アジア経済
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論文
中国農民工の離職意向はどのような要因に規定されているのか―江蘇省蘇州市の製造業従業員調査に基づく実証分析―
寳劔 久俊山口 真美佐藤 宏
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2022 年 63 巻 2 号 p. 2-31

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《要 約》

中国の「農民工」(農村出身の非農業就業者)は,安価な労働力の源泉として,中国経済の急速かつ持続的な発展を支えてきた。しかしながら,労働年齢人口の減少や農村労働力の高齢化とともに,農民工の供給の頭打ち傾向が強まり,賃金の引き上げや企業間の獲得競争も広まっている。そのため,農民工の熟練形成や職場への定着を促進し,コミットメントの向上を図ることが,企業経営者や政策担当者に求められてきている。このような問題意識のもと,中国における製造業の一大集積地域である江蘇省蘇州市において従業員へのアンケート調査を行い,農民工の職務意識を規定する要因を共分散構造分析によって考察した。分析の結果,「職務満足」と「仕事への埋め込み」は「組織コミットメント」を有意に高めること,「組織コミットメント」は農民工の「離職意向」を有意に引き下げること,若年層の農民工(「新世代農民工」)では「仕事への埋め込み」が「組織コミットメント」の高さを支える主要な要因であることが明らかとなった。以上の結果から,新世代農民工の組織コミットメントを向上させるため,新規就業者や若年従業員向けのきめ細かな研修・指導の重要性が示唆される。

Abstract

Cheap labor in the Chinese economy has been one of the most important factors in the rapid growth in the country’s manufacturing industry, and many workers have migrated from poor rural areas to relatively developed coastal areas. However, because of the gradual decline of the working-age population in rural areas, the supply of migrant labors began to stagnate in the early-2010s, while the wage levels of migrant workers continue to rise. Under these circumstances, it is increasingly important to improve human resource management for migrant workers to facilitate their embeddedness and commitment to the workplace as well as to reduce their turnover. To examine the mechanisms of turnover among migrant workers using Structural Equation Modeling, we conducted a survey of manufacturing factory employees in Suzhou City, Jiangsu Province. The results of the estimation show that both job embeddedness and job satisfaction significantly enhance the organizational commitment of employees to their workplaces, and that higher organizational commitment among migrant workers significantly reduces their turnover intentions. Furthermore, when dividing migrant workers into two age groups (younger than 25 years and 25 years or older), on-the-job embeddedness exhibits significant positive effects on organizational commitment for only the younger age group, while in both age groups, higher organizational commitment significantly reduces turnover intentions. These results suggest that detailed job instructions and considerate training for young migrant workers would be beneficial for improving their embeddedness in the workplace, resulting in higher organizational commitment and lower turnover.

はじめに

Ⅰ マクロ統計による農民工の特徴

Ⅱ 農民工の職務意識と離職意向

Ⅲ 江蘇省蘇州市工業開発区の農民工職務意識調査

おわりに

はじめに

急速かつ持続的な発展を実現してきた中国の経済構造を考察する際,製造業の圧倒的な価格競争力を支える「安価な労働力」への視点を欠かすことはできない。この労働力の主たる源泉は,「農民工」と呼ばれる農村出身の非農業就業者である。改革開放以前の中国では,都市住民向けの安価な食糧確保と急速な重工業化を実現するため,都市住民と農村住民との社会的身分を明確に区別する戸籍制度が導入され,都市・農村間の人口移動も厳しく制限されてきた。

しかし,改革開放後の1980年代半ばから,農民の地方都市への移動が部分的に認可され,1990年代に入ると大都市への労働移動の認可と出稼ぎ労働者に対する地域限定の戸籍発行も行われた。さらに2000年代には農民工の権利保護政策の強化が推し進められ,中小都市では農民の都市戸籍の取得要件も緩和されている[山口2009]。この政策転換と歩調を合わせる形で,1990年代から農民工は顕著な増加をみせ,地域を跨いで移動する農民工の総数は2002年に1億人を突破した。ただし農民工は移動先の都市部において,都市住民と等しい権利が与えられず,現在に至っても各種の社会保障や教育などの面で差別的な待遇を受け続けている[厳2009a; 山口2018]。

その一方で,1970年代末に導入された一人っ子政策によって,中国では出生率が大幅に低下するとともに,高齢化も急速に進展してきた。国家統計局によると,2018年の「労働年齢人口」(16歳以上60歳未満の人口)は8億9729万人(対総人口比は64.3パーセント)で,2013~2018年の5年間で労働年齢人口は2225万人減少した(注1)。農村部においても若年労働力の不足が進み,農民工総数の増加率は2013年から1パーセント台に低下するなど,農民工の労働力供給も頭打ち傾向が顕著になってきた。

このような農民工をめぐる社会経済環境の変化のなか,持続的な経済発展と産業の高度化を実現するため,「安価な若年労働力」という農民工に対する認識を見直していくことが企業経営者や政策担当者に強く求められている。すなわち,農民工を低賃金で雇用し,景気変動の調整弁や代替可能な短期的な労働者として利用することを改め,農民工への積極的な技能教育を通じて熟練形成と職場への定着を促進することが,労務管理改革の1つの方向性として示唆される。このような改革を通じて,主体的に責任を引き受け,創意工夫を発揮して業務に取り組む「意欲的労働力」(motivated labor)を形成することが期待されている。

ただし,労働者に対して高い労働意欲をもたせるには,昇給や昇進といったインセンティブだけでは必ずしも十分ではない。生産現場や企業組織に対する心理的帰属感,あるいは労務管理や職場生活などへの肯定感,さらにはそこで広がっている価値観や共通意識への共鳴などが労働意欲向上のための前提であることが指摘されてきた[清川2003, 9]。これらは「コミットメント」(commitment)と総称されるが,労働者に対して高いコミットメントを醸成させることは,労働者としての質向上と職場への定着に寄与することが期待され,高度化する産業の現場作業の担い手として必要な資質と考えられる。

このような問題意識のもと,農民工の職務意識を規定する要因,すなわちコミットメントに影響を与える要因と,コミットメントと離職との関係を明らかにすることが本稿の研究課題である。具体的に述べると,農民工の仕事や職場との繋がりの強さと職務満足の高さが,コミットメントに対してどのような影響を与えているのか,そしてこのコミットメントが農民工の離職への意思決定に如何なる影響をもたらしているのかについて,共分散構造分析を利用して解明していく。

その際,農民工を同質的な集団として扱うのではなく,職務意識に関する農民工の世代間格差に焦点を当てることが,本稿のもう1つの研究目的である。農民工に関する先行研究によると,「新世代農民工」(中国語では「新生代農民工」)と呼ばれる1980~90年代以降生まれの農民工は,それ以前の世代の農民工(「旧世代農民工」,中国語で「上一代」「第一代」「老一代」など)と比較して,生活意識や社会的ネットワークの特徴の面で相違点が存在することが広く議論されている[李・田2011; 李・田2012; 張2011]。この新世代と旧世代との違いは,雇用者側が求める就業者像とのギャップや軋轢を誘発し,労務管理面での対応をより一層複雑にしてきた。したがって本稿では,農民工を「新世代」と「旧世代」に分類し,職務意識に関する構造分析を行うとともに,世代に応じた労務管理のあり方を考察していく。

この実証分析を行うため,筆者らは2014年11月に江蘇省蘇州市において製造業企業の従業員に対するアンケート調査(以下,「蘇州市従業員調査」)を実施した。蘇州市は長江デルタの中央に位置し,光学機器や精密測定器,エレクトロニクスやファインケミカルといったハイテク産業の一大集積地である。そして蘇州市は1990年代から対外開放と産業振興を積極的に推し進めてきた結果,民営企業と外資系企業を中心とした製造業の発展が著しく,2019年の工業生産額(規模以上)はそれぞれ1兆2341億元と2兆408億元に達している。また,2019年の「中国民営企業(製造業)トップ500社」のうち,蘇州市の企業は全都市で最も多い26社を占め,2019年の都市別GDPランキングでも蘇州市は全国第6位に位置する(注2)。本稿では,中国製造業の代表的地域である蘇州市の工業地区で働く農民工を対象に,農民工の職務意識の構造を明らかにしていく。

