アジア経済
Online ISSN : 2434-0537
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論文
政治エリートの一部か,政治エリートへの抗議者か――政治不信の時代のチリにおける学生運動への信頼に関する分析――
三浦 航太
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2024 年 65 巻 3 号 p. 97-125

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《要 約》

今日世界各国で蔓延する政治不信のなかで,不信の対象たる政党と結びついてきた中間団体の弱体化が指摘されている。本稿では政治不信が広がるチリを事例として,今なお重要な中間団体であり続けている学生運動を分析対象とし,政治不信は学生運動の不信に結びついているのか否かを検証する。学生運動は,歴史的には政党青年部を通じて政党政治と結びつく政治エリートの一部という側面を持つ。他方で,今日では既成政党と距離を置き政権に対して抗議行動を行う政治エリートへの抗議者の側面も持つ。分析の結果,政党政治への不信は一貫して学生運動への不信と結びつく一方で,学生運動が政権と激しく対立するときには,政権不支持が学生運動への信頼と結びつくことが明らかとなった。この結果は,学生運動もまた他の中間団体と同様に政治不信とともに弱体化する一方で,抗議行動を通じて政治不信を自らの信頼につなげ弱体化を止めうることも示唆している。

Abstract

With political distrust prevailing around the world today, it has been pointed out that intermediate organizations have been weakened as a consequence of their links to political parties, which are the main targets of political distrust. This paper examines whether political distrust is linked to distrust in the Chilean student movement, which remains an important and strong intermediate organization in Chile, a country with serious political distrust. Historically, the Chilean student movement has had the aspect of being part of the political elites linked to party politics through the youth wings of political parties. Today, however, it has the aspect of being a protester against the political elites, breaking away from the established political parties and mobilizing protests against the government. The analysis reveals that although people who do not trust party politics in general are more likely to distrust the student movement, when the student movement severely conflicts with the government through protests, people who do not support the incumbent president are more likely to trust the student movement. This finding suggests that although the student movement, like other intermediate organizations, weakens along with political distrust, it can also prevent such weakening by organizing protests that redirect political distrust into trust in the movement itself.

 はじめに

Ⅰ チリにおける政治不信と学生運動への信頼

Ⅱ 先行研究の検討と仮説の設定

Ⅲ 分析方法

Ⅳ 分析結果・考察

 結 論

はじめに

今日,世界的に代議制民主主義の危機が盛んに指摘されるようになっている[Mainwaring 2006; Roberts 2019]。代議制民主主義の危機の表れとして,人々の間で政治不信が蔓延している。具体的には,代議制の根幹をなす政府,国会,政党,これらを構成する市民の代表者たる政治エリートに対する不信とも言い換えられる。代議制民主主義の危機は,これらの公的機関や政治エリートに対する不信だけでなく,政治エリートと市民の間に存在する労働組合,業界団体などの中間団体の弱体化を伴っている。中間団体は,近代の多元的社会の基盤となり,エリートの一方的な権力行使を防止し,民主主義を維持する役割を果たしてきた[濱嶋・竹内・石川 2005]。中間団体は特定の既成政党の支持基盤となり政党と結びついてきたが,今日人々の間で中間団体離れや政党離れが進み[van Biezen and Poguntke 2014],中間団体も政党とともに政治経済エリートの既得権を守る存在とみなされるようになった[水島 2020]。その結果,中間団体を介さずに,政治エリートと市民が直接的に結びつく「中抜き(disintermediation)」という形の政治が現れている[水島 2020; Campati and Palano 2022]。それは同時に,既成政党や中間団体を腐敗したエリートとして敵視し,組織化されていない人民を代表しようとするポピュリズムの台頭につながるという問題も孕んでいる[ミュデ・ロビラ=カルトワッセル 2018; ミュラー 2017]。

本稿が対象とするチリにおいても,今日深刻な政治不信が指摘されている[Castiglioni and Rovira Kaltwasser 2016; Luna 2016; Siavelis 2016]。具体的には,既成政党への不支持,政権への不支持といった個別具体的な政治勢力や時の政権に対する不支持のみならず,政党政治というより広範な政治のあり方(注1)に対しても人々から不信の目が向けられている。本稿は,政治不信のチリにあって,重要な中間団体であり続けている学生運動に着目する。チリにおいて学生運動は政治と学生・市民をつなぎながら,歴史的に教育改革や民主化運動で大きな役割を果たし,今日においても重要なアクターであり続けている。特に今日では,既成政党から距離を置き,時の政権に対して市民とともに激しくデモを展開する社会運動組織,言い換えれば政治エリートに対する抗議者として,政治に変革をもたらそうとしてきた[Somma and Donoso 2021; Somma and Medel 2017; von Bülow and Bidegain 2015]。しかしながら,チリの学生運動は,歴史的には,政党青年部を通じて政党政治全体と結びつく,政治エリートの一部という側面も持っている[Huneeus 1988; Lobos Roco 2014]。このようにチリの学生運動は複数の側面を持つがゆえに,学生運動は政治不信の受け皿として信頼されることも,政治不信の高まりとともに不信の対象となることも考えられる。依然として重要なアクターであり続けている学生運動であるが,政治不信とともに弱体化するのだろうか,それとも弱体化を防いでいるのだろうか。中間団体たる学生運動が,政治不信とともに不信の対象となるのか,反対に信頼の対象となるのかということは,政治不信が蔓延するなかでも比較的安定した政党政治を維持してきたチリの現状を理解し,将来「中抜き」が生じるのか否かを考える上でも重要な問題である。

本研究は,政治不信が蔓延する2010年代のチリを分析対象として,人々の政治不信は,中間団体としての学生運動への不信に結びつくのか,あるいは学生運動への信頼に結びつくのかを検証するものである。先に分析結果を示すならば,政党政治に対する不信の程度が強い人ほど学生運動への不信の程度も強いものの,学生運動が政権と激しく対立するときには政権不支持の人ほど学生運動を信頼するということを本研究は示す。これは,学生運動もまた政治不信とともに弱体化する一方で,抗議行動を通じて政治不信を自らの信頼につなげ弱体化を止めうることを示唆するものである。

人々の信頼とは言い換えれば社会的正当性であり,学生運動の存続や政治的影響力にもかかわる問題である。中間団体は自発的結社であり,学生運動もまたあくまで任意団体,任意活動にすぎない。そのなかで,人々からの信頼が失われれば,学生運動への参加,関与,協力は少なくなるであろうし,その結果政治的影響力は持ちにくくなるだろう。学生運動が近年既成政党や政権と距離を置き,一般学生や市民社会に対して接近してきたことで,人々からの信頼は学生運動の政治的な影響力にこれまで以上にかかわるものとなっているといえる。その意味で,人々の信頼は,学生運動がどの程度社会的正当性を持ち,その上で政治的影響力を持ちうるのかを示唆する重要な指標となる。

本稿は,チリの学生運動の分析を通じて,政治不信と中間団体の関係に関する議論に2つの点で貢献する。第1に,政治と中間団体の関係については,特に既成政党と利益団体の結びつきに着目する形で,利益団体たる中間団体の弱体化が強調されてきた。それに対して学生運動の場合,学生組織には利益団体というだけでなく政党,社会運動組織という側面もある。仮に既成政党と結びついていなくとも,政党青年部を通じて政党政治全体と関係するがゆえに,政治不信は学生運動への不信へとつながることを明らかにし,中間団体の弱体化に関する別のメカニズムを示す。第2に,一方で,社会運動組織としての学生運動は,抗議行動を通じて政治不信を自らへの信頼へと結びつけ,弱体化を部分的に止めうること,言い換えれば中間団体が政治不信のなかにあっても必ずしも弱体化するだけではないことを示す。

以下,第Ⅰ節では,チリにおける政治不信と学生運動への信頼の傾向や推移について示す。第Ⅱ節では,政治不信と学生運動への信頼がいかなる関係を持ちうるのか,先行研究を検討し,検証すべき仮説について設定する。第Ⅲ節では,政治不信と学生運動への信頼の関係の分析のために用いるデータと分析方法を示す。第Ⅳ節では,回帰分析の結果とその結果に対する考察を行う。最後に,本稿の結論,得られた示唆,残された課題を示す。

Ⅰ チリにおける政治不信と学生運動への信頼

本節では,分析の対象となる政治不信と学生運動への信頼について,大まかな傾向や推移を理解,整理し,両者の関係を捉える上での課題を示す。具体的には,チリにおいて政党政治への不信,既成政党たる左右二大勢力への不支持,政権への不支持という重層的な政治不信が生じていることを,これらの間の違いに着目しながら説明する。その上で,学生運動への信頼の推移から,必ずしも政治不信の受け皿として学生運動が信頼されているとはいえないこと,それを踏まえた上で,どのような方針で分析を行う必要があるのかを検討する。

