アジア経済
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書評
書評:松本俊郎編『「満洲国」以後――中国工業化の源流を考える――』
名古屋大学出版会 2023年 v+349ページ
金子 文夫
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2024 年 65 巻 1 号 p. 62-65

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Ⅰ 本書の課題と構成

本書は1940年代から50年代半ばに至る中国東北部の工業化の展開について,満洲国期・国共内戦期・中華人民共和国期という時期区分に即して主要都市別に検討した共同研究の成果である。当該期の工業化関連の研究動向と課題については,飯塚靖氏による的確な整理が行われており[飯塚 2012],本書はそれ以後の一つの到達点と言える。

編者の松本俊郎氏は鞍山鉄鋼業史の専門家であり,『「満洲国」から新中国へ』と題する大著を刊行されている[松本 2000]。今回は松本氏を中心に,中国東北産業史に実績のある張暁紅氏[張 2017など],満洲経済史を手がけている山本裕氏[山本 2013など]を加えて本書が作成された。まず,編別構成と執筆者を示しておこう。

  • 序 章 満洲国以後の東北工業(松本俊郎)
  • 第Ⅰ部 満洲国の遺産と国共内戦
  • 第1章 鞍山の復興と中国企業の叢生――社会主義化の初期条件――(松本俊郎)
  • 第2章 国共内戦下の工業化――哈爾濱・瀋陽を移動する軍需産業――(張暁紅)
  • 第3章 新京における工業化――膨張する「国都」とその限界――(山本裕)
  • 第Ⅱ部 共産党政権下の工業化
  • 第4章 鞍山における基幹産業の構築――母企業の創設――(松本俊郎)
  • 第5章 旧日系企業の再編と「南廠北遷」――瀋陽・哈爾濱の重工業化の新展開――(張暁紅)
  • 第6章 旧日系企業の下請から新中国の担い手へ――瀋陽における中国機械企業の変容――(張暁紅)
  • 第7章 長春における工業化の展開――廃墟からの出発と自動車工業の創生――(山本裕)
  • 第Ⅲ部 社会主義改造の軌跡
  • 第8章 鞍山における三反五反運動と公私合営化――企業改革と企業家の動向――(松本俊郎)
  • 第9章 急がされた社会主義改造――加工訂貨の効用と瀋陽・哈爾濱――(張暁紅)
  • 第10章 長春の旧糧桟にみる戦後の企業再編――国共内戦期・共和国成立期の益発合――(山本裕)
  • 終 章 東北の工業化から社会主義中国の工業発展へ(松本俊郎)

序章では,中国東北の工業化の重要性(社会主義建設,重工業分野における役割の大きさ)を指摘した上で,本書の課題3点を提示する。第一に,満洲国期・国共内戦期・中華人民共和国創成期(1956年まで)の3期区分に沿って,工業化の流れを検証する。第二に,工業化の拠点となった鞍山・瀋陽(奉天)・哈爾濱(ハルピン)・長春(新京)の4都市を取り上げ,工業化の様相を比較検討する。第三に,工業化を担ったさまざまな企業(満洲国期設立の中国企業,日系企業,1945年8月以降設立の私営企業,公私合営企業,公営企業)の系譜,変遷について検証する。以上3点である。

そうした課題に取り組むために3部10章構成として,第Ⅰ部では1940年代における各都市の工業化の実態,第Ⅱ部では1940年代後半から50年代初頭にかけての共産党の工業化政策の動向,第Ⅲ部では1950年代における企業体制の社会主義化の問題を論じるとする。

しかし,各部各章の書きぶりは,時期の設定,課題の取り上げ方がさまざまであり,必ずしも統一のとれたものではない。以下では執筆者別に各章の内容を概括し,コメントを加えていくことにする。

