河衛士」の活動

    第7章 中国の水環境問題をめぐる協働解決の到達点と課題

本書を評価するに際して,まず特筆されるべきは,しばしば単なるジャーナリスティックな事情紹介にとどまるか,あるいは告発型のアクティビスト論考に陥りがちな中国の環境問題の取り扱いを先述の通り社会科学的な総合的スペクトラムからとらえ返した点がある。この背景には,公共問題をとらえるにあたって多様な主体と制度の間の相互作用のダイナミックなプロセスの展開に焦点をあてるべきとの著者の着眼がある(第1,2章)。

著者は,環境ガバナンスを既存ガバナンス(党・政府主導の統治システム)と個人ボランティア,NGO組織などによる新興ガバナンスから構成されるものとして検討し,流域の資源環境管理をめぐってこれら多様な関係主体が繰り広げる相互作用としてこれを把捉したうえで,それによって生まれる複合的なガバナンスに注目し,こうした協働解決のあり方こそが模索されるべきだと主張している。

というのも,水資源管理においては自然システムと人為システム(社会経済システム)における統合管理のみならず,両システム間の統合管理こそが要請されるとの総合的水資源管理(IWRM)の立場に依拠するからである[GWP 2000]。これがまさしく「水ガバナンス」である。つまり,そこでは「管理」という言葉のみではうまく取り扱うことができない,あるいは従来の管理の方法では解決し得ぬ問題について「ガバナンス」概念を導入する必要があるとの立場ゆえである。

では,どのようにその枠組みを実践的に応用していくのか,現実に生じている問題に対しては,それぞれ固有の資源,場所,時間等に応じて個別に考えていかざるを得ないという限界があり,そこにこそ問題解決のための実践的な意義が見出される。

その限界を乗り越えるために著者が採用するのが「流域ガバナンス論」である。流域とは一般的に降水が地表の河川,湿地,湖沼に流れ集まり,分水嶺で囲まれる地域を意味する「集水域」と解されるが,流域に対しては利水,治水等の水文学的次元および経済的次元,これに加えて政策的次元からの流域管理が行われる。さらに著者が着目するのが流域の生態学的次元,文化的次元であり,これに加えて主体性と環境性と相互浸透的な主体環境系としてとらえる立場が著者の基本的立脚点となっている。

こうした流域の単なる管理的な次元を踏まえて,水問題の解決に向けた流域バランスを改めて検討するべく導入されるのが「ガバナンス」概念である。ここにいうガバナンスとは,政府による垂直的統治,政府以外の多様な主体による水平的な諸活動による調整,さらには下からの自己組織的な制度構築であり,これを問題解決のための複雑でダイナミックなプロセスととらえる立場が生まれる。「ダイナミックなプロセス」とは,先の5次元(水文学的,経済的,政策的,生態学的そして文化的な諸次元)からとらえられる多義的な自然社会複合システムとしての流域において,多様な主体が水問題の環境についてのそれぞれの認識をもとに衝突したり,あるいは協調しながら問題解決に取り組んでいくプロセスとして再定義されることになる。

さらに著者の研究視角をユニークなものとするのが,これら5つの基本的次元に加えて,各関係主体が流域の水問題をとらえる際の「連環性」という新たな視点の導入である。連環性とは各要素間の相互作用のつながりを意味し個別具体的な問題の解決に対して各主体がどのような認識枠組み(フレーム)をもち,それに対してどのようにアプローチするかであり,これを明示的に分析することが目的として措定される。この連環の調整を行うことによってどのような協働解決が可能であるのか,逆に協働解決が進まない場合にはそれらのフレーム間のキャップ/ミスフィットはどこにあるのかを解明することが可能となる。

かくして流域ガバナンス論を再検討したうえでの独自の分析枠組みとして,インターラクティブなガバナンス論から「メタガバナンス」の概念も導入され,ガバナンスの核となる「協働」概念が提示されている。

こうした周到な下からの自己組織的な制度構築に注目した分析枠組の仕掛けを準備したのちに,2つの地域(太湖流域と淮河流域)における事例研究の成果が見事なまでにビルトインされ,行論が展開されている。この点こそ本書が高く評価されるべき第2のポイントであろう。前者,太湖流域事例では,アオコの大発生に起因する水危機によって誘発された市民のパニックが水環境政策の改革を促す大きな契機となり,規制,監督検査の強化のみならず,価格改革,組織改革,財政改革,さらには排出権取引や水質保障といった新たな経済的手段の導入などさまざまな制度実験が加速されることとなった。その過程にあって,北京中央の方針の下,各省・市が独自に創意工夫を行い,中央の政策の受け皿となりつつ,制度改革や制度実験を展開した。この過程から,著者は太湖流域の水環境ガバナンスが中央から地方への単純なトップダウンではなく,市民のパニックを契機とした中央・地方政府間の双方的相互作用を伴うダイナミックなプロセスとして描き出している(第3章)。

