2025 年 66 巻 4 号 p. 2-29
ラテンアメリカでは政治任用される経済学者,いわゆるテクノクラートと呼ばれる人物が観察され,彼らが大臣となる政権は歴史的に緊縮財政と結びつけられてきた。一方で,昨今の同地域では社会保障に関する財政支出が拡張されてきた。すると,テクノクラートが任用される政権は,近年の社会保障費の増加に関係しているといえるのだろうか。本稿は1990年から2019年に至る南米の中所得国5カ国のデータを使って固定効果推定を行い,財務大臣にテクノクラートを任用する政権と非テクノクラートを任用する政権のあいだで,社会保障費の増減が異なることを明らかにする。結果,政治的なしがらみが少ないテクノクラートが大臣に任用される場合,社会保障費が抑制的な傾向にあることが判明した。この結果をとおして,現代の南米諸国において,テクノクラートを大臣に据える政権が社会保障費の増加に対して1つの歯止めになっていることが示唆される。
Economists appointed as finance ministers, referred to as technocrats, continue to serve in Latin America, and governments that appoint them have long faced criticism for austerity measures in response to debt crises and inflation. In contrast, the region has expanded spending on social policies, especially during the economic boom of the 2000s, marking a departure from earlier austerity measures. This raises the question of whether governments that appoint technocrats have contributed to the recent increase in social spending. Using fixed-effects estimates for five middle-income countries in South America from 1990 to 2019, this paper finds that changes in social spending differ between regimes with technocrats and those with non-technocrats as finance ministers. Defining technocrats as individuals with a high level of expertise and scarce political experience, this paper shows that what matters is not how expert they are, but how politically experienced they are. Social expenditures tend to be more restrained for technocrats with limited political experience, who are less likely to respond to electoral pressure to increase such expenditures, given their alternative career paths and weaker incentives for re-election. This tendency suggests that technocrats are still associated with constraints on social spending and that governments that designate technocrats as finance ministers may constitute a structural barrier to expanding social expenditures in South America.
はじめに
Ⅰ 本稿の位置づけ
Ⅱ 分析手法について
Ⅲ 分析結果について
おわりに
2006年,チリの財務大臣に任命されたアンドレス・ベラスコ(Andrés Velasco)は,コロンビア大学でPhDを取得した経済学者で,数多くの論文や著書も執筆している。今ではロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの公共政策学部長に就くほどに実績のある学者である。一方で,同時期のアルゼンチンでは,フェリサ・ミセリ(Felisa Miceli)が財務大臣(注1)に就任した。彼女はブエノス・アイレス大学で経済学の学士号を取得し,ベラスコとは対照的に,政治界で足元を固めてきた人物であった。1980年代に左派の活動家だったことや政治的な有力者(注2)とのつながりがあったことが知られている。
大統領制のラテンアメリカ諸国では,大統領はある程度大きな裁量をもって,大臣ら高官を任用することができる(注3)。ラテンアメリカの過去を振り返ると,1970年代からの景気後退や1980年代の累積債務危機の後,経済系の高官に経済専門家が任命されることが多かった。彼らは専門知識を携えた行政官としてテクノクラートと呼ばれ,欧米の有名大学で学んだ経済学の知識を生かしながら,科学的に正しい経済政策を模索した。累積債務危機が起きた原因を究明し,適切な処置をしていくような役割を担っていたのである。そして,その1つの措置が財政の健全化であり,緊縮財政や民営化による財政規模の縮小が行われた。
だが,累積債務危機後から現在にかけて財政支出に変化が生じてきた。とりわけ財政規模の縮小とともに削減されやすい社会保障費について,1990年代からの左派勢力の台頭や好況期を経て,大幅な拡大を遂げてきた。ラテンアメリカ地域全体で1人当たり平均社会保障費(実質価格2010年のドル基準)をみると,データが始まる2000年に226.7ドルであったが,2019年にはそのおよそ2倍にもなる424.1ドルにもなった(注4)。並行してラテンアメリカ諸国の財務大臣を眺めると,チリのように今なおテクノクラートのような人材が活躍している。そのような政権では1980年代の緊縮財政の経験が引き継がれ,社会保障費の拡大が控えられているのだろうか。さらに注目に値することは,アルゼンチンのように,テクノクラートとはいえない人材も任命されてきたということである。このような政権は昨今の社会保障費の拡大を下支えしてきたのだろうか。
この背景をふまえ,本稿は1990年以降の南米諸国に焦点を絞りながら,財務大臣にテクノクラートが任用される政権のもとで社会保障費がどのように変化するのかを分析する。この試みは,ラテンアメリカ地域で歴史的にみられてきたテクノクラートと,昨今目立つ社会保障費の増加という2つの政治経済的な現象をつなぎあわせるものである。本稿の主張は,現代の南米諸国で生じている政治経済的な現象に対する理解の深化や,テクノクラートの政治的な役割に関する議論に寄与するものだろう。加えて,経済格差や貧困が深刻な問題となっているラテンアメリカでは,社会保障費の増減はその問題への取組みを示す1つの指標である。その増減の要因を解明する重要性はいうまでもない。