1.チリにおける政治不信

政治不信は,一般的には市民の間での政治に対する否定的な態度の総称であり,チリではとりわけ2010年代以降,代議制の危機としての政治不信が指摘されるようになったが,具体的には,政党政治への不信,既成政党への不支持,政権への不支持という3つの意識が指摘されてきた[Castiglioni and Rovira Kaltwasser 2016; Luna 2016; Siavelis 2016]。図1は,1995年から2020年にかけての,政党政治への信頼(政党・議会への信頼)(注2),既成政党である左右二大勢力への支持,政権への支持の推移を示したものである。1990年代,2000年代には,3種類の政治不信が重なる(連動する)ことはなかった。それに対して,2010年代に入ると,政権発足年(2014年,2018年)で政権支持が高い箇所はあるものの,3種類の政治不信が重なっていることがわかる。

図1 政党政治(政党・議会)への信頼,左右二大勢力への支持,政権への支持(1995〜2020年)

(出所)政党政治(政党・議会)への信頼についてはラティノバロメトロよりデータ取得(注3),左右二大勢力支持,政権支持についてはチリ公共研究センター(Centro de Estudios Públicos: CEP)の世論調査よりデータ取得し(注4),グラフは筆者作成。

(注) 政党政治への信頼については,政党と議会への信頼の平均。さらに,1999年,2012年,2014年,2019年のデータを欠いており前後の年の平均を示した。左右二大勢力支持と政権支持については2020年のデータを欠いており2021年のデータを使用した。

これら3種類の政治不信は,相互に関連しており,それぞれが完全に独立しているわけではないものの,本稿では異なる政治不信として扱う。後述するように,これらの不信は何に対する不信・不満であるのか,その内容やタイムスパンも異なっている。さらに本稿にとってより重要なことは,第Ⅱ節で説明するように,学生運動が政党,利益団体,社会運動組織という異なる性質を持つがゆえに,3つの不信の対象と学生運動の間にもそれぞれ異なる関係が想定されるということである。そのため,本稿では3つの政治不信を区別することとし,まずはその内容について把握することとしたい。

順番が前後するが,まずは現代チリの政治構図を理解するためにも,左右二大勢力に対する不支持からみていく。チリでは1990年の民主化以来,中道左派政党連合と右派政党連合という左右二大勢力が,政界を独占的に二分する形で政治を進め,民主化後の政治システム全体を構成してきた。こうした政治構図の背景にあったのが,民主化に際して導入された「二名制」と呼ばれる特殊な選挙制度である(注5)。二名制の制度設計ゆえに,議席数で与党が野党を大幅に上回るということはなく,改革には野党との合意が必要不可欠となった。そうした「合意の政治」は,市民社会の意思よりも政治エリート間の駆け引きや妥協を優先するものであり,左右二大勢力の諸政党は市民社会から離れていった[浦部 2015; Luna and Altman 2011]。一方で,左右二大勢力政治のなかで,軍政下で導入された新自由主義的諸制度は修正されながらも維持されてきた[Garretón 2012; Solimano 2012]。左右二大勢力への不支持は,民主化以来の制度的な政治参加への回路の事実上独占,新自由主義の修正的維持という一貫した政策アウトプットに対する人々の不満を表している。このように,チリにとって左右二大勢力という既成政党への不支持は,1990年の民主化以来のチリの政治システムに対する不信とも言い換えられる。

一方で,2010年代に入ると,人々はますます社会経済格差を許容しなくなり,新自由主義政策に対して不満を持つようになった。こうした不満の矛先は,確かに左右二大勢力に対する不支持という形で現れるが,直接的には政策形成と実施を担う政権に向けられる。政権については,民主化から2022年に至るまで,中道左派(1990〜2010年),右派(2010〜2014年),中道左派(2014〜2018年),右派(2018〜2022年)と,両勢力の間でのみ交代してきた。特に2010年代には,図1にみられるように,政権発足年のみ支持率が高いものの以後急速に低下するという傾向が顕著であり,政権のパフォーマンスに対する人々の不満が現れやすい傾向にある。左右二大勢力に対する態度が民主化のチリ政治のあり方にかかわる長期的なものであるのに対して,政権に対する態度は個別の政策や行為によって左右されやすく短期的なものである。

左右二大勢力によって独占された政治の実践の結果として,政党政治への信頼という,3つのなかでは最も一般的な信頼も低下している。図1にみられるように1990年代の時点から決して高いとはいえないが,2010年代に入ると20パーセントを切っており,回復の兆しがみえていない。チリは20世紀初頭以来1世紀近くにわたり政党政治の伝統があり(注6),政党は市民と政治エリートの間の重要な仲介役であった[Garretón 1989]。1980年代の民主化過程においても,政党は民主化を求める社会運動を統制下に置き,社会運動よりも政党が中心となって民主化を推し進めた[Hipsher 1996; 吉田 1997]。しかし,左右二大勢力による30年にわたる政治の結果,今日では政党政治そのものが信頼されなくなった。2017年の国政選挙から新しい選挙制度が導入され(注7),左右二大勢力とは異なる新興政党が台頭した。それにもかかわらず政党政治への不信が一向に解消されていないことは,左右二大勢力という特定の既成政党への不支持とは異なる次元での,政党政治不信の蔓延を示している(注8)

2.学生運動への信頼

政治不信が蔓延する2010年代のチリにおいて,学生運動は,民主化後の政治からの変革を主張し行動する存在として,極めて重要なアクターであった。代議制の危機の表れとして,前項で示した政治不信のみならず,抗議行動の激化も同時に指摘されてきたが[Castiglioni and Rovira Kaltwasser 2016; Luna 2016; Siavelis 2016],そうした抗議行動の中心的な役割を担ったのが学生運動であった。特に2011年には,当時としては民主化後最大規模の学生の抗議行動が発生した。最大で40万人をデモに動員し,3分の1の大学で運動が展開され,抗議行動は断続的な形で数カ月にわたって行われた。2011年の学生運動がチリにとって重要であったのは,これが起点となり他の抗議行動も激化したということである。2010年代はチリ史上最も抗議行動が盛んな10年と称される[Somma 2021]。市民の抗議行動の発生件数は,2000年代と2010年代を比べると,およそ3倍から4倍程度にまで増加した[Somma and Medel 2017]。また,チリの社会的紛争・結束研究センター(Centro de Estudios de Conflicto y Cohesión Social: COES)のデータによると,2010年代については毎年平均して約2000件もの抗議行動が発生したことが報告されている(注9)。こうした抗議行動の活発化に伴い,近年のチリの学生運動に関する研究では,抗議行動がおもな分析対象となってきた[Asún et al. 2019]。

学生運動のおもな主張は,軍政下以来続く新自由主義的な教育制度からの転換という社会経済的なものであったが(注10),政治不信と学生運動の発生・活発化を結びつける形で議論が展開されてきた。マクロレベルでは,新自由主義政策を維持してきた民主化以来の政治に対する不満や不信の表れとしての運動として解釈されてきた[Albala and Tricot Salomon 2020; Garcés 2013; Rifo 2013]。また,個人を分析単位としたミクロレベルの研究でも,政治不信の意識が抗議行動への参加を促すということが指摘されてきた[Disi Pavlic and Mardones Arévalo 2019; Somma 2017; Valenzuela, Arriagada and Scherman 2012]。こうした先行研究を踏まえるならば,政治不信が強い時代にこそ学生運動は政治不信を持つ人々の受け皿となっているように思われる。

しかし,学生運動への信頼の推移をみてみると,必ずしもそうとは言い切れないことに気づく。図2は,2011年から2017年までの学生運動への信頼の推移を示したものである。チリを代表する世論調査であるチリ公共研究センター(Centro de Estudios Públicos: CEP)の調査では,2011年から2017年にかけて,制度(機関・組織)信頼(trust in institutions)に関する項目として,「学生運動」が含まれていた(注11)図2には,学生運動を信頼するという割合と,項目として与えられた16〜19の機関・組織のうち,何番目に高いかを示した。他の選択肢としては,政府,国会,政党,裁判所,官公庁,地方自治体,軍,警官,刑事警察といった公的機関に加えて,カトリック,プロテスタント,新聞,テレビ,ラジオ,私企業,公企業,企業家,労働組合,教職員組合といった社会・経済にとって重要な機関・組織が並んでいる(注12)

図2 学生運動への信頼割合と順位(2011〜2017年)