他方,情報公開や公衆参加を実際の政策過程に反映させるボトムアップ・アプローチによる制度構築として提示されるのが,著者自身が深く関わってきた太湖流域で試行された「コミュニティ円卓会議」という名の社会実験である。政策の展開過程と共に「コミュニティ円卓会議」というコミュニティ・レベルでの対話の社会実験が素材として描き出され,そのプロセス,インパクトそして対話と協働のメカニズムの制度構築の課題が検討されている(第4章)。そこでは社区(コミュニティ)をベースにした住民,企業,政府の間での対話と一定の協働が可能であると結論づけられている。ただ,その一方で現在の制度条件下では「コミュニティ円卓会議」を成立させるために克服すべき困難な課題状況も著者は指摘する。すなわち,「コミュニティ円卓会議」が明確な法制度のなかで規定されているわけではないことから,あくまで省環境保護庁の試行的ガイドラインとして奨励されているに過ぎない。ましてや円卓会議を通じて噴き出す住民の不満が社会の安定を脅かしかねない政治的に「敏感」な問題になりはしないかとの懸念も地元政府の指導者サイドには色濃くある。したがって,会議を組織化するにあたってはその正当性の担保をどこに求めるかが常に問われることになる。

かくして流域水環境問題の連環的認識において,地域住民とほかの関係主体の間にギャップが存在することが浮上する。むしろ地域住民の関心に寄り添った方策が有効ではないだろうかとの思いも当然浮かぶが,そのためには,政府,企業と住民との間の対話を行う「コミュニティ円卓会議」過程において,専門家や公衆参加の豊富な実践経験をもつNGOが双方の主張や認識を注意深く観察しながら対話を活性化していく,すなわち,現場での実践に対する外部からの関与の重要性を著者は強調している。

もうひとつの事例,淮河流域のフィールドサーベイでは,政府主導の政策展開について異なる政府行政部門による多様な政策展開と部門間の協調関係が分析されている。水利,環境,衛生行政系統による対応が,各行政組織の活動の展開,さらには監督検査活動とキャンペーンによる情報公開の促進によって重層的に進行してきたことが確認されている(第5章)。

だが,この重層的プロセスも,結果としては水汚染問題およびそれに伴う健康被害影響の問題解決には必ずしも結びついていない。すなわち,行政部門間の連携が不充分であったことが大きい。一方,メディアによる環境保護キャンペーンが中央指導層に流域水汚染対策の強化や健康影響調査をプッシュし,それが各行政部門の政策実施に繋がるなど既存ガバナンスのなかでメディアが基層レベルでの健康被害問題を吸い上げ,それをトップダウン・ガバナンスに還元する役割も果たした。とはいえ,それでも事実として健康被害が長年にわたって助長されてきたこと自体,そうしたトップダウン・ガバナンスも水環境汚染問題解決には有効に機能してこなかったことを示唆している。

これらの限界が浮上するなかにあって,NGOによる活動が政府主導の政策と相互作用をみせながら水汚染対策を推進したことを紹介するのが第6章である。河南省周口の地元フォトジャーナリストによるNGO「淮河衛士」が“生態災難”というフレームの社会的認知の獲得,排水モニタリング活動,被害者の医療救済および独自の飲用水源改善事業などを行っており,これらのNGOの活動と国による環境宣伝教育活動やメディアの報道とが互いに共鳴することによってメディアの報道と「準公共圏」が形成され,その下で一部企業の協力も得られつつあることが説得的に紹介されている。すなわち,NGOの流域水環境問題に対する連環的認識がメディアを通じて政府と共有されてきた過程が確認されている。勿論,著者はこうした「準公共圏」とて欧米で想定されるような自由な政治社会空間ではなく,既存ガバナンスから抑圧されている点を指摘することも忘れてはいない。

そして,これらの分析フレームワークに基づく事例研究を総合する形で,最後に著者は協働解決の到達点と課題に関する知見を,協働解決をめぐるガバナンスのダイナミズムとしてとりまとめている(図7-1,図7-2,179~180ページ)。太湖流域に関しては,水危機による市民のパニックを契機に政府内各階層間の双方向的な相互作用のなかで危機対応と政策改革が進み,それに対する市民の支持という限定的な形での公共圏(準公共圏)の形成がみられたこと,加えて,公衆参加の必要性が掲げられつつも,必ずしもそれが政策改革に繋がる場面はみられないなかにあって,専門家グループ主導による「コミュニティ円卓会議」の社会実験によって政府,企業,住民の間での対話が行われたとして,これを「小さな協働」が実現したと再強調している。

また,淮河流域では,上から下への監督検査活動とそれに伴うメディアによる環境保護キャンペーンを契機に異なる政府部門間で一定の協働関係が構築されると共に流域汚染対策,飲用水源改善事業および健康調査が開始された。その一方でNGOによる汚染実態の調査告発によって政府とメディアのキャンペーンが共鳴し,水汚染問題をめぐる「準公共圏」も醸成された。しかしながら,NGOが獲得した実践的連環知は政府主導の健康調査に活用されたものの,飲用水源改善事業等にみられるように実践と政策が必ずしも持続していないという点も強調されている。このようにNGOによる新興ガバナンスと政府主導の既存ガバナンスの間の緊張関係を見出している(第7章)。

