2024 年 65 巻 3 号 p. 157-159
「アジア経済研究所発展途上国研究奨励賞」は,アジア経済研究所が1980年度に創設し,発展途上国・地域に関する社会科学およびその関連分野における研究水準の向上に資することを目的に,この領域における優れた調査研究の業績を表彰しています。
選考および表彰の対象は,発展途上国・新興国または地域について,社会科学あるいはその関連分野の観点から調査および分析した著作であり,かつ次の①あるいは②に該当するものです。個人研究,共同研究ともに対象としています。
② 2023年に海外で公刊された英文図書のうち,執筆時,公刊時もしくは賞応募時点において日本国内に所在する大学・研究機関等に在職していた研究者(国籍は問わない)によるもの
2024年度は各方面から推薦された43点をまず所内研究者が審査し,選考委員による最終選考で下記の1作品が第45回受賞作に選ばれました。表彰式は7月1日にアジア経済研究所にて開催されました。
『都市化の中国政治――土地取引の展開と多元化する社会――』(名古屋大学出版会)
鄭 黄燕(てい こうえん)(公益財団法人 後藤・安田記念東京都市研究所 研究員)
委員長:倉沢愛子(慶應義塾大学名誉教授),委員:遠藤貢(東京大学大学院総合文化研究科教授),栗田禎子(千葉大学大学院人文科学研究院教授),竹中千春(立教大学法学部元教授/兼任講師),木村福成(ジェトロ・アジア経済研究所所長),藤田幸一(青山学院大学国際政治経済学部教授)
最終選考の対象となった作品は受賞作のほか,次の2点でした。
『社会的企業の挫折――途上国開発と持続的エンパワーメント――』(名古屋大学出版会)
著者:一栁 智子(いちやなぎ ともこ)(立命館大学OIC総合研究機構客員研究員)
『国王奉迎のタイ現代史――プーミポンの行幸とその映画――』(ミネルヴァ書房)
著者:櫻田 智恵(さくらだ ちえ)(上智大学総合グローバル学部総合グローバル学科助教,京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科特任助教)
竹中 千春(たけなか ちはる)
この半世紀間の中国経済の成長は驚異的である。1970年代初めには国際的に孤立した農業社会であった中国が,やがて「世界の工場」と呼ばれるようになり,2010年に日本を抜きアメリカに次ぐ世界第2位の経済大国となった。今や,中国経済が傾けば世界経済に影が差すといわれるほどの存在感である。対照的に政治の領域では,冷戦後の時代にも独立以来の国家体制と中国共産党の政権が維持され,むしろ強化されてきたといえる。自由化や民主化の道を辿った多くの社会主義諸国や途上国とは,明らかに異なる歴史的展開である。
だが,そこまでの劇的な経済変動が起これば,政治や社会も動揺し変化したのではないか。新しい経済活動が登場し,それに見合う形で政治が動き,社会や人々が対応し,その成否を分けてきたのではないか。このような素朴な疑問にみごとな解を与えたのが本書である。「土地取引」と都市と農村の利益政治に光を当て,実証的かつ理論的な分析を試み,中国でも政治や社会の独特の構造的変化が展開してきたことを論じ,魅力的な仮説を提示する。
焦点は土地である。改革と開放が謳われ,外国資本が招致されて工業化が推進されるなか,土地公有制の下で市場経済化と都市化が進み,農村の土地は利潤を生む資源に変わり,その果実をめぐる新しい政治が誕生した。都市の政府は農村の土地収用に尽力し,農村では村民委員会や村民が土地と利益を守ろうとする。企業も含む多くのアクター間の利益をめぐる多様な駆け引きが展開し,都市と農村に二分されたかつての構造が動揺しながら「多元化する社会」の醸成に向かう―こうした現代中国のダイナミックな姿を,著者は雄弁に描き出す。
