Journal of Rural Problems
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Research Article
How People Become Established in Farming by Shaping their Work Values: A Case Study of Young People who Engaged in Farming Triggered by the Restrictions in Career Selection
Atsushi Suzuki
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2022 Volume 58 Issue 3 Pages 122-133

Details
Abstract

Social conditions often impact young people’s career selection. In Japan, the economic recession caused by the 2008 Financial Crisis and the 2011 Great East Japan Earthquake had a serious impact on the labor market. In this study, I conducted a case study of 6 young farmers who have been engaged in farming triggered by the restrictions in career selection. First, I analyzed their career paths. The results showed that, although they did not start farming with positive motives, they have been engaged in farming up to the present. Next, I applied the theory of Yoshimi Sugimura’s work values to analyze how they found their motives for farming. The results showed that they did not aim to do farming only for self-actualization, but they found redemption in their business association and social relationships with others including their local community. In conclusion, this study clarified that young farmers can become established in farming by shaping their work values based on their business association and social relationships, even though they did not start farming with positive motives.

1. はじめに

青年の進路選択には社会的状況が影響を与えることがある.最近では,2008年のリーマンショックや2011年の東日本大震災に起因した不況が発生し,労働市場は深刻な影響を受けた.厚生労働省(2011)の調査によれば,就職できずに学校を卒業したり,希望の仕事に就けなかったりした者が増加1した.

このような進路選択の制約をきっかけに農業に従事し始めた青年は,自己実現のような積極的な動機で農業を職業選択しているとは限らない.しかし,その後も農業に留まり続けているとすれば,何らかの要因によって,農業を継続していくための動機を形成している可能性がある.そこで,本研究は,職業への定着を,その職業を将来に向かって継続していくことと捉え,その定着要因に職業を継続していくための動機の形成の観点から接近したい.本研究は,積極的ではない職業選択だったとしても,何らかの動機の形成が定着要因となることで,農業に留まり続けていける可能性に着目しているからである.

今日,青年農業者の育成は重要な課題であり,最近ではその定着を支援するため,農業次世代人材投資資金をはじめ経済的な支援施策が整備されている.ただし,留意すべきは,後述の大原(1993)が指摘するように,青年は,所得水準といった経済的な要因以外にも,農業を職業とする意味を見出していることである.したがって,青年農業者の定着要因を解明することは,青年の実態を捉え,定着を効果的に支援するうえで大きな意義がある.そして,そのためには,職業選択時の動機に加えて,職業を継続していくための動機の形成に着目することが重要である.その手掛かりは,後述の大石(1999)が指摘するように,地域社会や人々との関わりといった仕事を通じた社会的関係のなかに,職業とする意味を見出していることである.しかし,先行研究では,積極的な動機によらず農業に従事し始めた場合を含め,どのように職業とする意味を見出すことが,農業への定着要因となっているか解明されていない.

そこで,本研究は,自身の仕事に職業とする意味を見出すことを労働観の形成として捉え,積極的な動機によらず農業に従事し始めたとしても,何らかの労働観を形成することが定着要因になるという仮説を立てる.この仮説を検証するため,進路選択の制約をきっかけに農業に従事し始めた6名の青年を事例とし,聞き取りによる質的調査を実施する.調査に基づき,まず,どのように農業に従事し始め現在に至っているかを把握する.次に,どのように職業とする意味を見出しているかに接近する.その際,自己実現に加えて社会的関係のなかに働く意味を指摘した労働経済学者である,杉村芳美の議論を援用し,農業を継続していくための動機から労働観を抽出する.このようにして,自身の農業に労働観を形成することが定着要因となることをあきらかにする.

2. 背景

(1) 先行研究

農業という職業,特に農家世帯出身者にとっての自営農業は,ある社会的状況のなかで一時的な就業先となることがある.野尻(1953)は,戦後の関東・東北地方の農村で,自然増加に加えて復員や都市部からの引き上げによって,人口が1.3倍に増加した事例を指摘した.また,大前(2013)は,アジア通貨危機が発生した韓国で,その後の数年間,都市部から帰農・帰村する世帯が急増した事例を指摘した.

さらに,農業に限らず職業選択には,その選択を通じた別の目的追求を含んでいることがある.松本(1994)は,理系大学生へのアンケート調査から,教職希望者と工業技術職希望者の職業選択の要因を分析した.そして,教職希望者は,工業技術職希望者と比べて,自身が目指す姿とそのための職業のあり方の一致を指す「職業的同一性」が高く,在学中から採用試験対策や家庭教師の経験等の努力をしていた.加えて,出身地域で就職することも,教職を希望する目的の1つとしている傾向を指摘した.

野尻(1953)大前(2013)の議論は,農業という職業選択には社会的状況が影響を与えることがあり,松本(1994)が指摘する職業的同一性に一致する進路が制約された結果,一時的な就業先を確保する目的で農業が選択される可能性を示している.

他方,1980年代以降に注目され始めたのが,積極的な意思で新規参入や親元就農する青年の動向である.大原(1993)は,青年の労働意識は高度経済成長期の「働きすぎ」る働き方から変化していること,このようななかで農業・農村を志す者が,農業を「生きる業」として肯定的に捉えるには,経済志向性に加えて,生態環境性や社会・文化性といった複眼的な視点が重要であるとした.また,藤田(1997)は,1990年代以降の青年の特徴として,経営継承を目的とする「世襲としての農業」ではなく,自身の意思と価値観で「職業としての農業」を選択していると指摘した.このように,かつて農業という職業は,農家子弟に継承されるものとして捉えられてきたが,最近では,他の職業との比較のなかで,自身で職業選択されるものとして捉えられるようになっている.

ただし,目指す生き方・働き方を明確にして農業に従事し始めているとは限らず,農業に従事し始めてから職業とする意味を見出している可能性がある.その1つは安藤(1999)が指摘する「納得」である.安藤は,農業者のライフヒストリーの分析から,当時の仕事や家族員の状況変化をきっかけとする等,積極的な動機で農業を選択しているとは限らないが,農業に従事するなかで職業とする意味を見出していると指摘した.そして,かつて農家子弟の流出を防ぐため,職業教育等でされてきた自営農業の継承の称賛を説得論理として批判し,自身が選択した結果として農業を捉える納得論理が重要であるとした.

