アジア経済
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第44回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞 講評・受賞のことば
第44回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞の表彰について
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2023 年 64 巻 3 号 p. 89-93

詳細

「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」は,アジア経済研究所が発展途上国・地域に関する社会科学およびその関連分野における研究水準の向上に資することを目的とし1980年度に創設した賞で,この領域における優れた調査研究の業績を表彰するものです。

選考および表彰の対象は,発展途上国・新興国または地域について,社会科学あるいはその関連分野の観点から調査および分析した著作であり,かつ次の①あるいは②に該当するものです。個人研究,共同研究ともに対象としています。

  • ①   2021年10月から2022年9月までに日本国内で公刊された日本語または英語による図書
  • ②   2022年に海外で公刊された英文図書のうち,執筆時,公刊時もしくは賞応募時点において日本国内に所在する大学・研究機関等に在職していた研究者(国籍は問わない)によるもの

2023年度は各方面から推薦された49点をまず所内研究者が審査し,選考委員による最終選考で下記の2作品が第44回受賞作に選ばれました。表彰式は7月5日にアジア経済研究所で開催されました。

  • 〈受賞作〉

    “The Dictator’s Dilemma at the Ballot Box: Electoral Manipulation, Economic Maneuvering, and Political Order in Autocracies”(University of Michigan Press)

    東島 雅昌(ひがしじま まさあき)(東京大学社会科学研究所准教授)

  • 『奴隷貿易をこえて――西アフリカ・インド綿布・世界経済――』(名古屋大学出版会)

    小林 和夫(こばやし かずお)(早稲田大学政治経済学術院准教授)

  • 〈選考委員〉

    委員長:倉沢愛子(慶應義塾大学名誉教授),委員:上田元(一橋大学大学院社会学研究科教授),栗田禎子(千葉大学大学院人文科学研究院教授),竹中千春(元・立教大学法学部教授),深尾京司(ジェトロ・アジア経済研究所所長),藤田幸一(青山学院大学国際政治経済学部教授)

  • 〈最終選考対象作品〉

    最終選考の対象となった作品は受賞作のほか,次の1点でした。

    『現代アラブ君主制の支配ネットワークと資源分配――非産油国ヨルダンの模索――』(ナカニシヤ出版)

    著者:渡邊 駿(わたなべ しゅん)(一般財団法人日本エネルギー経済研究所中東研究センター主任研究員,京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科特任助教)

 ●講評●

  • 東島雅昌“The Dictator’s Dilemma at the Ballot Box: Electoral Manipulation, Economic Maneuvering, and Political Order in Autocracies”

    竹中 千春(たけなか ちはる)

本書は,独裁的な政権の下にある国々の選挙に着目し,国際比較に基づく議論を提示し,それに基づいてカザフスタンとキルギスタンの事例を分析し,自説の実証を試みた意欲的な著作である。先達の研究を批判的に継承し,膨大なデータを収集して統計的な分析を施し,現地調査も含む地域研究の手法を駆使して,比較政治学の独創的な理論仮説を提起する。

書名も理論的挑戦を体現する。著者の政治体制論はR・ダール以来のアメリカ政治学の伝統に沿い,民主主義は自由で公正な選挙に基づく議会と政府が実現されている体制であり,その条件が満たされない国々は専制,独裁,権威主義という概念で捉えられる。この定義は論議を招きかねないが,広汎な国際比較を行い各国の分析もめざす著者には有効な概念設定である。しかも,選挙を「独裁者・支配的エリート・反対派のゲーム」と捉え,非民主的な体制においても選挙で勝ち続けなければ政権は維持できないという独特の政治過程に焦点を絞っていく。その論理展開は鋭い。