本稿の構成として,第I節では国家統計局などの農民工調査データを利用して,農民工の時系列的変化と直面する課題を考察する。続く第Ⅱ節において,農民工の職務意識に関する先行研究を体系的に整理し,農民工の離職意向に影響を与える要因の作業仮説を提起する。第Ⅲ節では,蘇州市従業員調査の調査設計と記述統計の特徴を解説するとともに,従業員の転職経験や就業状況について計量分析を行う。その考察を踏まえたうえで,離職意向を規定する要因を共分散構造分析によって解明していく。そして最後に,本稿の結論と今後の課題を記述して本論文を締め括る。

Ⅰ マクロ統計による農民工の特徴

1.農民工数の時系列的変化

農民工は農村部と都市部の間を往来する労働者であるため,その総数を正確に把握するためには,体系的な統計調査が必要不可欠である。中国では政府の統計部門や研究機関が実施する農村世帯調査を中心に,農民工の実態が把握されてきた。具体的な統計調査としては,農業部農村経済研究センターの「固定観察点調査」と,国家統計局の「農村住戸調査」が挙げられる。そして2008年以降は,農民工を調査対象とする国家統計局の「全国農民工監測調査」が整備されたことで,農民工の実態がより正確に捕捉できるようになってきた(注3)

これらの農民工データを利用する際に注意すべきは,データ間で農民工の定義が必ずしも一致しない点である。すなわち,固定観察点調査では「村外就業の農村出身の労働者」を「農民工」と定義するのに対し,国家統計局の調査では出身地の郷鎮(注4)から半年以上離れた農村出身の労働者を「外出農民工」と定めている。また,国家統計局の統計では,郷鎮内で非農業部門に従事する農村出身の労働者は「地元農民工」(中国語で「本地農民工」)と定義され,前述の「外出農民工」を含めて「農民工」と表記されている。本稿では地域間を移動する農村出身の労働者を調査対象とすることから,国家統計局の「外出農民工」を「農民工」と定義して考察を進めていく。

図1ではこれらのデータを利用して,中国全体の農民工数の推移と農村就業者全体に対する比率を整理した。ただし,1999年以前は固定観察点調査,2001年以降は国家統計局の調査に基づくため,農民工データの連続性については留保が必要である点に注意されたい。図1の1980年代後半から1990年代前半の状況をみると,農民工数の総数は3000万人前後にとどまり,対農村就業者比率も6~7パーセントに低迷していた。しかし1989年の天安門事件後に冷え込んでいた海外直接投資は,1992年の鄧小平による南巡講話を契機に急速に回復し,中国への一大投資ブームが巻き起こった。それを受け,農民工の総数は1992年の3776万人から1995年には5646万人に増加し,対農村就業者比率もそれぞれ7.8パーセントから11.5パーセントに上昇している。

図1 農民工の総数と対農村就業者比率の推移

(出所)農民工の総数について,1986 ~ 1999年は固定観察点調査[中共中央政策研究室・農業部農村固定観察点弁公室編2001],2001年は『中国農村統計年鑑2002』,2002 ~ 2006年は『中国農村住戸調査年鑑』(各年版),2008 ~ 2018年は「全国農民工監測調査報告」(各年版,国家統計局HP(http://www.stats.gov.cn, 2019年5月4日閲覧)に基づく。農村就業者(「郷村就業人員」)について,1986 ~ 1999年は『新中国六十年統計資料匯編』,2000 ~ 2018年は『中国統計年鑑』(各年版)を利用した。

(注)(1)1992年と1994年について固定観察点調査は未実施,2000年と2007年は調査データが未公開のため,前後の年次データに基づいて直線補間した。

(2 )農民工の定義は調査データによって異なり,1986 ~ 1999年は「村外での就業者」,2001年以降は「郷鎮外で就業している農村出身の労働者」のことである。なお,国家統計局調査については2009年から「外出期間が6 カ月以上の労働者」と明記された。

1990年代後半の経済低迷期には農民工の増加率は1桁台にとどまったが,2000年代前半には再び増加傾向が顕著となってきた。すなわち,2002年と2003年の農民工の対前年増加率はそれぞれ16.8パーセントと8.8パーセントに達し,2002年には1億470万人(対農村就業者比率21.8パーセント)と初めて1億人を突破した。その一方で,2004年には珠江デルタを中心とした農民工不足(「民工荒」)も発生するなど,労働需給の逼迫を受けて農民工の賃金上昇も顕著となっている。

2008年に発生したリーマンショックの影響もあって,その後の農民工の増加率は3~5パーセント前後に低下した。さらに2013年以降は農民工の増加率は1パーセント前後に低迷し,農民工数も2010年の1億5335万人から2018年の1億7266万人への増加にとどまっている。他方,地元で非農業部門に就業する農民工の総数は2013年以降も緩やかに増加し,2014~2017年の増加率は2パーセントを上回った(ただし2018年の増加率は0.9パーセント)。このことは,農村出身者の非農業就業において近年,地元志向が高まってきたことを示唆している(注5)

このように農民工数の増加率が低迷する一方で,農民工の年齢構成にも顕著な変化が起こっている。前述の「全国農民工監測調査」によると,地元農民工も含めた農民工全体で,16~20歳の若年農民工の構成比は2008年の10.7パーセントから2013年には4.7パーセント,2018年には2.4パーセントに低下してきた。その一方で,40歳代以上の農民工比率は顕著な上昇をみせ,41~50歳の比率は2008年の18.6パーセントから上昇を続け,2018年には25.5パーセントとなった。また,50歳以上の比率も2008年の11.4パーセントから2013年には15.2パーセント,2018年には22.4パーセントに上昇するなど,農民工全体の平均年齢が徐々に上がっている(注6)

ただし外出農民工と地元農民工を比較すると,外出農民工では若年層の比率は依然として高い。外出・地元別の年齢階層データが公表されている2018年の同調査によると,外出農民工の平均年齢は35.2歳(地元農民工は44.9歳),40歳以下の割合も69.9パーセントであり,地元農民工(35.0パーセント)と比べて圧倒的に高い。このことは,新世代農民工が地域を跨いだ労働移動を担っていることを示唆している。

2.農民工の賃金動向

次に農民工の実質平均賃金(月平均賃金)について,法定最低賃金が全国トップクラスの広東省深圳市(旧特区外)のデータと比較する形で図示した(注7)。図2をみると,深圳市の法定最低賃金(実質)は1990年代半ばに多少低下したが,1992年から2004年前後にかけて,法定最低賃金は実質レベルでほぼ一定の水準に保たれていた。しかしながら,2004年に発生した大規模な出稼ぎ労働者不足を契機に,深圳市では2005年から法定最低賃金が大幅に引き上げられ,名目ベースで2005年の引き上げ率は対前年比20.8パーセント,2006年は同20.7パーセントに達した。その後も深圳市の法定最低賃金(名目)は断続的に引き上げられ,2013年には1600元/月,2014年には1808元/月,2015年には2030元/月となった。2016年の法定最低賃金は前年と同額に抑制されたが,2017年から再び引き上げが行われ,2018年の法定最低賃金は2200元/月に上昇している。

それに対して,図2に示されるように農民工の実質平均賃金は2000年代前半には深圳市の法定最低賃金(実質)を4~5割程度上回っていた。法定労働時間内の基本給である法定最低賃金には,残業手当や休日出勤手当,ボーナスなどは含まれないため,農民工の平均賃金の方が高くなっていると考えられる(注8)。また農民工の実質平均賃金について,2000年代前半には緩やかな増加傾向がみられたが,2008年からその伸び率は大幅に上昇してきた。2008年の伸び率は対前年比19.4パーセント,2010年の伸び率も同15.5パーセントに達するなど,農民工の実質平均賃金の上昇率は,深圳市の法定最低賃金(実質)の上昇率よりも高い。その結果,農民工の平均賃金が深圳市の法定最低賃金を6~7割程度上回り,法定最低賃金の伸び率以上に農民工の賃金上昇が続いていることがわかる。

図2 農民工の平均賃金と広東省深圳市の法定最低賃金の推移

(出所)(1) 農民工の平均賃金について,1995 ~ 1998年は廬[2012, 49-50],2001 ~ 2006年は蔡主編[2008, 124],2007年は中国農業部・孫政才部長の2008年8月28日の記者会見での発表(http://news.xinhuanet.com/, 2015年5月20日閲覧),2008 ~ 2018年は「全国農民工監測調査報告」(各年版)に基づく。