分析の進め方については,まず財務大臣の専門家としてのキャリアと,政治家・行政高官としてのキャリアをそれぞれ数値化したのち,その変数による社会保障費の増減をタイムシリーズ・クロスセクション・データ分析(time-series cross-section (TSCS) data analysis)から明らかにする。時間ごとの要素を記す時系列データと,個体ごとの要素を記す横断面データを組みあわせたものを計量的に分析する手法で,観測数を増やすことができるだけでなく,国や時代ごとの違いに配慮した分析が可能となる。なお,本稿が扱うデータは,第1に,対象期間を南米諸国の民政移管が終えた1990年から,COVID-19感染症が蔓延する前年の2019年に設定する。第2に,分析対象国を南米10カ国のうち,対象期間でデータがほとんど欠測なくとれ,経済発展の水準がある程度近い南米の中所得国5カ国(アルゼンチン,ウルグアイ,コロンビア,チリ,ブラジル)とする(注5)。
以下第Ⅰ節では,テクノクラートと社会保障費の関係性について先行研究を見直し仮説を導き出す。第Ⅱ節では,推定モデルの設定とモデルに投入する変数を整理する。最後に,第Ⅲ節で分析結果に沿いながら,その解釈に関する議論を展開する。
まずテクノクラートを理解するために,「テクノクラシー(technocracy)」という用語の意味を簡単に押さえておきたい。テクノクラシーの古典的な研究に沿うならば,テクノクラシーとは,専門知識の所有が権力の基盤になることによって,専門家が政策決定の場に介入することが許される体制である[メイノー 1973, 71-79; Fischer 1990, 18]。Centeno and Silva[1998, 2-3]はラテンアメリカのテクノクラシーを考える際に,選挙で選ばれていない専門家による政策決定を強調した。ただし専門家だけで政策決定が行われるような純粋なテクノクラシーは現実的には存在せず,テクノクラシーには程度の高低があり,さらに政策領域によってもその程度は異なる。上記の研究者たちも共通して,とりわけ経済政策の領域における専門家の台頭を観察してきた。
テクノクラシーの意味をふまえると,その体制の中心人物であるテクノクラートは,ある政策領域における高度な「専門性」と,選挙のような国民からの評価を気にしない「非政治性」の両方を携える人物であることが求められる。対して,その2つの特徴をもたない人物はテクノクラートとは言い難い。なお,官僚機構が未発達といわれるラテンアメリカを対象とした研究では,「専門性」とは官僚の現場知識でなく,学術的な専門知識の有無から捉えられる。一方で,「非政治性」については,無党派や中立的立場であることを意味するのではない。党派的な考えをもっていたとしても,選挙のような国民の評価に無関心であることができ,政治的な実績に執着しない,という非政治家の属性を指す。
実際に1990年から2019年に至る南米5カ国の財務大臣について,それぞれの学歴や政治経験を観察すると,いずれの国でもPhDをもつほどの専門性が高い大臣がいる一方で,学士号や修士号を修めただけの大臣もいる(図1棒グラフ)。政治経験の1人当たりの平均回数(図1折れ線グラフ)に関しては,議員経験だけでなく,国民からの評価にさらされる行政要職(注6)の経験も考慮に入れた。一概に高くない平均値に基づくと,議員として当選したことがある,もしくは行政要職に登用されたことがある,といった非政治性が弱い大臣だけでなく,反対に,非政治性の強い大臣も任用されることが推測される。

(注)左軸:単位はパーセンテージ,右軸:単位は回数。
(出所)筆者作成。
それでは財政政策の領域に焦点を絞って,テクノクラートが被任用者となる政権は社会保障費の増減にどのように関係してきたのか。ラテンアメリカの文脈では,テクノクラートが社会保障費のみではなく,財政支出の全体に影響するとよく論じられてきた(注7)。1970年代の景気後退や1980年代の累積債務危機を経たことで,経済専門家が政権内に入り込むことが目立ち,健全な財政運営と財政均衡をめざして緊縮財政や民営化といった財政規模の抜本的な縮小が推進されたからである。そのような政策方針は新自由主義的な経済学思想に基づくと語られ,ラテンアメリカのさまざまな国で同思想をもつ経済専門家の台頭と結びつけられてきた[Conaghan, Malloy and Abugattas 1990; Babb 2001; Montecinos, Markoff and Álvarez-Rivadulla 2015]。また,財政均衡をめざす専門家たちによって再分配政策の内容が限定的なものになることも指摘されている[Teichman 2007]。
Kaplan[2017; 2018]は,現代ラテンアメリカの財務大臣や中央銀行総裁の属性を通じて,財政政策がどのように変化するのかを分析した。まず彼らを主流派経済学寄りか否か,という経済学思想に基づいて分類した。その上で,景気下降期には,主流派ではない異端派の経済学と親和的な左派政権であっても,国際金融市場への信用アピールとして主流派経済学寄りの大臣が任用され,財政規律が確保されると論じた。だが,彼が着目した点は大臣らが所有する専門知識の方向性であるが,上記で確認したように,テクノクラートかどうかは経済学思想の違いによって区別されるものではない。テクノクラートが任用される場合とそうでない場合での政策的な違いを考えるならば,テクノクラートの特徴を表す「専門性」と「非政治性」をふまえた分析が必要である。
Alexiadouが中心となる研究群[Alexiadou 2018; Alexiadou and Gunaydin 2019; Alexiadou, Spaniel and Gunaydin 2022]はおもに欧米諸国の財務大臣らを対象としたが,被任用者の「専門性」や「非政治性」に言及しつつ,彼らの政策的な影響を明らかにしてきた。選挙で選ばれていない専門家は選挙を気にせず,有権者の支持に敏感である必要がない。そのような非政治的で専門性を携えた人物が財務大臣に任命されると,社会福祉の削減がなされる傾向にあると論じられる[Alexiadou 2018]。ラテンアメリカを対象とする研究では,Panizza, Peters and Ramos Larraburu[2019; 2022]が同様の視点をもつ。ラテンアメリカ諸国の被任用者を分類する際に,専門性と同時に,政治能力の有無や党派的かどうかという政治的な属性も提示した。しかし,緊縮財政から社会保障の拡充へと大きく変化してきたラテンアメリカ地域において,そのような被任用者の属性が社会保障費の増減に関わりをもつのか,関わりをもつ場合にはどのような影響になるのかは追究されていないままである。
