2025 年 66 巻 1 号 p. 65-68
2022年秋に習近平は総書記ならびに中央軍事委員会主席に選ばれ,習近平政権の3期目が決定した。その直後に江沢民が死去し,江沢民を領袖とする上海閥が消滅するとともに,李克強の死去や胡春華の事実上の降格など胡錦濤を領袖とする中国共産党青年団派閥も衰退の一途を辿った。その一方で習近平は,政治局常務委員に自身の腹心を多く登用するなど,習近平を領袖とする派閥は拡大し,絶頂期を迎えている。また,3期目習近平政権の始動により,政治指導者の交代に関する制度が崩れ,政権運営の透明性は低下している。本書のような,派閥に注目するという中国政治の分析枠組みは,その重要性を高めている。
本書は,中国共産党の創設期まで遡り,各時代の典型的な派閥の栄枯盛衰の過程および派閥間の政争を分析することで,中国共産党の高層政治における多様性と適応能力を明らかにしようとしたものである。これまでの派閥研究は,権力闘争を中心に描いていることから,派閥内の代理人問題や派閥の様相の変化について議論してこなかった。本書の学術的貢献は,著者も指摘しているように,現代中国政治における派閥の存在意義と多様性を,派閥を規定する政治制度,派閥の栄枯盛衰およびそれに関連する政争の歴史的経緯,そして政治エリートの個性によって明らかにしたことである。
以下では,本書の概要をまとめるとともに,本書の意義とコメントを付す。
本書は,序章における分析枠組みの提示と,終章における各事例分析から得られた結論の説明を除けば,全6章で構成されている。序章では,まず,中国共産党の派閥を「党内において,政治エリートが職縁や地縁などの縁故を紐帯として結びつき,継続的な協力関係を構築している集団」(13ページ)と定義し,利益集団や宗族との差別化を行った。つぎに,派閥の栄枯盛衰というダイナミクスは,派閥内部の政治,派閥間の争いおよび連合,そして政治エリートの個性によって捉えられることを示した。派閥間での対立や競争を党内にとどめる範囲において行えることは,さまざまな意見や利益の調整を可能にしており,中国共産党の適応能力を高めることにもつながると説明した。
第1章では,第2章以降の事例研究への導入として,中国近代史を彩った北洋軍閥と中国国民党における派閥の活動を取り上げ,序章で示した分析枠組みの妥当性を検証した。また,それらの派閥と中国共産党の派閥との比較をもとにその特徴を整理し,第2章以降の各事例研究の意義を示した。三つの派閥の特徴を比較し抽出できる共通点は,第1に,派閥間の政争は単純な権力闘争ではなく,政策的な対立を含んでいたということである。第2に,政党の強靭性は,体制内に派閥間の政争と対立をとどめられたかどうかによるということである。とくに中国共産党は,派閥活動を禁忌するというレーニン主義の組織原理を遵守していることが,派閥を単位とした党の分裂を防止する効果をもつという。
第1章までの枠組み論をふまえ,第2章以降は事例研究へと進む。第2章では,毛沢東が中国共産党の最高指導者になるまでの権力掌握過程について,毛沢東の対抗派閥であった留ソ派(モスクワ中山大学留学経験者によって構成された学縁を紐帯とする派閥)の栄枯盛衰を軸に論じた。著者は,毛沢東が中国共産党内で指導権を確立していく過程で,卓越した派閥操作術を駆使したと説明している。具体的には,留ソ派の組織としての脆弱性を利用し分裂を誘発させたということ,分裂後に影響力のある人物を引き入れ連合の形成を行ったこと,そしていっそうの権力強化をめざし,派閥の存在をでっち上げることで党内の敵対者を排除したことである。このような毛沢東の戦術が可能となったのは,毛沢東が自身の派閥の拡張をめざしながらも,追従者を信頼せず,派閥に依存することがなかったからだと説明した。
第3章では,林彪派閥の栄枯盛衰を軸に,毛沢東の個人支配体制の確立過程について明らかにした。まず,林彪は毛沢東の追従者である一方で,人民解放軍内で権力を獲得し,派閥を形成するようになった。また,本章では,文化大革命(以下,文革)期に林彪が勢力拡大をめざしたとする一般的な理解とは異なり,林彪は文革のさなかに追従者の保護に努めた結果,彼らの支持を得続けることができたと説明した。そして,文革の方向性という政治課題をめぐる意見の対立をきっかけに,江青ら文革推進勢力および毛沢東と林彪との間で代理人問題が発生し,林彪派閥は弱体化した。林彪派閥は,林彪の突然の死によって終焉を迎えた。しかし,毛沢東は文革の混乱期においても党内の各派閥と一定の距離をとりつつ,状況に応じて支持する勢力を変えることで,自らの正当性を高めることに成功したという。
