2026 年 67 巻 2 号 p. 2-50
中央政府による環境政策は1971年の行政院衛生署と同時に設置された環境衛生處により始まったが,環境政策にかかわる権限が経済部や内政部など中央政府の多くの組織に分かれるなど,「権限の分散」の問題がまもなく顕在化した。1979年4月に行政院会議が決定した台湾地区環境保護方案は,権限の分散への対応として1982年の行政院衛生署環境保護局,1986年の行政院環境保護小組,1987年の行政院環境保護署の設立までの組織形成と法制度の改革を方向づけた。同方案の内容とその後の実施状況を示し,その形成過程を一次資料から明らかにした。李国鼎らテクノクラートは1979年1月の米国との断交がもたらした政治的機会を利用して方案の政策としての優先順位を上げることに成功した。同方案は権威主義体制下で環境衛生として始まった中央政府の環境政策を,より広範な環境保護に転換させた。しかし方案が方向づけた行政組織の改革と環境影響評価制度の形成等には時間を要し,本格的な実現は1980年代半ばからの民主化の進展により社会運動の圧力が高まって以降となった。