そこでこの答えを解明すべく,上述したAlexiadou and Gunaydin[2019]の議論に戻ると,テクノクラートは「非政治性」をもちあわせ,任期終了後に再選や再任を気にする必要がないため,有権者の不支持を招きやすいような社会保障費の削減にも取り組むことができると仮定される。その背景には,大統領ないし政権政党が,テクノクラートに社会保障費の削減を実行してほしいということ,ならびにその削減を高度な「専門性」によって正当化してほしいということを期待していると考えられる。とくに,大統領が財政問題の解決を最優先課題として掲げるならば,その解決に関連する省庁,すなわち財務省で専門性の高い人物が任用される可能性は高いとされる[Hollibaugh, Horton and Lewis 2014]。またテクノクラートにとっては,行政要職は学術界のみならず世間的にも知名度を上げる機会であり,政権の意向に沿いながら財政上の課題解決に精を出すかもしれない。つまり,テクノクラートを財務大臣に任用する政権のもとでは,社会保障費の全体方針は抑制的なものへと収斂しやすいはずである。
一方で,それ以外の被任用者,すなわち非テクノクラートに期待されることは,社会保障費の削減という課題を解決することや専門知識による政策の正当化よりも,政治的な経験を生かしながら省庁間や政党内の政治的な調整をこなしていく「政治性」であると想定される。同時に,再選を懸念する非テクノクラート本人は,再分配を通して有権者への便宜を図ろうとすることが考えられる[Alesina and Tabellini 2007]ため,中長期的にマクロ経済の安定を損なう危険性があったとしても,社会保障費を増加させることに加担してしまう可能性が十分にある。ゆえに,非テクノクラートが大臣に就く政権の社会保障費は拡張的な傾向になると推測される。
したがって本稿は,1990年以降の南米諸国における財務大臣の「専門性」と「非政治性」に着目して,テクノクラートが任用される政権と,非テクノクラートが任用される政権のあいだで社会保障費に違いがあるのかを明らかにすることを試みる。具体的には,上記の議論に基づき,仮説「高い専門性と強い非政治性を兼ね備えたテクノクラートが財務大臣に任用される政権では社会保障費の抑制に,対照的にそれ以外の非テクノクラートが財務大臣に任用される政権では社会保障費の拡大に影響する」を検証することとする。なお,ここでは「財務大臣の一個人が社会保障費の増減を規定する」という仮説を導き出しているわけではない。本稿の仮説が意味するところは,ある政権のもとで,テクノクラートが大臣に任用される場合とそうでない場合で,上述したように政権の意向や財務大臣の働きかけに違いがあり,社会保障費の増減傾向が異なり得る,というものである。
仮説を詳述していくと,テクノクラートは高い専門性と強い非政治性という2つの属性を兼ね備えている人物を指すならば,非テクノクラートは両方もしくはどちらか一方の特徴に欠ける人物となる(表1)。専門性と非政治性がみられない政策決定者は,専門知識よりも現場の経験値が高く,常に再選や再任をねらうような,政治家や行政要職の政治的キャリアを歩む人物である。また専門性は高いが,非政治性が弱い政策決定者は,ラテンアメリカ地域のさまざまな定性的な分析によって指摘されてきた。彼らは「テクノポル(technopol)」と呼ばれる人物であり,政策過程に深く入り込んだ専門家(テクノクラート)でありつつ,政治経験も積んだ政治家(ポリティシャン)でもある[Domínguez 1997;Camp 1998;Joignant 2011]。彼らは大統領や政権政党に政治的能力が買われ,本人も任期終了後の政治的キャリアを懸念する可能性が高いと考えられるため,社会保障費は拡張的になるという仮説が立てられる。

(出所)筆者作成。
なお,専門性が低く非政治性が強い政策決定者,すなわち専門知識を携えておらず,選挙に無縁である人物は非常にまれな事例だと思われる。アウトサイダーのような大臣が任用される場合が当てはまるが,1990年以降の分析対象5カ国のなかで事例として見当たらないことに加えて,政治的なアウトサイダーによる政策的影響には別の議論が求められる。そのため本稿では,専門性が低く非政治性が強い政策決定者の場合を分析に含めないこととする。
最後に,テクノクラートと政策的な影響を結びつけることに疑義を呈する研究にも触れておきたい。たとえばHuneeus[1998]は,経済専門家が行政要職に就いた2つのアルゼンチンの政権を比較して,それぞれの経済政策の帰結が異なることを指摘した。その要因には,経済専門家ではなく,政権政党の議席占有率や労働組合からの支持などが挙げられた。また政党に属さない経済専門家に頼る大統領よりも,政党連合を組み政治的な交渉ができる大統領のほうが構造改革を推進できたという[Altman and Castiglioni 2009]。
だが,これらの議論は制度改革や政策変更といった政策内容への影響である。確かに財務大臣がテクノクラートかどうかは,他省庁や政治家が提案する社会保障政策の内容そのものに影響を与えないかもしれない。しかし,財務大臣は予算策定の中心的な人物であるため,任用される大臣の属性によって,その政策に関連する支出額は変化し得るとみなすのが妥当的である。
本稿では,国や時代といった個体や時点がそれぞれもつ不変的な固定因子を加え,用意した説明変数以外の未観測因子を調整できる固定効果推定(最小二乗ダミー変数推定)を行う(注8)。
Garrett and Mitchell[2001, 163]はOECD諸国における福祉国家の推移を分析する上で,国家間の歴史的な違いがあることをふまえ,固定効果推定を使用する必要性を論じた。本稿が扱うデータは,1990年から2019年における,経済発展の水準がある程度近い南米の中所得国5カ国(アルゼンチン,ウルグアイ,コロンビア,チリ,ブラジル)であるが,各国の歴史的なバックグラウンドはもちろん異なり,民族集団といった社会の構成員のあり方も異なる。だが,固定効果推定を用いることによって,そのような時点間で一定の値をとる,潜在的な異質性を取り除くことができるのである。加えて,ある時点において個体間で一定の値をとる因子も取り除き,地域全体で共通してみられる景気変動を調整することも可能となる。2000年代,分析対象国すべてに好景気が訪れたが,そのような景気要因に左右されない推定値を算出することもできる。
ただしTSCSデータ分析の推定モデルで注意すべきことは,誤差項の分散不均一性(heteroscedasticity)および系列相関(serial correlation)への対応と,ラグ付き従属変数の可否である。まず誤差項の分散不均一性や系列相関があるとき,標準誤差が誤って推定され,統計的な有意性を見誤る可能性がある。そのような問題がみられる(注9)場合には,ロバスト共分散行列推定(robust covariance matrix estimation)に基づき,クラスター頑健標準誤差を算出する[Croissant and Millo 2008, 31]。
また,ラグ付き従属変数を投入することについては研究者間で賛否が分かれる。とくにBeck and Katz[1995]は,ラグ付き従属変数を入れることで,系列相関に対処しながら動態的なモデルを捉える必要性を論じた。しかし,無条件で投入していいわけではない。時系列分析で通常用いられるラグ付き従属変数を回帰分析で使う場合には,時系列分析の重要な仮定でもある,時間を通じて平均や分散が一定となる定常性(stationary)が求められる[Keele and Kelly 2006; Wilkins 2017]。ここで従属変数となる社会保障費に対して,定常性を検証できる拡張ディッキー・フラー検定を本稿のデータに応用したところ,非定常性であることが確認された(注10)。少なくとも今回のモデルのなかに,ラグ付き従属変数を投入することは控えたほうがよいと考えられる。