Ⅱ 本書の概要

松本氏は序章および終章のほかに第1章,第4章,第8章を担当し,鉄鋼業都市鞍山における中国系・旧日系諸企業の動向を,急変する政治状況と対応させつつ追跡している。

第1章では,満洲国期,ソ連軍・国民党支配期,共産党統治期に時期区分して,鞍山の金属・機械器具部門の中国系諸企業が発展傾向を示したこと,それには共産党の企業支援政策が有効であったこと,また日系企業については地方国営企業として再編されたことなどが明らかにされた。本章では,満洲国期鞍山の会社366社(個人会社を含む)の詳細な一覧表(業種,資本金,設立年月日,職工数,目的,代表者,所在地等)が示された点が注目される。これには本章46ページの半ば以上(26ページ)が当てられており,文字どおりの労作と言える。

続く第4章では,共産党の企業再編政策に焦点を当て,日系・中国系に二分して有力企業の接収・再編の動向を検討する。日系は巨大企業・昭和製鋼所(満洲国末期には満洲製鉄)とその他企業に分けられるが,昭和製鋼所は全国屈指の国営鞍山鉄鋼公司に発展する一方,その他の日系鉄鋼関連企業と一部の中国系企業が接収されて,四つの中核的な地方国営企業へと再編される入り組んだプロセスが明らかにされた。この章では,日系・中国系のおもな企業の変遷が,日本支配期から1970年代まで一覧表にまとめられており,複雑な経緯の理解を可能にしている。

第8章では,鞍山の私営企業が社会主義体制への移行のなかで,全体として公私合営企業へと転換していく過程を究明している。鞍山では1952年前半,企業経営者の不正を摘発する三反五反運動が盛んになり,鉄工業関連の3私営企業が公私合営への転換を強制された。その他の私営企業についても,行政・国営企業との関係を強めながら,1956年初めには全面的に公私合営への移行を遂げた。本章は,私営企業が公私合営へと転換する過程について,行政との関係に踏み込んで実態究明を進めた点に意義がある。

以上,松本氏の研究は,1940年代から50年代半ばに至る中国現代史の激動のなかで,鞍山の鉄工業関連企業の変遷を丹念に跡づけ,そこから企業における連続と断絶の絡み合った歴史像を再構成している点に特色がある。その意義は否定すべくもないが,企業動向に集中する反面,工業都市鞍山の産業史的研究,すなわち生産・市場の動向,産業構造の変化といった点は分析が不十分だったと思われる。また巨大企業鞍山鉄鋼を主たる検討対象から除外した点も惜しまれる。もちろんいくらかの論及はなされているが,周辺企業との比較,さまざまな関連づけ(取引・技術・人的関係など)がなされていれば,さらに研究に厚みを増したのではないだろうか。

つぎに,張氏が担当した瀋陽(奉天),哈爾濱に関する第2章,第5章,第6章,第9章を検討しよう。

第2章では,国共内戦期における瀋陽・哈爾濱の工業化の全般的動向を論じる。共産党統治が早期に成立した哈爾濱では,内戦に伴う軍需関連の工業生産が促され,公営・私営企業の発展が見られたが,瀋陽が共産党支配に転換すると軍需生産の拠点も瀋陽に移転し,哈爾濱の工業は停滞する一方,瀋陽の工業化が進展した。軍需生産を軸にして哈爾濱と瀋陽の工業化を関連づけた点に本章の意義がある。

第5章は内戦終結から1950年代前半にかけての瀋陽・哈爾濱の工業化に関して,旧日系企業の再編の観点から分析を行う。旧日系企業が接収以後,国営企業として再編が繰り返される経過について,重工業,とくに機械工業部門を中心に考察している。哈爾濱の工業化が朝鮮戦争を契機としたこと,瀋陽旧日系企業を継承した国営企業の再編には哈爾濱移転が関連していたことなどの指摘が興味深い。

続く第6章は,瀋陽における中国系機械器具企業に視点を定め,私営から公私合営への推移をたどる。満洲国期には日系企業の下請であった中国系企業は,共産党政権下で支援を受ける一方,公私合営化への移行を促される。そうした個別企業の事例についての立ち入った検討は貴重な成果と言える。

