アジア経済
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書評
書評:小浜正子著『一人っ子政策と中国社会』
京都大学学術出版会 2020年 390ページ
大橋 史恵
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2021 年 62 巻 4 号 p. 113-116

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Ⅰ はじめに

今日,学術的関心としても政治的アジェンダとしても,ジェンダーの視点をもつことの重要性は広く認識されるようになっている。「文化」的存在としての男性に対置させて「自然」的存在として女性をとらえるような二元論的な理解も,ポスト構造主義を経て「知の枠組み」自体が問い直されるかたちで乗り越えられつつあるといってよいだろう。

だがリプロダクション――妊娠や出産――には今日でも「自然」言説がつきまとい,主体の側もまた「自然」の言説を自明視する(させられる)ように思う。評者である私自身,5年前に「自然分娩」によってはじめての出産を経験した。その「自然」は,麻酔を使わない経膣分娩という意味であり,出産過程そのものが「自然」に任せられるわけではなかった。分娩台に上がっているあいだじゅう,私の身体にはたくさんの管や計器を取り付けられていた。産む私と生まれる子は,医師,助産師,看護師たちの労働対象としてそこに在った。人間社会において「産む」ことは「自然」に行われるのではなく,人びとの労働(産婦によるlabourを含めた,かかわる全ての人たちの労働)によって成し遂げられる。人間は「自然」状態ではまったく生を生きられないし,ましてや再生産/生殖(リプロダクション)は不可能といってよい。

加えていえば,リプロダクションは「産まない」選択や「いつ産むか」「何度産むか」といった決定にも左右されるが,その選択や決定が女性身体の側に任せられるとは限らない。性と生殖に関する健康と権利(リプロダクティブヘルス/ライツ)はフェミニズムの重要な問いであるが,女性が生殖の権利主体であるときも権利を奪われるときも,リプロダクションは「自然」に行われるわけではない。

本書は,中国における計画出産(中国語で「計画生育」)の歴史を,女性たちの経験に即して議論した貴重な研究書である。中国の国家政策としての計画出産については,「不自然さ」が問題視されることがままある。ジェンダーの視点からみても,この政策の下で引き起こされた,強制中絶や不妊手術といった女性身体への暴力的介入や,父系秩序の継続における男児選好の過熱化など,批判的にとらえるべき側面があることは間違いない。しかしリプロダクションは「自然」に任されるべき,という想定を自明視することは,女性の身体が位置づけられる多様な社会的文脈をみえづらくしてしまう。本書序章が論じるように,女性の身体は「生殖をめぐってつねに家族・共同体・国家などが介入する場」であり,一方で女性自身たちもそのような政治関係に服従するとは限らず,さまざまな選択や決定において「したたかに交渉する行為主体(エージェント)」として振る舞うこともある(9ページ)。

本書はもっとも早い時期に近代化を迎えた大都市である上海,清朝末期に漢民族が移住した遼寧省の都市部近郊に位置するQ村,明清期から農業で栄えた湖南省の「魚米の郷」B村というそれぞれのローカルな文脈に照らして,計画出産政策がどのように実践されていたのかを明らかにしていく。それぞれの地域における史料の丹念な分析と関係者へのインタビューからは,計画出産が人びとにどのように受容/拒絶/交渉されたのか,出産する身体をもった女性たちにとってどのような意味をもっていたのかが,驚くほどの多様性とともに浮かび上がる。

著者の小浜正子は,上海都市社会史を専門とする歴史学者であるとともに,近年のジェンダー研究の発展において日本における中国のジェンダー史研究をリードしてきた研究者である。中国は外国人研究者がフィールドワークを行うことに困難がある国のひとつであるが,2000年代初頭から15年ほどのあいだは,経済のグローバル化にともなって査証申請をはじめとした中国への渡航手続きが簡易になったこと,留学生や訪問学者の往来が増えたこと,学術界や市民活動のさまざまなネットワークが構築されたことによって,日本の研究者がオーラルヒストリーの聞き取りや参与観察調査を行うことが比較的容易になっていた(注1)。著者もまたこの時期に生殖コントロールについての研究を推し進め,かねてからのフィールドである上海とともに,遼寧省と湖南省において現地調査を実現させている(注2)