もう1つは大石(1999)が指摘する「自己同一化」である.大石は,青年のライフコースの分析から,農業を職業とする過程には,自身が持つ農業者像を家族員,産地組織,地域社会等が持つ農業者像とすりあわせ,両者の関係を捉え直す自己同一化を含んでいると指摘した.自己同一化とは,「自身の内面において職業に対する明確な決意と態度を構築し,同時に他者に対して農業者という像を引き受け演じること」(大石,1999:p. 30)であり,期待される役割の発揮を通じて周囲との間に社会的関係を構築するなかで,職業とする意味を見出しているとした.

しかし,積極的な動機によらず農業に従事し始めた場合,「しかたなく就農した」状態から,何らかの要因に農業を職業とする意味を見出すことが定着に向けた課題となる.大石(1999)の自己同一化は,社会的関係の構築が,農業を継続していくための動機の形成に関与していることを指摘しているが,具体的な定着要因には言及されていない.ところで,人材の定着が課題となっている職業は農業に限らない.例えば,岩本(1998)香坂・柴田(2018)は,それぞれ看護師とホテル従業員の定着要因を分析2し,上司,同僚,顧客等からの承認・評価が定着を促進させているとした.岩本や香坂・柴田は,本研究と同じように,職業を継続していくための動機の形成の観点から議論を展開したうえで,仕事を通じた社会的関係のなかでの承認・評価が,職業への定着に関与していることを指摘し示唆に富む.

そこで,本研究は,自己実現に限らず,社会的関係のなかに職業とする意味を見出すことも,農業への定着要因となる可能性に着目する.次の分析視角を設定することで,事例農業者の労働観に接近する.

(2) 分析視角

職業に向ける労働観に関して,自己実現に加えて社会的関係のなかに働く意味を指摘した清水(1982)は,資本主義社会の発展のなかで人格と離れて労働が推し進められ,労働者が生産物を通じた社会的関係と切り離される労働疎外や,労働の価値を成果・生産物のみに求める労働の物神化が生じているとした.そして,その克服のために労働の「自主管理」を指摘し,「自分の労働が,自分の対象化であり自分の形成でもある」(清水,1982:p. 189)とともに,労働を通じて相互に人格やその仕事を認めあう「自由な人間の連帯」による協働を提唱した.

続く杉村(1990)は,清水を参照しながら,前者を「自己対象化」,後者を「アソシエーション(協働)」の労働観として対比的に明確化し,近代以降の理想となる労働観として次のように提唱した.両者は,個人のなかで対抗ではなく併存して追求できる.

自己対象化の労働観は,仕事を通じた自由な自己表現や自己実現に意味を求める.自己対象化とは,個人の能力や可能性を,生産を通じて外の世界に表現する主体的な行為である.ただし,この場合でも,自己対象化の成否は社会的な枠組みを前提とし,個々の仕事は分業と役割のなかで意味を持つとした.

対して,アソシエーションの労働観は,仕事を通じたコミュニケーションに意味を求める.アソシエーションとは,労働を通じて個人やその能力が交流し連帯する社会的活動である.社会的分業のなかでの生産と消費や,労働と生産物といった分離ではなく,コミュニケーションを通じた相互行為として労働を捉え,その構成員が,働く意味を共同主観的に了解する「了解の共同体」のなかで存在するとした.

ただし,2つの労働観は理想形で,特に後者は,そのまま分析視角とするには何をもってアソシエーションなのか明確ではない.そこで,本研究は,岩本(1998)香坂・柴田(2018)が指摘した,仕事を通じた社会的関係のなかでの承認・評価が,アソシエーションの労働観の形成要因になると捉えたい.

もっとも,承認・評価に関しては次の指摘もある.今村(1998)は,「多数の他人と一緒に生きることは,他人による承認を欲求しつつ生きることである」(今村,1998:p. 178)と指摘した.承認・評価は,他人が他人の仕事や人格を承認・評価することで成立するため,他人より優越したい欲望や羨望,例えば出世競争のような競争が生じ,結果として労働の価値が成果に求められてしまうというものである.

しかし,杉村は,続く議論(杉村,1997)で次のように指摘した.目指す生き方・働き方に到達することで成就する可能性がある自己対象化では,個人を超越した価値には到達できず,「共同生活や全体への貢献,善悪の問題や道徳との関わり,さまざまな領域への配慮と平衡,共同的あるいは普遍的な価値への結びつきなどの要素」(杉村,1997:p. 212)は,アソシエーションによって獲得されるとした.

本研究は,地域社会,取引先,消費者といった,仕事を通じた関わりが密接な農業への定着要因を解明しようとしている.社会的関係を起点として働く意味を指摘した杉村(1990)の労働観は,その分析視角として参考になると考えられる.また,本研究は,杉村(1997)が指摘したような,存立環境の共同的・普遍的な価値のなかに働く意味を見出すことが,定着に関与していると考えている.確かに,今村(1998)が指摘したように,特定の相手との承認・評価をめぐる競争が生じる可能性はあるが,それは,労働の価値を特定の成果に求める場合に問題となる.杉村(1990)のアソシエーションの労働観は,個人的な動機の追求では到達できない,共同的・普遍的な価値のなかに働く意味を見出すことであり,アソシエーションのなかでの承認・評価は,労働の価値を成果のみに求めるものではないと考えられる.

以上の検討に基づき,本研究は,積極的な動機によらず農業に従事し始めたとしても,自己対象化に限らず,アソシエーションの労働観を形成することも定着要因となる可能性に着目し,次の2つの視角から事例農業者の労働観を分析する.1つは,農業を自己実現の一環と位置づけ,目指す生き方・働き方を実現することに職業とする意味を見出すことであり,自己対象化的要素として捉える.もう1つは,農業を通じて社会的関係を構築し,そのなかで承認・評価されることに職業とする意味を見出すことであり,アソシエーション的要素として捉える.

3. 方法

(1) 事例農業者

本研究は6名の青年を事例とする.筆者は,近畿地方のある県で就農支援を所管する同県の関係機関から,2008年からの不況期以降に20歳代で農業に従事し始めた13名の青年の紹介を受けた.予備調査の結果,進路選択の制約をきっかけに農業に従事し始めた可能性があるA氏からF氏を,事例農業者として選定した.事例農業者は,調査時点(以下,現在)で新規参入,親元就農,雇用就農によって農業に従事している.しかし,いずれの就農形態でも,自身の意思で職業選択しその後も従事しているとすれば,その就農形態を継続していくための動機を捉えることで,定着要因に接近できると考えられる.調査は,各経営体を訪問して聞き取りし,期間は2019年6月から12月である.表1はその就農形態,性別・年齢,就農過程,経営指標を示している.また,2021年1月から6月の追跡調査で,事例農業者が同じ就農形態に従事していることを確認した.

