Journal of Rural Problems
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Plenary Lecture
Reconsideration of Regional Agricultural and Forestry Economics toward the Next Generation: New Approaches to Understand Real Activities in the field of Regional Agriculture and Forestry
Hideyuki TsujimuraTakako Nakamura
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2020 Volume 56 Issue 1 Pages 1-4

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1. 座長解題

辻󠄀村英之

(1) 新時代・次世代に向けての現場の捉え方の再検討

前身の関西農業経済学会を含めて70回目の記念大会が,来年度開催される.50回記念大会においては地域農林業研究の現場の捉え方(現場をどう理解し,どう位置付けるか)(桂,2001)について,60回記念大会においては地域農林業(現場)の先端の動きを捉えるための地域農林経済学のあり方(野田,2011)について討議した.このように記念大会において恒例となっている「地域農林業の現場の捉え方」あるいは「地域農林業の現場を捉えるための地域農林経済学のあり方」の検討を,来年度の70回記念大会(シンポジウム)と本年度大会(講演)において行いたい.

今回は,昨年度・68回大会の特別セッション「若手研究者にとって魅力的な地域農林業研究とは何か?」(中村・本田,2019)を受け,また令和元年を迎え,新たな時代や次世代に向けての(10~20年後の未来を見据えての),地域農林経済学の再検討(地域農林業の現場の新たな捉え方の検討)になる.また,その検討は,67・68回大会における実験手法の有用性についての討論(栗山,2018松下,2019)から,始まっていると位置付けたい.

(2) 地域農林経済学の特質

上記特別セッションにおいて河村能夫が,50回記念大会・60回記念大会での討議の成果も踏まえて,「地域農林経済研究は何を目指してきたか」を報告した.まずは同報告の中から,「地域農林経済学の特質」の説明に相当する部分を6ヶ所抜粋し,著者の解釈も加えた再整理を試みる.

①「学究者と実際家との交流・切磋琢磨」「現場主義」の下,「地域・地域経済(メゾレベル)」に分析の焦点を当てる地域農林業研究の学会として,地域農林経済学会は発展してきた

②地域に分析の焦点を置くこと,すなわち現場に基礎付くことから,

②-1:必然的に,経済学にとどまらずに経営学,社会学,政治学,地理学,歴史学などを統合させた総合的分析になる

②-2:必然的に,演繹的アプローチと帰納的アプローチの補完関係が重要になる

②-3:上記②-1(総合的分析)と②-2(演繹的アプローチと帰納的アプローチの補完)の理由から,共同研究が重要になる

②-4:必然的に,地域貢献になる研究,特に現代(IT革命を経た脱工業化社会)のあり方を規定する(地域を知識集約社会にする)研究がめざされる

③地域経済(メゾレベル)におけるマクロ・ミクロレベルの研究成果の位置付け直しにより,「リアリティ把握と実践性の強化」「地域経済の普遍性・固有性の把握(→グローバル化の国際社会における地域経済の社会的役割の把握)」が実現する

(3) 10~20年後の地域社会を見据えて

1) IT化・グローバル化の深化

地域農林経済学が分析の焦点を定める地域(現場)が10~20年後,どのように変化するのか.現場の新たな捉え方を検討する前提として,その変化を見据えることが重要である.

まずは上記の河村報告においても着目されている,IT化・グローバル化の深化にともなう地域社会の変化(および重視される分析対象・視角)を想起してみよう.

たとえば農業経営研究としては,農業のIT化(スマート農業)の普及にともなう(労働)生産性引き上げの分析が,言うまでもなく重視される.しかしながら,高価なスマート農業技術の利用が,必ず収益性引き上げにつながるわけではない.さらには,下記のテロワールを形成する(地域の伝統文化・栽培技術を有する)地元の農業者を追いやる可能性もある.つまり,地元社会に受容されない(社会性が満たされない)可能性もある.

二重構造論(金沢,2001)のように,農業経営体の生産性と収益性の両立を検討する(並立する2つの評価指標で農業経営体を評価する)分析視角,あるいは二重構造論は生産性と社会性を重ねるが,両者を引き離し,生産性・収益性・社会性を兼ねそなえる農業経営体を高く評価する三重構造論的な視角が求められよう.

特に社会性については,SDGsブームもあって,「サステナビリティ」(経済面・環境面・社会面の3つの指標で評価するのが一般的)が既に,最重要な価値観として押し上げられている.またCSV(CSR)ブームもあって,一般企業が経営理念・目標として「事業の社会性の引き上げ」を取り込むのが一般的になっている.新たな時代における経営分析には,従来からの生産性・収益性(量的)把握に加え,社会性(質的)把握(「環境に優しい」など環境面の社会性を含む)が強く求められる.