Ⅱ 本書の構成と内容

本書は3部構成から成る。第1部「中国の人口問題と計画出産」(第1章・第2章)は,中国全体の人口とリプロダクションの歴史と現在を俯瞰的に議論する内容である。一般に中国の計画出産政策といえば1979年のいわゆる「一人っ子政策」開始以来の問題のみに焦点が当てられがちであるが,本書は中国社会におけるリプロダクションへの介入の歴史とそれにかかわる思想潮流を近代以前にさかのぼって解説していく。

父系秩序が強い意味をもつ中国社会において,リプロダクションはつねに「自然」とは言いがたい状況におかれてきた。性別選択的な人口調整は近代以前からおこなわれており,清代には「男余り」の社会になっていた。これに対して清末から中華民国期には,民族主義の趨勢が高まるなかで,国民の身体・健康を向上させるために生殖コントロールが必要だととらえられるようになる。中華人民共和国成立以降も,当初は「女性と子供の健康の保護」のために堕胎が厳しく取り締まられ,のちには「国家の富強」や「速やかな社会主義建設」を目的として「科学的」な生殖コントロールが推進されていく。このように,リプロダクションへの介入をめぐる言説空間は,近代化の下で政治的に統御されるようになっていく。

中華人民共和国における計画出産もこのような国家の政治的企図においてたびたびの変遷を伴いつつ政策化されてきた。1979年の「一人っ子政策」開始以降も,中央の水準における方針は何度も変化しており,地方による偏差も大きい。そのようなリプロダクションをめぐる政治状況の変化とローカルな社会経済秩序において,計画出産の実践がどう移り変わったのかを,第2部(第3章・第4章)は都市/上海を事例に,第3部は農村/遼寧省Q村(第5章)と湖南省B村(第6章)を事例に詳細に論じていく。

アヘン戦争を経て欧米に対して最初に開港した都市のひとつである上海では,医学の近代化が他地域に先駆けて進み,母子保健事業も中央に先駆けて開始された。母子保健事業は日中戦争においていったん中断を強いられたが,戦後すみやかに再開され,1950年代には庶民層に至るまで近代医療や病院出産が普及した。出産の近代化,医療化,施設化は,母子の生命の危険を低減させたとともに,国家による「生」の掌握を可能にした。

インタビュー調査からは,1950年代から1960年代の上海において女性たちの身体がどのように状況づけられていたかが明らかになる。生殖コントロールにかかわる中央や上海市衛生局のキャンペーンは,同時代において女性たちがどのような避妊方法や技術にアクセスし得たのかという条件との交差において効果をもった。女性たちの語りからは,リプロダクションをめぐる政治がジェンダー構造と抜きがたく結びつくことがありありと浮かび上がる。施術が簡単で安全性の高い精管結紮よりも,女性身体への危険や副作用をともなう卵管結紮や人工流産が選ばれてきたということには言葉を失うが(注3),まさにそのような状況において上海女性たちは「産み育てるだけの人生から脱却し,働き学ぶとともに,近代医療の下で子供を産み,また産むこと/産まないことを選択する主体として自己形成していった」(166ページ)。

社会主義型の都市経済の確立において,上海では職場=「単位」を通じた暮らしの統制が進み,そのなかで一人っ子体制は定着していった。その過程は「産まないことを選択」しうる主体が形成されていく過程でもあった。このような構図において上海では圧倒的なスピードで少子高齢化が進んでいる。

近代的な生殖コントロールが行政システムを通じて実現したのは,上海のような大都市だけでなかった。遼寧省Q村では,人民公社制度と農村合作医療制度の連動において母子保健のシステムが構築された。Q村ではこのシステムにおいて,女性の「はだしの医者」や生産大隊の女性幹部である「婦女主任」が能動的な働きをしていた。こうした女性たちは,出産の際には頼れる存在であったし,日々の生活でも性生活や健康面でのトラブルについて話すことのできる身近な相談役であったはずである。Q村ではこのような「ジェンダー・センシティブ」なシステムの下,他地域に先駆けて1960年代の初期からリングを使用する女性たちが出現し,1970年代に計画出産のキャンペーンが展開される頃には卵管結紮による「絶育」が普及していく。