(出所)CEP 世論調査よりデータ取得(注13),グラフは筆者作成。

(注) 信頼については「とても信頼する」「信頼する」の合計の割合。折れ線グラフ上の数値は信頼に関する質問に含まれる16〜19 の機関・組織のうちの順位。

図2をみてみると,2011年の信頼割合は37パーセントで,5位という順位である。この年の最高位だったのが軍で信頼割合が51パーセントということに鑑みれば,37パーセントという値は絶対値としてはそれほど高くないが,相対的には高いようにも捉えられる。2011年だけに着目すれば,政治不信の時代にあって学生運動への信頼は高いとみることができる。先述のように,2011年には民主化後最大規模の学生による抗議行動が発生し,先行研究では,人々の政治不信の発露としても捉えられる傾向が強い。それを踏まえると,政治不信の受け皿として,学生運動が高い信頼を得ていたように思われる。

しかし,その後の推移をみると,2011年を頂点として低下しそのまま25パーセント前後を推移している。図1でみたように2010年代に政治不信が悪化したことを踏まえれば,政治不信の悪化とともに学生運動への信頼も低下したと捉えられる。政治不信に対して学生運動への信頼が高いとも,政治不信と連動して学生運動不信があるともみることができる。図1図2から窺えるのはあくまでマクロな関係であるという点には注意が必要だが,ある政治不信は学生運動への信頼と結びつくが,別の政治不信は学生運動への不信へと結びつくことが考えられる。この点を明らかにするには,抗議行動を行う以外の学生運動の側面にも着目し,学生運動が不信の対象たる政党政治,左右二大勢力,政権とどのような関係を持つのか今一度検討する必要がある。

Ⅱ 先行研究の検討と仮説の設定

本節では,政治不信と学生運動の関係を検討し,検証するべき仮説を設定する。そのためにまず,学生運動を中間団体のひとつとみなすことによって,政治不信と中間団体の関係に関する議論を土台としつつ,学生運動固有の特徴を踏まえながら,政治不信と学生運動の関係を検討する。その上で,チリの学生運動と政治不信の3つの対象との関係として,政党青年部を通じた政党政治の維持再生産,既成政党との乖離,政権に対する抗議行動に着目し,それぞれの政治不信と学生運動への信頼の関係についての仮説を設定する。

1.政治不信と中間団体としての学生運動

チリの学生運動については,第Ⅰ節でも述べたように,とりわけ2010年代以降,抗議行動を行うという側面が目立ち,そうした側面が分析の対象ともなってきた[Asún et al. 2019]。しかし,学生運動のひとつの側面にのみ着目するのでは,学生運動と政治不信の関係を捉え損なう可能性がある。特に抗議行動にのみ着目すると,なぜ不信の対象たる政治に対して反対しているにもかかわらず,それと同時に学生運動の信頼が低下しているのかを説明できない。

一般的に,学生運動は,学生によって構成される組織という部分と,学生組織を基盤とする活動(ないし運動)という部分で構成される[Badat 1999; Klemenčič and Park 2018]。抗議行動を行うという側面は,後者の部分にすぎない。仮に非組織的な学生運動であれば,抗議行動にのみ着目しても問題ないだろうが,チリの学生運動の場合,制度化された組織を運動の基盤としている[Guzmán-Concha 2012]。学生運動が世論調査で制度(機関・組織)信頼に含まれているという事実それ自体が,学生運動が一種の機関・組織と認識されていることを示している。

組織に着目したとき,学生組織はどのような組織なのかという問題が浮上する。Klemenčič[2012]は,学生組織は,学生の利益代表としての利益団体であり,一方でより広範な社会・政治問題を提起する社会運動組織という場合もあると指摘する。さらに,後に示すように,政党青年部という場合もある[Klemenčič and Park 2018; Weinberg and Walker 1969]。こうした性質の異なる組織で運動全体が形作られるということこそ学生運動の特徴である。こうした多面的な学生運動の一面のみを切り取ることなく,包括的に捉えるためには,学生運動を,国家と個人ないし政治と市民の間をつなぐ「中間団体」のひとつとみなすのがよさそうである。正確にいえば,学生組織そのものが中間団体であり,運動を「団体」と呼ぶのは少し違和感を覚えるかもしれないが,ここではさまざまな組織を基盤とする総体としての学生運動を中間団体とみなすことにする。

そして中間団体とみなすことで,中間団体と政治不信の関係の議論から,学生運動と政治不信との関係を捉える視座が得られると同時に,学生運動の特殊性も浮き彫りになる。一般的に,今日代議制の危機としての政治不信とともに中間団体は弱体化しているということが指摘されてきた。水島[2020, 28-36]や他の先行研究の議論を踏まえると,中間団体と政治不信の関係は次のように捉えられる。20世紀において,先進諸国の既成政党は党組織の周りに系列団体のネットワークを保持し,保守政党は農民団体,中小企業団体,宗教団体など,左派政党は労働組合,福祉団体,共同団体,地域団体,女性団体を傘下に持ち,これら中間団体は既成政党の支持基盤となっていた。特に中間団体のなかでも,労働組合は特定の左派政党と「結合双生児」[Ebbinghaus 1995]というほどの強固な関係を築いてきた。ラテンアメリカにおいても,労働組合は特定の左派政党かポピュリズム政党(20世紀前半にラテンアメリカに登場した反寡頭支配の多階級間同盟政党)と結びついてきた[Roberts 2007]。しかし,脱工業化社会の到来やライフスタイルの変化,政治的志向の多様化により,人々の中間団体離れがみられるようになった。人々が中間団体から離れることによって,その既成政党からも離れることになる[van Biezen and Poguntke 2014]。もはや既成政党からも中間団体からも人々は離れているわけだが,一方で既成政党と中間団体の結びつきは変わらない。その結果,既成政党は有権者を代表するよりも特定の中間団体の利益を代弁する存在と認識され,不信の対象となる。そうした既成の中間団体もまた,既成政党と結びつく既得権を守るエリートの一部とみなされるようになる。

こうした議論において既成政党と結びつく中間団体は,いわば利益団体が想定されている。利益団体が特定の政党と結びついてきたがゆえに,エリートの一部としてみなされ弱体化していることを示している。つまり,学生運動においても,利益団体として特定の既成政党とどのような関係を持つのかを検討し,既成政党への不信と学生運動への信頼との関係を検証する必要がある。

一方で学生運動が特徴的なのは,特定の既成政党と結びつくということではなく,大学に政党青年部が置かれ,それらが競合するという形で政党政治全体と結びつくという点である[Klemenčič and Park 2018; Weinberg and Walker 1969]。政党青年部は政党の一種であり,それらが競合する学生運動という場は政党政治の実践の場とみることができる。これは,ラテンアメリカの学生運動の歴史的特徴であり,後述するようにチリの場合には今日でもみられる特徴である。つまり,政治エリートと結びつくといっても,特定の既成政党を通じてではなく,政党政治全体と結合するという形で政治エリートと結びつく。すなわち,特定の政党に対する不支持を超えて,政党政治全般に対する不信が広がる場合,こうした特徴を持つ学生運動は共に不信の対象となることが考えられる。

最後に,学生運動は社会運動組織という側面も持つ。社会運動組織が利益団体や政党に対して特徴的なのは,多かれ少なかれ社会変革を志向し,抗議行動を展開するという点にある。実際,世界各地で新自由主義的な高等教育制度に対する学生の抗議行動が展開され,今日においても学生運動は変革のための重要なアクターであり続けている[Altbach and Klemenčič 2014; Della Porta, Cini and Guzmán-Concha 2021]。社会運動組織として抗議行動を行う学生運動こそ,近年のチリの学生運動研究においても着目されてきた側面である。一般的な傾向として抗議行動の大多数は政権・政府に向けられるものであり[Ortiz et al. 2022],チリにおいても同様の傾向がみられる[Medel and Somma 2016]。その意味では,抗議行動は3つの政治不信の対象のなかで政権とかかわることになる。抗議行動を行うことによって,政権不支持の受け皿として信頼を集めることはできるのだろうか。

2.仮説の設定――政治不信と学生運動への信頼の関係――

ここからは,具体的にチリの学生運動という事例の特徴を踏まえつつ,仮説を設定する。前項でみたように,学生運動は政党,利益団体,社会運動組織という異なる性格を持つ中間団体である。チリの学生運動は最もその特徴に当てはまるものである。さらに,チリの学生運動は,そうした性格の違いによって,政党政治,既成政党の左右二大勢力,政権という3つの不信の対象と異なる関係を持つ。それぞれの関係を踏まえつつ,3つの政治不信と学生運動への信頼の関係に関する仮説を設定する。