グローバル化についても,河村報告の「地域経済の普遍性・固有性の把握」に乗じて想起する.たとえば農業経営研究としては,普遍的(標準品質)で安価な輸入農産物に対抗し,テロワール[その産地の自然(土壌,地勢,気候など)と人間(生産者・栽培技術・伝統文化など)によって総合的に歴史的に形成される特性・独自性]から生じる原産地特有の品質・特性を高く評価する農産物の販売方策(地理的表示,地域ブランド,それらを活かす販売戦略など)が,より重要な研究対象になろう.

また山極寿一は,IT化・グローバル化の深化にともない,人間社会はサル社会(厳格な序列の下で個人の利益・効率を優先する社会)に近付いていると警鐘を鳴らしている.

顔と顔とを対面させ言葉以上の情報を加味しながら信頼関係を構築するのが人間であったが,IT化の深化で離れてコミュニケーションが当たり前となり,コミュニティ・家族が崩壊していく.コミュニティから個人が切り離され,裸で制度と接するようになりつつある.その影響で他人との交流が苦手となり,自己実現・責任や個人主義が重視されるようになる.また共感力(他者の気持ちと考えを理解でき,状況を即断し適応できる能力,自己決定,危機管理ができる能力)が低下する.

グローバル化・競争主義の深化の影響として,山極はさらに,競争力の高いものがトップになりその他はトップに群がる社会,モノ・ヒトの急速なる流通がもたらす「安全と安心の乖離」(安全な環境の整備が安心感に至らない)を挙げる(山極,2017).

それゆえ,農村におけるコミュニティ・社会関係資本の再構築や「安全と安心の乖離」をせき止めるガバナンスをめぐる研究などが求められよう.

2) 人口減少社会と「田園回帰」

上記の「三重構造論的な視角」で言う社会性とは,社会に受容される,社会的価値観に合致する,社会的価値観(社会貢献)の追求,というような意味である.グローバル化の影響として,地域経済における固有性・テロワール・地理的表示などが重視されることを強調したのは,グローバル化の背景にある普遍性・収益性・競争性の尊重とは異なる価値観が,10~20年後に強まっていることを想定しているからである.

同じく作野(2019)は,近未来の「人口減少社会」について,現状維持すら選択肢でない,社会の縮小を前提とした考え方の下では,構築すべき社会・経済・地域構造が全く異なり,現在は常識とされている価値観が大きく変わると主張している.

そして「田園回帰」を,新たな価値観の1つ,あるいはそれにともなう現象と捉える.大都市圏への人口流出は続くだろうが絶対数は減少する.大都市圏からの人口流入も大幅に増えないだろうが,地方圏にとっては,若年層を中心とした流入が地域維持に大きな影響を与えると言う.

さらに作野は,上記のコミュニティ再構築に関連する議論を展開する.地域住民の所属感が高まる地域密着の「ロングテール(細く長く)」の事業が重要であり,そこでの「ローカルイノベーション(ローカルな地域の「あたりまえ」を資源として磨いて発信)が新しい市場・価値観を創出すると言う.またそこでは,「土の人」(地域固有の住民),「風の人」(「田園回帰」者),「水の人」(協同組合,NPO,大学など)の共働が重要であると言う.

コミュニティ再構築や新しい市場・価値観創出のための「水の人」の役割が,地域農林経済学に求められると言う,最初に整理した,地域農林経済学の特質②-4「地域貢献」に相当する議論である.

(4) 2講演の位置付け

「新しい価値観」「経営の社会性」「地域経済の固有性(テロワール・地理的表示)」「田園回帰」「共感力」「コミュニティ再構築」など,10~20年後に重視される分析対象・視角として,敢えて質的研究が得意なものを意義付けた.上記の特別セッションで表明された,「質的研究が最近,評価されにくいのでは」という,若手の不安を和らげるためである.

講演1「地域農林業研究に質的方法論を取り戻す」は,それらの分析対象・視角に詳しい,シニアの質的研究者・秋津元輝による,質的・社会実装型研究についての,「現場の捉え方」(調査・分析の方法など)から研究の進め方までの解説である.

「評価されにくい質的研究」という不安に加え,同じく若手セッションで表明された,「投稿論文として受理され得る論文の書き方」をめぐる不安にも配慮し,講演を準備してもらっている.

また講演2は,「地域農林業の現場の新たな捉え方」の1つと位置付けるマルチエージェントシミュレーションに詳しい,若手研究者・山下良平による「農をとりまく異なる分野との対話」である.