表1. 事例経営体の経営指標(2018年度)
就農形態 記号/性別/年齢 Ⅰ時点以前の主な職業/Ⅰ時点:最初の農業従事/Ⅱ時点:現在の就農形態 主な作目部門(下線は本人参入後,新たに開始した部門) 販売目的で作付のあった耕地・施設 労働力(下線は経営主,従事分量順)/世帯員(年齢順)
新規参入 A氏/男/30歳代後半 プログラマー(3年)/2010年:雇用就農/2013年:新規参入 軟弱野菜(施設,露地)スイートコーン(施設) 畑3筆(0.57 ha)ハウス22棟(0.53 ha) 本人,妻,パートタイム3名/妻,本人
B氏/男/30歳代前半 アルバイト(2年)/2014年:農家手伝い/2018年:新規参入 イチゴ(施設)キャベツ(露地) 畑1筆(0.46 ha)ハウス3棟(0.07 ha) 本人,妻/妻,本人
親元就農 C氏/男/30歳代前半 (なし)/2009年:実家手伝い/2013年:親元就農 軟弱野菜(施設,露地)トマト(施設)レンコン(露地) 畑2筆(0.23 ha)ハウス7棟(0.30 ha) 本人,父,母,祖母/祖母,父,母,本人
D氏/女/20歳代後半 (なし)/2013年:雇用就農/2018年:親元就農 水稲,転作野菜イチゴ(施設) 田9筆(1.37 ha)ハウス4棟(0.15 ha) 本人,,おじ,母/父,母,兄,本人
E氏/男/20歳代後半 (なし)/2016年:親元就農/(Ⅰ時点から変化なし) イチゴ(施設)ナシ(果樹棚)水稲 田12筆(1.46 ha)樹園地2筆(0.32 ha)ハウス9棟(0.22 ha) 本人,祖父,母,叔母/祖父,祖母,本人
雇用就農 F氏/男/20歳代前半 (なし)/2017年:雇用就農/(Ⅰ時点から変化なし) 軟弱野菜(施設,露地)スイートコーン(施設) 畑3筆(0.46 ha)ハウス30棟(0.82 ha) 経営主,本人,パートタイム5名/母,父,兄,本人

資料:聞き取り調査から筆者作成.

(2) 調査

調査では,まず,現在の就農形態に至る経緯を就農過程として聞き取る.次に,2時点の動機を聞き取る.2時点とは,最初の農業従事を開始したⅠ時点と,現在の就農形態を開始したⅡ時点である.A氏からD氏は,Ⅱ時点の前に雇用就農や農家手伝い等によって最初の農業従事を開始しており,Ⅰ時点の動機はⅡ時点とは異なることが予想される.どのように職業とする意味を見出しているかは,現在に至るためのⅡ時点の動機に表出されていると考えられるが,Ⅰ時点の動機はⅡ時点の動機の形成を捉えるうえで参考になると考えられる.就農形態に変化がないE氏とF氏は,Ⅱ時点のみを聞き取る.

2時点の動機は,表2に示す質問5項目に沿って聞き取る.質問1から質問4では,各時点で,各質問の両端の動機のうちどちらが強く表出されたかを尺度で選択してもらい,その選択理由も聞き取る.両端の動機は,次に示す設定意図のもとで対になるように設定されているが,実際には両動機は個人のなかで併存する可能性がある.しかし,各質問の設定意図を説明したうえで尺度を自身で選択してもらうことで,同時点で優勢だった動機を比較可能な形で捉えられ,その変化を把握できると考えられる.

表2. 質問5項目
項目 1側 尺度番号 5側
質問1 就農の動機は積極的である(とてもしたくて就農した) 1 — 2 — 3 — 4 — 5 就農の動機は消極的である(なりゆきで・しかたなく就農した)
質問2 自分の強い意思で就農した 1 — 2 — 3 — 4 — 5 だれかに勧められて就農した(だれかには公的機関等を含む)
質問3 就農は農業を通じた目的達成または自己実現の一環である 1 — 2 — 3 — 4 — 5 就農は農業を職業とすることまたは家業を継ぐことである
質問4 自営農業またはそれに準じる基盤がなくても就農しただろう 1 — 2 — 3 — 4 — 5 自営農業またはそれに準じる基盤がなければ就農しなかっただろう
質問5 聞き取りのみ:他にどのような動機や目的で同時点の農業に従事し始めたか

資料:筆者作成.

1)尺度番号は次の評価に対応する.1:「1側の動機がより強い」,2:「1側の動機がやや強い」,3:「どちらともいえない」,4:「5側の動機がやや強い」,5:「5側の動機がより強い」である.

質問1は,野尻(1953)大前(2013)が指摘したような,社会的状況による進路選択の制約のなかでの場合を含め,農業をどの程度積極的に職業選択したかを評価している.質問2は,大原(1993)藤田(1997)が指摘したように,農業は,農家子弟に継承されるものから職業選択されるものへと変化してきたが,その選択に他者の関与をどの程度受けていたかを評価している.質問3は,松本(1994)の職業的同一性の議論に基づき,農業という職業選択が職業的同一性に一致し,仕事を通じた自己実現を追求したものなのか,おかれた状況のなかでの職業選択なのかを評価している.質問4は親元就農者を対象とする.藤田(1997)安藤(1999)は,農家世帯出身者でも職業選択の一環として農業を選択する動向を指摘したが,非農家世帯出身者と比べて低い参入障壁が農業に誘引した可能性がある.農家世帯出身であることが,農業という職業選択にどの程度影響を与えたかを評価している.質問5は,以上の質問では捉えきれない動機や目的を捉えている.

2時点の尺度番号は表3に示し,選択理由の全文は電子付録の表A1に示し本文では抜粋して示す.