最後に,固定効果推定が推定方法として万能ではないことは忘れてはいけない。固定効果推定を使ったモデルは変動する変数しか扱うことができず,変化しない未観測の交絡因子を除去するモデルとなる。そのため,何の因子が除去され調整されているのかということがわからず,時間不変の交絡因子に対して処置変数がどのように反応するかを評価することは難しい[大久保 2021]。また,主要な説明変数と未観測の交絡因子が交互作用項となって,すなわちその2つがあわさることによって社会保障費が規定されることもあり得るが,そのような推定量を特定することはできない。この限界を認識した上で分析結果を解釈していくことになる。
2.変数の整理まず被説明変数については,国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会(Economic Commission for Latin America and the Caribbean: ECLAC)が公表する,「GDP比」と「歳出構成比」の社会保障費(注11)を利用する。前者の社会保障費は,経済規模に対する社会保障費の大きさの変動を観察することができる一方で,経済規模が大きくなる割合で社会保障費も増額されると,その変動はあまりないことになる。1990年代に台頭し始めた左派政権は社会保障費に注力する姿勢をみせたが,その背景には経済規模の拡大があった。そのため経済規模に関係なく,全体の支出に占める社会保障費の変動をみる「歳出構成比」の社会保障費も従属変数に含めることとする。ただし,「GDP比」と違って,歳出全体が増える割合で社会保障費が増加するならば,その変動は観察されない。
つぎに,主要な説明変数,テクノクラートの財務大臣が就任する政権かどうかには,テクノクラートの2つの特徴である「専門性」と「非政治性」から判断したいが,その際,西藤[2023]による概念の操作化を活用することができる。西藤[2023]の議論に基づくと,財務大臣の専門性を「専門知識の習得度」に,財務大臣の非政治性を「政治経験の回数」に操作化できる。「専門知識の習得度」とは教育を受けた年数と論文実績のそれぞれを標準化して足しあわせたもの(注12)であり,「政治経験の回数」とは議員と行政要職に就いた回数を合計したもの(注13)になる。「専門知識の習得度」の値が大きければ専門性が高く,「政治経験の回数」の値が大きければ非政治性が弱いことを示す。
なお,Alexiadou and Gunaydin[2019]はテクノクラートを選挙経験が一度もない専門家と厳格に定義したのち,テクノクラートか否かという二値変数を通して,テクノクラートの政策的影響を分析した。しかし,この場合では,テクノクラートがもつ2つの特徴「専門性」と「非政治性」がそれぞれどのような影響につながるのかということが見落とされてしまう。本稿はその2つの特徴に基づくことによって,テクノクラートがいる政権か否かと一言で表すのではなく,テクノクラートを含め,どのような人材が任用される政権なのかを注意深くみながら分析することが可能となる。そして,この取組みをとおして,テクノクラートがいる政権がもたらす政策的な影響をより正確に理解することができるのである。
統制変数については,最初にKaplan[2017; 2018]の研究に鑑みると,財務大臣の「専門性」と「非政治性」という属性以外に,財務大臣がもつ経済学思想も財政支出に影響すると考えられる。Kaplanは出身大学に基づきながら,主流派経済学を学んできた人物を1,それ以外を0とし,前者が財務大臣や中央銀行総裁に就任する場合に財政規律がもたらされることを実証した。しかし,出身大学と経済学思想は必ず一致するとは限らない。そのため,本稿ではニュース記事や文献資料において,それぞれの財務大臣がどのような経済学思想と結びつけられてきたのかを確認する。確認方法に関しては,ラテンアメリカにおける右派・左派の経済学思想を代表するスペイン語・ポルトガル語の単語とともに,財務大臣の名前をインターネット上で検索し,ニュース記事や文献資料を渉猟する(注14)。そのなかで,右派の経済学思想を代表する単語と結びつく人物を1,一方で左派の経済学思想を代表する単語,もしくはどちらの思想の単語にも強く結び付かない人物を0として,「経済政策の方向性」という変数をモデルに入れることとする。
続いて,政治や財政,経済,人口構成などの視点から他の要因を整理していく。第1に,政治的な要因をみていきたい。ラテンアメリカ諸国に対して,Huberらは民主主義体制が持続することによって左派政党が出現するようになり,左派政党の強さが社会支出を拡大させることを実証した[Huber, Mustillo and Stephens 2008; Huber and Stephens 2012]。左派勢力は大きな政府を志向するだけでなく,支持団体の労働組合から要望も受けるため,社会支出の拡大に結び付きやすい[Niedzwiecki 2015]。その他にも,政党のイデオロギー位置による歳出額や社会支出への影響を肯定する研究[Cusack 1997; Kittel and Obinger 2003]がある。その影響に統計的な有意性がない,あるいは1980年以降に影響がなくなってきたなどの結果も示されてはいる[Cusack 1999; Hicks and Swank 1992; Niedzwiecki and Pribble 2017]が,さまざまな研究を考えあわせると,政党のイデオロギーによる影響がまったくないとは言い切れない。そのため,本稿では研究機関「民主主義の多様性(Varieties of Democracy)」が公表するV-Party[Lindberg et al. 2022]のデータを使って,変数「政権政党の経済イデオロギー」をモデルに投入する(注15)。同変数は標準化された値で,左派の経済イデオロギーが強いほど小さな値をとり,右派に向かえば値が大きくなる。
またNordhaus[1975]が発見した,選挙サイクルと歳出額の関係性も見逃せない。選挙直前において,政治家はインフレ率が高まることを犠牲にして失業率の低下を優先する政策を採用するため,政府支出が増え財政収支が悪化するというものである。このような政治的サイクル(political cycle)は先進国に当てはまることが知られているが[Alesina, Roubini and Cohen 1997],ラテンアメリカに目を向けると,たとえばウルグアイの事例が知られている[Moraes, Chasquetti and Bergara 2009, 241-242]。つまり,選挙を終えて大統領の政権が誕生した頃よりも,選挙前,すなわち任期終了に近づいたときには,失業手当や社会扶助などで社会保障費を増やす可能性があるだろう。ゆえに本稿では,政権の初年度を1,次年度を2といったように数え上げた「政権の経過年数」を統制変数に加える。年数を経ることに選挙に近づき,社会保障費が増えるということが示され得る。