第2章では農業用地の収用を扱い,都市と農村とが協調した1980年代,国有地使用権の商品化により都市の政府が農地を安く買い高く払い下げることが問題化した1990年代,中央政府が土地収用補償措置を導入した2004年以降を対比する。第3章では農村の事業用地について,村の産業開発,村民委員会と村内勢力,隣村との競合などの視点から「都市をつくった村」「都市に吸収される村」「都市と協調する村」の3類型を示す。第4章は住宅用地について住宅市場と村民の動きを捉え,立ち退き,村の住宅開発,都市の行政区画への編入に言及する。第5章は,都市でもあり農村でもある中間地帯が生成され,株式会社や行政的な社区が設立され,村民委員会が廃止や変化を被ってきた現状を捉える。
日本語・中国語・英語の文献を渉猟し,先行研究に鋭い検討を加えて総合的に参照し,複数の地域を選んで現地調査を行い,豊富なデータに基づく時代・地域・国家間の比較分析を試み,独創的な概念と理論仮説を提示した。政策やビジネスの実務的関心に十分に応えつつ,学際的なインパクトも大いに期待される本書は,現代中国研究や発展途上国研究からの21世紀における秀逸な知的貢献を達成している。
(立教大学法学部元教授/兼任講師)
この度は,歴史あるアジア経済研究所発展途上国研究奨励賞をいただくという幸運にあずかり,大変うれしく存じます。本書を読んでくださった選考委員の先生方,学生時代からご指導をいただいてきた高原明生先生,そして編集にあたってくださった名古屋大学出版会の三木信吾様および井原睦朗様,今まで暖かく見守ってくださった多くの方々に,心より御礼申し上げます。今回の受賞を励みとして,今後,一層学術調査研究に邁進していきたいと思います。
近代化(modernization,中国語では「現代化」)のなかの中国をどう捉えるか,どうすれば中国各地でみられるさまざまな現象が理解できつつ,中国に限らない,より普遍的な科学的知見の創出に貢献できるかを考え,その一環として着目したのが,都市農村関係です。
都市と農村の間の格差は,近代化過程の政治的帰結であり,その調整はどの国も直面する課題として政治学では論じられています。計画経済期を経てから市場経済化が進むなかで,急激な都市化を経験するようになった現代中国社会でも,都市農村間の開発利益の分配が課題となってきました。既存の知見に基づいて考えれば,歳入増加を図る都市政府が不動産開発企業と利益を共有して潤い,農民は土地の収用に強いられて不利益を被るという構図が示されます。その一方で村人が,巨額の立退料や株の配当金を受け取るケースも少なからず耳にします。本書では,誰が得をし誰が損をしたかを問い,開発利益の分配過程を体系的に考えることを試みました。
中国の複数の都市近郊の現地調査を行い,土地利用にかかわる制度の分析に基づき,比較事例研究に挑戦しました。それを通じてまず,取引の対象となる土地の用途すなわち農業用地,事業用地,住宅用地ごとに利益分配の交渉過程が異なることを浮き彫りにしました。その上で都市化の異なる経路を形作った都市農村関係にある農村コミュニティを「都市を作った村」「都市に吸収される村」「都市と協調する村」に類型化し,これらに分岐した原因を考察しました。
そのうち,農村コミュニティが都市を作り,開発利益の分配をめぐって都市側と競合する現象に中国の特殊性を見出しました。こうしたケースでは,都市側に先立って地域の産業転換を推進したリーダーがいて,そのリーダーと村人は,土地をふくむ共同所有の資産を原資とする会社の経営陣と株主に変身していく動きをみせ,都市社会の確立過程で資産を所有する団体を成立させたのです。制度整備の過程で土地の利用形態を農業から不動産業へ転換したタイミングが開発利益の確保につながったことが推論できます。
独特な側面を持ちながらも,どの国にも共通して見られる点があることが,本研究の醍醐味です。今後も引き続き,既成概念にとらわれず現場主義を基に,社会科学研究を貫いていく所存です。
2011年 北京大学政府管理学院卒業
2022年 東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了 博士(法学)
2024年 公益財団法人後藤・安田記念東京都市研究所研究員
『都市化の中国政治――土地取引の展開と多元化する社会――』名古屋大学出版会,2023年。