表3. 2時点の尺度番号
項目 A氏 B氏 C氏 D氏 E氏 F氏
質問1 3→1 3→1 3→4 3→2 ‐→4 ‐→1
質問2 4→1 5→1 3→5 2→1 ‐→2 ‐→3
質問3 3→4 3→5 3→3 1→1 ‐→3 ‐→2
質問4 5→5 3→3 ‐→5

資料:聞き取り調査から筆者作成.

1)表中の→(矢印)はⅠ時点からⅡ時点への尺度番号の変化を示す.‐(ハイフン)は回答なしを示す.

4. 就農過程

(1) 就農過程

まず,事例農業者の就農過程を把握する.

1) A氏(雇用就農→新規参入)

A氏は,3人きょうだいの3番目(長男)として非農家世帯に生まれた.農業が盛んな地域の出身で農業や自然環境に興味があり,普通高校を経て大学の農学部に進学し,一人暮らしをして農業工学を学んだ.卒業後,都市部でプログラマーとして働き始めたが,リーマンショックの影響で仕事が減っていった.職場の非正規雇用者が解雇されるのを目の当たりにし,仕事にやりがいを失って就職から3年目で退職した.実家に戻り不況下の転職活動に苦労するなかで,農業や自然環境への関心を思い出した.

そこで,2010年に親戚の紹介で,有機JAS認証を取得し生協との契約栽培を販路の1つとする農業法人に雇用就農した.主に野菜の生産に従事し,同法人で働いていた後の妻となる女性とも出会った.栽培技術や経営の実践が学べ,仕事はそれなりにおもしろかったが,後の妻の後押しを受けて新規参入を決意し就職から3年目で退職した.そして,同法人が経営していた小作地の一部を借りて農地を確保し,同法人と同じ生協との契約栽培を主な販路として2013年に新規参入した.A氏は直後に結婚した.

このように,A氏は,就職先で不況の影響を受けてやりがいを失い,後の転職活動の難航がⅠ時点の雇用就農のきっかけとなっている.しかし,Ⅰ時点の質問3で「(雇用就農は)転職活動のなかでたどり着いた」と回答し,当初の動機は積極的ではない.

2) B氏(農家手伝い→新規参入)

B氏は,2人きょうだいの2番目(長男)として非農家世帯に生まれた.農業が盛んな地域の出身で農業は身近だったが,職業として考えてはいなかった.普通高校を経て大学に進学し,一人暮らしをして経済学を学んだ.大学がある地方部で暮らそうと,就職活動では,金融業やコンサルティング業等を受けたが結果は芳しくなかった.当時は,リーマンショックの影響で景気が後退し地方部では深刻だった.

卒業後,しばらくアルバイトをしていたが2年目で体調を崩し実家に戻った.しばらく静養していたが,2014年に中学校の同輩で農家の友人から「手伝ってみないか」と声を掛けられた.友人農家の手伝いを通じて体調を回復し,農業を職業とするおもしろさや出身地域でのビジネスに可能性を見出した.

そこで,新規参入を決意し農業大学校の1年制課程でイチゴの栽培を学んだ.そして,実家近くにあり空き家だった祖父母の家に移住し,小作地を借りて農地を確保し,2018年に道の駅と学校給食を主な販路として新規参入した.B氏は直後に結婚した.

このように,B氏は,不況の影響で就職活動が難航し,後のアルバイト生活で体調を崩したことがⅠ時点の農家手伝いのきっかけとなっている.しかし,Ⅰ時点の質問2で「自分から雇用就農等はしなかっただろう」と回答し,当初の動機は積極的ではない.

3) C氏(実家手伝い→親元就農)

C氏は,2人きょうだいの2番目(長男)として兼業農家世帯に生まれた.父母は建設業で働き,後に母は退職し自営農業を手伝った.C氏が参入する以前の自営農業は,祖父が担い,母と祖母が補助していた.C氏は,自営農業の継承に明確な意思を持たないまま,普通高校を経て大学に進学し心理学を学んだ.大学での学びはおもしろかったが人間関係に悩み退学した.しばらく就職活動をしていたがリーマンショックの影響で条件にあう仕事はなく,2009年から自営農業を手伝い始めた.後に飲食業で働き始めたが,労働環境が劣悪だったことや接客は向いていないとわかり就職から1年目で退職した.

そこで,親元就農を見据えて農業大学校の1年制課程でトマトの栽培を学んだ.その背景には,祖父の体調が悪化し農作業が困難となっていたこともあった.その後,自営農業の主力である軟弱野菜の栽培を学ぶため,2012年に農業大学校の斡旋で農業法人に雇用就農した.栽培技術や経営ノウハウは学べたが,農業は従業員としてではなく自分でやってこそおもしろいと確信し,親元就農を決意して就職から2年目で退職した.そして,2013年に親元就農して経営主となり,新たにトマトとレンコン部門を開始した.主な販路は道の駅と農協である.その後,父が自営農業に参入し専業農家世帯となった.

このように,C氏は,大学をやめたことや就職活動の難航がⅠ時点の実家手伝いのきっかけとなっている.しかし,Ⅰ時点の質問2で,自営農業の継承に明確な意思を持たず,祖父の体調が悪化していたことを理由とし,当初の動機は積極的ではない.

4) D氏(雇用就農→親元就農)

D氏は,2人きょうだいの2番目(長女)として兼業農家世帯に生まれた.実家は稲作農家だったが,父母は電気店を経営し,自営農業はD氏が20歳になる頃まで親戚に任せていた.D氏は,自営農業の継承を考えたことはなく,普通高校を経て大学に進学し都市計画を学んだ.就職活動では,公務員や銀行員といった堅い仕事は向いていないと考え,進路に迷うなかでそれ以外をいくつか受けたが,当時は,東日本大震災の影響が深刻で結果は芳しくなかった.

就職活動を中断し,自分らしく働ける仕事を考えたところ農業を思いついた.出身地域の大規模農家や農業法人をいくつか検討し,2013年に主に多品目の野菜を生産する農業法人に雇用就農した.同法人を選んだのは,福利厚生や人事制度が整備されているようだったからだが,現実は休日出勤や長時間労働を強いられた.農作業はおもしろく販売や経営管理も学べたが,使われるだけの働き方は向いていないと確信し就職から2年目で退職した.しばらくアルバイトをしていたが,やはり農業は自分に向いていると思い立ち職業とすることを決意した.