これらの知見を総合する形で,著者は中国の水環境問題をめぐる複合的なガバナンスのダイナミズムにつき,トップダウン,ボトムアップ,制度ルール形成,現場での活動の四者を主な相互作用として挙げたうえでそれぞれ特徴と課題をとりまとめ,結論としている(表7-2)。トップダウンでは,長期持続的メカニズムが欠如しており,政府部門間の連携不足が課題とされる一方で,ボトムアップでは制度化の不在と情報統制が課題とされ,制度・ルール形成における住民,NGOの直接的関与の欠如および実践との未接続から現場活動における新興ガバナンスと既存ガバナンスの緊張関係が問題視されている。

以上概観したような本書を総括するならば,錯雑な背景からなる中国の水資源環境問題に対し,流域ガバナンス論を核とする独自の分析装置を周到に準備したうえで豊富なフィールドワークの成果を組み込むことにより,中国の水資源問題という領域における複合的なガバナンスのダイナミズムを活写したものとまとめられよう。ここで導出されたガバナンスのダイナミズムという指針は,水資源のみならず,大気汚染,土壌汚染等環境問題全般,そして中国政治のガバナンス研究全般にも大きな示唆を与えるものと評価される。とくに,外部からの支援,関与,協働という文脈では,ここに実践的,政策論的な含意も見出されよう。また,地域研究における国家社会論,ガバナンス論分野にインタラクティブな作用過程におけるダイナミズムを解明しようとした先行業績としても高く評価できるであろう。

ただ,掉尾に,ないものねだりにも等しいあえての餘言を記すことが許されるとすれば,本書読後には漠とした寂寥感が残る。隔靴掻痒の感,もどかしさといってもよい。流域ガバナンス,協働解決,連環性,ガバナンスのダイナミズム等々周到に定義されたそれぞれの概念装置がしつらえられ,そこに著者の観察結果を組み込むことで協働解決というガバナンスのダイナミズムなる視座が提起されてはいるが,果たして中国の地に生きるひとびとが生命の危機に直面する現実の水問題の「解決」にどこまでの指針たり得るであろうか。著者の理工的センスに裏打ちされた深い洞察には感服するのみではあるが,国家・社会パースペクティブに依拠して中国の政治社会の様態に関心を寄せてきた,環境問題の門外漢の身からすると,現実の中国の政治社会自体は本書の結論とするところに果たしてどのように反応するであろうかと問わざるを得ないからである。

というのも,環境問題とはひとびとの生活に直結する日常性の領域に属すると同時にその背景には政治社会経済的要因が錯雑に屹立する構図とならざるを得ないことから,環境問題に対するあるべき眼差しとしてはジャーナリズム,アカデミズムそしてアクティビズムの三者が措定される。発見・分析・関与といってもよい。本書が依拠し,ここに描き出されているのはアカデミズムの立場に立脚した分析であり,果たして本書が説く「協働解決」という学術的知見に対して,現実の中国政治社会はどのようにこれに応えるであろうか。

本書が立論に際して依拠する事例は太湖,淮河流域である。著者自身,慎重にも「小さな」あるいは「準」との語を冠してはいるにせよ,この2地域4事例からうかがわれる「小さな協働」,「準公共圏」の成立は紛うことなき発見された事実であろう。だが,勿論,著者自身が課題として自ら掲げているとおり,あくまで地域的限定性から自由ではない。

この協働につき,現実の中国の政治社会からの積極的なレスポンスを期待することに評者が躊躇を禁じ得ないのは,同語反復的ではあるが,今日の中国の政治社会の現実そのものである。当今の政治情況にあっては,外部からの支援,関与を通じた「協働」も萎縮せざるを得ないのではあるまいかと危惧する。外部からの支援,とりわけ国外からの支援に関しては,「境外非政府組織境内活動管理法」(2017年1月施行)等による萎縮効果が懸念される。支援,関与というアクティビズム存立の余地は限定されざるを得ない。ましてや,NGO「淮河衛士」に例示されたジャーナリズムの立場も実は既存メディアとの「小さな協働」の結果でしかなかったことを想起すれば,これらの結果として,著者のいう新興ガバナンスも既存の権力ガバナンスによってその裡へと吸収され,「協働」場面が減衰する事態を生み出すことになるのではあるまいか。もどかしさ,隔靴掻痒と記したのもこの所以である。となると,著者の説く「連環性」により注目した各主体間のマイクロポリティクスの解明こそが本テーマの実践――水問題解決にかかわるアカデミズムの唯一の残された立場ということにもなりかねない。この意味でも,本書は,地域研究としての中国研究のありようをも再考する契機となる一書である。

文献リスト
  • 国際協力銀行開発金融研究所 2004.『中国北部水資源問題の実情と課題——黄河流域における水需給の分析——』JBICI Research Paper No.28.
  • 杉本勝則 2008.「中国の環境問題とこれからの日中環境協力——『環境問題のデパート』中国との付き合い方——」『立法と調査』(285).
  • 横塚仁士 2008.「中国における水環境問題」大和総研 Consulting Report.
  • GWP(Global Water Partnership) 2000. Integrated Water Resources Management. GWP.
 
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