2024 年 65 巻 3 号 p. 37-60
本稿の検討対象は,アパルトヘイト政策をとる南アフリカに対する国際社会の非難が最も高まり,また南アフリカの主要貿易相手国である日本に対する批判も高まった,1980年代後半の日本の対南アフリカ政策である。1980年代後半,日本は3段階にわたって対南アフリカ規制措置を追加した。この日本の対応は,先行研究においては「外圧」への反応として理解されてきたが,本稿では,3段階の追加規制のうち第2段階までは「外圧」というより西側諸国との横並びの協調として解釈することが妥当であり,第3段階にあたる1988年の貿易自粛措置については,米国の包括的反アパルトヘイト法に基づく対日制裁の脅威を背景としており,「外圧」の影響を認められることを,外交史料の検討を通じて明らかにした。また解放運動組織という非国家主体ながら積極的な「外交」を繰り広げていたアフリカ民族会議(ANC)との接触・関係構築が,日本の対南アフリカ政策に与えた影響について検討した。