そこで,農業大学校の1年制課程でイチゴの栽培を学んだ.そして,実家の自作地の一部を借り,庭先販売と市場出荷を主な販路として,2018年に自営農業とは別に新たにイチゴ部門の経営を開始した.

このように,D氏は,不況の影響で就職活動が難航したことがⅠ時点の雇用就農のきっかけとなっている.しかし,当初は自営農業を継承する意思はなく,雇用就農もⅠ時点の質問2で「就職活動の結果として就職した」と回答し,動機は積極的ではない.

5) E氏(親元就農)

E氏は,2人きょうだいの2番目(長男)として非農家世帯に生まれた.E氏の母は農家世帯の出身で,母方の祖父母は別の世帯で自営農業を経営し,E氏は後にこの経営体に参入した.父は公務員として母は栄養士として働き,後に母は退職し祖父母の農業を手伝った.E氏が参入する以前の祖父母の農業は,祖父が担い,E氏の叔母と祖母が補助し母も手伝っていた.E氏は,幼少の頃から祖父母が大きな農業をしていることを手伝い等で知っており,いずれ携わるかもしれないと思っていた.自然環境や生態系に興味があり,普通高校を経て大学の農学部に進学し生態学を学んだ.就職活動では,造園業や環境管理業等を受けたが結果は芳しくなかった.

そこで,祖父母の農業に参入し経営継承することを決意した.その背景には祖父母が高齢だったこともあった.そして,2016年に祖父母の世帯に移住し親元就農した.主な販路は農協と直売所である.

このように,E氏は,就職活動の難航が親元就農のきっかけとなっている.しかし,就職活動では他の職業を希望しており当初の動機は積極的ではない.

6) F氏(雇用就農)

F氏は,2人きょうだいの2番目(次男)として非農家世帯に生まれた.普通高校を経て大学に進学し,栄養学を学び栄養士免許を取得した.栄養学を選んだのは,食べることの喜びや生きるために不可欠な食に興味があったからである.大学の実習で学校給食センターに派遣された際,食材の先にある農業や畜産業に興味を持った.就職活動では,飲食業や給食業を中心にいくつか受けたが結果は芳しくなかった.次第に就職活動が納得できなくなり,一方で,これから何十年も働くことを考えると,栄養学や調理技術の原点にあり,人々の食のために努力している農業に一層魅力を感じるようになっていった.

そこで,就農支援を担う県の関係機関を訪れ,いくつかの大規模農家や農業法人での雇用就農の斡旋を受けた.そして,そのなかである経営主の人柄に魅了され,2017年に同氏の経営体で雇用就農した.

このように,F氏は,就職活動の難航が雇用就農のきっかけとなっている.Ⅱ時点の質問1では積極的な動機が回答されているが,就職活動では他の職業を希望し,卒業後に県機関の紹介で雇用就農しており,当初の動機は必ずしも積極的ではない.

(2) 小括

確かに,事例農業者には,農家世帯や農業が盛んな地域の出身,自然環境や食への興味といった背景があり,このことが農業という職業選択を誘引しているといえるかもしれない.しかし,その就農過程は,積極的な動機によらず農業に従事し始めたが,何らかの要因に職業とする意味を見出すことで,農業を継続していくための動機を形成している可能性を示している.後にA氏からD氏はⅡ時点の新規参入や親元就農を開始し,また,E氏は当初は他の職業を希望していたが自営農業に従事し続け,F氏も雇用就農し続け現在に至っているからである.

5. 労働観の形成

そこで,事例農業者が,どのように農業を職業とする意味を見出しているかに接近する.前掲の分析視角からⅡ時点の選択理由を分析し,その回答に現れる労働観を抽出3する.電子付録の表A2は分析の過程を図示し,以降の丸数字は同表に対応している.

(1) A氏(雇用就農→新規参入)

A氏は,雇用就農したⅠ時点の質問1の尺度は3だったが,新規参入したⅡ時点の尺度は1で積極的な動機に変化している.その労働観に接近すれば,質問1で,①自分の野菜を食べてもらう喜び,②家族を持つには農業法人の給料が安かったことを挙げている.また,質問2は1を選択しているが,③新規参入に前向きだった後の妻の後押しが大きいことを挙げている.これらには自己対象化が現れているものの,①は積極的だが②と③は自身の積極的な動機によらず,自己対象化的要素は強く認められない.

対して,質問3は4を選択し,④良い野菜を供給し生協組合員からの期待に応えたい,⑤自然環境に配慮した農業をし,地域社会とのつながりもつくりたいことを挙げている.また,質問5で,⑥圃場見学等を通じた生協組合員との交流や,生産者同士のつながりの重視を挙げている.④と⑥は生協組合員や生産者同士のつながり,⑤は自然環境への配慮や地域に根差した社会的関係のなかでの農業を重視しており,アソシエーション的要素が認められる.

(2) B氏(農家手伝い→新規参入)

B氏は,農家手伝いを開始したⅠ時点の質問1の尺度は3だったが,新規参入したⅡ時点の尺度は1で積極的な動機に変化している.その労働観に接近すれば,質問1で,①自営業者として経営の采配を振りたい,②美しい景色や疲労感等,農作業の喜びを挙げている.また,質問2は1を選択し,③地の利があり,後の妻も一緒に農業をしたかったことを挙げている.農業を通じて目指す生き方・働き方が明確に現れ,自己対象化的要素が強く認められる.

対して,質問3は5を選択し,④良いものをつくり地域社会に根差した経営をしたい,質問5で,⑤地域の人からおいしかったと声を掛けられたとき,努力が認められたと感じることを挙げている.地域社会からの評価を重視した農業や経営展開を志向しており,アソシエーション的要素が認められる.

(3) C氏(実家手伝い→親元就農)

C氏は,実家手伝いを開始したⅠ時点の質問1の尺度は3だったが,親元就農したⅡ時点の尺度は4で消極的な動機に変化している.その労働観に接近すれば,質問1で,①雇用就農の経験から「自分でやってみよう」と親元就農を決意したことを挙げている.また,質問2は5を選択し,②親元就農は家族員の後押しが大きい,質問3は3を選択し,③祖父を引きあいに様々な生業による生計のあり方に言及している.質問4は5を選択し,④他の職業に向いていない自身の性格から,親元就農を肯定的に評価している.これらには自己対象化が現れているものの,①は積極的だが②,③,④は積極的な動機によらず,自己対象化的要素は強く認められない.