(1)政党政治の一部としての学生運動

チリの学生運動は,特定の政党と学生運動全体が長年にわたり結びつくということはなかったが,100年近くにわたり政党政治全般と強い結びつきを持ってきた。具体的にいえば,学生運動が政党政治の実践の場として機能し,政党青年部を通じて政党の中枢を担い国会議員となる次世代エリートを輩出し,政党組織と政党政治という枠組みを維持することに寄与してきた。

政党政治との結びつきを理解すると同時に,後に示す左右二大勢力と政権との関係にもかかわってくるため,チリの学生運動の組織構造についてまずは理解したい。チリにおいて学生組織といったとき,そこには大きく2種類の組織が存在する。それが学生代表組織と,学生政治組織である。大まかにまとめるならば,学生代表組織が利益団体ないし社会運動組織,学生政治組織が政党に当たる。後述するように,どの学生政治組織が主流派となるかによって,学生代表組織が利益団体となるか社会運動組織となるかが左右される。

まず,各大学には学生連合(federación de estudiantes)という学生代表組織が存在する。チリのなかで最も歴史を持ち学生運動のなかでの影響力が大きいのは,1906年に設立された,チリ大学の学生代表組織「チリ大学学生連合(Federación de Estudiantes de la Universidad de Chile: FECH)」である。FECHをはじめ各大学の学生連合が集まる形で全国学生代表組織である「チリ大学生連盟(Confederación de Estudiantes de Chile: CONFECH)」が存在する。

一方で,学生政治組織とは,政党青年部をはじめとする,それぞれ異なる主張や党派性を持つ組織である。政党になっていない政治団体であっても,青年部があり,活動を行っている。各大学では毎年10月から11月にかけて学生代表組織の幹部職をめぐる選挙が行われており,それを学生政治組織の間で争うという仕組みになっている。その選挙の結果によって,学生運動の主流派,いわば学生運動内の政権与党というものが決定される(注14)

学生政治組織としての政党青年部は,1世紀近くにわたりチリの学生運動に食い込んできた。20世紀初頭にFECHが設立されチリの学生運動が歩み始めた段階では,独立・建国期以来の保守党や自由党といった寡頭支配を続けてきた政党に対して学生運動は自律的であり,寡頭支配層による政治とは距離を置いていた。そうした状況が変わったのが1930年代である。急進党,社会党,共産党といった大衆政党が,寡頭支配を打ち破り国政で台頭するなかで,政党と学生運動双方が活動基盤を強固にすべく両者の距離は一気に接近した[Garretón and Martínez 1985]。それ以来,大学には政党青年部が置かれ,学生代表組織をめぐって競合するという今日に至る構図ができた。1960年代から1973年までは,左派,中道,右派それぞれの政党の青年部が学生運動内を三分し,国政同様に苛烈な争いを繰り広げた。1973年の軍事政権の成立で政党活動は停止され,学生運動も抑圧の対象となるが,1980年代半ばから政党活動の認可とともに,学生運動は活動を復活させた。1990年の民主化から今日に至るまでも,政党青年部をはじめとする学生政治組織が学生代表組織を競合するという仕組みは続いている。

Huneeus[1988]Lobos Roco[2014]の議論を踏まえると,政党青年部の競合という仕組みを持つ学生運動は,2つの点において,チリの伝統的な政党政治を下支えしてきたといえる。第1に,特に政党の中枢を担う次世代エリートの輩出・リクルートという意味での政党組織の維持である。学生側としては,将来の国会議員となるための活動経験のみならず,政党への所属を通じて出馬への道も開かれやすくなる。今日においても,主要大学における学生代表組織の選挙は,マスメディアで報道され,立候補する政党青年部のトップは政治エリートのような扱いを受ける。一方で,政党側としては学生運動を通じて早期に政治経験を積んだ活動家をリクルートすることが可能になった。Delamaza Escobar[2013]の調査によれば,左右問わず民主化後の国会議員の55パーセント弱が学生運動経験者であったという。

またこれは,政党になる以前の学生政治組織にとっても同様である。学生政治組織を作り,学生運動のなかで活動を行う。政党へと発展するなかで,まさに学生運動で経験を積んだ人々が,政党の中枢を担うことになる。歴史的には,今日国政の主要政党である中道政党のキリスト教民主党や右派政党の独立民主同盟も,学生政治組織から政党へと発展したものである(注15)。また,2022年には民主化後初めて二大勢力とは異なる政権が誕生した。急進左派政党連合の政権であり,大統領には学生運動出身のボリッチ(Gabriel Boric)が就任した。ボリッチ自身がかつて学生運動の象徴的リーダーであり,与党である急進左派政党の一部は,学生政治組織から発展した政党である。

第2に,政党政治という枠組みの維持である。政党青年部を通じて政党政治に統合されることで,学生運動は有効な政治的チャンネルを得て,他のチャンネルを頼る必要性が低下する。政党の側としても,政党政治を脅かす過激派の台頭を抑制できる。また,学生運動が学生政治組織間の選挙という仕組みで回っていることも重要である。非政党の政治団体にとっても,仮に勢力拡大させたいのであれば,政党政治の枠組みのなかで振る舞わざるを得ない。その結果,新興勢力も既成の政党政治に組み込まれていくことになる。

このようにチリの学生運動は,特定の既成政党とつながりはないにせよ,政党政治とは強い結びつきを持ってきた。今日,政党自体が市民から離れエリートに限られた存在となっている[Luna and Altman 2011]。その一方で,学生運動の内部では,政党青年部をはじめとする学生政治組織間で争い,その幹部である将来の政治エリートが運動を牽引するというあり方は変わっていない。Carrasco Azzini[2010]が指摘するように,確かに個別具体的な政治勢力と学生運動が距離を置くとしても「政治のやり方は同じ」なのである(次項参照)。つまり,エリート政治たる政党政治の一部として学生運動が位置づけられ,政党政治への不信は学生運動への不信と結びつくと考えられる。そこで,次のような仮説が立てられる。

仮説1:政党政治を信頼しない人ほど,学生運動を信頼しない(注16)

(2)左右二大勢力から自律した学生運動――利益団体から社会運動組織へ――

1世紀近くにわたり政党政治の一部であり続けている学生運動であるが,近年では政治エリートに対抗する学生運動という姿が顕著になっている。それは,2000年代より,学生代表組織が既成政党と結びつく利益団体から,既成政党と離れて市民社会の声を代弁し政治エリートに抗議する社会運動組織へと変化したことが背景にある。

1980年代の民主化運動から民主化後の1990年代,2000年代半ばにかけて,学生運動と左右二大勢力,特に中道左派諸政党との距離は近かった。これは,1980年代の民主化運動のなかで,学生運動をはじめとする伝統的な社会運動が,穏健な民主化運動を望む中道左派諸政党に組み込まれたためである。社会運動側も民主主義への安定した移行を望み,その結果として社会運動は脱動員,制度化された[Hipsher 1996; 吉田 1997]。学生運動も例外ではなく,1980年代から2000年代半ばまでは,中道左派政党青年部が学生運動の主流派を担っていた(注17)。中道左派政党青年部が主流派となった学生代表組織は,それほど政権に対して対決的ではなく,奨学金や学生ローンの拡充を求めての教育省への陳情が活動の中心にあった[Thielemann Hernández 2016]。つまりこの時期の学生運動は,左右二大勢力が維持する新自由主義的な教育制度の枠組みを前提として,可能な限りの学生の利益拡大を目指すという,利益団体という側面が強かったといえる。

しかし,2000年代半ばから,学生運動内部で刷新がみられた。既成政党の青年部とは異なる,新しい学生政治組織が学生運動のなかで台頭し始めたのである。新しい学生政治組織の最大の特徴は,既成政党からの自律主義を掲げたということにある。自律主義の新興勢力は,新自由主義的な教育制度の問題が認識されるようになるなかで,中道左派政党とのつながりという経路では,その問題を解決できないと考えた。新自由主義が左右二大勢力政治と共存していることに鑑みれば,新自由主義から転換を進めるためには,既成の左右二大勢力政治からの脱却が必要であると訴えたのである[Donoso 2014; Larrabure and Torchia 2015; Palacios-Valladares 2016]。さらに,2000年代は私立大学を中心に大学の大衆化が進んだ時代であり,新興勢力は,増加していく大学生たちを学生運動に取り込んでいくために,従来のエリート主義的な運動から転換し,より多くの学生や市民がかかわれるように運動の主張や戦略を変えていった[三浦 2021]。