(2) 広東省深圳市(旧特区外)の法定最低賃金は,TNC Group(香港テクノセンター)のHP 掲載資料 (http://www.technocentre.com.hk/reference/reference.html, 2020年3月6日閲覧)を利用した。

(3)物価指数については,『新中国六十年統計資料匯編』と『中国統計年鑑』(各年版)の全国消費者物価指数(2000年=100)を用いて,賃金を実質化した。

このように農民工の平均年齢は顕著に上昇する一方で,農民工を中心としたブルーカラーの労働需給の逼迫も依然として続いている。さらに人民元高や労働コストの上昇を受け,製造業企業の内陸部への移転も進展し,中部・西部地区からの省を跨いだ農民工による移動も徐々に減少してきた。リーマンショック後の地方政府による膨大な金額による公共投資も,このような農民工の地元就業傾向を後押ししている。それを受け,農民工数の増加が低迷する一方で,農民工の実質賃金の上昇が続く,いわゆる「ルイス転換点」への到達がより明確になってきた(注9)。したがって,農民工をめぐる労働市場の構造変化に対応した労務管理の改革が企業に強く求められてきている。

Ⅱ 農民工の職務意識と離職意向

1.職務意識を規定する要因

農民工のマクロ的な動向に関する前節での考察を踏まえ,本節では農民工の職務意識について先行研究の整理を行うとともに,本稿の分析視点と検証仮説を提起していく。

中国の職務意識に関する実証研究は,改革開放後の国有企業の従業員に対する実態調査を皮切りに展開されてきた[清川 2003]。中国の国有企業改革は,1980年代には国有企業の自主権拡大,1990年代には国有企業の抜本的な所有権改革という形で進められ,国有企業の従業員が直面する労働環境は顕著な変化を遂げている。その一方で,非国有企業の代表的存在である民営企業に対する差別的待遇や制度的規制も徐々に緩和され,その機会に対して企業的才覚をもつ人材が機敏に反応することで,民営企業は飛躍的な発展を実現し,民営企業の就業者数も大幅に増加している[今井・渡邉 2006]。このような企業経営をめぐる急速な環境変化を受け,中国では企業で働く人々の意識の変化が注目され,企業・従業員レベルでの実証研究が1990年代から広く行われてきた[清川2003]。

そして,ブルーカラーの需給逼迫が広がってきた2000年代半ばから,農民工の職務意識や労働環境,離職行動などに関する注目が高まり,アンケート調査に基づく研究が積み重ねられている。その先駆的な研究である白・李[2008]によると,北京市で働く農民工の就業先あたりの平均勤続年数は約3年で,最初の出稼ぎ時における1年以内の離職率は23パーセント,3年以内の離職率は64パーセントに達するなど,農民工の流動性の高さや就業先とのマッチングの困難さが明らかになった。

他方,新世代・旧世代農民工を比較した国家統計局住戸調査弁公室[2011]では,新世代農民工の出稼ぎ開始の平均年齢(20.6歳)が旧世代農民工よりも10歳以上若く,製造業への就業率(44.4パーセント)が相対的に高いことを指摘する。また,新世代農民工の送金比率(獲得した総収入に占める実家への送金額の比率)は37.2パーセントで,旧世代農民工と比べて10ポイント以上低く,その消費性向の高さがうかがえる。そして全国規模の社会意識調査を実施した李・田[2011]によると,新世代農民工は労働関連のトラブルに直面した際,事態を黙認したり,個人間や企業内で解決したりするよりも,政府部門への報告や陳情といった手段を選択する人の割合が旧世代農民工より高いという。これは新世代農民工の権利意識や法意識の高さを示唆するもので,厳しい労務管理で知られる富士康科技集団(フォックスコン)で2010年に続発した若年従業員の自殺や,同年に広東省の日系企業を中心に広がった大規模ストライキといった現象とも軌を一にしている[山口 2010]。

さらに近年では,農民工による出稼ぎ先の地域社会や企業への適応,就業先企業への満足度といった要因が,組織への帰属意識である「組織コミットメント」(organizational commitment: OC)に与える影響を考察する研究が増えている。代表的な研究であるMowday, Steers and Porter[1979]によると,「組織コミットメント」とは特定の組織に対する個々人の帰属感と愛着の強さのことであり,それは組織の目的・価値観への従業員の信頼・承諾,組織への献身意欲,組織の一員であり続けることへの願望という3つの要素で構成される。

具体的な研究内容としては,仕事に対する期待と実際の報酬とのマッチングを通じた仕事への価値観[肖・陳 2014],組織への信頼感と仕事への授権意識を通じた組織の公正性と社会的支援[範 2014],主体的な社会的行動と仕事への快楽感を通じた社会的支援[劉・陳 2018],達成感・友好感を介在した,企業による従業員向けの職務面・心理面の指導[李ほか 2018]が組織コミットメントに対して有意な効果をもたらすことが示されている。

さらに組織コミットメントと「離職意向」(turnover intention: TI)との関係について,欧米で開発された研究枠組みを中国の農民工に当てはめる形で研究が進められてきた。「離職意向」とは,個々人の仕事に対する態度と,職場に残るか残らないかの決定を仲介する精神面での認識のことで,退職への考慮や仕事探しの意思,そして退職の意思といった要素から構成される[Sager, Griffeth and Hom 1998]。農民工を対象とした淦・劉・徐[2015]淦[2018]の研究によると,企業や地元との一体感(identity)や組織内の公平性を通じた組織支援の実感度が組織コミットメントを高め,農民工の離職意向を有意に低下させるという。また淦・徐[2018]は,組織支援の実感度と離職意向との間の仲介要因として,親類・友人の数や交流活動への参加度といった社会関係資本(social capital)の重要性を定量的に提起する。

一方で,農民工による職場や仕事への定着といった問題に関して,「仕事への埋め込み」(job embeddedness: JE)の果たす役割の大きさが注目されている。「仕事への埋め込み」とは,フォーマルやインフォーマルな繋がりに個人が埋め込まれる度合いのことで,従業員のリテンション(retention)に影響を与える要素の集まりを意味する[Mitchell et al. 2001]。これは3つの要素(links, fit, sacrifice)から構成され,職場や同僚との物理的・心理的な関係が強まり,それを失ってしまうことによるコストが大きくなるほど,従業員のリテンションが高まるという。

この「仕事への埋め込み」に注目した秦・趙[2014]によると,農民工が抱く組織の公平感の強さが仕事への埋め込みを有意に高めること,農民工によるアイデンティティの在り方がこの2つの要因に影響を与えることが示された。また孫・楊[2012]では,仕事への埋め込みに関する3つの構成要素に焦点を当て,各々の要素が農民工の離職意向を有意に引き下げることを実証している。同様に離職意向を考察した王・鄧[2017]では,仕事への埋め込みの向上が組織コミットメントを通じて,従業員の離職意向を低下させることを明らかにした。

他方,仕事にともなって生じる肯定的な主観的感情である「職務満足」(job satisfaction: JS,田中2011)に注目した研究も増えている。主要なものを挙げると,職務満足の水準を個人属性や労働環境に回帰させた姚・張[2012],農民工の社会的ネットワークの特徴が就職先のサーチ活動の質を変化させ,再就職時のマッチング度や職務満足に影響することを提起した王・鄭・黎[2011]などがある。また,農民工を対象とした研究ではないが,姚・黄・範[2008]では職務満足が組織コミットメントに有意な正の効果をもたらすこと,王・張[2010]では個人-組織間のマッチングの良さが職務満足を高めることで,離職意向を有意に低下させていることを実証している。

2.本稿の分析視点と検証仮説

このように農民工に関する実証分析が積み重ねられてきたことで,職務意識の特徴がより明確となってきた。その一方で,職務意識を規定する要因として,過度に細分化された潜在変数を取り上げたり,欧米で注目される手法を中国にそのまま当てはめたりするといった課題も広がっている(注10)。そのため,中国の実情に見合ったアンケート調査の設計と仮説の提起が必要不可欠である。また,農民工全体に関する職務意識の調査研究が進展する一方で,新世代と旧世代の農民工の職務意識を明示的に比較した研究は,筆者の知る限り存在しない。

そこで本稿では先行研究に基づき,「仕事への埋め込み」と「職務満足」が「組織コミットメント」を通じて農民工の「離職意向」に有意な影響を与えるといった,潜在変数間の因果関係を提起し,新世代と旧世代を比較しながら農民工の職務意識を定量的に分析していく。具体的な検証仮説として,以下の3つを提起する。