村における生殖コントロールの強制性をどうとらえるかは複雑な問題であるが,本書は村の女性たちの主体位置を,政府と村人の間の権力関係にのみとらえるのではなく,夫との関係や舅姑との世代間関係を含めたさまざまな利害と権力の関係のなかにとらえようとする。上海と同じく,Q村でも「絶育」は精管結紮ではなく卵管結紮によって進み,そこには抜きがたくジェンダーが反映されている。それでもなお,村の暮らしが「はだしの医者」や「婦女主任」たちの存在とともにあり,その状況を生きる女性たちが「産む/産まない」をめぐる交渉における行為主体として生殖コントロールにかかわったということが,この地域における計画出産政策の順調な進展につながった。

一方で同じ農村であっても湖南省B村では,人民公社制度・農村合作医療化の進展と,生殖コントロールの連動がQ村のようには進まず,「はだしの医者」の介在も起こらなかった。村における助産は,1990年代までは旧産婆や家族・隣人によって行われていたという。こうした背景においてB村では,上からの計画出産政策が容易に浸透していかなかった。それゆえにB村における「産む/産まない」をめぐる交渉は,複層的な権力関係において繰り広げられる。

女性たちの語ることには,B村ではさまざまな水準において政策キャンペーンが展開されるなかでも,リングを外す,超過出産の罰金を払う,手術の強制から逃げるといった行動によって第2子以降の子どもが生まれていた。こうした状況において政策を強制する側に立つはずの幹部たちは,村におけるリプロダクションの実態を意図的に見逃したり,融通をつけたりしていたという。一方で,夫や舅・姑による期待と圧力を逃れて自ら望んで「絶育」の手術を受け,「産まない」選択をした女性たちもいたことが浮かび上がる。

Ⅲ 本書の意義と展望

上海のような大都市でも,Q村やB村のような農村でも,リプロダクションをめぐる権力関係は一枚岩ではなく,またそれぞれの地域特有の歴史状況や社会的文脈において変遷してきた。本書はこの点に留意し,それぞれの地域における生殖コントロールの経験についての聞き取り調査から,計画出産政策の強制性を相対的なものとしてとらえ,「産む・産まない」をめぐる複雑な交渉において中国の女性たちがどのように行為主体性を発揮していたのか,その背景にどのようなミクロな権力関係が働いていたのかを明らかにした。

中国における人口問題については,改革・開放以降の「一人っ子政策」や近年の「二人っ子政策」のみが議論の俎上に上げられる傾向があるが,Ⅱで紹介したように本書は歴史学的アプローチとエスノグラフィックな聞き取り調査を通じて,リプロダクションの変化を多角的にとらえなおしている。現代中国研究の専門書としても,ジェンダー研究のテキストとしても,非常に意義深い研究書といえるだろう。

本書における議論でとりわけ注目したいのは,計画出産が,近代化にともなう中国のジェンダー関係の変化を如実に反映しているという側面である。

第1に,計画出産の歴史は,避妊具や避妊薬,卵管結紮といった生殖コントロールの技術が女性たちにとってアクセス可能になっていく歴史でもあった。それは女性にとってときに強い副作用や身体へのリスクを負うことを意味したが,父系秩序を外れて産むことが困難であった過去を思えば,女性たち自身が選択する力をもち,交渉をおこなうということの意味はやはり大きい。