こうした自律主義の新しい学生政治組織は,1990年代初頭にチリ大学で生まれ,2000年代半ば以降FECHで台頭し,2010年代にはCONFECHにおいても主流派を形成するに至った[Mella, Ríos and Rivera 2016]。その結果,チリの学生運動は,政治エリートに対して対決の姿勢を強めてきた[Somma and Medel 2017; von Bülow and Bidegain 2015]。つまり,学生運動は利益団体から社会運動組織へと転換したといえよう。学生運動は市民の側に立って政治エリートに抗議し,その市民からの支持を背景に運動の影響力を強め,2010年代のチリ政治における重要なアクターとなったのである[Somma and Donoso 2021]。

仮に今日もなお左右二大勢力と結びつく利益団体としての側面が強いのであれば,左右二大勢力を支持する人の方が学生運動も信頼するだろう。しかし,自律主義の新興勢力の台頭によって学生運動は,既成政党と結びつき左右二大勢力政治の枠内で学生の利益を追求する利益団体から脱却し,社会運動組織として左右二大勢力政治に替わる新しい政治や新自由主義からの転換の可能性を人々に示した。そのため左右二大勢力政治に否定的な人の方が,左右二大勢力から離れた自律主義的な学生運動を信頼すると考えられる。そこで,次のような仮説が立てられる。

仮説2:左右二大勢力を支持しない人ほど,学生運動を信頼する。

(3)抗議行動を通じて政権と対決する学生運動

仮説2で着目したのは,あくまで左右二大勢力から離れて利益団体から社会運動組織となったという組織的な変化であり,そこには社会運動組織として行う抗議行動という要素は含まれていない。学生運動が実際に抗議行動の対象とするのは,政党政治でも左右二大勢力でもない。チリにおいて,学生運動を含む社会運動による抗議行動の大多数が,政権をターゲットにする[Medel and Somma 2016]。具体的には,学生運動は,その時々の政権に対して,政策実現を求めたり,あるいは特定の政策に反対したり,あるいは政権そのものの是非を問うたりする形で,街頭に出てデモなどの抗議行動を展開する。

Somma[2017]は,チリの場合政治過程における大統領権限が強いゆえに社会運動のターゲットは明確に政権となっており,政治不信のなかでも政権不支持の人ほど抗議行動に参加する傾向にあることを示した。この議論を参考にするならば,政権不支持の人ほど,政権に抗議行動を展開する学生運動に対して信頼を持つように考えられる。

ただし,学生運動が政権に対してどの程度抗議行動を展開するか,言い換えれば学生運動がどの程度激しく政権と対立するか,その程度は一律ではない。第1に,抗議行動それ自体の活発さによって左右される。2010年代には,全国学生代表組織であるCONFECHが抗議行動を動員することが多かった。抗議行動の回数や動員規模は,その時々の学生運動内部の状況や政治の状況に左右される。より活発に抗議行動を行うときほど,政権に対する不満の受け皿となり,政権不支持の人から信頼を集めることができると考えられる。

第2に,同程度に抗議しても,市民の目からみたとき,どの程度政権と対決しているのかは,政権の党派性に左右される。学生運動が仮に同程度に抗議行動を行うとしても,右派政権なのか中道左派政権なのか,政権の党派性によって対決の度合いは変化する[Somma and Donoso 2021]。右派政権の場合,主として左派的な学生運動の主張と政権の政策は対立し,学生運動とのパイプもないために取り込みが難しく,市民からみれば右派政権と学生運動の対決は明確である。それに対して,中道左派政権の場合,学生運動の主張と政権の政策の間の違いは学生運動側にとっては大きな差があっても市民にはそれほど明確ではなく,また政権は学生運動に接近し取り込みを図る。そのため,対決の程度は弱まってしまう。

以上,抗議行動それ自体の活発さと政権の党派性を踏まえた上で,次のような仮説が立てられる。

仮説3:学生運動が政権と激しく対決するときには,政権を支持しない人ほど,学生運動を信頼する。

Ⅲ 分析方法

本節では,分析方法について示す。まず,分析で用いる世論調査データについて説明する。次に,学生運動への信頼を従属変数,各種政治不信を独立変数とする回帰分析を行うにあたり,具体的な変数について設定する。最後に,仮説3にかかわる抗議行動の激しさの程度についての情報について示す。

1.データ

本研究では,CEPが実施した世論調査のデータを用いる。CEPの世論調査は1986年に開始されたチリを代表する世論調査であり,年に2,3回実施され,個票データが公開されている。おおよそ,センサスに基づき無作為抽出された18歳以上の個人が対象で,毎回のおおよその回答率は80パーセント程度,有効回答数は約1500となっている(注18)

今回分析に用いるのは,2011年11〜12月調査,2012年7〜8月調査,2014年7月調査,2016年11〜12月調査の計4回のデータである(以下,月の情報は省略して記載する)。上記データを用いるのは,本研究の最大の関心である学生運動に対する信頼,政党政治に対する信頼(政党・議会に対する信頼),左右二大勢力支持,政権支持,加えて後ほど示す分析に必要なコントロール変数に関する質問項目が全て含まれているためである。図2に示したように2013年,2015年,2017年も学生運動への信頼についてはデータがあるものの,これらの年については全ての変数が揃わないことから分析には含めていない。また,チリの学生運動では毎年選挙が行われて幹部が入れ替わり,1年を単位として展開されているという点に鑑みれば,年別のデータを用いて分析することはチリの学生運動の特徴を踏まえたものとなる。

2.変数の設定・分析方法

まず従属変数として,学生運動への信頼を置く。「いくつかの機関・組織の名前を読み上げていきます。それぞれについてどの程度信頼していますか」という質問において,16〜19の機関・組織が選択肢に含まれており,学生運動もそこに含まれている。回答としては「とても信頼する」,「信頼する」,「あまり信頼しない」,「まったく信頼しない」という4つの選択肢が与えられている。本分析では「とても信頼する」を4,「信頼する」を3,「あまり信頼しない」を2,「まったく信頼しない」を1とした。

次に独立変数として,政治不信に関する変数を設定する。第1に,政党政治への不信については,上記の制度(組織・機関)信頼における政党への信頼と議会への信頼を用いた。学生運動への信頼と同じく「とても信頼する」を4,「まったく信頼しない」を1とする4段階とした。その上で,政党への信頼と議会への信頼の平均をとり,政党政治への信頼として設定した。

第2に,左右二大勢力に対する支持については,「次の政党のうち,どの政党をより支持しますか」という質問を用いた。ここにはチリの主要政党と支持政党なしが選択肢として与えられている。中道左派連合と右派連合に属する政党への支持の合計を左右二大勢力支持とみなし,支持を基準とするダミー変数を設定した。左右二大勢力不支持には,左右二大勢力以外の政党への支持と,支持政党なしが含まれている(左右二大勢力支持を1,左右二大勢力不支持を0)(注19)

第3に,政権支持については,「あなたの政治的立ち位置に関係なく,大統領による政権運営を支持しますか,支持しませんか」という質問があり,「支持する」,「どちらでもない」,「支持しない」という選択肢が与えられている。「支持する」を3,「どちらでもない」を2,「支持しない」を1として設定した。

ここからは,政治不信とは別に,学生運動に対する信頼に影響を及ぼすと思われるコントロール変数を設定する。第1に,党派性である。民主化以降の学生運動は,どの政党青年部かという違いはあるものの,基本的には左派が牽引してきた[Muñoz Tamayo 2011]。そのため学生運動が打ち出す主張は,新自由主義に批判的で,再分配を志向するような左派的なものとなっている。そのため左派を自認する人の方が,同じ価値観を共有する学生運動を信頼すると考えられる。「どの立場により共感しますか」という質問に対して,左派ないし中道左派と回答したものを左派ダミーとして設定した。

第2に,年齢である。学生運動は若年層による運動である。本研究が対象とする2010年代の学生運動の場合,学生運動の要求は主として高等教育の無償化であり,この要求は大学のみならず専門学校といった非大学の高等教育機関の学生もかかわるものであり,若年層にとって利益となるものである。学生運動は若年層にとっての重要な政治的回路であることから,若年層の方が学生運動を信頼すると考えられる。CEPのデータでは18〜24歳,25〜34歳,35〜54歳,55歳以上という形で年齢が分けられており,18〜24歳を1,25〜34歳を2,35〜54歳を3,55歳以上を4とする4段階の変数を設定した(注20)