仮説1:仕事への埋め込みが強いほど,あるいは職務満足が高いほど,従業員の組織コミットメントが高まる。

仮説2:組織コミットメントが高いほど,従業員の離職意向は低下する。

仮説3:新世代農民工と旧世代農民工の間で職務意識の構造に関して有意な格差が存在する。

組織コミットメントについて,長年にわたって数多くの先行研究が積み重ねられてきたが,その計測にあたっては,Mowday, Steers and Porter[1979]の質問票(Organizational Commitment Questionnaire: OCQ,全15項目)が幅広く利用されている。ただし,組織コミットメントの構成要素の1つである「組織の一員であり続けることへの願望」は,その構成要素というよりも,離職意向の結果変数であるといった批判も存在する[高木 1997; Bozeman and Perrewé 2001]。そのため,本稿ではBozeman and Perrewé[2001]Allen, Shore and Griffeth[2003]を参考に,「組織の一員であり続けることへの願望」と関連の深い質問項目をOCQから削除した。

そして中国の文脈に合致する5つの質問項目(質問順に,①この企業に所属することを誇りに思っている,②この企業で自身の能力が最も発揮できている,③職探しの際にこの企業を選んだことは正しい選択である,④この企業は自分にとって最も相応しい会社と思っている,⑤自分は積極的で,ノルマ以上の業務をこなしている)を利用し,5段階のリッカート尺度(完全に同意する=5,基本的に同意する=4,どちらでもない=3,あまり同意しない=2,全く同意しない=1)で評価してもらい,その得点で組織コミットメントを定式化した(注11)

この組織コミットメントに直接的な影響を与える潜在変数として,仕事への埋め込みと職務満足を取り上げる。仕事への埋め込みが組織コミットメントを通じて(あるいは直接的に)離職意向に影響を与えることについて,欧米ではMitchell et al.[2001]Lee et al.[2004]Allen and Shanock[2013]の研究で実証され,中国に関しても孫・楊[2012]王・鄧[2017]の研究で支持されている。本稿ではMitchell et al.[2001]に基づき,仕事への埋め込みに関する5つの質問(質問順に,①作業グループのメンバーに好感をもっている,②企業の中に共通の話題をもつ同僚がいる,③今の仕事で自分の能力を最大限発揮できている,④自分はこの仕事に向いている,⑤この仕事を通じて自己の目標を達成できる)を設定し,5段階(評価方式は組織コミットメントと同様)で回答してもらった。本稿では,離職意向への直接的な影響にも配慮しながら,仕事への埋め込みが組織コミットメントを通じて,間接的に離職意向に影響を与えるという因果関係を想定し,実証分析を進めていく。

他方,職務満足について,それ自体が直接的に離職意向に影響を与えるとする研究や,コミットメント等を通じて間接的に影響を与えるといった研究も存在し,モデルの枠組みは必ずしも統一化されていない[Griffeth, Hom and Gaerther 2000; Allen, Shore and Griffeth 2003]。そこで仕事への埋め込みと同様に,離職意向への直接的な影響に注意しつつ,職務満足が組織コミットメントを通じて間接的に離職意向に影響を与えることを前提に検証を行う。この職務満足については,Price and Mueller[1986]の調査票をベースに,4つの質問(質問順に,①現在の仕事に満足している,②仕事上の人間関係に満足している,③今の給与水準に満足している,④企業の福利厚生とサークル活動に満足している)に関する満足度を5段階(非常に満足している=5,比較的満足している=4,どちらでもない=3,あまり満足していない=2,全く満足していない=1)で評価してもらった(注12)

また従業員の離職意向については,Bozeman and Perrewé[2001]を参考に3つの質問事項(質問順に,①現在,積極的に職探しをしている,②近い将来に新しい仕事をみつけるつもりだ,③今の会社にできるだけ長く働きたい)を設定した(5段階のリッカート尺度。非常にそう思っている=5,比較的そう思っている=4,どちらでもない=3,あまりそう思っていない=2,全くそう思っていない=1〔ただし逆転項目の③は得点を逆に換算〕)。

このように各々の潜在変数に対応する質問項目は,第Ⅲ節で推計する共分散構造分析の観測変数となっており,それらは5段階の間隔尺度で把握されている。この質問結果を利用して4つの潜在変数を作成し,組織コミットメントと離職意向との関係を共分散構造分析によって実証していく(注13)

Ⅲ 江蘇省蘇州市工業開発区の農民工職務意識調査

本節では,江蘇省の主要な工業開発区で実施した従業員調査を利用して,農民工の職務意識に関する前述の3つの仮説の検証作業を実施していく。

1.調査の概要と従業員の基本特性

筆者らは,2014年11月に江蘇省蘇州市工業開発区の製造業企業従業員に対してアンケート調査を実施した。本調査では蘇州市政府の協力を得て,蘇州市工業開発区の製造業企業に関する基本概況(174社)を事前に入手した。そして2014年9月に調査委託先の責任者が工業開発区の複数の企業(外資系企業と民営企業)を訪問し,調査対象地域の概況と企業の労務管理に関する詳細な情報を収集している。その際,2つの企業の従業員(各10人程度)に対してアンケート調査を実験し,その経験と結果に基づき,調査票の構成や質問事項の最終調整を行った。そして,従業員が一定規模(100人)以上の製造業であること,企業の所有制が異なること,調査実施に協力的であることを基準に,計6社(台湾系企業と民営企業がそれぞれ3社)を調査対象として決定した(注14)

調査対象の従業員については,企業から提供された従業員名簿を利用して,各企業から65~70人の従業員を無作為に抽出し,調査対象となった410人のうちの390人から回答を得た(回答率は95.1パーセント)。アンケート調査は事前の研修を受けた調査員(10人,大学院生)が担当し,無作為に抽出された対象者に対して調査員が口頭で質問して回答を記入する他計式で実施した。職務意識の主たる調査対象は現場労働者(グループ長も含む)であるが,従業員名簿に基づく無作為抽出法を採用したため,蘇州市出身の都市戸籍保有者も調査対象となっている。本稿では,地元出身者と回答内容に欠損のあるサンプルを除外した313人分のデータを利用して分析を進めていく(注15)

調査対象企業の概要を整理した表1に示されているように,調査対象となった3社の台湾系企業は従業員数が相対的に多い(2社は2000人以上,1社は500人)。その従業員の多くは省外から働きにきた農民工で,従業員に占める女性比率は相対的に高く,かつ年齢階層も比較的若いといった特徴もみられる。加えて,台湾系を含む外資系企業に対して地元の行政部門の管理が厳しいため,各種社会保険の加入率はほぼ100パーセントである。

表1 調査対象企業の概要

(出所)蘇州市企業調査に基づき筆者作成。

(注)離職率とは,直近1年間に離職した従業員の全従業員数に対する割合である。

それに対して3社の民営企業のうち,D社は従業員数が約7000人と非常に多いが,残りの2社は従業員数がそれぞれ190人と530人という中規模の企業である。従業員は男性比率がやや高く,台湾系企業と比較して年齢層も若干高めであるが,これは地元住民の就業者の割合が相対的に高いことと関連している。また,民営企業に対しては地元の行政部門からの管理が相対的に厳格でなく,社会保険加入の可否については経営者と従業員が協議したうえで決めているため,従業員の保険加入率は低い水準にとどまっているという。

調査対象従業員のフェイスシート情報について,表2で整理した。この表2からわかるように,年齢階層に関して,サンプル全体では25~35歳未満(1980年代生まれ)の割合が43.1パーセント,25歳未満の割合が40.6パーセントと相対的に高く,35歳以上は16.3パーセントとなっている。企業の所有制別にみると,台湾系企業では25歳未満の割合が45.7パーセントと相対的に高く,民営企業の33.3パーセントを上回っているが,民営企業では35歳以上の従業員の割合が28.7パーセントと高い比重を占めている。平均年齢でみると,台湾系企業は26.2歳,民営企業は29.8歳で,t検定では1パーセント水準で有意差が存在する。なお本稿では,25歳未満(1990年代生まれ)の従業員を「新世代農民工」,25歳以上の従業員を「旧世代農民工」と定義して,分析を進めていく。