キーワードは「選挙のジレンマ」である。独裁的な権力も選挙で国民的な支持を証明しなければならず,政権側は選挙で成果を挙げなければならない。だが,自陣営に有利な制度に変更し,傍若無人な不正選挙を露呈すると,選挙自体が茶番となる。反対に,政治活動や言論の自由を許容し,選挙の透明性を高めすぎれば,野党勢力が伸びて敗北しかねない。要するに,「均衡」のとれた「選挙工学」の差配が求められ,著者はこれを「選挙のデザイン」と呼ぶ。

この点を掘り下げるため,「選挙操作(electoral manipulation)」と「経済誘導(economic maneuvering)」という概念が導入される。前者は反対派や野党の排除,有権者への脅し,投票様式や選挙制度の改変などの強制的手段による方法であり,後者は買収や交付金のばらまきなどの経済的手段による方法を指す。そこから,次のような仮説を導く。「経済的資源の配分によって支持を調達できる独裁者は,露骨な不正行為や体制側に有利な選挙制度を使って干渉する必要がない」。逆に,「独裁者が両者の均衡を崩して選挙のジレンマを露呈すると,民衆的抗議,クーデター,野党の勝利などが起こり,体制が不安定化する」。そして,経済的資源の分配により選挙に勝って政権を安定的に保ったカザフスタンと,その能力を欠き強硬手段に訴えて政情不安を招いたキルギスタンを比較する。

この半世紀の間,民主化後の体制の変質や権威主義的な体制への移行は政治学の重要なテーマであったが,最近もポピュリズムの台頭やイリベラル・デモクラシーの増加が懸念され,さらなる議論が求められている。そうした観点からも,明瞭な分析概念と理論仮説を提示し,各国の状況を適切に位置づけ,国際社会の政策的ニーズにも応えようと志す本書は,新進気鋭の若手研究者による21世紀の発展途上国研究への優れた知的貢献である。

(元・立教大学法学部教授)

 ●受賞のことば――東島 雅昌(ひがしじま まさあき)

この度は,第44回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞をいただき,大変光栄に存じます。選考委員の先生方,そして本書の出版でお世話になった皆様に御礼申し上げます。

本書のきっかけは,2008年末に中央アジアを訪れて現地調査をはじめたことです。ソヴィエト連邦の解体で生まれたカザフスタンとキルギス共和国は,双子のようでした。ソ連構成共和国であった歴史,90年代の経済破綻と急進的経済改革,ロシア系住民など多民族社会,類似した政治制度,強力なクライアンテリズムなどの点で似ていました。

しかし,両国はその命運を大きく分かちます。カザフスタンでは,選挙操作が少なくなる一方,キルギス共和国では選挙操作が著しくなりました。さらに,ナザルバエフ大統領は選挙実施の度に自らの体制を強固にしましたが,アカエフ大統領は選挙で求心力を削がれ,やがて2005年「チューリップ革命」で瓦解します。独裁制の代名詞といえる不正への依存が少なくなるカザフスタンで体制が安定化し,その逆のキルギス共和国で体制が崩壊したのは,一体なぜか。この謎から出発しました。

独裁者も抑圧や暴力など強制的手段のみに頼ることはできません。抑圧を恐れて人々が体制批判をしなくなると,内政の課題がわかりにくくなります。対して,選挙が公正だと,圧勝することは難しい。本書では,この「選挙のジレンマ」を緩和する方法として,独裁者の大規模なバラマキ政策に着目しています。経済的果実を分配して大衆支持を引き出せば,不正や選挙制度の操作に訴えず選挙で圧勝できます。逆に,このジレンマへの対処を見誤ると,クーデタや野党の選挙勝利,抗議運動をつうじ選挙は独裁者を苦境に陥れます。