第9章は瀋陽・哈爾濱における私営企業から公私合営企業へと至る過程について,企業経営の側面から検討を行う。本章のキーワードは「加工訂貨」であり,共産党政権の私営企業に対する「加工訂貨」(設備賃貸・委託加工・注文生産・販売代行等)という関与が社会主義改造の布石になったことを明らかにしている。所有権・経営権が国家に吸い上げられていくプロセスについて事例に即して論じており,読みごたえがある。

総じて張氏の研究は,東北地方における瀋陽と哈爾濱という南北2大都市の工業化について,相互に関連づけて論じた点に特徴があり,産業史と企業史のバランスがとれている点で評価できる。張氏はかつて満洲国期の中国人綿織物業に関する包括的な研究成果を発表しているが[張 2017],今回の研究が前著とどのように関連づけられるのか,知りたいところである。

最後に,長春(新京)の工業化問題を扱った山本氏の第3章,第7章,第10章を検討しよう。

第3章は新京における工業化について,1930年代から満洲国の崩壊までを扱っている。前半では業種別の生産額と工場数を概観し,印刷・製本業など「政治的・行政的都市」の性格を示す産業が比重を高める一方,重工業の割合は小さかった事実を明らかにする。後半では自動車産業を取り上げ,日系企業の経営実態を論じる。前半とのつながりがわかりにくいが,1940年代後半以降,長春では自動車産業が重要な業種となるため,その関連で取り上げたものと推測される。

そこで第7章を見ると,満洲国崩壊後から第一次五カ年計画期終結(1957年)までの期間を設定し,長春の工業化全般を考察して,重工業部門の割合が増大したことを指摘する。それをふまえて,長春を代表する産業へと成長した自動車産業を取り上げ,国営自動車企業=第一汽車製造廠に焦点を当てて検討を進める。結論として,同じ自動車産業といっても,満洲国期とその後とでは断絶があるとする一方,裾野となる関連部品企業の成長を欠く点では共通性をもつと述べている。

最後の第10章は,「益発合」という中国系商業資本の多角経営の歴史を,1920年代から50年代までたどる論文である。満洲国期の中国民族資本の代表格である益発合が長春に本店を置くという意味で本章で扱ったと思われるが,重工業中心の他の章とは性格が異なる。ただし,社会主義改造政策に直面した個別企業の考察として意味があると考えられる。ここで興味深いのは,有力な私営企業が公私合営化の圧力にさらされるなかで,経営幹部内に生じた分岐を明らかにしている点であり,引き続き公私合営企業の幹部として残る者,別の道を歩む者,それぞれの生き方への言及がなされている。

山本氏の論稿は,工業部門を構成する多様な業種のなかで自動車産業に絞り込んで考察を加え,その断絶面を強調しているが,これは長春工業全般に共通するものだろうか。他方,個別の商業資本の事例では連続面を主張しているが,こちらが私営企業の一般的傾向と見てよいのだろうか。

Ⅲ 発展させるべき論点

以上,本書の内容を執筆者別に検討してきたが,全体を通じてさらに発展させるべき論点を以下に3点ほど指摘しておきたい。

第一は,歴史における連続と断絶の問題である。およそ時代の転換がある以上,断絶(変わるもの)と連続(変わらないもの)の両面があるのは当然であり,歴史を構成する諸要素の何に着目するか,何にウエイトを置いて見るかによって評価は分かれてくる。本書で射程に入れている時代の場合,満洲国期・国共内戦期・中華人民共和国創生期という三つの時期,それを区分する二つの画期が存在するわけで,連続・断絶問題はそこで重要な検討課題となる。そうした時代の流れのなかで,本書では企業の系譜に着目し,時期をまたいだ連続性を強調しているように思われる。