表2 蘇州市従業員調査のフェイスシート情報

(出所)蘇州市従業員調査に基づき筆者作成。

また,男女比についてデータ全体では拮抗しているが,民営企業では男性比率が58.9パーセントと相対的に高い(母比率の差の検定では10パーセント水準で有意)。教育水準に関して,サンプル全体では中卒レベルの従業員が全体の約4割を占めている。所有制別にみると,台湾系企業の従業員は未就学・小卒レベルの比率が低い一方で,中等職業学校卒と高卒の割合が相対的に高いことが示されている。さらに教育年数の平均でみると,台湾系企業が10.8年,民営企業が10.1年で5パーセント水準の有意差が確認できる。

婚姻状況では,平均年齢が相対的に高い民営企業の方が既婚率(55.8パーセント)はわずかに高いが,台湾系企業の既婚率も53.3パーセントであり,有意な差はみられない。一方,職位についてサンプル全体では普通労働者が全体の7割程度を占めるが,台湾系企業では普通労働者の割合は64.7パーセントとやや低く,グループ長の構成比は16.8パーセントと相対的に高くなっている。最後の雇用形態について,いずれの所有制でも正式工(期限あり)の割合が全体の8割前後を占める一方で,派遣工も15パーセント前後の割合を占めている。

従業員の就業状況をより詳細に考察するため,表3では現企業での勤続月数,残業時間,月給と転職回数に関する記述統計を整理した。まず勤続月数の平均をみると,台湾系企業では24.9カ月であるのに対し,民営企業では29.6カ月とやや長くなっているが,統計的な有意差は検出されなかった。ただし勤続月数の分布は,1年半より短い期間に集中する傾向がみられ,勤続月数の中央値は台湾系企業では14.5カ月,民営企業では19.0カ月となっている。

表3 従業員の就業状況

(出所)蘇州市従業員調査に基づき筆者作成。

他方,週あたりの平均残業時間に関しては台湾系企業の方が有意に長く,台湾系企業が18.7時間,民営企業が16.2時間であった。しかし平均月給で考察すると,台湾系企業の方が民営企業よりも有意に少なく,民営企業の平均月給が3854元であるのに対し,台湾系企業のそれは3475元にとどまった。したがって,台湾系企業と民営企業の農民工に関して,勤続期間では明確な平均差は存在しないが,台湾系企業は民営企業と比較して残業時間の平均が有意に長く,平均月給も民営企業のそれよりも抑制された水準に設定されていることが指摘できる(注16)

2.転職経験と現企業での勤続期間

第Ⅱ節で説明したように,農民工の離職率は高く,短い周期で転職を繰り返すといった傾向もみられる(白・李2008)。また,厳[2010]の上海市農民工調査によると,外地から上海市に来た農民工は平均2.2回の転職を経験しており,年齢,性別,婚姻状況といった属性は転職回数に有意な影響をもたらさないという。その一方で,政治的地位や教育水準が有意な効果をもつことが統計的に明らかにされている。

このような農民工の離職・転職傾向は,我々の蘇州市従業員調査においても観察される。表2と表3に整理したように,転職経験のある従業員全体の割合は73.5パーセントと高く,転職回数の平均値も1.94回で,3回以上の転職を経験する従業員も離職経験者全体の31.6パーセントを占めた。また,台湾系企業の平均転職回数は1.65回で,民営企業の平均転職回数(2.36回)よりも有意(1パーセント水準)に少ないという特徴もみられる。そこで,従業員に関する離職意向の構造分析を展開する前に,転職経験や現在の職場での勤続状況について,計量モデルを利用して考察を進めていく。

まず,転職の有無と転職回数に影響を与える要因を明確にするため,それぞれプロビット分析とOLSによる推計を行った。転職行動に影響を与える変数として,従業員の年齢と教育年数(最終学歴を基に各教育段階の標準的な在学年数を加算した年数),男性ダミー,既婚ダミー,子どもダミー(子どもがいるか否か),農業戸籍ダミー,台湾企業ダミーを利用した。なお,非常に少数(全体の約4パーセント)ではあるが,転職回数が10回を超える極端に多いケースも存在するため,データの分布を考慮して7回以上は7回とカウントして推計している。

分析結果は表4に整理したが,まず転職の有無に関するプロビット分析の結果をみると,年齢と教育年数の係数はともに有意な正の符号で,それらの二乗項は有意な負の符号をとった。これは,年齢と教育年数が転職確率と逆U字型の関係にあること,すなわち年齢や教育年数が増えると転職確率は上昇するが,一定の年齢や教育年数を超えると転職確率は低下していくことを意味する。また,男性ダミーは有意な正の符号,台湾系企業ダミーは有意な負の符号をとっていることから,女性の従業員と比較して男性の方が転職確率は有意に高く,民営企業と比べて台湾系企業の従業員の転職確率が低いといえる。それに対して,既婚ダミーや子どもダミー,農業戸籍ダミーは転職の有無に対して有意な効果をもたないことが明らかになった(注17)

表4 転職経験と転職回数の要因分析

(出所)蘇州市従業員調査に基づき筆者作成。

(注)*** は1%水準,** は5%水準,* は10%水準で有意であることを示す。

続いて転職回数に関するOLSの推計結果をみると,プロビット分析と同じく,年齢と逆U字型の有意な関係にあり,男性ダミーと台湾系企業ダミーの係数もプロビット分析と整合的であった。それに対して,教育年数の符号はプロビット分析の結果と同一だが,いずれの変数も有意ではなかった。また,既婚ダミーと子どもダミー,農業戸籍ダミーも有意ではなく,これらの変数は転職回数に対して有意な効果をもたらしていない。これらの分析結果は,転職経験と転職回数が従業員の年齢に強く規定されていることを示唆するものである。

また表3で示されているように,調査対象の従業員全体の平均勤務月数は26.8カ月(中央値は15カ月)であるが,この現企業での勤続期間は従業員の職務意識と強く関連していることが考えられる。そこで,従業員の現企業での勤続期間に影響を与える要因を明確にするため,従業員の個人属性などに回帰させる形で計量分析(OLS)を行った。なお,調査対象の従業員のほとんどは外地からの出稼ぎ労働で,61パーセントの従業員は賃貸物件,35パーセントの従業員は社員寮に居住していて,自宅から通う人の割合はわずか3パーセントにとどまっている。そのため,居住形態は説明変数に加えなかったが,夫婦が同一企業で働いていることを説明変数に組み込んだ推計(モデル②)を行い,その勤続月数への効果も検証した(注18)

推計結果を整理した表5のモデル①をみると,年齢は有意な正の効果を示す一方で,教育年数や性別といった個人属性と企業の所有制に関する変数はいずれも有意ではなかった。また,夫婦同一企業ダミーを追加したモデル②では,その変数と年齢は有意な正の符号をとっているが,モデル①と同様,その他の変数はいずれも有意な結果とならなかった。すなわち,年齢が上がるほど,そして夫婦が同一企業で働いているほど,現企業での勤続月数は有意に長くなることを示唆している。

表5 現企業での勤続月数の要因分析

(出所)蘇州市従業員調査に基づき筆者作成。

(注)*** は1%水準,** は5%水準,* は10%水準で有意であることを示す。

もちろん,同時期に入社して退社してしまった人は本調査の対象にならないため,勤続月数のデータにはセレクションバイアスが付随しており,その解釈については慎重な取り扱いが必要である。また,職位(一般労働者,グループ長など)や契約形態(有期限,無期限など)といった変数を説明変数に追加することも可能である。しかしながら,それらの変数は勤続期間が長くなった成果と解釈する方が自然なため,内生性の観点からそれらの変数を説明変数としなかった。ただし,これらの推計結果から示唆されることは,離職経験や離職回数,そして現企業での勤続月数はいずれも年齢と有意な関係をもつことであり,世代別の職務意識を考察する本稿の分析視点と,整合的な結果であると解釈することができる。

3.職務意識に関する基本統計量

このような従業員の就業状況や転職経験の特徴を踏まえ,以下では職務意識に焦点をあてた考察を進めていく。表6では,組織コミットメントや仕事への埋め込み等,潜在変数を構成する観測変数の基本統計量を所有制別・世代別に示した。各セルの上段の数値は観測変数(5段階評価)の単純平均で,下段の数値は標準偏差である。この表からわかるように,所有制(台湾系企業と民営企業)の違いにかかわらず,旧世代と比較して新世代の組織コミットメントと仕事への埋め込みの平均得点が相対的に高く,離職意向の平均得点は低いという結果となった。