第2に,財政的な要因がある。社会保障費の拡大は,GDP成長率や失業率といった景気変動を示す経済指標と,前年度の対外債務額や税収額といった財政的な制約によって規定される。1980年代や2000年代初頭に深刻な累積債務危機がラテンアメリカ地域や南米地域を襲ったことから,対外債務額も重要な要因となる。不均衡な財政収支や一般政府の債務額は社会支出に負の影響を与えるといわれる[Haggard and Kaufman 2004; Magazzino 2016]。また累積債務危機のあと,国際通貨基金(IMF)や世界銀行といった国際金融機関は,ラテンアメリカ諸国に対して融資条件として財政収支の均衡化を要求してきた。EU圏を対象とした研究であるが,厳格な財政ルールは社会支出を抑制させるとも指摘され[Hartwig and Sturm 2019],対外債務額から引き起こされる社会保障費への影響は考慮される必要がある。
また,畑農・砂原[2005]は先進国における財政支出の決定要因として,財政支出が決定される以前の財政状況を説明変数として投入する必要性を唱えた。本稿が対象とする期間のラテンアメリカ地域では,税収の増加が顕著でそれを考慮する必要がある。2000年代半ばから2010年代初めにかけて,中国での一次産品需要が高まった背景で,ラテンアメリカ諸国はそれら一次産品の主要な輸出国となったため,コモディティ・ブームとして好況期が地域全体に到来した。それにあわせて,輸出税の関税引上げや法人税引上げなどの税制改正も行う国(注16)もあり,ラテンアメリカ各国は大きく税収を上げることに成功した。税収の増加によって財政的な余裕が生まれ,その分を社会保障費の拡大に配分することができたのではないかと想定される。ゆえに,ECLACが公開する「対外債務額(GDP比)」と「一般政府税収額(GDP比)」を使い,いずれも前年度の実績に基づき歳出の予算が計画されるため,t-1時点の値を当てはめる(注17)。
第3に,経済的な要因も挙げられる。GDP成長率や失業率といった景気変動を示す経済指標は社会保障費の増減に左右される。マクロ経済政策の定石では,高成長期にはインフレーションを避けるため社会保障費を抑制し,低成長期やマイナス成長期には失業率の上昇によるさらなる経済の悪化を避けるため社会保障費を拡大させる。そのため,ECLACが公開する「GDP成長率」と,世界銀行が公開する世界開発指標(World Development Indicators: WDI)の「完全失業率(労働力人口比)」を統制変数に用いる(注18)。なお,一般的にGDP成長率と失業率は四半期ごとに発表されることをふまえると,速報値に基づいた,同時進行での景気対策が求められるため,t時点の値を使う。
国際市場への参入,すなわち開放経済か否かが大きな政府もしくは小さな政府に影響するという議論もある。その考え方には2つあり,1つが「補償仮説(compensation hypothesis)」,もう1つが「効率仮説(efficiency hypothesis)」と呼ばれる。前者は,国際的競争で弱い立場となるような国内生産者を保護するため,社会保障の充実化などで経済的負担が軽減されるという経路である。Rodrik[1998]は,貿易開放度が高い国はグローバル市場での混乱といったリスクを軽減しようとし,政府支出や政府セクターが拡大することを示した。
他方で後者は,国際的競争で自国内の企業を優遇するために法人税などが抑えられるため,税収が下がり政府の支出額が削減される経路である。Garrett and Mitchell[2001]はOECD諸国を分析対象とし,貿易の拡大が政府支出に負の影響を与えるという効率仮説が支持される反面,資本の流動性が高い国では税率が累進的である傾向にあり,補償仮説の考え方が否定されるわけでもないと論じた。ラテンアメリカの社会支出の増減でも補償仮説と効率仮説の両方が見受けられる[Kaufman and Segura-Ubiergo 2001; Avelino, Brown and Hunter 2005; Wibbels 2006]。これらの議論より,本稿ではECLACによる「貿易開放度」(注19)をモデルに加えることとする。
最後にその他の要因として,人口構成と経済水準を含める。全体人口に占める高齢者の割合が増えることによって,高齢者の支持が基盤となり,政府が多くの年金や医療費を保障する必要が生じる[Lindert 1994; 1996; Noy 2011]。また,ウィレンスキーは「経済水準が福祉国家の発展をもたらす根本的原因である」と述べ,経済発展とともに社会支出が増大することを指摘した[ウィレンスキー 1984, 98]。よって,ECLACによる「老年人口指数」と「1人当たりGDP」を統制変数として投入する。「老年人口指数」は65歳以上の高齢者人口を生産人口で割ったもので,1990年から5年ごとに値が更新される。値を投入する際には,1年ごとに人口動態が大きく変化するわけではないため,5年間の値を一定とし,たとえば1990年から1994年は同じ値で設定する。表2は統制変数を含むすべての変数に関する基本統計量を列挙したものである。なお「Appendix」については,オンライン上から確認できる(注20)。

(注)*1年間で複数の財務大臣が交代する場合,それぞれの在任月数で重みを加味した加重平均の値を算出。ただし,その大臣の政策的な影響に鑑みて,在任月数が四半期(3カ月)未満の財務大臣は加重平均の対象外とした。Appendixは,本稿のオンラインHTML版の電子付録(Supplementary Material)を参照(https://doi.org/10.24765/ajiakeizai.66.4_2)。
(出所)各データ出所(丸括弧内は参照年)に基づき筆者作成。
表3(1)と(3)は基準となるモデルで,(2)と(4)は財務大臣の「専門知識の習得度」と1時点前の「対外債務額(GDP比)」の交互作用項を入れたモデルである。後者のモデルを示す理由は,経済危機が専門家の大臣就任の可能性を高めると論じられてきたことにある[Hallerberg and Wehner 2018;Alexiadou and Gunaydin 2019;Alexiadou, Spaniel and Gunaydin 2022]。対外債務額の累積をとおして,国際金融市場ではその国に対する経済危機,金融危機への懸念が広がることになる。その懸念を払拭し信用をアピールするためにも,政権はPhD保有者の専門家を行政高官に就任させ,健全な財政運営がめざされ得る。とくに過去に累積債務危機を経験したラテンアメリカでは,各国は対外債務が累積することに敏感で,大臣に任用される専門家が社会保障費をより積極的に抑制するということは十分に考えられる。財務大臣の高度な専門性自体が統計的に有意ではなかったとしても,もしこの交互作用項の推定量が統計的に有意であれば,この可能性は棄却されず,経済的な危機を介して専門家の影響力が確認されることになる。

(注)1)* = p < 0.05 ** = p < 0.01 *** = p < 0.001
2)括弧内はクラスター頑健標準誤差。
3)交互作用項を構成する変数の主効果はWooldridge[2020]の計算方法に基づき算出。
(出所)筆者作成。
推定結果をみると,本稿の仮説をおよそ支持するものである。(3)を除き,テクノクラートの1つの特徴である「非政治性」について統計的に有意で,政治経験の多さが社会保障費を拡大させ,反対に,政治経験の少なさが社会保障費を減少させるとわかった。とくに,対GDP比の社会保障費に対する影響が明確であり,仮に同じ経済規模の国や時点があるとするならば,政治経験の少ないテクノクラートがいる政権のほうが,そうでない政権と比べて,社会保障費が抑制されやすい。