対して,質問5で,⑤水田農業が中心の地域で野菜農家は少ないので,野菜農家の仲間で連帯し新たな農業の仕組みをつくっていきたいことを挙げている.生産者同士の連帯のなかで農業を展開しようとしており,アソシエーション的要素が認められる.

なお,質問1の尺度が消極的に変化した理由を確認したところ,家族員の期待に応えることが,親元就農した理由として重視されていたからだった.

(4) D氏(雇用就農→親元就農)

D氏は,雇用就農したⅠ時点の質問1の尺度は3だったが,親元就農したⅡ時点の尺度は2で積極的な動機に変化している.その労働観に接近すれば,質問1で,①このままアルバイトではいけないと思ったこと,質問2は1を選択し,②雇用就農の経験から,使われるだけなのは楽しくなく自分で農業をしたいと確信したことを挙げている.また,質問3は1を選択し,③結婚し子どもができても家族が常にそばにいられる家庭環境の実現を挙げている.農業を通じて目指す生き方・働き方が明確に現れ,自己対象化的要素が強く認められる.

対して,質問4は3を選択し,④この地域が好き.そのなかで農業できることにやりがいを感じる,質問5で,⑤地域の人からの声は励みになる.地域を楽しくし親しまれる農業をしたいことを挙げている.地域に根差した農業や地域の人々からの承認を重視しており,アソシエーション的要素が認められる.

(5) E氏(親元就農)

E氏は,質問1の尺度は4を選択し親元就農した動機は積極的ではない.その労働観に接近すれば,質問1で,①就職活動の結果が納得できなかったこと,質問2は2を選択し,②父母は就職してほしかったようだが,祖父は親元就農を喜んでくれたことを挙げている.また,質問3は3を選択し,③観光農園に力を入れる等,自分らしさを発揮したい,質問4は5を選択し,④祖父母の農業がなければ,自分から雇用就農や新規参入はしなかったことを挙げている.これらには自己対象化が現れているものの,③は積極的だが①,②,④は積極的な動機によらず,自己対象化的要素は強く認められない.

対して,質問5で,⑤援農活動のNPO法人を受け入れており,地域外の人とも積極的につながっていきたいことを挙げている.地域内外の人々との関わりのなかで農業を展開しようとしており,アソシエーション的要素が認められる.

(6) F氏(雇用就農)

F氏は,質問1の尺度は1を選択し雇用就農した動機は積極的である.その労働観に接近すれば,質問1で,①農業は就職活動前から関心があった,②いずれ独立就農し,栄養士の資格を活かした農業をしたいことを挙げている.また,質問2は3を選択し,③雇用就農のきっかけは県機関の紹介だが,経営主や農業の仕事にひかれたのは自分であることを挙げている.農業を通じて目指す生き方・働き方が明確に現れ,自己対象化的要素が強く認められる.

対して,質問3は2を選択し,④農業は人間が生きるために必要な仕事であり,給料をもらうだけの仕事ではない,質問5で,⑤この国の食や農業に根差した文化は世界に誇れるもの.みんなで共有し守っていかなければならないことを挙げている.食や農業の社会的意義やそのための協働の重要性を指摘しており,アソシエーション的要素が認められる.

6. 考察

以上に基づき,事例農業者がどのように労働観を形成することが定着要因となっているかを考察する.

(1) 就農過程

まず,「4.就農過程」から,事例農業者は,当初は農業を職業として強く希望しておらず,何らかの進路選択の制約が農業従事のきっかけとなっていた.

第1に,新規参入者では,A氏は不況下の転職活動が,B氏は就職活動後のアルバイト生活がⅠ時点の雇用就農や農家手伝いのきっかけとなっていた.2氏は,それ以前では他の職業を希望しており,Ⅰ時点の動機は積極的ではなかった.しかし,Ⅰ時点の農業従事の経験や後の妻との出会いから,自分で農業をする魅力を見出し新規参入していた.2氏の質問1の尺度はⅠ時点の3からⅡ時点の1へと変化し,Ⅱ時点に認められる積極的な動機は,このような就農過程のなかで形成されたと考えられる.ただし,質問3の尺度はⅠ時点の3からⅡ時点の4か5へと変化しており,新規参入は,必ずしも職業的同一性に一致しておらず,Ⅰ時点の農業従事からの発展的な職業選択として捉えられると考えられる.

第2に,雇用就農者であるF氏は,当初は他の職業を希望していたが,就職活動の難航が雇用就農のきっかけとなっていた.A氏やB氏が雇用就農等を開始した動機は前掲の通り積極的ではなかったが,F氏の質問1は1が選択されていた.このような違いが生じた要因は,A氏は雇用就農以前ではプログラマーとして働き,B氏は就職活動で金融業等を希望していたが,F氏は雇用就農以前から関心があった職業の1つに農業があったからだと考えられる.

このように,新規参入者と雇用就農者では,就職・転職活動の難航が農業従事のきっかけとなっていた.そのきっかけでは,A氏とB氏のⅠ時点の質問2の尺度は4か5が,F氏のⅡ時点の質問2は3が選択され,親戚,友人,県機関といった他者の関与を受けていた.前掲の大原(1993)藤田(1997)は,積極的な意思で農業を職業選択する青年の動向を指摘したが,事例農業者の実態は大原や藤田の指摘とは相容れず,特にA氏とB氏には,不況下に認められる就農動向の一形態が現れていると考えられる.

第3に,親元就農者では,C氏は当初は自営農業の継承に明確な意思を持たず,E氏はいずれ携わるかもしれないと考えていたが,いずれも親元就農以前では他の職業を希望していた.2氏は,就職活動の難航がきっかけとなって自営農業に携わり始めたが,Ⅱ時点の質問1の尺度は4が選択され,A氏,B氏,F氏と比べて積極的ではない.このような違いが生じた要因として,2氏は,農業を職業とする障壁が非農家世帯出身者と比べて低く,何らかの進路選択の制約が生じたとしても,自営農業を進路に加えられたことが指摘できる.2氏のⅡ時点の質問4の尺度は5が選択され,自営農業がなければ農業を選択しなかったと回答されていたこと,また,Ⅱ時点の質問3の尺度は3が選択され,親元就農した理由が積極的な職業選択にあるのか,自営農業の継承にあるのか曖昧なのもこのことを表している.