表6 観測変数の基本統計量

(出所)蘇州市従業員調査に基づき筆者作成。

(注)セル内の数値は各潜在変数に関わる観測変数(1 ~ 5 点換算)の単純平均と標準偏差である。

そこで平均差のt検定を行ったところ,職務満足を除く3つの潜在変数に関して,新世代と旧世代の間に有意な格差(仕事への埋め込みは5パーセント水準で,他の2つは1パーセント水準)が存在する一方で,台湾系企業と民営企業との間で有意差は確認されなかった。このことは,旧世代農民工と比べて,新世代農民工のコミットメントや仕事への埋め込みの意識が低く,離職意向が強いことをうかがわせるものである。

さらに4つの潜在変数について,所有制別・世代別のグループ間格差の有無を検証するため,判別分析を行った。推計結果によると,組織コミットメントと離職意向について世代別で有意な格差(1パーセント水準)が検出されたのに対して,所有制別では有意な格差は観測されなかった。それに対して,職務満足について世代別の有意差はないが,所有制別の有意差があり(1パーセント水準),仕事への埋め込みでは世代別(1パーセント水準)・所有制別(5パーセント水準)ともに有意差が確認された。このように変数による差違は存在するものの,潜在変数のグループ間格差は,所有制別よりも世代別で顕著であることが指摘できる。故に本稿では,所有制別の推計ではなく,潜在変数の関係性がより明確な世代別の格差に焦点をあて,具体的な考察を進めていく。なお,所有制別の推計結果の概要については,補足情報として文末注(注22)に記載した。

他方,表7には4つの潜在変数に関する相関行列を整理した(いずれの相関係数も1パーセント水準で有意)。表に示されるように,組織コミットメント,仕事への埋め込み,職務満足という3つの変数間の相関係数は非常に高く,いずれの組み合わせでも0.8を上回っている。それに対して,離職意向との相関係数は-0.5から-0.7に推移し,すべて負の係数であることがわかる。潜在変数間の相関係数の大きさは,共分散構造分析におけるパス係数の識別を困難にしてしまう危険性も存在する。そのため,すべての観測変数を利用して,潜在変数が1つのケースから4つのケースまでの共分散構造分析を行い,モデル間の適合度について検証した。推計の結果,4つの潜在変数を利用したモデルはCD(coefficient of determination),CFI,TLIの数値が最も高く,RMSEA,SRMR,χ2/自由度の数値は最も低くなった(注19)。したがって,農民工の職務意識に関する実証分析において,この4つの潜在変数を利用することが適切であると考えられる(注20)

表7 潜在変数の相関行列

(出所)蘇州市従業員調査に基づき筆者作成。

4.従業員全体の職務意識の推計結果(注21)

以下では蘇州市従業員調査を利用して,第Ⅱ節で提起した仮説の検証を進めていく。なお,潜在変数間の影響を比較可能にするため,本稿の考察ではデータを標準化して推計作業を行った。まず,すべての従業員のデータをプールした共分散構造分析の結果を図3に整理した。モデル全体の適合度をみてみると,主要な指標であるCDとRMSEAはそれぞれ0.951と0.076と良好な数値で,その他の適合度指標についてもおおむね本推計の信頼性を支持している。

図3 共分散構造分析の推計結果

(出所)筆者作成。

(注)1)*** は1%水準,** は5%水準,* は10%水準で有意であることを示す(図3 ~ 7 まで同様)。

2)図を簡略化するため,潜在変数を構成する観測変数とその誤差項は省略した(図3 ~ 7 まで同様)。

次に潜在変数間の関係性をみていくと,職務満足と仕事への埋め込みという2つの潜在変数は,ともに組織コミットメントに対して有意な正の効果をもたらしており,仮説1を支持する結果となった。それぞれの潜在変数の係数をみると,職務満足(0.645)の方が組織コミットメントに与える影響が相対的に高いことが示された。そして組織コミットメントの従業員の離職意向への効果について,その係数は-0.692(1パーセント有意)であり,組織コミットメントの高さが従業員の離職意向を有意に引き下げることが浮き彫りとなった。これは本稿の仮説2を支持するものであり,農民工による職務満足の高さと仕事への埋め込みの強さは,組織コミットメントの向上を通じて離職意向を有意に低下させていると主張できる。なお,仕事への埋め込みと職務満足の相関係数は0.859で,2つの潜在変数は有意な正の相関を示している。

ただし第Ⅱ節で言及したように,仕事への埋め込みと職務満足については,組織コミットメントを通じた間接的な効果のみならず,それ自体が離職意向への直接効果を有している可能性もある。そこで,仕事への埋め込みと職務満足の直接効果をそれぞれ追加した共分散構造分析を行い,その結果を図4図5に整理した。

図4 共分散構造分析の推計結果(仕事への埋め込みの直接効果追加)

(出所)筆者作成。

図5 共分散構造分析の推計結果(職務満足の直接効果追加)

(出所)筆者作成。

まず,仕事への埋め込みの直接効果を追加した図4をみると,仕事への埋め込みが組織コミットメントに対してもたらす効果は,依然として正の有意な符号をとり,効果の大きさ(0.284)自体も図3の結果とほぼ変わらなかった。それに対して,仕事への埋め込みの離職意向への直接効果は,予想に反して正の符号(0.131)をとったが,効果自体は有意ではなかった。また,その他の潜在変数間の効果とその有意度についても,直接効果を考慮しない場合(図3)とほとんど変化していない。このように,仕事への埋め込みは離職意向に対して有意な直接効果をもたず,組織コミットメントの向上を通じて離職意向を低下させており,本稿の仮説1・2を支持している。

次に職務満足の直接効果を推計した図5をみると,職務満足は離職意向に対して有意な負の効果を示す一方で,組織コミットメントが離職意向に与える効果は図3の-0.692から-0.357に大きく低下していることがわかる。また,職務満足の組織コミットメントへの効果は,図3の0.645から図5の0.563にやや低下する一方で,職務満足の離職意向に対する総合効果(直接効果+間接効果)で考察すると,図3の-0.446[0.645×-0.692]から図5では-0.556[-0.355+0.563×-0.357]に絶対値が増加し,マイナス効果が強まっていることを示唆している。それに対して,組織コミットメントを通じた仕事への埋め込みの離職意向への総合効果は,図3は-0.191[0.276×-0.692]であったが,図5では-0.123[0.345×-0.357]に低下した。

したがって,職務満足の直接効果を考慮しない場合には,職務満足の離職効果への影響はやや過小に評価される反面,仕事への埋め込みは多少過大に評価されている点には注意が必要である。ただし,いずれのモデルに関しても,本稿で提起した仮説1・2を支持していることに変わりはない。

5.世代別・就業期間別の職務意識

そして農民工に関する世代間での職務意識の格差を明確にするため,サンプルを世代(25歳未満の新世代と25歳以上の旧世代)でグループ分けして,共分散構造分析を実施した。なお,仕事への埋め込みと職務満足の離職意向への直接効果を考慮したモデルについて,グループ別の推計も試みたが,尤度関数を収束させることができなかった。そのため,本稿ではそれらの潜在変数による直接効果の計測を断念し,図3と同様に間接効果のみを計測する形になっていることをあらかじめ明記しておく。

世代間の推計結果を取りまとめた図6に示されているように,モデルの適合度を示す指標は全体的に良好(CD=0.964,RMSEA=0.077)で,世代間格差を考慮したモデルは一定程度の妥当性を確保していると考えられる。そして潜在変数間の関係をみていくと,組織コミットメントの高さが従業員の離職意向(新世代は-0.526,旧世代は-0.788)を有意に低下させるという点は世代間で共通であるが,旧世代の方がその効果がより強いことがわかる。

図6 共分散構造分析の推計結果(世代別)

(出所)筆者作成。

その一方で,組織コミットメントに影響を与える潜在変数のあり方が,世代間で異なることも浮き彫りとなった。すなわち,職務満足の高さはいずれの世代でも組織コミットメントを有意に高める点では共通するが,新世代農民工では仕事への埋め込みの強さは組織コミットメントを有意に高める(0.579)のに対して,旧世代農民工では仕事への埋め込みが組織コミットメントに対して有意な効果をもたらしていない。このように,仕事への埋め込みの組織コミットメントへの影響について,新世代農民工と旧世代農民工で有意に異なっていることから,本稿の推計結果は仮説3を支持するものといえる。

