アジア経済
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紹介:小泉佑介著『熱帯フロンティアへの移住と開拓――インドネシア外島の農園開発に伴う地域変動――』
東京大学出版会 2023年 viii + 245 + 3ページ
寺内 大左
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2025 年 66 巻 1 号 p. 89-90

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本書はアブラヤシ農園開発が急速に進むインドネシアのスマトラ島中部リアウ州を舞台に,熱帯フロンティアへの人々の移住はどのような動機に基づいているのか,いかなる条件を満たせば開拓地で成功を収めることができるのか,そして,この「移住と開拓」という行為は熱帯フロンティアにおいていかなる意味をもつのかを検討している。本書の概要はつぎのとおりである。

序章「熱帯フロンティアへの移住と開拓」では,東南アジアの農村研究とフロンティア論,インドネシアのパーム油産業をレビュー・整理することをとおして,本書のキーワードである「熱帯フロンティア」と「アブラヤシ個人農園」を位置づけている。また,既存のポリティカル・エコロジー研究の論点を整理することをとおして,本書の分析枠組みを提示している。

第1章と第2章は,マクロな視点から分析を行っている。第1章「インドネシア外島における農園開発」では,インドネシア外島の農園開発および農園開発政策の歴史を説明し,1980年代から2020年までの経営主体別(企業と個人)のアブラヤシ栽培の空間的な拡大をインドネシア全国スケールで明らかにしている。第2章「スマトラ島リアウ州の地誌的背景」では,リアウ州における資源開発の歴史を説明したのち,人口センサスの個票データを用いて,どのような民族の人々が,いつ,どこから移住してきて,どのような仕事に従事しているのかを州レベルのスケールで明らかにしている。

第3章から第5章までは,ミクロな視点からリアウ州の移住者の農園経営の実態を明らかにしている。第3章「農園労働者から個人農園経営者へ」では,民間企業農園と個人農園が混在するL村を事例に,第4章「政策的移住と自発的移住の交差点」では,PIRプロジェクト(企業と農家の農園を一体で開発するプロジェクト)の参加農家と自発的な移住者が混在するB町を事例にして,移住者による個人農園への参入経緯や経営規模の拡大プロセスを明らかにしている。第5章「移住と開拓を決めるとき」では,移住者の具体的なライフヒストリーを明らかにしている。

第6章「熱帯フロンティア再考」は実質的に本書のまとめの章となっている。移住者がアブラヤシ個人農園の経営規模を拡大できた要因を考察し,マクロな分析結果(第1~2章)とミクロな分析結果(第3~5章)を結び付けながら,熱帯フロンティアの過去・現在・未来と熱帯フロンティアの社会空間の意味を考察している。終章「本書の分析枠組みに対する評価」では,序章で設定した分析枠組みである「生態的要素の重視」「現象の構造と主体の統合的分析」「マルチ・スケール分析」の可能性と課題を検討している。

評者が重要だと考える本書の特徴と功績について説明しよう。まず,本書の特徴は人文地理学の視点と枠組みに基づく東南アジア研究である点にある。その特徴は第1章と第2章によく表れている。膨大な統計データを整理し,インドネシア外島におけるアブラヤシ農園開発の展開やリアウ州の人口移動の時空間的な展開を地図上で表現している。そして,このようなマクロな分析結果と,村・町の移住者に対するミクロな現地調査の結果とを結び合わせて総合的に考察している。これらは人文地理学の特徴といえよう。

本書の功績は,移住者の世界を明らかにしているところにある。本書で指摘されているように,リアウ州のような熱帯フロンティアでは,大規模開発を行う企業や土地を追われる在地民に関心が向けられてきた。しかし,人口構成からみて地域における移住者のプレゼンスは高く,在地民もいつ移住するかわからない潜在的な移住者であったりする。熱帯フロンティアの世界を理解するには移住者の世界を理解する必要がある。また,リアウ州では移住者の農園開拓が熱帯林,とくに泥炭湿地林の減少の一翼を担っている。持続可能なアブラヤシ生産や熱帯林保全を検討するためにも,移住者の理解が重要なのである。しかし,これまで移住者の生き様を正面から検討する研究はかぎられていた。本書はこの盲点を埋める貴重な研究成果といえる。

一方,本書は移住者のなかでも所有地を拡大できた成功者のみを分析している。地価高騰前の1990年代までに土地を取得することが成功要因のひとつに挙げられているが,1990年代までに移住していながら小規模農園経営のままの人々がいることも報告されている。その理由の分析もあれば,より説得力のある考察が可能になったのではないだろうか。新たな商品作物ブームに乗れる者と乗れない者を分かつ要因は何なのか。その社会階層の変動は地域社会にとってどのような意味をもつのか。今後も問い続ける必要があるテーマだと思う。

 
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