第4章では,余秋里を領袖とする石油閥を中心に展開された経済政策に関する政争について分析した。石油閥形成の契機となったのは大慶油田の成功であったが,派閥自体は,職縁よりも個人的な縁故を紐帯に形成された。文革期には,領袖の余秋里が政治エリートとして政治的な存在感を高めるなか,周恩来を領袖とする派閥の一員となるとともに,そのほかの政治エリートとも協力関係を構築するようになる。鄧小平が原案を作成し,華国鋒政権が積極的に推し進めた経済政策である十年計画は,石油閥を中心に実施されたが,文革終焉後に経済専門家である陳雲が復権したことで,石油閥の勢いに歯止めがかかることとなった。陳雲は石油閥を中心に進められた十年計画の不備を指摘し,「洋躍進」であったと批判を展開した。石油閥はこれに抵抗するものの,党歴や権威の面でも秀でていた陳雲や鄧小平に抵抗できず,経済政策への影響力を急速に低下させた。ただし,石油閥は壊滅的に崩壊することはなく,各々の政治エリートはその後も活躍を続けているという。
第5章では,経済保守派と呼ばれる陳雲の派閥を中心に,改革・開放期の政争について論じた。一般的に,改革・開放期における政治的構図を陳雲対鄧小平の保守対改革で理解することが多い。本章では,当時の政策論争の構図が一枚岩の保守勢力と分裂した改革勢力であったと説明した。陳雲は保守勢力として,追従者とともに急進的な改革路線にブレーキをかける役割を果たした一方で,鄧小平は改革勢力の領袖につかず,機会主義的に活動した。改革勢力として,胡耀邦や趙紫陽が中国共産党の政治指導者として頭角を現したわけだが,急進的な改革を推進したあまり,鄧小平の信頼を失い,失脚することになった。その後,急進的な改革の揺り戻しとして陳雲派閥を中心とする保守的な経済政策がとられた結果,経済情勢が改善し,経済の改革・開放を進めるのに適した環境が整った。このように経済政策をめぐって,団結した保守勢力と分散した改革勢力という構図がありながらも,改革・開放を進めることができた要因として,鄧小平の積極性,保守勢力が必ずしも反対派ではなかったこと,地方幹部の支持があったことを挙げた。
第6章では,江沢民を領袖とする上海派閥の栄枯盛衰を軸に,政治の制度化が進むにつれ,派閥の活動がいっそう活発化する様相を描いた。当初,江沢民は政治的中立性と年齢によって総書記に選ばれたものの,その後曽慶紅を代表する追従者らの力を借りて,上海閥という一大勢力を作り上げた。そして,総書記退任後も軍事委員会主席の留任や追従者を多く指導部に残すなど,胡錦濤政権期においても影響力を継続させた。習近平政権は,急速に権力を集中させ,権威の確立に成功した。その要因として,胡錦濤との連合を形成し,上海閥の政治的影響力を抑制することに成功した点が挙げられる。1980年代以降政治の制度化に伴い,政治の予測可能性が高まった結果,派閥を動員した人事をめぐる権力闘争が発生しやすくなった。しかし,習近平政権以降,その透明性が低下している。派閥による人事や政策の競争と対立が抑制される場合,体制の脆弱性が高まるかもしれない。
第2章から第6章までの事例研究をふまえ,終章では中国政治における派閥の意義と比較政治への連結について論じた。派閥間の競争,対立は,人事をめぐる権力闘争だけでなく政策論争とも連動していることから,派閥の活動は,党内の政策的多様性を高め,中国共産党の適応力の源となっている。また,派閥をもとにした政争は,派閥内部の団結や対立,派閥間の連合形成などをとおして展開される。このようなメカニズムは中国に限定されず,他の国家,政党内でも発生しており,本書は現代中国政治研究のみならず比較政治学にも汎用可能な知見を提供しているとした。
以上のような本書の概要をふまえ,本書の意義について検討するとともに,気になった点を指摘する。まず,本書はこれまで現代中国政治研究が試みてこなかった二つの挑戦をしていると評価する。それは第1に,資料の制約や可視化が難しい派閥の活動を学術的に取り上げたことである。著者も指摘しているように,派閥に関する研究は権力闘争の単位として捉えられることが多い(2ページ)。近年,習近平政権下の反腐敗闘争では,「秘書閥」,「石油閥」,「山西閥」といった党内の派閥活動が非難された。そのため,反腐敗闘争と派閥の関係に関する研究が散見されるようになった[Zhu 2022; Wedeman 2017]。しかし,派閥自体に注目し,中国政治における派閥の在り様を明らかにしようとする研究は,評者の知るかぎりにおいてない。とくに,派閥の内部を一枚岩と見做さずに,時に派閥内で競争と対立が繰り広げられるということ,そして他の派閥と派閥内の一部勢力とが連帯することがあるなどを描いた点は,これまでの派閥に関する先行研究と一線を画す。
第2に,中華人民共和国の建国前後を区分せず,中国共産党の創設時期にまで遡り,通史を描いたことである。近年では,高橋[2021]のように1949年を区切らない歴史の描き方は試みられているものの,依然として研究領域を1949年前後で区切る傾向は根強い。100年にわたる通史を描くことで,中国共産党自身も国民党内部の一派閥であったことを示せることから,中華人民共和国建国後においても中国共産党内で派閥の活動が活発であったことに説得力がある。