ナザルバエフ体制では,2000年代はじめから天然資源の輸出で国庫が潤います。この財政資源を選挙前のバラマキに投入して,選挙操作の水準を低減させつつ選挙に大勝し,体制の盤石性を示しました。対照的に,アカエフ体制は,資源に乏しいため選挙不正の水準を徐々に高めました。選挙結果の改ざんは抗議運動を引き起こし,体制は瓦解しました。この傾向は,世界の独裁制を含む統計分析でも支持されました。すなわち,天然資源を有し政党組織などを駆使して効率的に経済分配を施す独裁制ほど,露骨な選挙不正を慎み,与党の議席を増幅させる選挙制度を採用していました。さらに,経済分配と選挙操作のバランスをとり損なうと,クーデタや抗議運動の勃発が独裁体制を危機に晒す傾向も見いだされました。

フィールドの知見をいかにして他の独裁制と比較可能なかたちで位置づけ,叙述できるか。多国間統計分析の知見は中央アジアの現状を分析する上でどのように役立つのか。この葛藤に苦しみつつ,それでも一般性と特殊性の間の絶えざる往復運動が,比較政治研究を発展させると信じ,研究を進めてきました。今後もこのジレンマを抱きつつ研究を続けると思いますが,今回伝統ある賞をいただくことができ,大きな励みとなりました。

  • 略歴

    1982年沖縄生まれ,福岡育ち。早稲田大学政治経済学部卒業。ミシガン州立大学政治学部にてPh.D. (Political Science)取得。

    2023年より東京大学社会科学研究所准教授,現在に至る。

  • 主要著作

    『民主主義を装う権威主義――世界化する選挙独裁とその論理――』千倉書房,2023年(単著)。

    “Economic Institutions and Autocratic Breakdown.” Journal of Politics 81(2): 601-615 (共著).

 ●講評●

  • 小林和夫『奴隷貿易をこえて――西アフリカ・インド綿布・世界経済――』

    藤田 幸一(ふじた こういち)

イギリスの産業革命をはじめ,1750年から1850年にかけて世界は一連の大きな政治経済変動を経験した。大西洋奴隷貿易は1787年にピークを迎え,1807年のイギリスを先駆けとする奴隷貿易の廃止以降,西アフリカはパームオイル,アラビアゴム,落花生といった輸出作物の生産を急速に伸ばしたが,その対価として輸入された主な商品のなかにインド産の綿布,特にフランス語で「ギネ」と呼ばれる高級綿布があった。

本書は,いくつかの新しい史資料データの発掘とその詳細な分析を通じて,アフリカの他地域がイギリス・ランカシャー製の安価な綿布の市場となっていったのに対し,セネガルでは長い間,インド産の高級綿布に対する需要が存在し,それがインドと西アフリカの経済を結びつける1つの重要な契機となっていた事実を明らかにする。またモルジブ産の宝貝が西アフリカに広く流通したという意味での両地域の経済関係の存在も明らかにしている。ただし,西欧諸国が熱帯地域を直接つなぐ貿易関係を禁止していたため,ギネや宝貝などは一度,西欧の港に運ばれ,取引されてから西アフリカに運ばれたという意味で,西欧商人が果たしていた役割,特にフランスのボルドーとマルセーユの競争について,あるいはまたポンディシェリーの綿布工場の設立の経緯も含め,活写することにも成功している。

西欧の工業化が熱帯地域を一次産品生産に特化させ,その結果生まれた中心-周辺関係が近代世界経済の基盤を築いたとする通説は,ともすれば,その時代に生きた熱帯の住民の行為主体性(エージェンシー)を無視する傾向がある。著者は,セネガルの住民がなぜギネを強く選好したのか,気候条件や顕示的消費という概念を援用することによって明らかにしており,さらにそういう消費選好がグローバル経済の形成にとって無視できない重要な役割を果たしたとして,中心-周辺関係の通説的学説に対し重大な修正を迫っている。

本書の最大の学術的貢献は,19世紀前半の南アジアと西アフリカの経済関係を明らかにし,またその重要性を当時のグローバル経済の形成過程のなかに位置づけることを通じて,近年,発展著しいグローバル・ヒストリー研究に対し,重要な一石を投じた点にある。