さらに世代別推計と比較するため,勤続期間別に従業員を分類し,同様の枠組みで職務意識の共分散構造分析を行った(図7)。その際,勤続月数の中央値である15ヵ月を基準に従業員を2つのグループに分類したが,それ以外の勤続月数(12カ月,18カ月,21カ月,24カ月)で区分したケースでも,共分散構造分析の係数の符号や有意度には大きな変化は観察されていない。図7では勤続期間別(15カ月未満と15カ月以上)の結果を整理したが,モデルの適合度を示す指標は世代別推計より劣るものの(CD=0.949,RMSEA=0.080),一定程度の妥当性は有している。

図7 共分散構造分析の推計結果(勤続期間別)

(出所)筆者作成。

潜在変数間の関係を考察していくと,係数の絶対値について勤続期間別のグループで若干の違いはみられるが,潜在変数間の符号は2つのグループでいずれも同一であり,すべてのケースで有意な効果をもっている。すなわち,勤続期間の長短にかかわらず,職務満足と仕事への埋め込みは組織コミットメントを有意に高める効果をもち,そして組織コミットメントの高さは離職意向を有意に低下させているのである。

他方,潜在変数間の効果の大きさに注目とすると,仕事への埋め込みと職務満足が組織コミットメントに与える効果について,従業員の勤続期間で一定の格差が存在する。具体的に述べると,仕事への埋め込みが組織コミットメントに与える影響は,勤続期間が15カ月以上の従業員が0.275であるのに対し,15カ月未満の従業員の効果は0.446と比較的高い値をとっている。他方,職務満足が組織コミットメントに与える効果は,勤続期間が15カ月以上の従業員は0.632であるのに対し,15カ月未満の従業員は0.476にとどまった。

この図67の推計結果を総合的に解釈すると,職場や同僚との間の物理的・心理的な関係の強さを意味する仕事への埋め込みという潜在変数は,勤続期間の長短というよりも,年齢層による影響がより顕著であることを示唆している。すなわち,職務経験や転職回数が相対的に少なく,年齢的にも比較的若い新世代農民工にとって,仕事への埋め込みという職場や仕事への物理的・心理的な関係の強さは,企業への帰属意識や愛着を有意に高め,従業員の離職意向を低下させる面で有効な機能を果たしていると考えられる。したがって,新世代農民工の労働意欲や職場への定着を促進するためには,職場業務への指導やサポートに加え,生活面を含めた手厚い支援の提供が非常に重要であると推察される(注22)

おわりに

本稿は,「世界の工場」の製造業を支えてきた中国の農民工に焦点を当て,産業の高度化とともに重要性が高まる労働者のコミットメントに注目し,その促進要因を考察するとともに,コミットメントと離職意向との関係を定量的に検証してきた。具体的な作業として,江蘇省蘇州市で実施した製造業従業員に対する職務意識調査に基づき,農民工による組織コミットメント,仕事への埋め込み,職務満足,離職意向の関係について共分散構造分析を行った。

本稿の結論として,組織コミットメントの高さは職務満足と仕事への埋め込みの双方の高さに支えられ,職務満足の高さと仕事への埋め込みの強さは組織コミットメントを有意に高めること,そして組織コミットメントの高い従業員は離職意向が有意に低く,企業への定着志向が強まることが実証された。さらに,職務満足については組織コミットメントを通じて離職意向を抑制するという間接効果以外に,職務満足の高さ自体が離職意向自体を有意に低下させる直接効果が存在することも明らかになった。

したがって,農民工による製造業の現場への定着や仕事・組織への帰属意識を高めるためには,多くの従業員が居住する社員寮などの住環境の改善,従業員間の社会的な繋がりや職場でのコミュニケーションの向上を図るための仕組み作りといった,より広い範囲での労務管理のあり方が問われてくる。また,従業員の仕事への満足度を高めるため,賃金体系や福利厚生の面での企業による創意工夫も重要になると考えられる。

その一方で,組織コミットメントを支える潜在変数について,農民工の世代間で明確な格差が存在することも浮き彫りとなった。すなわち,新世代農民工にとって仕事への埋め込みの強さが組織コミットメントの高さを支える有意な要素であるのに対し,旧世代農民工では仕事への埋め込みの強さは,必ずしも組織コミットメントの向上に寄与していないことが示されたのである。本稿の計量分析で明らかになったように,旧世代農民工と比較して,新世代農民工は転職経験や転職回数が相対的に少なく,所属先の企業での勤続期間も相対的に短い。そのため,新世代農民工において,同僚との良好な人間関係の構築や,職務内容と自身の目標との合致といった職場への定着の良さが,職場への高いコミットメントを醸成し,従業員の離職意向を抑制する機能をもつと推察される。

以上の点から,新世代農民工の組織コミットメントを向上させ,仕事への埋め込みを高めるためには,新規就業者や若年従業員向けのきめ細かな研修・指導をしていくことが必要であると考えられる。さらに新世代農民工が職場内外で良好な人間関係を構築できるようにするため,生活面を含めた個々人の状況や具体的な要望を集約する機会(職場内のレクリエーション活動や上司・同僚との定期的な情報交換,同郷者による会合など)を積極的に設け,労務管理の一環として生活や職場での問題解決を図っていくことも企業に求められていくであろう。

ただし,個々の企業が提供する福利厚生や研修・指導の内容に関する体系的なデータが収集できていないため,農民工の仕事への埋め込みと職務満足を規定する具体的な要因や施策について,本稿では十分な検証が行えなかった。そのため,今後の研究ではそれらの情報を収集し,従業員の職務意識と明確に関連づけて議論することで,より実態に即した農民工向けの職務意識の向上施策を検討していく必要がある。また,世代別の職務意識の違いは,従業員の年齢層が相対的に低い台湾系企業の特徴を反映している可能性も存在する。この点については,実際の労務管理のあり方を考慮しながら,慎重に考察していくことが求められる。

その他にも,本稿のなかで十分に考察することができなかった研究課題は多い。前述のように,世代間の職務意識に関する本稿の実証分析では,仕事への埋め込みや職務満足との直接効果を検証することができず,組織コミットメントを通じた間接効果の計測のみにとどまっている。この点については,潜在変数の因果関係の再構築やデータ利用方法の修正などを通じて,それらの直接効果を明確化していく必要がある。

また本稿の共分散構造分析では,組織コミットメントの高さが従業員の技能向上への意欲を促進するといった,農民工の積極的な意識や行動についても捉えることができていない。さらに農民工の年齢と勤続月数以外の属性,例えば教育水準や職位,出身地などの個人属性や,外資系・民営企業別の労務管理の具体的な特徴も考慮したり,傾向スコア・マッチング(propensity score matching)などの手法を利用して,農民工の特徴をより一層反映させた実証分析を行うことも,今後の重要な研究課題である。

[謝辞]

蘇州市従業員調査の実施にあたり,江蘇省蘇州市の政府関係者や製造業企業の経営者・従業員の方々,そして調査委託先の担当者の方々から多大なご協力を賜った。また,本研究を中国経済経営学会の全国大会(2015年度)とアジア経済研究会(清川雪彦・一橋大学名誉教授主催)で報告した際には,座長や討論者を始めとした多くの先生方から貴重なコメントとご助言を頂いた。本誌の匿名のレフェリーからも,詳細かつ有益なコメントを数多く頂いた。記して感謝の意を申し上げる。なお,本研究はJSPS科研費(課題番号:25380350)の助成を受けた。

(寳劔・関西学院大学国際学部教授,山口・アジア経済研究所新領域研究センター研究員,佐藤・一橋大学名誉教授,2020年12月27日受領,2021年10月30日レフェリーの審査を経て掲載決定)

(注1)  「労働年齢人口」の数値については,国家統計局が毎年年初に公表する「国民経済和社会発展統計公報」(http://www.stats.gov.cn/, 2019年5月4日閲覧)に基づく。ただし,同局が公表する「労働年齢人口」は,2012年までは「15歳以上59歳以下の人口」となっていたが,2013年以降は「16歳以上60歳未満の人口」に定義が変更された。また定義が変更される以前の2012年には,労働年齢人口が減少に転じたことが明らかとなり,2013年の定義変更後も労働年齢人口は一貫して減少している。

(注2)  蘇州市の概況については,蘇州市政府HP(https://www.suzhou.gov.cn/szsrmzf/index.shtml)の「2019年蘇州市国民経済和発展統計公報」(2020年6月3日),『人民網日本語版』2020年3月13日付け記事を参照した(ともに2020年8月19日閲覧)。