つぎに,現代中国政治における高層政治の抗争性あるいは重層性を明らかにしようと試みた点である。中国共産党政権の強靭性について議論した先行研究の多くは,議会や政党といった権威主義体制における民主的制度の権威主義的機能について検討したものが多い。代表的な研究として,Lü, Liu and Li[2020]は,中国を事例に,権威主義体制下の議会が,立法や政策立案をめぐる抗争や利害調整の場として機能していることを明らかにした。しかし,このような研究成果は政治性の低い事例に集中しており(注1),高層政治がどのような政争を繰り広げてきたのか,そしてそれが中国共産党による一党体制にどのように寄与してきたのかを論じていない。その点で本書は,とくに毛沢東政権期および改革・開放期について,さまざまな史資料をもとに,高層政治における派閥の栄枯盛衰や派閥間の政争,連帯を描き出している。したがって本書は,高層政治においても,派閥が活動することで,中国共産党が選択するべき政策や方向性を議論することができたと主張している。これは,これまでの中国を事例とする権威主義研究の新たな一歩であるともいえる。
評者はこのように本書の意義を認める一方で,いくつか気になった点を指摘したい。まず,本研究における派閥が従属変数であるのか,独立変数であるのかが不明瞭である点だ。中国において派閥がどのように活動してきたのかを捉えることで,政治学で捉えられてきた派閥に新たな解釈を与えようとしているのか,それとも,派閥を通じて近現代中国政治史を描くことで,これまでの通史の通説とは異なる視座を提供しようとしているのかが釈然としない。前者について,著者は,「派閥の多様性は,それぞれの国や政党の政治制度,歴史的経緯,そして政治エリートの個性によって生み出される」(310-311ページ)とし,本書が提示した派閥の多様性を描き出す理論枠組みは,他国の事例においても有用であると指摘している。そうであるならば,派閥が権力闘争の単位としてだけでなく,多様な派閥があることを示すことで,どのような政治学的な示唆が得られるのかについても記述があるとよりよい。
後者について,派閥を軸に通史を描くことで,これまで政策決定の基準が不明瞭だと考えられてきた毛沢東の選択が捉えられやすくなるなど,各論については従来の考え方を一部修正するような見方を提示している。しかし,派閥からみる近現代中国政治史が,これまでの見方とどのように異なるのか,新たに何が発見できるのか,その全体像が明らかではない。この点を明記すると,読者としてはいっそう読みやすくなると考える。著者は本書において,どちらの点も包摂しようと試みていることはわかるものの,読者の理解を導くような書き方も必要であると感じる。
つぎに,序論における派閥の定義が,第2章以降の事例研究のなかで,有機的に機能していないと思われる点である。たとえば,毛沢東の派閥戦術として取り上げられた「教条セクト」と「経験主義セクト」という二つの派閥が挙げられる。これらの派閥は,本書が想定する領袖と追従者の間の自覚的な仲間意識によって形成されたものではなく,毛沢東によって当てはめられたものである。これをそれ以外の派閥と同義と捉えていいのだろうか。
ほかにも,派閥間関係の捉え方が難しい。序章における理解に基づけば,派閥間の競争や対立,調整が政争と連動するとし,派閥が連帯することはあったとしても特定の人物が同時期に複数の派閥に属することは想定できない。しかし,たとえば,第4章で取り上げられた余秋里は,周恩来派閥でありながら,石油閥でもあるとしている。また第5章では,趙紫陽は多くの追従者がいる派閥の領袖でありながらも鄧小平を庇護者としていたという。この庇護者と領袖の違いも不明瞭であるが,「趙紫陽の失脚もまた,鄧小平の派閥内部における代理人問題によって生じた」(223ページ)としていることから,趙紫陽は鄧小平派閥の追従者でありながら,自らの派閥の領袖でもあったということがわかる。各事例において,どのような派閥が存在し,それぞれがどのようにかかわり合っていたのかという概念図を示してもらえると,読者にとって本書を理解する助けになるだろう。
以上のように本書を読了後に湧いたいくつかのコメントをまとめた。本書の日本語表現は平易であるとともに,各事例で取り上げられた派閥の栄枯盛衰の様相はストーリーとしても興味深く,読者の関心を惹き続けるだろう。中国研究に携わる学生,研究者のみならず,幅広い読者に本書が届くことを願う。また,本書が提示した「政治の動静を派閥からみる」という分析視角は,3期目習近平政権の趨勢を把握する助けになるだろう。