第3に,学歴である。チリの学生運動は基本的には大学生による運動である(注21)。確かに,前述のように専門学校という非大学の高等教育機関が学生運動の要求に関係する場合もあるが,運動の主体は大学生である。それは運動の基盤となる学生代表組織や政治組織は大学には存在するが専門学校にはあまり存在しないということにもよる。大学に通った場合,学生の利益団体としての学生運動の重要性を認識し,信頼しやすいと考えられる。そのため大学以上(中退も含む)の学歴ダミーを設定し,分析に加える。

第4に,ユニバーサルな無償化である。2010年代の学生運動が新自由主義からの転換としておもな主張として掲げたのは高等教育の無償化であった。より詳細にいえば,所得制限を設けない形での全ての学生に対する無償化,すなわちユニバーサルな無償化である。学生運動は,教育制度をおもな分野としながらも,新自由主義的な社会経済システムから,ユニバーサルな社会権を国家が保障するようなあり方への転換を求めた。ユニバーサルな無償化を支持する人ほど主張が合致する学生運動への信頼を持ちやすいと考えられる。そこで「全ての学生に対して無償化すべきですか,それとも低所得家庭出身の学生にのみ無償化すべきですか」という質問を用いて,「全ての学生に対して無償化すべき」という回答を1とするダミー変数を設定した。

これらに加えて,居住地域について都市ダミー(都市部1,農村部0)(注22),社会階層(最高を5,最低を1とする5段階)(注23),性別ダミー(女性1,男性0)をコントロール変数として加えた。

分析方法としては,従属変数である学生運動への信頼が4段階の順序カテゴリカル変数であることから,順序ロジット分析を行った(注24)

3.学生運動と政権の対決の程度に関する情報

仮説3は,「学生運動が政権と激しく対決するとき」という条件がついているため,分析の対象となる2011年,2012年,2014年,2016年それぞれについて,抗議行動の激しさと対決する政権を踏まえて,対決の程度を定める必要がある。

学生運動の抗議行動の激しさについては,全国学生代表組織であるCONFECHが1年にどれほど抗議行動を組織するか,また抗議行動にどの程度の学生を動員したのかという点で判断することができる。チリの新聞記事からそれぞれの年について回数と最大動員規模に関する情報を収集した。その結果,2011年は9回で40万人,2012年は5回で15万人,2014年は3回で8万人,2016年は7回で15万人となっている。相対的にみれば,2011年が最も激しく,2014年が最も穏健とみることができる(注25)。政権については,2011年,2012年は右派政権,2014年,2016年は中道左派政権となる。以上の情報から,学生運動と政権の対決の程度が最も激しいのは2011年で,続いて2012年,2016年,2014年という順でおおよそ並べられる。

Ⅳ 分析結果・考察

表1は学生運動への信頼に関する順序ロジット(2011年,2012年,2014年,2016年)の分析結果である(注26)。数値はオッズ比であり,1を上回ると独立変数が従属変数に対して正の影響を持っており,1を下回ると独立変数が従属変数に対して負の影響を持っているとなる。なお,記述統計量については本文末の付表1に記載した。

表1 学生運動への信頼に関する順序ロジット

(出所)筆者作成。

(注)数値はオッズ比,カッコ内は州を単位としたクラスターロバスト標準誤差。

まず,仮説1「政党政治を信頼しない人ほど,学生運動を信頼しない」について,政党政治に関する信頼をみてみると,全ての年においてオッズ比が1を上回っている。これは,政党政治への信頼の程度が高い人ほど学生運動への信頼の程度が高い,つまり,政党政治への信頼の程度が低い人ほど学生運動への信頼の程度も低いということを意味する。ここから仮説1は支持されたとみることができる。

ただし,2011年と2012年に比べて2014年と2016年の方がオッズ比が高い。このオッズ比の違いを生み出した背景として,仮説3でもかかわる,学生運動と政権の対決の程度が影響しているのではないかと考えられる。確かに,学生運動の抗議行動は政権に対して向けられるものである。そのため政党政治に向けられるものではない。しかし,政党政治が選挙を基盤とするものであることに鑑みれば,政党政治に不信を持つ人の一部にとって,選挙は不信の対象であり,デモという非制度的な政治参加の場を提供する学生運動を信頼するということは考えられる。

次に,仮説2「左右二大勢力を支持しない人ほど,学生運動を信頼する」については,2011年と2016年のみ10パーセント有意水準で,左右二大勢力不支持の人の方が支持の人と比べて,学生運動を信頼するという結果となった。しかしながら,両年ともに,オッズ比に表れているように不支持の人と支持の人の差は小さなものであり(注27),明らかに左右二大勢力不支持の人の方が信頼する傾向にあるとは言い切れない。そのため,仮説2が支持されるとは断言できない,むしろ支持されないと考えた方がよいかもしれない。この結果を解釈してみると,人々は学生運動の主流派がどのような学生政治組織かということを認識していないのかもしれない。あるいは,新興勢力が主流派を握っているのは知っていても学生運動についての意識形成のなかで重要な要素ではないとも考えられる。

今回の分析で,左右二大勢力不支持と分類した人々の大半が「支持政党なし」だが,このなかには左右二大勢力以外の政党の支持者がごく僅かに存在する。その人々に注目してみたい。左右二大勢力以外の政党の中身をみてみると,2011年,2012年,2014年は学生運動とはあまり関係のない小政党だが,2016年には同年に法的な政党認可を受け,学生政治組織から発展した「民主革命(Revolución Democrática)」が含まれている。2016年のデータにおいて,左右二大勢力不支持の人々のうち,支持政党なしは99.3パーセント,その他の政党支持者がわずか0.7パーセント(6名)だが存在し,うち4名が民主革命支持者であった。これら4名のデータをみてみると,学生運動を信頼していた。4名という極めて少ない数であり一般化はできないが,重要な示唆を含んでいる。左右二大勢力不支持であるが学生政治組織から発展した新興政党支持者が学生運動を信頼しているということは,政党政治と学生運動の結びつきを改めて示すものである。仮に新興政党の支持者が学生運動を信頼していないという結果であれば,学生運動は制度的に新興勢力を育て政党政治に組み込む場として機能しているとは考えにくいからである。

最後に,仮説3「学生運動が政権と激しく対決するときには,政権を支持しない人ほど,学生運動を信頼する」についてみてみよう。学生運動と政権の対立の程度を左右する政権の党派性に着目してみると,右派政権下の方が中道左派政権下より,政権を支持しない人ほど学生運動を信頼する,という結果がみられた。また同一政権下で,抗議行動の激しさが異なる2011年と2012年,2014年と2016年を比べてみると,激しい方がこの傾向が強まるという結果がみられた。抗議行動が最も穏健であった2014年に至っては,政権を支持しない人ほど学生運動を支持しないという結果となった(ただし10パーセント水準でのみ有意)。この結果から,仮説3も支持されたとみることができるが,オッズ比に表れているように,同一政権下での年の差はそれほど大きなものではなく,政権の党派性の方が強く影響しているものと思われる。

その他の独立変数についてもみておこう。党派性については,2014年を除き左派自認の人の方が学生運動を信頼するという結果がみられた。年齢については,全ての年で,若年層ほど学生運動を信頼するという結果がみられた。オッズ比からも影響の大きさを読み取ることができる。これらの結果から,学生運動への信頼の強固な基盤は左派と若年層であるといえる。

一方で学歴については,全ての年で大学以上という学歴を持つ人が学生運動を信頼しやすいという結果は見出されなかった。この結果に対しては2つの解釈がありうる。第1に,大学生に限定されていない運動を実現しているがゆえに信頼されているということが考えられる。学生運動が要求として掲げた高等教育無償化には大学のみならず専門学校も関係している。また,親という立場では,本人が大学以上という学歴を持っているかどうかにかかわらず,高等教育無償化という要求は高等教育に通う子どもにとってプラスであり,それゆえ信頼する可能性がある。第2に,大学に通ったからといって,通わなかった人以上に学生運動を信頼することにはつながらないという解釈である。大学や時代によって学生運動の激しさには違いはあると思われるが,大学生活を経験するというだけで学生運動への信頼が高まるわけではないと考えられる。

ユニバーサルな無償化については,全ての年においてユニバーサルな無償化を支持する人が学生運動を信頼する傾向にあった。ただし,2011年に比べてそれ以降の3つの年の方が,オッズ比が低くなっている。ユニバーサルな無償化を求める割合についてはそれほど大きく変わっているわけではない(本文末付表1参照)。その一方で,学生運動への信頼に対する影響は弱くなっている。特に2014年以降中道左派政権がユニバーサルな無償化を公約に掲げたことで,ユニバーサルな無償化を提示するのが学生運動だけではなくなり,それゆえに学生運動への信頼との結びつきも弱まったと考えられる。