このように,親元就農者が新規参入者や雇用就農者と比べて異なるのは参入障壁の低さである.橋本・三橋(2017)は,都市近郊地域の青年等の就農過程を分析し,あたかも転職するように農業に従事し始めている動向を指摘した.本研究でも,親元就農者にこのような傾向が認められ,他の職業選択と同じように自営農業に参入できることは,農家世帯出身者の職業選択上の優位性であると考えられる.

ただし,親元就農者のうち,D氏の就農過程はC氏やE氏とは異なっていた.D氏の質問1の尺度はⅠ時点の3からⅡ時点の2へと積極的に変化し,Ⅱ時点の質問4は3が選択されていた.D氏にこのような違いが生じた要因は,就農過程にあったと考えられる.D氏は,雇用就農以前では自営農業を継承する意思はなく,C氏のように農家世帯の長男でもない.しかし,D氏は,A氏やB氏のように,雇用就農やアルバイトの経験から農業に適性を見出したことで,親元就農を決意していた.また,D氏は,水田農業が主な自営農業に参入後,直ちに新たにイチゴ部門の経営を開始していた.D氏のⅡ時点に認められる積極的な動機は,このような新規参入者に近い就農過程のなかで形成されたと考えられる.

(2) 労働観の形成

このように,2時点が聞き取れたA氏からD氏のⅠ時点の動機は必ずしも積極的ではなかったが,Ⅱ時点では,就農形態に変化がないE氏とF氏を含め,何らかの要因に職業とする意味を見出すことで,農業を継続していくための動機を形成していた.「5.労働観の形成」から,事例農業者がどのように職業とする意味を見出しているかに接近すれば,B氏,D氏,F氏では,自己対象化的要素が強く認められアソシエーション的要素も認められた.他方,A氏,C氏,E氏では,自己対象化的要素は強く認められなかったがアソシエーション的要素が認められた.

第1に,自己対象化的要素が強く認められた3氏では,Ⅱ時点の質問1の尺度は1か2の積極的な動機が選択されていた.そこでは,B氏の経営の采配を振れること,D氏の使われるだけなのは楽しくないと確信したこと,F氏の雇用就農を選んだ自身の意思を重視し,独立就農後の展望も描いているといった回答が認められた.3氏は,農業という職業選択を自己対象化と位置づけることで,職業とする意味を見出していると考えられる.さらに,B氏やD氏は地域社会との関わりや地域の消費者の声を重視し,F氏は食や農業の社会的重要性を重視しており,アソシエーション的要素も認められた.3氏は,自己対象化的に目指す農業をしていくなかで,アソシエーション的要素を追求していると考えられる.特にB氏のアソシエーション的要素の形成には,Ⅰ時点の農家手伝いを通じて出身地域でのビジネスに可能性を見出したことが,関与していると考えられる.

第2に,自己対象化的要素が強く認められなかった3氏のうち,A氏はⅡ時点の質問1の尺度は1が選択され積極的だったが,C氏とE氏は4が選択され消極的だった.このような違いが生じた要因は就農理由にあったと考えられる.A氏は,農業法人の低い給料水準や妻の後押しを新規参入した理由に挙げ,自己対象化的要素は弱い.対して,生協組合員からの期待に応えること,自然環境や地域社会との関わりといった回答が認められた.A氏は,生協の契約栽培農家や地域社会の一員として農業に取り組み,アソシエーション的要素を追求していくことに職業とする意味を見出していると考えられる.このようなアソシエーション的要素の形成には,Ⅰ時点の雇用就農を通じて契約栽培農家として農業をする魅力を見出したことが,関与していると考えられる.

他方,C氏とE氏は,他の職業への適性や就職活動の難航を親元就農した理由に挙げ,自己対象化的要素は弱い.対して,C氏の地域の農家仲間との連帯,E氏のNPO法人を通じた地域内外との交流といった回答が認められ,A氏と同じように,アソシエーション的要素の追求に職業とする意味を見出していると考えられる.ただし,C氏とE氏に特徴的なのは,自営農業の継承という家族員からの期待に応えることが重視されていたことである.Ⅱ時点の質問2で,C氏は親元就農した理由に家族員の後押しを挙げ,E氏は祖父が喜んでくれたことを挙げている.その背景には,体調悪化や高齢等,現世代のリタイアが迫るなかで,自身が次世代とならなければならないという,農家世帯出身者の使命感が指摘できる.C氏とE氏は,就職活動前は親元就農に明確な意思を持っていなかったが,進路選択の制約後,直ちに実家手伝いや親元就農を開始していた.このことは,就職活動等の進路選択の際も,自営農業に何らかの考慮をしていたことを表している.

さらに,留意すべきは,A氏の生協組合員との交流,C氏の農家仲間の連帯,E氏のNPO法人を通じた交流に認められるように,3氏は,受動的な承認・評価に留まらず,自身で社会的関係を構築しようとしていたことである.このことは,アソシエーション的要素は能動的に追求できることを表している.

(3) アソシエーションの労働観と農業への定着

このように,自己対象化的要素が強く認められた3氏では,自己対象化的要素が目指す生き方・働き方を実現するための職業選択時の動機となっていた.他方,自己対象化的要素が強く認められなかった3氏では,アソシエーション的要素によって職業とする意味を見出し,同要素を能動的に追求していく実態も認められた.さらに,自己対象化的要素が強く認められた3氏でも,目指す農業のなかでアソシエーション的要素を追求していた.このことは,職業選択時の動機では自己対象化が先行していても,職業を継続していくための動機には,アソシエーションの労働観が重要となることを表している.このようなアソシエーションの労働観の形成が,積極的な動機によらず農業に従事し始めたとしても,継続していくための定着要因となっていると考えられる.

そこで,本研究は,社会的関係の基盤としてアソシエーションの対象となる領域を「共的な領域」と呼び,次の2領域から捉えることを提唱したい.

第1領域は,農業者を起点とし,その仕事が自身以外の者と直接的に関係する領域で,地域の人々,地域の消費者,農家仲間等を含む地域社会に根差した共同体の領域である.農業は共同体のなかで仕事をしていくことと密接で,第1領域は農業を職業とすることで当然に生じるが,このことが野心的な経営展開の制約となることもある.しかし,事例農業者は,C氏やE氏に認められるように,地域内外との関わりや農家仲間との連帯を重視し,自己対象化的要素が強く認められたB氏やD氏も,地域の消費者の声を重視していた.このことは,共同体を単なる制約要因としてではなく,アソシエーションの対象として高く評価していることを表している.