(注3)  「全国農民工監測調査」とは,全国31省(直轄市,自治区)の農村地域を対象に,1561の調査県(区)から無作為に抽出された8484カ村の22万6000人(2018年調査)の農村労働者に対する調査のことである。

(注4)  「郷鎮」とは,中国の農村地域における末端行政機構であり,「郷」が日本の村,「鎮」が日本の町に相当する。

(注5)  「全国農民工監測調査」(2008~2014年)によると,農民工総数に占める「挙家移動」(家族全体で郷鎮外に移動する農民工数)の割合は,微増傾向はあるものの,2割前後にとどまっている(2008年は20.4パーセント,2014年は21.3パーセント)。なお,挙家移動について2015年以降の数値は公表されていない。

(注6)  「全国農民工監測調査」によると,地元農民工を含めた農民工全体の男性比率は,2008~2018年は65~67パーセント前後の水準に推移している。2014年から公表された外出農民工の男女比率によると,2014~2018年の男性比率は69パーセント前後である。したがって,外出農民工と地元農民工との間で男女比には大きな格差は存在しない。

(注7)  2004年3月1日から施行された労働社会保障部の「最低賃金規定」(中国語では「最低工資規定」)のなかで,「最低賃金」とは「法定労働時間,あるいは法に基づく労働契約によって定められた労働時間内で労働者が提供した正常な労働のもと,雇用主が支払うべき最低労働報酬」(第3条)と定義される。なお,本来であれば,比較対象として蘇州市の最低賃金データを利用することが望ましい。しかし,蘇州市について筆者が入手できた資料は2010年以降のものに限定されるため,本稿では1990年代からのデータが利用可能な深圳市のデータを使用した。ただし2010~2018年に関して,蘇州市と深圳市の最低賃金を比較すると,絶対額でみると蘇州市の方が一貫して150元程度少ないが,2つの都市で趨勢的な変化はほぼ一致している。

(注8)  2008年に珠江デルタ地帯で農民工調査を実施した厳[2009b]によると,2008年の農民工平均賃金(月給)は法定最低賃金を3~4割ほど上回るが,その一方で,最低賃金を下回る農民工の割合も全体の三分の一程度に達しているという。

(注9)  中国のルイス転換点に関する考察については,南・馬[2009]南・牧野・郝[2013]などを参照されたい。

(注10)  例えば,火鍋チェーン店として全国的に有名な「海底撈」を研究対象とした徐・淦[2011]では,組織へのコミットメントを高める要因として,「組織的支援の実感度」(perceived organization support)の重要性を主張する。「組織的支援の実感度」とは「従業員による貢献を組織がどの程度評価してくれるのか,従業員のwell-beingを組織がどの程度配慮してくれるのかについて,従業員が抱く全般的な信念」[Eisenberger et al. 1986]のことである。本理論によると,従業員が組織からの手厚い支援を受けているという実感が組織コミットメントの向上に寄与しているという。ただし,「組織的支援の実感度」の概念自体は主として管理層やホワイトカラーを対象としたもので,質問項目の具体的な内容について,農民工の直面する状況と乖離が大きいものも多いため,結果の解釈には注意が必要である。

(注11)  Allen and Meyer[1990]Mowday, Steers and Porter[1979]の枠組みを発展させ,組織コミットメントの構成要素として,感情的(affective),存続的(continuous),規範的(normative)という3つのコミットメントを提起する。感情的コミットメントはMowday et al.[1979]のOCQで測定されるものと含意が類似するが,規範的要素を新たに取り入れたことが貢献である[高木 1997]。Allen and Meyer[1990]の研究を嚆矢に,組織コミットメントの各要素と職務満足や離職意向との関係を実証する研究も増えてきている[凌・張・方 2001; 淦 2018; 李ほか 2018]。ただし,調査対象者への負担軽減と分析枠組みの簡便化を考慮して,筆者らの調査ではOCQの修正版を使用した。なお,本調査では6つの質問項目を設定したが,クロンバッハ(Cronbach)のアルファ係数の低下(約0.07ポイント)に影響する1つの項目について,共分散構造分析の際には除外した。

(注12)  マズローの欲求段階説やハーツバーグの「動機づけ-衛生理論」が示唆するように,職務満足と労働意欲は単純な一対一の関係(高い職務満足は高い労働意欲の十分条件)ではないため,満足の多層構造には注意が必要である[清川 2003]。ただし本調査では,被調査者の負担軽減を優先し,満足度を5段階のリッカート尺度で評価してもらう方式を採用した。

(注13)  質問票の全体的な構成と具体的な内容については,筆者まで請われたい。なお,調査の個票データと質問票は一定期間の経過後,関連機関の許可を受けた上で,学術機関の運営するデータバンクに寄託する予定である。

(注14)  アンケート調査の実施には企業側の協力が不可欠なため,調査対象企業の選出は必ずしも無作為に行われたものではない。その一方で,調査対象者の選出は従業員名簿から無作為に実施したことから,調査全体としては有意抽出による限界は相対的に克服されていると考えられる。

(注15)  地元出身の従業員は外地出身の従業員(農民工)と比べて,平均年齢は約7歳,平均勤続年数は4.2年上回っている。また地元出身の従業員のうち,作業現場で働く人は全体の半分以下で,経理,財務,品質管理,販売など,多様な仕事に従事している。このような個人属性や職種の相違を考慮すると,地元出身の従業員を農民工の対照群として取り扱うことは困難と判断し,農民工との比較は実施していない。

(注16)  従業員の個人属性(年齢,性別,教育水準)や勤続月数,職位などを組み込んだミンサー型の賃金関数を推計したところ,台湾系企業の月給は民営企業のそれよりも約12パーセント少ない(1パーセント有意)という結果が検出された。

(注17)  既婚ダミーと子どもダミーについては,年齢と正の相関(いずれも相関係数が0.6以上)があることから,それらを説明変数に加えることには,注意が必要である。そのため,既婚ダミーと子どもダミーを除外したモデルの推計も行ったが,プロビットとOLSのいずれのケースでも全体的な推計結果に大きな変化はなかった。

(注18)  賃貸物件と社員寮の違いを説明変数に加えた推計も実施したが,それらの効果は有意ではなく,他の変数に与える影響も軽微であった。そのため,本稿の推計では居住形態は説明変数に加えなかった。

(注19)  共分散構造分析の推計にあたっては,STATA Ver. 14を利用した。なお,AMOS等による共分散構造分析では,モデルの当てはまりを示す指標としてGFI(goodness of fit index)が広く利用されているが,STATAではCDがそれに相当するものとして提示されている。

(注20)  本稿では,「職務満足」と「仕事への埋め込み」の決定要因に関する重回帰分析も行った。説明変数としては,雇用形態(正式工(期限のあり/なし),派遣工),社会保障(養老,医療,失業,労災,生育,住居公積金)への加入状況,住居の形態(賃貸,社宅,自宅),個人属性(年齢,教育年数,性別,既婚ダミー,子どもダミーなど)を利用した。しかしながら,全体的に有意な変数は少なく(年齢と性別などが有意),自由度調整済みの決定係数も0.05前後の低い値であったため,本稿ではその推計結果を採用しなかった。

(注21)  調査対象企業の間で標本抽出率に格差が存在するため,企業別抽出率の逆数をウェイトとした共分散構造分析も実施した。ウェイト付けありとウェイト付けなしの間で,標準化係数や標準誤差の面で若干の相違は存在するものの,主要な実証モデルの推計結果はほぼ整合的であった。そのため,本稿ではウェイト付けなしの推計結果を掲載した。

(注22)  所有制による職務意識格差を考察するため,サンプルを台湾系企業と民営企業にグループ化し,図6と同様のモデルで共分散構造分析を行った。その結果,いずれのグループにおいても組織コミットメントの高さが離職意向を有意に引き下げていることは確認できた。その一方で,職務満足の組織コミットメントへの影響について,台湾系企業のみ有意な正の効果をもつこと,仕事への埋め込みの強さはいずれのグループでも組織コミットメントに有意な影響をもたらさないことが示された。このように所有制別の推計では,潜在変数間の因果関係を支持するケースが少なく,モデル全体の当てはまりも若干劣るなど(CD=0.954,RMSEA=0.082),その推計結果については慎重な取り扱いが必要である。

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© 2022日本貿易振興機構アジア経済研究所
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