2024 年 65 巻 4 号 p. 2-33
1958年,中国共産党は大躍進運動を背景に,失業現象の消滅を宣言した。しかし,その後間もなくして,都市部の人口削減を目的とする精簡政策が実施され,3年間で2600万もの都市人口が削減された。本稿は,上海市を事例に,「失業消滅」がもたらした影響と,「失業消滅」を維持させた政治的メカニズムを分析するものである。「失業消滅」をめぐり揺れ動く中央政府の労働政策と未熟な計画経済体制は,地方レベルに労働力の削減,労働力の維持・拡大という相矛盾する双方向の圧力をかけた。この双方向の圧力に対応するために,地方政府,企業,基層社会組織,労働者など多様なアクターは,計画経済体制の外部に,労働力の流動を担保する空間を創出した。この空間の存在は,「失業消滅」の現実を支え,中国の計画経済体制を補完する役割を果たした。