第2領域は,第1領域の先にあり,その関係が人格に留まらず非人格的要素にもおよぶ領域である.A氏が指摘する農業を取り巻く自然環境や,顔が見えない多数の消費者,F氏がこの国の食や農業と呼ぶような,経営活動に密接だが直接的には目に見えない領域である.C氏やE氏に認められる農家世帯出身者の使命感もこれに含まれる.同領域は,農業の社会的責任に相当し,農業を職業とすることで社会から期待され,引き受けることとなる関係性の総体である.第1領域の仕事に伴って第2領域が生じる場合が多いが,この国の食や農業といったように第1領域を伴っていない場合もあると考えられる.

本研究は,第1領域に加えて第2領域を伴ったアソシエーションの労働観を重視している.杉村(1997)は,「仕事生活の全体は,みずからの生をどう生きるかにまでつながる実現の行為としての目的性の軸と,さまざまな領域で他者とどう交わり責任を果たしていくかに関わる実践の行為としての共同性の軸とによってかたちづくられている」(杉村,1997:p. 215)と指摘した.自身の仕事を,自己実現に加えて共同性のなかで位置づけ,地域社会や人々との関わりに留まらず,仕事を通じた社会的責任を引き受けながら追求していくことで,その労働観は具体的で存立環境に根差したものとなる.このように労働観を形成していくことが,農業を職業とする意味を一層明確にすると考えられるからである.

7. むすび

本研究は,進路選択の制約をきっかけに農業に従事し始めた青年を事例とし,その定着要因に労働観の視角から接近して,次の3点をあきらかにした.

第1に,農業を継続していくための動機の形成に関して,大石(1999)は,青年が持つ農業者像と期待される役割をすりあわせ,社会的関係を構築していく自己同一化のなかで形成されるとした.本研究は,大石の議論に踏み込み,その仕事が社会的関係のなかで承認・評価されることに意味を見出す,アソシエーションの労働観に着目した.事例農業者の実態から,自身を起点とする自己対象化の労働観は職業選択時の動機として重要だが,職業を継続していくための動機には,社会的関係を起点とするアソシエーションの労働観が重要な役割を担っていた.

第2に,農業に向ける労働観に関して,藤田(1997)安藤(1999)が指摘したように,かつて農業という職業には,地域の農業体系に組み込まれ,生業として農地を継承していくといった労働観が向けられていた.しかし,事例農業者は,社会的関係のなかでの経営展開を肯定的に捉え,その仕事が共同体のなかで承認・評価されることを高く評価していた.本研究は,このような社会的関係のなかで農業を展開していこうとする動機を受け止め,アソシエーションの対象となる領域を共的な領域として提唱した.

第3に,農業への定着要因に関して,本研究は,積極的な動機によらず農業に従事し始めたとしても,アソシエーションの労働観を形成することが定着要因となり得る実態を解明した.岩本(1998)香坂・柴田(2018)は,仕事を通じた社会的関係のなかでの承認・評価が定着に関与していると指摘したが,本研究は,そのような目に見える範囲の社会的関係である共的な領域の第1領域に加えて,より広範な社会的関係である第2領域を伴ったアソシエーションの労働観を形成することで,農業を職業とする意味が一層明確となる可能性を示した.このことは,就農支援の場面で有用となる次の知見を示している.

第1領域に基づく支援として,農家仲間や地域社会のなかでの承認・評価が定着を促進させているとすれば,そのきっかけとなるつながりが重要である.農協の生産部会や青壮年部,地域の農業青年クラブや消防団等はそのための基盤となる.就農支援に携わる普及指導センターや農協等の関係機関は,就農相談の際に,このような組織への加入を勧めるといった方法が有効である.さらに,青年を見守るよう近隣農家や集落等に働き掛けることも,間接的に青年の第1領域に基づく労働観の形成を促進すると考えられる.また,第2領域に基づく支援として,農業の社会的責任や社会的重要性に応えることへの青年の自負が定着を促進させているとすれば,関係機関の職員は,戸別訪問や経営相談の際に,青年への社会的期待を示し励ますといった方法が有効である.さらに,農業や農業者の社会的責任・重要性を広く社会に啓発していくことも,間接的に青年の第2領域に基づく労働観の形成を促進すると考えられる.

しかし,労働観の形成を定着要因として確立するには,定着を阻害する何らかの要因,例えば条件の良い就業機会が現れた場合,形成された労働観がどのように抗力を発揮することで,その職業に留まり続けていけるかについて踏み込んだ研究が求められる.このような点に関しては今後の課題としたい.

1  不況の影響が最も深刻だった年度の状況として,厚生労働省(2011)の調査によれば,例年70%程度で推移している10月1日時点の大学生等の就職内定率が,2011年3月卒業者では57.6%に低下した.同日は多くの企業が内定式を開催する日であり,同日の内定率の低下は,内定を得られていなかったり,その後に内定を得られたとしても,当初の希望とは異なる結果となったりした者が増加したことを表している.

2  岩本(1998)は,看護師へのアンケート調査から,職務満足をF・ハーズバーグの衛生要因と動機づけ要因から分析した.衛生要因とは,人間関係,職場環境,給料等であり,不足すれば不満を感じるが積極的に満足を高めない.動機づけ要因とは,職務内容,職務の達成・評価等であり,仕事を通じた成長や成果につながる.そして,衛生要因が低くても動機づけ要因が高ければ職務満足が高まり,在職期間を長くしていると指摘した.また,香坂・柴田(2018)は,ホテル従業員へのアンケート調査から,自身の仕事が職場で承認されることが従業員のキャリア形成志向を高めること,上司や同僚に加えて外部者である顧客からの評価も重要であるとした.

3  結果的に,質問1と質問2から自己対象化的要素が,質問3と質問5からアソシエーション的要素が多く認められた.これは,主に職業選択時の動機を捉えた質問1と質問2に対して,質問3以降は,職業を継続していくための動機を含む,それ以前では捉えきれない動機を捉えたからだと考えられる.

引用文献
 
© 2022 The Association for Regional Agricultural and Forestry Economics
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