松本氏は鞍山の日系・中国系企業の再編・統合関係を一覧表に示し,また張氏も瀋陽の主要企業の系譜を図示している。これに対して山本氏は長春の企業の断絶性を主張していると認められる。こうした企業史研究は貴重な成果と言えるが,さらに掘り下げて考えると,企業の連続性を支える要素に注目する必要があろう。おもな要素としては,工場・設備,人材(経営者・技術者・労働者),経営組織,技術などが挙げられる。本書では,工場・設備の連続性を想定しているようであるが,人材面については経営幹部の動静の記述が散見される程度である。経営者(あるいは出資関係)の変動は企業の連続・断絶を考える場合,どう位置づけるべきであろうか。また技術者・労働者について,本書の記述は手薄と感じられるが,日系企業の中国人技術者の役割など,その継承関係の実態はどのようなものであり,どう評価すべきであろうか。

第二は,社会主義改造の個別企業レベルでの実態究明である。1949年の建国,1950年の朝鮮戦争勃発,1952年の三反五反運動,1953~57年の第一次五カ年計画を経て,中国の私営企業は国営企業あるいは公私合営企業に転換した。こうした社会主義改造の進展について,本書は企業内部の動きを考察している。そこで注目すべきは人事・経営権および所有権・出資関係がいかに移行したかという点である。第6章では,いくつかの企業事例の検討を通じて,経営幹部は政府から派遣され,従来の経営者がとどまるケースはほぼなかったと結論づけている。その場合,政府派遣幹部はどのような経歴をもち,経営管理能力を備えることになったのか,明らかにされる必要があろう。

一方,出資関係では,新設された公私合営企業への投資は瀋陽全体で私営側が公営側の5倍以上を占めたこと(第6章,173ページ),さらに第8章(239ページ)でも鞍山の鉄工業企業における公私合営企業の出資額は私営企業側が57.8パーセントと過半を占めた事実が指摘されている。しかし,こうした出資比率は経営権とは関係ないものであった。三反五反運動を契機にして企業経営者に対する政治的圧力が高まり,事業経営上も政府への依存度が強まるなかで,出資比率の優位は意味を失っていった。本書では資本家・経営者が経営意欲を喪失していく様子が描かれており,政治が経済に優越する1950年代中国の特殊な状況を個別企業の事例から明らかにしている。こうした社会主義改造期の国家と私営企業との関係については,上海・北京など他地域の動向との比較,さらには逆に市場経済化が進んだ1990年代以降との比較も含めて考察を深めるべきであろう。

第三は,都市を単位とする工業化分析の妥当性・有効性の問題である。本書は副題に「中国工業化の源流を考える」と掲げ,現代中国の建国後の工業化における東北地域の重要性を主張している。そして東北工業化の実態を検討するために,都市を単位とする動向の分析を試みている。その際,代表的都市として,鞍山・瀋陽・哈爾濱・長春を取り上げている。しかし,序章における工業生産額(1939/40年)の比較図では,奉天(瀋陽)・鞍山・大連の3都市の規模が大きく,哈爾濱・新京(長春)はそれよりはるかに小さい事実が示されている(16ページ)。そうとすれば,なぜ大連を取り上げなかったのか,疑問が残る。

また,都市単位の工業化の検討において,生産額・労働者数を一定程度提示しているものの,主たる関心は企業の動向に向けられ,産業構造全般の考察は不足気味である。満洲国期と中華人民共和国期では政治状況が異なるが,重工業優先の工業化では共通性が見られる。それゆえ,各都市の工業化の考察においても,重工業が対象に設定されたことは妥当であるが,産業構造全体のなかで位置づける必要があったと思われる。加えて,都市の外部とのさまざまな関連性――原料調達,労働力供給,販売市場,交通インフラ等々――にも目を配るべきと考えるが,そこは本書では検討対象外とされた。各都市の工業化の考察は,それのみで完結するのではなく,全国―東北―各都市という三層構造のなかで,適切に位置づけられるべきであろう。本書の成果を土台として,時期を延長し,地域を拡張して,都市研究をベースにした現代中国工業化の研究がさらに発展していくことを期待したい。本書はその基礎に位置づけられると評価してよいであろう。

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