同じく,若手による特別セッションで指摘された「評価されにくい新たな研究方法・領域」についての若手の不安を受けて,シミュレーション手法による「現場の捉え方」の有効性から,「学究者と実際家との交流・切磋琢磨」(地域農林経済学の特質①)を深める意義までが議論される.

2. 質疑応答

中村貴子

質疑応答の時間では,会場5名からコメントがあり,最後に司会から若手研究者の1人にコメントを依頼し意見を得た.

まずは,秋津報告の「質的方法論を取り戻す」という提案にコメントが寄せられた.質的方法論のフレームについてである.「質的方法論が学術論文として認められるために,何か驚きとか,学術的な言葉でいうところの刺激性をクライマックスで表現できることが必要ではないかと思う」というコメントである.秋津は,このコメントを受け止めた上で,「根拠をもって言いたいことを主張するフレームを作ることが重要だと思っている.主張することに意外性があればなおよいのかもしれない」と回答した.

続いて,地域農林経済学の特質②-2や②-3をめぐり,「秋津氏が山下氏のシミュレーション結果を踏まえて地域でできることは何か.人間関係等の複雑な関係性を考慮しない効率性を示すシミュレーションに秋津氏の研究結果を活用することができるのか.互いの研究に活かすことができる点について二人の考えを伺いたい」との質問があった.山下は,「シミュレーション研究はあくまでもケーススタディでシナリオがある.したがって,質的方法で得られた情報はシナリオ構築に役立つ.また,この結果を地域住民に見せることの成果は,結果を受け入れてもらうことではなく,議論が深まることにある」と回答した.秋津は,「どういう予見をいれるのかという点で共有できるのではないかと思っている.農家はやはり効率性を求めている.こういう研究が農家に影響を与えるというのは事実である.シミュレーション手法は,比較的協力関係を創ることができる手法だと思った」と回答した.

続いて,地域農林経済学会のアウトプットの手法についての提案がなされた.「今回の議論は学会誌の改革につながるのではないかと期待している.たとえば,現在の地域農林経済学会誌はオンラインで紙媒体はない.したがって,経費が節約できる.つまり,質的論文でこれまでの枠に納まらず削除していた字数を,もっと増やすことができるのではないか」というものである.「地域農林経済学の特質」を評価する要素などを含め,学会誌の改革議論も深めるべきとの示唆であった.

続いて質的方法のメリットについて「秋津氏が言われたようにケーススタディではあるが,質的方法はまさに議論を作るヒントになるところにメリットがあると思う」とのコメントがあった.秋津は,「質的方法にも種類がある.質問者の発言は「探求的研究の要素を含んだもの」ということであると思う.質問者はその要素のつながりを見出して,さらに計量的分析で検証し,一人で二役をされているのが素晴らしいが,私の場合は,一気に理論化し,それを何度も話すことで他の人に検証してもらう.実証的に完結でなくても,各要素にどういうつながりがあるか,ということに特化するかを議論することでも意味があると思う」と回答した.

続いて,地域農林経済学会の会員になったのは比較的最近という会員から,期待の声と議論点の要望があった.「来年の70周年記念大会に向けて,研究フレームとか理論的課題に絡んで,「地域とは何か」ということの議論,検討を要望したい.世界の動きの中で国の安全保障を考えた時に国と地域との関係性も変わっていくと思う.その辺りのことを議論することも必要だと思う」というコメントであった.秋津は,「地域というのはスケールの話でいうと,範囲ではなく,相対的なもので色々なレベルがあると思う」とし,山下は「普段から考えていることに,今後は空間的時間的に連続していない場合もあり得るということ.例えば,震災で避難して,散らばって暮らしているが,元のまとまりを地域とみなすなら,時間軸,あるいは空間的に離散した場合も新しい研究対象,政策対象として地域とみなす場合があると思う」と回答した.

最後に若手会員が,フィールドワークを重視する自身の研究スタイルを振り返り,「地域での合意形成が必要といわれるが,合意形成は常に必要かという点について,どのようにお考えかをお聞かせ願いたい」と質問した.山下が「地域というフィールドで見ると,突っ走る人が突っ走って,後から皆がついてくる,という合意形成もあると思う.」とした上で「今のように意見を躊躇せずに言える関係性を作ることが学会には大事だと思う」と締めくくった.

今回の質疑応答では70周年大会で議論すべきことの洗い出しがなされた.学会活動が今後も世代を超えて活発化するよう,地域というフィールドを学会の理念とする特徴が明確化されるような改革を進めるため,さらに議論を深める必要がある.

引用文献
 
© 2020 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
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