一方で「専門性」については,高度な専門知識をもつことが社会保障費への影響で統計的な有意性を示さなかった(図2参照)。(2)と(4)の交互作用項モデルでも「専門性」の影響は確認されず,対外債務額が多いときに,高度な専門知識をもつ人物が大臣となって社会保障費がより抑制されることもない。この結果は,専門性は高いが政治経験が多いテクノポルが被任用者となる場合と整合的で,たとえ被任用者の専門知識が豊富だったとしても,その政権で社会保障費が抑えられるわけではない。社会保障費の増減に対して,テクノクラートの特徴のうち政治経験の多寡,すなわち非政治性が重要なのである。

(注)1)政治経験の回数が多いほど「非政治性」が弱く,専門知識の習得度が高いほど「専門性」が高いことを示す。
2)プロットは観測値,灰色網掛けは信頼区間を示す。
(出所)筆者作成。
また,統制変数の結果にも触れておきたい。第1に,財務大臣の経済政策の方向性が統計的に有意である一方で,政権政党の経済イデオロギーは有意ではなかった。言い換えれば,社会保障費の増減には,政権政党のイデオロギーが反映されるのではなく,政権政党によって配置される財務大臣の経済学的な考え方が反映される,ということが示された。しかしラテンアメリカで共有される直観には反し,右派の経済学的立場に近ければ,社会保障費が拡大する傾向にあるという結果が出た。
1つのあり得る解釈は,右派寄りの財務大臣を任用することによって,社会保障費の拡張が正当化されてきた,ということである。社会保障費の拡張は,政権の左右にかかわらず,有権者の票に影響する重要な選挙戦略である一方,国際金融市場においては信用性を脅かす問題となる。そのため,社会保障費を増やしたいと目論む政権は,それをいかに正当化できるのか,ということを模索しなければならず,その手段に右派と親和性のある財務大臣を任用することがあるのではないかと考えられるのである。実際に,ラテンアメリカの左派政権では,国際金融市場に対して信用のシグナルを送るため,右派側に近い考え方をもつ財務大臣が就任することがある。今回の結果は確かに予測に反するもので,本稿とは別に丁寧な議論が必要になるものの,上述のように必ずしも解釈ができないものではない。
第2に,大統領選挙が近づくと,所属政党が政権を再び握れる,ないしは大臣本人が再選できるように,対GDP比で社会保障費が増える可能性があるということが示された。社会保障費は適切に管理されるかぎり景気調整機能をもつものの,少なくとも南米の分析対象国ではその時の政権が都合主義的に社会保障費を増減させるという側面があるということである。
第3に,対外債務額の推定量は統計的に有意に負である結果となった。1980年代の累積債務危機のときには,膨らんだ対外債務額に対して,国際金融機関との交渉,調整のもと,緊縮財政が行われ社会保障額が縮小される傾向にあった。1990年以降を分析対象としても,そのような傾向が強く残っていることが示された。今なお国際金融市場において対外債務額の増加は経済危機のシグナルとして機能していることや,対外債務額を減らす方法として緊縮的な財政運営という選択肢が残っていることが示唆される。
第4に,GDP成長率が高まると社会保障費が増える一方で,失業率によって社会保障費が決定するわけではない。途上国の財政政策はプロシクリカル(procyclical),いわゆる景気変動増幅的な特徴をもつといわれ,GDPが成長するような好況期には,増える財源に応じて歳出を拡大させる一方で,不況期には財源が厳しくなり,歳出を削減する(注21)。そのため,不況期こそ失業率が高まりやすいものの,失業に対応するための社会保障費を増やすことができない。このような財政政策の特徴は,失業率ではなく,GDP成長率が社会保障費に影響するという結果に一致するところである。
第5に,高齢化や経済水準は1990年から2019年のあいだで社会保障費に影響してきた。ただし,どちらの変数も社会保障費に負の影響を与えており,高齢化による老齢年金の増加や,経済水準の上昇による社会保障費の充実化といった直観とは反するものである。とはいえ,ラテンアメリカ地域でよく問題視される財源不足を考慮に入れると,この結果は決して否定されるものではない。社会保障費は歳出の多くを占める支出であるからこそ,高齢者の増加や経済水準の上昇によって同支出の増加圧力が高まるとき,それに対応できる財源の確保が見込めないならば,逆説的に社会保障費が抑制されてしまうという可能性がある。
2.推定結果の頑健性推定結果の頑健性を確かめるため,主要な説明変数で用いた財務大臣の「専門知識の習得度」と「政治経験の回数」を別の形で定義づけし,その場合でも類似した結果が得られるのかを検証する。
まず「専門知識の習得度」に関して,上記のモデルでは教育を受けた年数と論文実績から測定したものを投入したため,どのような大学で教育を受けたのかということが考慮されていない。ラテンアメリカ諸国では1970年代以降,自国の大学ではなく,欧米諸国の大学でPhDを取得した人物が大臣などの要職に任命される傾向にある。彼らは国内外の機関から資金援助を獲得して留学し(注22),欧米諸国の最先端の知識を身に付けた者である。すなわち,欧米諸国の大学でPhDを取得した人物は,それ以外の人物と比べても専門知識の習得度は高いとみなすことができる。そのため,「専門知識の習得度」を欧米諸国でPhDを取得したか否かに置き換え,当てはまる人物を1,当てはまらない人物を0とする。
つぎに,モデル内の「政治経験の回数」は,議員の当選回数のみならず,行政要職に就任した回数も足した値である。行政要職は選挙で選ばれるわけではないが,再任をねらう場合,それ以前の行政要職の実績に対する国民の評価を無視できないからである。だが,国民の評価に最も敏感になるのは,議員としてのキャリアを歩み,再選を気にしなければならない人物である。このことをふまえて「政治経験の回数」をより厳しく定義づけるならば,同変数から行政要職の経験回数を取り除き,議員の当選回数のみに絞ることが望ましい。
以上より,頑健性を確認するために「専門知識の習得度」をダミー変数「欧米PhD保有者」に,「政治経験の回数」を「議員当選回数」に定義し直して検証した。推定結果は表4のとおりで,表3と類似した結果を得ることができ頑健性があるといえる。欧米諸国の大学でPhDを取得したかどうかは社会保障費に影響しない一方で,議員当選回数は対GDP比の社会保障費に対してのみであるが,統計的に正に有意であった。統制変数も表3の推定量から大きく外れず,失業率と貿易開放度,1人当たりGDPを除き統計的な有意性も同様の結果であった。なお,歳出構成比で有意性が得られなかったことに関しては,社会保障費以外の他部門に割かれる支出も増え,歳出構成に変化が生じにくいという可能性が考えられる。

(注)1)* = p < 0.05 ** = p < 0.01 *** = p < 0.001
2)括弧内はクラスター頑健標準誤差。
3)交互作用項を構成する変数の主効果はWooldridge[2020]の計算方法に基づき算出。
(出所)筆者作成。
3.事例の紹介
最後に,分析対象国の5カ国について事例を紹介したい。ラテンアメリカの社会保障費を規定する要因に関して,計量的な手法を用いた研究が蓄積されてきた。しかし,研究ごとにモデルや操作化の違いがあり結論も異なるため,計量的な手法とあわせて定性的な手法からもアプローチされるほうがよいと指摘される[Flechtner and Sánchez-Ancochea 2022]。ただし,方法論に則った厳格な定性的分析を行うためには紙幅を大幅に割く必要があるため,ここでは各国の事例に簡単に触れながら,統計結果が事例から乖離したものではないことを確認する。