分析結果をまとめると,仮説1と3が支持され,一貫して政党政治を信頼しない人の方が学生運動も信頼しないが,学生運動が政権と激しく対決するときには政権を支持しない人の方が学生運動を信頼するということがわかった。この結果は,学生運動は,政治エリートの一部として政党政治不信とともに不信の対象となりつつも,一方では政治エリートへの抗議者として一時的に政治不信を自らへの信頼につなげていることを示している。

一方で,仮説2が明確には支持されなかったように,学生運動の主流派が新興勢力だからといって,左右二大勢力不支持の人々が学生運動を信頼するわけでもないということがわかった。ここから,学生運動内部の刷新だけでは,人々から信頼を集めるのは困難だということが窺える。それ以上に,抗議行動を通じた政権との対立という市民の目にわかりやすい顕在的な状況の方が信頼を集めやすいといえる。ただし,2010年代において学生運動が抗議行動を展開し政権と対立したのも,主流派が既成政党青年部ではなく新興勢力へと移ったからこそであり,その意味において,学生運動内部の刷新は人々の信頼を得る上での必要条件でもあり,間接的な形で信頼の獲得にプラスの影響をもたらしたともいえる。

結 論

本研究は,2010年代に深刻な政治不信が蔓延するチリを対象に,人々のなかで政治不信は中間団体たる学生運動への不信に結びついているのか,あるいは学生運動は政治不信の受け皿として信頼されているのかを分析した。チリの学生運動は,歴史的には,政党青年部を通じて政党組織の維持や政党政治という枠組みの維持にかかわってきた。つまり歴史的に政党を通じて政治エリートと結びつくという姿がある。一方で,学生運動は,近年では学生の利益代表をする利益団体というよりもより広範な社会・政治問題に取り組む社会運動組織へと姿を変え,民主化以来のチリ政治を担ってきた左右二大勢力から離れ,さらに時の政権に対しては抗議行動を展開するようになった。つまり,政治エリートに対決するという姿もある。分析の結果,一貫して,政党政治を信頼しない人ほど学生運動も信頼しない一方で,学生運動が政権と激しく対立するときには政権不支持の人ほど学生運動を信頼するということが明らかになった。この結果は,学生運動が,政治エリートの一部として政党政治不信とともに不信の対象となる,つまり弱体化しつつも,一方では政治エリートへの抗議者として一時的に政治不信を自らへの信頼につなげている,つまり弱体化を止めうることを示している。

本稿は,学生運動を中間団体とみなし,チリの学生運動を事例とする分析を通じて,政治不信と中間団体の関係に関する研究に新たな知見を提供したといえる。政治不信とともに弱体化する中間団体という議論では,既成政党と利益団体の結びつきに焦点が当てられてきた。しかし,本稿では学生運動を中間団体とみなし,学生組織には利益団体というだけでなく政党,社会運動組織という側面もあることを指摘した。仮に既成政党と結びついていなくとも,政党青年部を通じて政党政治全体と関係するがゆえに,政治不信は学生運動への不信へとつながることを明らかにし,中間団体の弱体化に関する別のメカニズムを示したといえる。さらに,社会運動組織としての学生運動は,抗議行動を通じて政治不信を自らへの信頼へと結びつけ,弱体化を部分的に止めうること,言い換えれば中間団体が政治不信のなかにあっても,異なる組織的特徴を打ち出すことで,必ずしも弱体化するだけではないことを示した。

学生運動は一般的に短期間しか続かないという特徴を持つにもかかわらず[Altbach 1991],予想に反して学生運動は今日も消滅することなく活発に行われている[Altbach and Klemenčič 2014]。短期的な抗議行動に目が向けられがちであるが,利益団体,社会運動組織,政党青年部という形での制度化された学生組織はチリに限らず西欧,アフリカ,ラテンアメリカなど,世界各地でみられる[Klemenčič 2012; Luescher-Mamashela and Mugume 2014; Palacios-Valladares 2016]。確かに政治エリートとの組織的結びつきゆえに不信の対象となりうるが,制度化された組織こそ継続的な活動に必要である。世界各地における中間団体としての学生運動の継続を理解する上でも,学生組織に着目し,学生組織が時代にあわせて組織の性質を変えうるという本稿の知見は重要な示唆を与えるものだと考えられる。

ただし,分析結果およびそこから得られた理論的知見の一般性という点で,本稿には限界がある。本研究は,チリという1カ国における4つの年というサンプルの限られた分析であった。さらに,本稿が論じた学生運動と政治エリートの関係は,チリ特有の歴史的文脈によって規定され,時代によっても変化するものである。それゆえ別の国・時代では学生運動と政治エリートの異なる関係があり,人々の学生運動への意識と政治への意識の関係も変化すると考えられる。そのため,分析対象の国や時代を広げることによって,上述の理論的知見はどの程度一般化しうるものなのか,さらなる検証が必要であろう。

最後に本研究は,一般性という点で限界はあるものの,チリの民主主義の現状を捉え将来を考察する上で重要な示唆を与えている。学生運動が政党政治と結びついてきたがゆえに,政治不信とともに信頼を失っていくことは,学生運動そのものの存続にかかわる。学生運動が存続できなければ,チリの政党政治が自らの維持機能のひとつを失うということを意味する。それは,チリの政治を不安定にし,ポピュリズムの台頭にもつながりかねない。事実,2020年に入ってから,チリのなかにもポピュリズム政党が現れつつある[三浦 2022; Rovira Kaltwasser 2020]。政党政治に対する不信が払拭されず,学生運動が信頼を失っていくことで,この傾向には拍車がかかるかもしれない。また学生運動がなくなれば,抗議行動の基盤が一つ失われるということにもつながる。政党政治という制度的な回路と,抗議行動という非制度的な回路の両方にかかわってきた学生運動の信頼低下は,チリの民主主義にとって看過できない問題であるだろう(注28)

[付記]

本誌掲載にあたり2名の査読者の方から大変貴重なご指摘を賜りました。心よりお礼申し上げます。執筆過程では,味志優氏,西藤憲佑氏,田中李歩氏,宮川慎司氏から大変有益なコメントを頂きました。あわせて心よりお礼申し上げます。

(アジア経済研究所地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ, 2023年4月5日受領,2024年2月9日レフェリーの審査を経て掲載決定)

付表

付表1 記述統計量

(出所)筆者作成。

本文の注
(注1)  政党政治は「政党が政治の運営において主導的な役割を果たし,政治過程における中心的な存在となっていること,政党中心の政治」[川人 2001, 17]を意味する。

(注2)  政党の活動の場は主として議会であるが,政党は政府とも結びついている。大統領候補は特定の政党(連合)から出馬し,また大臣は与党に所属する元国会議員などの政治家ということもある。そのため政府も政党政治の一角をなしている。しかし,チリは大統領制であり,政府は政党の主戦場である議会とは一定独立して存在しており,政党政治と対立することもある。それに加えて数値をみても,政府への信頼は,政党や議会への信頼とは異なる動きがみられることから,政党政治への信頼を表す指標として加えない方がよいと判断した。

(注3)  https://www.latinobarometro.org/lat.jsp(2023年8月7日アクセス)

(注4)  https://www.cepchile.cl/opinion-publica/(2023年8月7日アクセス)

(注5)  二名制は全ての選挙区の定数が2であり,左右の政党連合から各1名ずつが選出されやすい制度設計になっていた。民主化後の政治的安定をもたらす一方で,左右二大勢力による政治の独占,固定化をもたらした。

(注6)  数値としてもチリの政党政治の強さを捉えることができる。V-demの政党の制度化指標(Party Institutionalization Index)をみてみると,19世紀以来現在に至るまで,チリは世界やラテンアメリカ全体と比較しても,一貫して本指標の数値が高く,政党政治の強さが窺える(https://v-dem.net(2023年8月7日アクセス))。

(注7)  新しい選挙制度は,二名制と同じく非拘束名簿式比例代表制であるが,二名制では全ての選挙区の定数が2であったのに対して,新しい選挙制度では3から8となり,左右二大政党連合以外の政治勢力に対して国政への道を開くことになった。

(注8)  チリでは2019年に「社会の暴発」と呼ばれる同国史上最大級の市民の抗議行動が発生した。抗議行動のおもな主張のなかには,軍政下で導入された現行憲法に替わる新憲法制定があり,実際に新憲法制定に向けたプロセスが進められてきた。そのプロセスにおいては,現行の国会議員を含めない制憲議会が設置されることになり,制憲議会選挙では政党の参加が部分的に制限され,多くの無所属候補が出馬し当選するに至った[三浦・北野 2023]。こうした新憲法制定をめぐる状況も,チリの政党政治に対する不信を象徴している。