第2に,計画出産の実践は,人びとの日常の暮らしのなかに幹部や医療の担い手として女性たちがどれだけ参入していたかということに大きく影響された。本書の議論はこれを「ジェンダー・センシティブ」なシステムととらえているが,それは,こうした地域において女性の性と生殖に関する権利(リプロダクティブライツ)が獲得されたと単純に評価しての議論ではないだろう。堕胎や絶育が選択されるというとき,女性たちが権利主体としてそれを選んでいるのか,あるいは選ばされているのかを判定づけることは困難である。むしろ女性の身体がおかれている状況についてそのような自由主義的な想定を持ち込むこと自体に潜むジェンダー・バイアスを,フェミニスト・アプローチによる研究は問題にしてきた。それでもなお,社会主義的男女平等の大義名分においてであれ何であれ,ローカルな権力ネットワークに女性たちが入っていったことは,その地域の父系秩序にさまざまな作用を及ぼしたに違いない。女性たちの「選択」はそのようなジェンダー関係の再編において状況づけられてきたといえる。

さて,本書の議論は2000年代に至るまでのリプロダクションとジェンダーの政治の変遷をとらえたものであり,近年の社会変化までを追うものではない。しかし,著者がフィールドで出会った女性たちの語りは,今後の中国においてリプロダクションのありかたがどのような方向に向かいうるのかを予期させる。

とりわけ興味深かったのは,沿海部都市への出稼ぎが多い湖南省B村における女性たちの経験である。評者が2000年代半ばから後半にかけて北京で農村出身家事労働者を対象に行った聞き取り調査でも,出稼ぎ先での恋愛関係や,雇用主や知人による性暴力の結果として妊娠した女性たちの話を聞くことはしばしばあった。リプロダクションが起こる場は身体そのものであるが,その身体は戸籍のある村に定位づけられているとは限らない。戸籍のある村を離れた女性たちにとっての「選択」にはどのような力学が働くのだろうか。本書の記述では,B村では婚前妊娠による出産は問題視されていないとあるが(328ページ),たとえ村の家族などが一定の理解を示すとしても,移住女性たち自身にとって「産む・産まない」は容易な選択ではないだろう。近年では中国各地の農村において,結婚や出稼ぎ等の事情で,物理的には村を離れているが戸籍は村に残している女性やその子どもが,土地の使用権や,土地収用の補償金や配当金の権利を剥奪されるという問題が明るみになっている[李 2018]。こうした背景において農村女性たちはリプロダクションを通じ,さらなる経済的・政治的な不利益にさらされる可能性がある。

いわゆる「二人っ子政策」をはじめとした計画出産自体の方針変化や,新型都市化政策にともなう戸籍制度の再編にともなって,リプロダクションの政治は大きく変化していくことになると思われる。中国社会におけるフィールドワークが困難になっている状況下ではあるが,本書のような研究が今後も継続的に行われることを願ってやまない。

(注1)  2010年代半ば以来,学術調査の実施には再び政治的緊張がともなうようになっており,現地調査に基づく中国研究は再び困難になっている。それだけにこの間の研究蓄積には重要な意味がある。

(注2)  小浜と共同で現地調査を行った何燕侠や姚毅は,2000年代の日本におけるジェンダー史研究の飛躍的発展において学位をとった研究者であり,同時代的に日中間のジェンダー研究のネットワーク形成に大きく寄与してきた。2人の博士論文はいずれも日本で単著として刊行され,高く評価されている[何 2005, 姚 2011]。

(注3)  この傾向は中国に限ったことではなく,米軍統治下の沖縄[澤田 2005]や,今日のインド農村[松尾 2013]にもみられる。

文献リスト
  • 何燕侠 2005. 『現代中国の法とジェンダー——女性の特別保護を問う——』尚学社.
  • 澤田佳世 2005. 「米軍統治下沖縄の助産婦による避妊普及活動とその変容——リプロダクティブ・ヘルス/ライツ」の萌芽から『家族計画』へ——」 『ジェンダー研究』(8): 55-78.
  • 松尾瑞穂 2013. 『ジェンダーとリプロダクションの人類学——インド農村社会の不妊を生きる女性たち——』昭和堂.
  • 李亜姣 2018. 「『農嫁女問題』とは——現代中国における進行中の本源的蓄積——」 『経済社会とジェンダー』(3): 89-105.
  • 姚毅 2011. 『近代中国の出産と国家・社会——医師・助産士・接生婆——』研文出版.
 
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