チリの事例からは,テクノクラートを財務大臣に任用する政権において,社会保障費が抑制的に維持されることが見受けられる。2006年から2010年まで大統領を務めたミチェル・バチェレ(Michelle Bachelet)政権期,財務大臣(Ministro de Hacienda)として,経済学者アンドレス・ベラスコが任用された。当時46歳という若さで,就任する以前に行政内で政治的な経験を少なからず積んでいたが,コロンビア大学でPhDを取得しただけでなく,研究業績も非常に多く,専門的人材としての側面が強い人物だった(注23)。2023年8月時点では,2018年からロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの公共政策学部長を務めている。
ベラスコが在任した政権では,2006年に財政責任法(法律第20128号)(注24)が公布され,景気変動や銅資源の価格変動によって社会支出の全体額が変動しないようにされた[Rodríguez, Tokman and Vega 2006]。実際のところ,銅資源の需要増による好況期のなか,社会保障費(GDP比)が2005年に12.4パーセント,2006年に11.5パーセント,2007年に11.8パーセントとほとんど横ばいで推移した。2008年には世界金融危機を経て,銅資源の価格下落とともにチリ経済が勢いを失ったときにも,この財政ルールはできるかぎり維持されることになった(注25)。つまり,ベラスコを財務大臣に任用した政権のもとでは,景気変動のなかでも財政ルールが大きく変えられることなく,社会保障費はマクロ経済を安定させるために最低限の拡大にとどめたことが窺える。実際に,歳出構成比では2006年の社会保障費は32.7パーセントを占めていたが,2007年から2010年にかけては30パーセントで推移した。
ブラジルでも,チリと同様の傾向がみられた。2015年に第2次ジルマ・ルセフ(Dilma Rousseff)政権が発足したが,同年と2016年の成長率はマイナスに落ち込み,積極的財政政策の継続に伴う財政悪化や財政運営上の不正がみられた[河合 2023]。そのときに財務大臣に就任したジョアキン・レヴィ(Joaquim Levy)は,それ以前に国家財務局長(Secretário do Tesouro Nacional)やリオ・デ・ジャネイロ州の財務大臣を務めたことがあった一方で,議会からの支持に欠けた人物であると評された[Reuters 2015]。むしろ彼を特徴づける属性は,シカゴ大学でPhDを取得したこと,さらには世界銀行の最高財務責任者を務めたことがあるほどに国際的に活躍する経済学者だということである。非政治性の側面が強く,行政要職の再任や議員としての再選を気にする必要がない人物だと捉えられる。
そして,レヴィを財務大臣に任用した政権のもと,対GDP比の社会保障費は2014年から横ばいのまま抑制され,歳出構成比では40.4パーセントから37.6パーセントに削減されることになった。もちろん財政悪化の状況や低成長が歳出全体,ひいては社会保障費を引き締める要因であった。しかし統計結果とあわせて考えると,そのような経済的な要因だけでなく,非政治性の強いテクノクラートを財務大臣に任用した政権だからこそ,その引締めにつながったといえる。
2010年前後のアルゼンチンに目を向けると,チリやブラジルの事例とは対照的に,非テクノクラートを財務大臣に任用する政権のもとで社会保障費が拡大する傾向があった。2008年から2009年,カルロス・フェルナンデス(Carlos Fernández)経済・生産大臣(Ministro de Economía y Producción)(注26)のときに,対GDP比の社会保障費は2008年の6.8パーセントから,2009年には8.4パーセントにも膨らみ,歳出構成比でも同期間で40.8パーセントから42.1パーセントへと拡大した。その背景には世界金融危機があったが,歳出の上限額を定めたルールが撤廃されたことも挙げられる(法律第26530号)。
2009年から2011年のアマード・ブドゥー(Amado Boudou)経済・財務大臣(Ministro de Economía y Finanzas Públicas)のときには,2009年時の社会保障費(GDP比)の8パーセント台が維持された。2009年の議員選挙で政権政党が負けたため,その後支持層を獲得するため社会政策や補助金を拡大する方針があったといわれる[Romero and Brennan 2013, 362]。財政支出のコントロールよりも政治的な便宜の調整が優先されていたのである。
カルロス・フェルナンデスやアマード・ブドゥーの経歴を確認すると,ともに非政治性が弱い非テクノクラートであった。フェルナンデスはラプラタ国立大学経済学部の学士卒であった一方で,非常に豊富な行政経験をもっていた。おもなところでは,州間経済関係事務次官(Subsecretario de Relaciones con Provincias),ブエノス・アイレス州政府経済大臣(Ministro de Economía de la Provincia de Buenos Aires),公共歳入連邦管理庁長官(Administrador Federal de Ingresos Públicos: AFIP)を務めた。2023年8月時点では,ティエラ・デ・フエゴ州立銀行の総裁に就いている。またブドゥーは,経済学の修士号保有者であったが,国家社会保障機構(Administración Nacional de la Seguridad Social: ANSES)の長官を務めたことがあっただけでなく,2011年から2015年には副大統領を務めたほどに党内や有権者からの信頼を得た人物であった。
コロンビアに関してもアルゼンチンに類似した事例が観察される。同国の財務大臣の多くは米国の有名大学でPhDを取得した経済学者であるが,2007年から2010年にかけては,上院議員や大統領府大臣級審議官(Ministro Consejero de la Presidencia)を務めたことがある非テクノクラート,オスカル・イバン・スルアガ(Óscar Iván Zuluaga)が財務大臣に任用された。彼は英国のエクセター大学で修士号までを取得し,政治的なキャリアに軸足をおく。民主中道党(Centro Democrático)の党首を務めたことがあるだけでなく,大統領選に立候補した経験もある。
彼の在任中に世界金融危機の影響を受け,社会保障費(GDP比)は2008年に6.0パーセントだったところから,2009年には7.3パーセントに上昇した。だが危機への対応を終えた2010年も6.2パーセントで,2008年よりも高い比率で支出された。報道からも社会保障費に注力する姿勢が見て取れ,貧困や失業,格差への措置に多くが割り当てられる予算計画が作られた[Semana 2009]。要するに,アルゼンチンやコロンビアの事例をとおして,非テクノクラートを任用した政権では,社会保障費が拡大される傾向にあると判断できる。