(注9)  https://dataverse.harvard.edu/dataset.xhtml?persistentId=doi:10.7910/DVN/GKQXBR(2022年12月12日アクセス)よりデータ取得し,筆者算出。

(注10)  チリは軍政下で「ラテンアメリカ地域の国家的な高等教育システムにおいて,それまで試みられてきた改革のなかで最もラディカルな改革」[OECD 2004, 206]と評されるほどの新自由主義的な改革が高等教育分野でなされた国である。その結果,OECD 諸国のなかでも大学の授業料が高く,学生支援制度が整っていない,私的負担に依存する国として指摘されていた[OECD and The World Bank 2009など]。

(注11)  図1と同様に1990年代からの推移をみたいところだが,CEPの世論調査で制度(機関・組織)信頼が含まれるようになったのは2009年からとなっている。2011年から2017年にかけて学生運動が項目として含まれた背景には,2011年の学生運動を契機として,とりわけ2010年代のチリ政治において学生運動が重要なアクターであったということが指摘できる。

(注12)  CEP世論調査の制度(機関・組織)信頼のデータを用いて,因子分析を行うことによって,学生運動が他の機関・組織のなかでどのように位置づけられるのかを把握することができる。紙幅の都合や議論の展開上,詳細に結果を示すことはできないが,2011年から2017年までの各年で因子分析を行うと,2つの特徴を捉えることができる。第1に,学生運動は,年によって数値の変動が大きく,他の機関・組織のなかでの位置づけが変化する。第2に,年による変動を考慮しつつ位置づけを解釈してみると,制度的で政治権力に近い存在と非制度的で政治権力に対決する存在という2つの姿が浮き彫りになる。この結果も,本稿から明らかにする,政治エリートの一部と政治エリートへの抗議者という間で揺れ動く学生運動の姿と類似している。この因子分析のデータと分析結果については筆者から入手可能である。

(注13)  https://www.cepchile.cl/opinion-publica/(2023年1月20日アクセス)。それぞれの年の具体的な調査月とナンバーは次の通り。2011年11〜12月調査(No.65),2012年7〜8月調査(No.67),2013年7月〜8月調査(No.69),2014年7月調査(No.71),2015年8月調査(No.74),2016年11〜12月調査(No.78),2017年4月〜5月調査(No.79)。

(注14)  2000年代までは,チリ大学のFECHの代表職を握った学生政治組織が学生運動の主流派となっていたが,2010年代に入ると全国組織であるCONFECHで主流派が決定される傾向にある。具体的には,各大学の学生連合がCONFECHに代表を送り込まれ,そのなかで多数派を占める学生政治組織が主流派となる。

(注15)  https://www.bcn.cl/historiapolitica/partidos_politicos/index.html(2023年2月6日アクセス)

(注16)  学生運動への不信が政党政治への不信と結びつく(学生運動への信頼が政党政治への信頼と結びつく),という逆の向きはありうるだろうか。確かに,例えば学生運動への経験のなかで政党青年部の競合というあり方に否定的な意識を持つようになり,国政レベルでの政党政治をも信頼しなくなる(あるいは反対に好意的な意識を持つようになり,政党政治も信頼するようになる),ということはありうるかもしれない。しかし,こうした流れで学生運動への不信が政党政治への不信へと結びつきうるのは,政党青年部を通じて学生運動に深くかかわった一部の人々だけだと考えられ,多くの人々は政党政治の一部に学生運動が関係していると捉えている,という形を想定している。そのため,本研究では,政党政治への不信が学生運動への不信と結びつくという方向で設定した。

(注17)  確かに1980年代から2000年代半ばにかけて中道左派政党青年部が主流派であったが,1990年代半ばから2000年代半ばにかけて共産党青年部も主流派の一角を占めた。共産党は中道左派政党が主導する民主化運動に加わらず,民主化後から2000年代半ばまでの時点でも非国政政党であった。共産党はその後2009年の選挙から中道左派連合と選挙協力し,2013年からは正式に中道左派連合に加わった。そのため,1980年代から2000年代半ばの時点において中道左派政党青年部のなかに共産党青年部を含めるのは厳密にいえば誤りであるが,分析対象とする2010年代には中道左派連合に加わっていることや議論の展開を考慮し,本文中では共産党の位置づけをめぐる詳細な議論は省略した。

(注18)  具体的な調査の設計については,CEPが各回のデータとともに公開しているマニュアルから確認することができる。

(注19)  共産党が正式に中道左派連合に加わったのは2013年であるものの,2009年の段階では中道左派連合と選挙協力を行うなど距離が接近していたことから,2011年と2012年についても共産党を中道左派政党連合に加えている。

(注20)  2014年調査,2016年調査では35〜54歳の区分が35〜44歳,45〜54歳とさらに分かれている。しかし2011年調査,2012年調査では分けられていないため,データを揃えるために2014年調査と2016年調査についても35〜54歳にデータを統合した上で分析した。

(注21)  チリでは大学生以外にも高校生による運動も行われている。例えば2006年の学生運動は高校生が主体となって行われた。高校生による運動は大学生による運動ほど制度化,組織化されているわけではない。そのため,仮に大学生による学生運動への信頼,高校生による学生運動への信頼と区別して分析した場合,政治不信との関係や,その他の規定因は異なると考えられる。

(注22)  大学は都市部にあり,抗議行動も都市部で行われることが多いため,都市部住民の方が学生運動に接触しやすく学生運動への信頼意識に影響を及ぼすと考えられる。

(注23)  CEPの調査ではチリで広く用いられる社会経済階層指標が含まれている。「ABC1(最上位)/C2/C3/D/E(最下位)」という5段階であり家主の学歴や職業,居住地区をもとに,一定の基準のもと事後的にCEPが振り分けている。

(注24)  分析に際しては,センサスに基づきつつも完全に人口構造を反映しているわけではなく,CEPのマニュアルにデータの重みづけの変数を適用することが指示されているため,その指示に従って分析を行った。

(注25)  2014年の回数が3回で最大動員規模8万人という数値であるが,確かに相対的には低いものの,特に最大動員規模をみればこれも抗議行動が激しく行われていると捉えることもできるかもしれない。しかし,2014年は学生運動として政権交代して生まれた中道左派政権とどう対決するか内部での意思統一がなかなか進まず,抗議行動も2010年代の他の年に比べるとやはり穏健なものに落ち着いたと捉えられる。

(注26)  本分析から除外した,2013年,2015年,2017年についても簡易的に分析を行った。本分析が最も関心のある,学生運動への信頼,政党政治信頼(政党・議会への信頼),左右二大勢力支持,政権支持という4つの変数であるが,2013年と2015年にはすべて含まれており,2017年には左右二大勢力支持を除いて残り3つの変数は含まれている。それらの変数のみで本文中の分析同様に順序ロジット分析を行った。全ての年について,政党政治不信の人ほど学生運動不信を持つという,本文中の分析結果と同じ結果がみられた。左右二大勢力不支持と学生運動不信の間には有意な関係は見出されず,この点も同様である。政権支持との関係については,2013年は政権不支持の人ほど学生運動を信頼する,2015年と2017年には政権不支持の人ほど学生運動も信頼しないという結果となり,これも本文中に示した分析結果に沿うものである。

(注27)  2011年では左右二大勢力支持で学生運動信頼確率は34パーセント,左右二大勢力不支持で学生運動信頼確率は38パーセント,2016年では左右二大勢力支持で学生運動信頼確率は21パーセント,左右二大勢力不支持で学生運動信頼確率は24パーセントという差にすぎない。

(注28)  2019年にチリでは,地下鉄運賃値上げをきっかけとして,同国史上最大級の市民の抗議行動「社会の暴発」が発生した。その発端となったのは組織に基づかない高校生たちによる,運賃値上げに反対する改札強行突破という抗議行動であった。さらに,チリで最も歴史ある学生代表組織であるチリ大学のFECHにおいても幹部職を選出する選挙の投票率が低下し,組織の存続の問題も浮上している。学生代表組織を通じて学生政治組織が競合するという100年近くにわたって維持されてきた学生運動のあり方が今後も存続するとは必ずしも言い切れない。学生運動のあり方の変化,政治との関係の変化は,本研究が捉えた学生運動をめぐる人々の認識や,学生運動が部分的に下支えしてきた政党政治,ひいてはチリの民主主義にも影響を与えると考えられ,今後も注視しさらなる分析が必要だと考えられる。

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© 2024 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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