西アフリカ内陸サバンナ地帯の「ジハード」が,この時期の西アフリカ経済の形成に果たした役割のより詳細,さらにセネガルの具体的にどういう人々がギネを需要したのかなど,西アフリカの実態についてもう少し突っ込んだ分析があれば,より研究の意義が高まったようにも思われるが,それは贅沢な望みというものであろう。

本書は英語でもすでに出版されており,終章で示された3つの今後の研究課題が,世界の多くの研究者に共有され,刺激を与え,著者自身の研究の発展を含め,同分野の学術研究のさらなる深化・発展に寄与していくことが大いに期待される。

(青山学院大学国際政治経済学部教授)

 ●受賞のことば――小林 和夫(こばやし かずお)

このたびは,歴史のある第44回アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞をいただき,本当にありがとうございます。審査委員の皆さまをはじめ,学部・大学院の恩師たち,同僚,友人諸氏,両親と妻と息子,そして,本書を世に出す機会を与えてくださった名古屋大学出版会の編集者・三木信吾さん,校正でお世話になった井原睦朗さん,魅力的な装丁を作って下さった耳塚有里さんに心より御礼申し上げます。

本書は,18世紀から19世紀半ばの西アフリカの消費者の需要が,大西洋奴隷貿易とそれに続く換金作物貿易,西ヨーロッパの工業化,それから近代世界経済の形成(工業国と一次産品生産地との間での分業構造の確立)とどのように結びつき,影響をおよぼしたのかを論じたものです。

その背景としては,今世紀に入ってからのアフリカ経済の成長やグローバル・ヒストリーと呼ばれる歴史研究の潮流のなかで,アフリカ経済史研究が「ルネサンス」と形容されるほど活性化したことがあげられます。そこでは,アフリカ大陸の人びとのエージェンシー(行為主体性)を他地域との関連のなかで再評価しながら,アフリカ諸地域の経済を長期的視点のなかに位置づけることが大きな話題になっています。

本書の目的は,これまでの研究でしばしば「周辺」とみなされた西アフリカの人びとをアクターとして取り上げることで,かつてわが国でも流行した従属理論や世界システム論とは異なる,新しい世界経済史像を描きだすことです。

具体的には,貿易統計を用いて,18世紀の大西洋奴隷貿易を軸とした大西洋経済の発展や,19世紀の西ヨーロッパの工業化と西アフリカの換金作物貿易の成長などにおいて,西アフリカの人びとのインド綿布に対する需要の意義を論じました。それを通じて,18世紀であれば,いわゆる「三角貿易」という,ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカ大陸とカリブ海域から成立する枠組みの問題点を明らかにし,それに代わる枠組みとして,南アジアを加えた「傘モデル」を提示しました。

また,西アフリカの人びとのインド綿布に対する需要が,ヨーロッパ人の対外貿易や南アジアにおける綿布生産におよぼした影響を明らかにするために,本書では,イギリスやインド,セネガル,フランス,ガンビアといった国々の文書館や研究機関で収集した史料や文献を用いて,西アフリカの消費者に加えて,南アジアの織工や西ヨーロッパの商人の活動を具体的に論じることも試みました。

これらを通じて,様々なアクターの利害関係が交錯しながら,近代世界経済が多元的に興隆した過程を示そうとしました。今回の受賞を励みに,ローカルな局面の動きとグローバルな現象の相互作用を重視する視点を大事にしながら,今後は,本書で取り上げられなかった時代も射程に含め,より一層研究に精進してまいりたいと存じます。

  • 略歴

    1985年 埼玉県生まれ

    2016年 ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにてPh.D.(Economic History)取得

    2019年より早稲田大学政治経済学術院准教授

  • 主要著作

    Indian Cotton Textiles in West Africa: African Agency, Consumer Demand and the Making of the Global Economy, 1750-1850 (Cham: Palgrave Macmillan, 2019) (単著).

    前川一郎編『歴史学入門――だれにでもひらかれた14講――』昭和堂,2023年(共著)。

 
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