またテクノポルに当てはまるような非テクノクラートの大臣が,ウルグアイの事例から見て取れる。2010年3月,左派政党連合「拡大戦線(Frente Amplio)」のホセ・ムヒカ(José Mujica)が大統領選を制した。政権発足にあわせて,ムヒカは各大臣に「財政の慎重さ(prudencia fiscal)」を求める[Notimérica 2010]と同時に,スペインのマドリード・カルロス3世大学で経済学PhDを取得した,フェルナンド・ロレンソ(Fernando Lorenzo)を経済・財務大臣(Ministro de Economía y Finanzas)に任命した。拡張的な財政支出を避け,社会保障費を抑制するようなテクノクラートの大臣が就任したように思われた。
前政権の最終会計年度2009年度において,対GDP比の社会保障費は5.7パーセント,歳出構成比は25パーセントであり,2010年度から2014年度のムヒカ政権下においても,その比率はほとんど変わらない数値で推移した。だが,テクノクラート大臣のもとで社会保障費が抑制された状態だったとは言い難かった。たとえば2012年の社会支出額に関して,ムヒカ大統領はできる限り多く支出することを志向した一方で,ロレンソ経済・財務大臣は増額に対して慎重であるべきだという立場をとった。しかし双方の折衝を重ねた結果は,1億4000万米ドルの増額となったとされる[Subrayado 2012]。実のところ,ロレンソ自身は専門家のキャリアから逸れ,政治的な基盤を築こうとしていたテクノポルであった。前政権期にマクロ経済顧問長(director de la Asesoría Macroeconómica)を務め,大臣を辞めた直後の2014年には左派政党から下院議員選挙に出馬し当選した(注27)。ロレンソ自身の政治的キャリアもあったため,政党内から出てきた社会支出の増加圧力には強く抵抗できなかったと考えられる。そのため,専門性のみの観点ではテクノクラートといえそうだが,実質的には非政治性が弱いテクノポルが大臣に任用された形であり,社会保障費が決して抑制されることはなかった。
以上のように,国内の政治的条件は確かにさまざまだが,テクノクラートあるいは非テクノクラートの大臣がいる政権のもとでは社会保障費がコントロールされる方向性に違いがあり,対照的であることが浮かび上がってくる(表5)。

(出所)筆者作成。
テクノクラートが財務大臣に任用される政権では社会保障費はどのように変化するのか。本稿では財務大臣の属性に注目して,テクノクラートがいる政権といない政権のあいだで社会保障費の増減に違いがあるのかを固定効果推定から明らかにした。結果,財務大臣にテクノクラートがいる政権では社会保障費が抑制される一方で,非テクノクラートがいる政権では社会保障費が拡大される傾向にあることが判明した。
重要な点は,テクノクラートとしての属性のなかでも,政治経験がないような「非政治性」が社会保障費を抑制させる傾向にある,ということである。専門性が高くても,政治経験があるような大臣のもとでは,社会保障費が必ずしも抑制されるわけではない。その理由には,政治経験の多い非テクノクラートは,大統領や政権政党から社会保障費の縮小という期待よりも,自身の再選や再任をめざすために,社会保障費の増加圧力に応えようとするからだと考えられる。
従来のラテンアメリカ政治研究において,テクノクラートの政策的影響に関する議論は確かにあるが,行政内の人物がもつ専門知識が政策内容にどのように影響するかに重点がおかれてきた。その背景には1980年代のラテンアメリカ政治があり,同年代に新古典派経済学に寄った経済学者が行政に入って,新古典派経済学に沿った政策が出てきたことにある。その上で,本稿の特徴は,テクノクラートによる政策内容への影響でなく財政面への影響に注目しながら,1990年代以降の社会保障費の拡大期と,今なお観察されるテクノクラートの関係性を明らかにしたことである。さらに本稿の強みとして,テクノクラートがいる政権とそれ以外の政権をダミー変数にするのではなく,どのようなテクノクラートがいる政権で社会保障費が増減するのかを探求したことである。テクノクラートの専門性が高いかどうかではなく,彼・彼女がもつ政治経験の少なさこそが社会保障費に影響するとわかった。
そしてラテンアメリカ地域においてテクノクラートと緊縮的な財政が結びつけられてきた歴史に鑑みると,その関連性が弱まっているわけではない,ということが示唆される。繰り返しになるが,1990年代以降も,テクノクラシーのもとでは依然として社会保障費が抑制される傾向にあるという結果を得た。ラテンアメリカ各国は社会保障費の拡大に課題が残っているといわれるが,社会保障費の拡大に向けた障壁の1つとして,政治的な世界と距離をおくテクノクラートを大臣として今なお迎え入れていることが挙げられるだろう。
最後に本稿の課題2点に言及しておきたい。1点目は方法論についてである。分析に使用した固定効果推定は万能ではなく,第Ⅱ節のなかで論じたように限界がある。もし社会保障費を時間の経過とともに変化する確率分布,すなわちデータ生成過程(data generation process)とみなすならば,動学的パネルデータ分析といった動態的な計量分析が適しているかもしれない。また変数に関しても,たとえば「財務大臣の経済政策の方向性」を二値変数で測定したが,二値で捉えきれない部分もあると思われるため,測定精度を上げる余地は残されている。そして最も重要な課題は,計量的な研究のみならず,事例研究からもアプローチして,より妥当性の高い議論を積み上げていくことである。本稿では5カ国の事例に簡単に触れたが,定性的な分析手法に従って,国家の違いをふまえながら事例を掘り下げていく必要がある。
たとえば,各国のあいだで政策過程や財政ルールに違いがある。往々にして,予算配分の権限をもつ財務省は国の機関のなかでも権力をもちやすく,他省庁に対して優位な立場となりやすい。とはいえ,歴史的に労働組合の力が強いような国では,財務省と労働組合の交渉過程も考慮する余地がある。また,財政ルールも各国それぞれで,歳出の数値的な上限を設けるルールや,プライマリーバランスで黒字目標を設定するルールなどがある。事例分析を進めるためには,そのようなルールの差異も意識する必要があるだろう。
第2に,非政治性の強いテクノクラートを政治任用することの功罪をどのように評価するかということを考えていかなければならない。社会保障費の拡大はしばしば放漫な財政運営のなかでなされることもあるため,社会保障費は適切にコントロールされる必要がある。テクノクラートの大臣がいる政権では,社会支出額が抑制されることに向かうため,非テクノクラートの場合と比べて,そのコントロールがうまく働く可能性が高い。その一方で,テクノクラートの大臣が政策決定に携わることは,その大臣は再選や再任の目的をもたないゆえに,たとえ国民に支持されなかったとしても,社会保障費が抑制されたままの状態に陥る危険性を意味し得る。社会保障費は社会の厚生に直接かかわるものであるからこそ,テクノクラシーに寄った運営と政治的な運営のバランスが重要になるということは確かである。
本研究はJSPS科研費JP23KJ0556の助成を受けたものです。また2名の査読者の方から大変貴重なご意見,ご指摘を賜りました。さまざまな支えのもと本誌掲載に至り,関係者のみなさまに心より感謝申し上げます。
(東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程,2023年12月15日受領,2025年4月10日レフェリーの審査を経て掲載決定)