2025 年 66 巻 2 号 p. 123
東アジアの経済発展に関する入門テキストの待望の改訂版である。原著初版が出版されたのは1997年12月。その半年前にアジア通貨危機が始まり,「奇跡」とも評された高度経済成長を続けてきたアジア経済に暗雲が立ち込めていた時期である。事後的に振り返ると,アジア経済は甚大なダメージを受けつつも比較的短期に成長トレンドに復帰することができた。その後の四半世紀,アジア経済は大きな変容を経験している。たとえば,日本経済の長期停滞や中国の急成長による経済バランスの変化,地域・二国間の自由貿易協定ネットワークの形成,グローバル・バリュー・チェーンの形成・深化,経済成長ダイナミズムのCLMV諸国・南アジアへの地理的拡大などである。この間,アジア経済は他地域よりも高い成長を続け,世界経済における存在感を高めてきた。その一方で,格差拡大,中所得国の罠,気候変動,少子高齢化といった新しい課題にも直面するようになった。本書では,このような変容をふまえた全面的な改訂,情報の更新がほどこされている。
とはいえ,本書を貫く3つの視座は原著から一貫している。
第1は,構造転換連鎖を通じた経済発展を可能にする「場」として東アジアを位置づけていることである。構造転換連鎖とは,先行して工業化に成功した国で生じた構造変化が,貿易,直接投資,経済協力などを媒介して次に興隆してくる国の経済構造に影響を与え,地域全体の生産・貿易構造を複雑化かつ高度化していくという動的メカニズムを指している。雁行型経済発展としても知られるこの連鎖メカニズムは東アジアに固有の現象であり「東アジアの奇跡」を可能にした要因でもある。
第2は,経済発展を経済学的視点だけでなく,各国の歴史的・文化的・政治的背景をふまえて,総合的に解明しようと試みていることである。経済成長の負の側面に関しても,所得格差,労働者・住民の権利などに加え,デジタル化がもたらす問題といった新しい社会課題,環境問題に関しても持続可能な開発というより広い視点での取り組みなどが論じられる。
第3は,東アジア諸国の経済成長の共通パターンに関する一般分析と,各国あるいは発展段階に応じて異なる状況に関する個別分析との組み合わせである。第1章から第5章までの一般分析では,東アジアのダイナミズム,直接投資と貿易構造,地域連携と貿易・資本の自由化,デジタル化と社会的側面,政策論争と政治体制が論じられており,東アジアの経済成長を深く理解するための枠組みが大きなテーマごとに提示されている。第6章から第10章までは,日本,中国,東アジアの先進経済(韓国,台湾,シンガポール,香港),ASEANの先行経済(マレーシア,タイ,インドネシア,フィリピン),インドシナ半島の後発経済(ベトナム,ラオス,カンボジア,ミャンマー)の発展経緯や特徴が解説されている。これらが本書の定義による「東アジア」の範囲である。さらに第11章では東アジアに隣接し,今後の関係強化が見込まれる南アジア諸国(インド,パキスタン,バングラデシュ,スリランカ,ネパール)も紹介されている。
日本経済の停滞が長期化する一方で,日本のアジア諸国との経済関係は量的にも質的にも深化している。成長を続けるアジア諸国は,日本企業にとって生産の場であると同時に,重要な市場にもなっている。製造業品だけでなくコンテンツ産業にとっても重要な輸出先となっているほか,飲食や流通などサービス業のアジア進出も活発であり,アジアからの旅行客は日本のインバウンド市場の大きな支えとなっている。したがって,日本経済の今後を考える上でもアジア経済についての理解を深めることの重要性は大きい。本書はアジア経済を体系的にかつ包括的に解説しているため,経済やビジネスを学ぶ大学生はもちろん,多くの社会人にとっても有用な道標となるだろう。