アジア動向年報
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各国・地域の動向
2019年のASEAN インド太平洋構想の発表
鈴木 早苗(すずき さなえ)
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2020 年 2020 巻 p. 179-192

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2019年のASEAN

概 況

2019年,ASEANはインド太平洋協力に関する方針を発表し,ASEAN主導の枠組みの重要性,海洋協力,開発などの分野での協力の必要性を訴えた。

政治安全保障分野では,南シナ海領有権問題で,フィリピンとベトナムが中国と南シナ海で衝突する事件が起きたことに対し,アメリカが関与を強めており,中国の反発を招いている。ロヒンギャ難民の問題では,ミャンマーへの帰還に向けたASEANの支援が始動した。8月,ASEAN事務局の新しいビルが完成し,ジャカルタにおけるASEANと域外国との協議の加速が期待される。

経済分野では,ASEAN域内貿易・投資の拡大が続いている。ASEAN経済共同体関連の取り組みとしては,物品貿易の手続きや自由貿易協定(FTA)に関して協力の進展がみられた。南シナ海領有権問題とは対照的に,経済協力を強化することに関しては中国との間で合意がなされた。インド太平洋に関するASEANの方針を踏襲する形で,インフラ強化や都市開発の分野で,中国の一帯一路構想との連携を目指すというものである。そのほか,域外国との関係では,東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の交渉においてインドが離脱し,妥結は2020年以降に見送られることになった。

政治安全保障協力

インド太平洋協力に関する方針の発表

日本やアメリカなどが推進する「インド太平洋」構想に対して,6月,ASEANの方針が示された。ASEANの方針はインドネシアの提案がもとになっている。インドネシアは2018年,中国を入れた形の構想に合意するよう加盟国に打診していたが,合意は得られないままだった。2019年3月,インドネシアは「インド太平洋に関するハイレベル対話」を主宰し,東アジアサミット(EAS)諸国を招待した。インドネシアのインド太平洋構想案は,開放性や包括性,協力と対話などの原則とともに,国連の持続可能な開発目標(SDGs),海洋協力,インフラ開発などを通じた連結性の強化など,具体的な協力分野を盛り込んでいた。

6月の首脳会議で示されたASEANの方針には,以下の特徴がある。第1に,既存のASEAN主導の枠組みでインド太平洋協力を推進することである。代表的な枠組みとして,EASが想定されている。第2に,協力の原則を強調した。内政不干渉やASEAN中心性をはじめとするASEANの諸原則とともに,開放性,包括性,国際法の尊重などの原則が盛り込まれた。一方,日本やアメリカが想定するような民主主義や人権保障などには触れられていない。これは,暗に中国を協力メンバーとして想定しているともいえよう。また,競争(rivalry)ではなく,対話を重視し,開発と繁栄について協力する地域にするとの方針も示された。日本・アメリカによるインド太平洋構想と中国の一帯一路構想が対立する地域にはしないとの立場を確認したといえる。第3に,重点協力分野として,インドネシア案を踏襲し,海洋協力や連結性の強化,SDGsなどが盛り込まれた。つまり,インド太平洋地域という枠組みで経済協力を推進する方向性が示されたといえる。

このように,インドネシア案の多くがASEAN方針として採用された形になったが,具体的な活動については十分なコンセンサスができていない。インドネシアは,2020年にASEANインド太平洋インフラ・連結性フォーラム(ASEAN Indo-Pacific Infrastructure and Connectivity Forum)を主宰することを提案したが,11月の首脳会議はこの提案に留意するという文言に留めている。

ASEAN方針が発表される直前,アメリカはインド太平洋戦略報告書を発表し,同盟国・友好国を列挙したうえで,これらの国とのネットワークを強化することを打ち出した。中国はこうした国々のリストから外され,中国を排除した形のインド太平洋構想を改めて提示した形となった。11月のASEAN・アメリカ首脳会議は,こうしたアメリカのインド太平洋戦略とASEAN方針の関係を話し合う機会として期待された。しかし,アメリカのトランプ大統領は,2018年に続き首脳会議を欠席し,アメリカのASEAN軽視に抗議して,タイ・ベトナム・ラオスを除く加盟国の首脳も欠席したため,インド太平洋をめぐる実質的な議論はなされなかった。

一方,後述するように,中国との間ではこのASEAN方針をもとに経済協力の推進で合意するなど,具体的な進展がみられる。11月の首脳会議終了後,インドネシア外相は,「ASEAN方針に賛同した国がインド太平洋協力に資金を投入することになろう」と発言し,暗にアメリカの不在を批判し,中国への支持を表明した。

日本は,12月に自国の「自由で開かれたインド太平洋」構想において,ASEAN各国に対し,2020年からの3年間に総額30億ドル規模の投融資を実施する方針を示したが,ASEAN方針との明確な関連付けは示されなかった。

南シナ海問題

対立が続く南シナ海領有権問題については,協力の進展という意味では2018年から大きな変化はなく,関係諸国の間で衝突事件が相次いだ。

6月と11月の首脳会議,7月の外相会議の声明は,2018年を踏襲する文言が並んだ。すなわち,「ASEANと中国との関係改善に留意する」という積極的な評価と「埋め立てや緊張を高める活動に対して懸念を表明する」という表現の併記である。2018年に続き,対中関係への配慮と中国への警戒心をバランスさせたものとなっている。

中国とASEANは2002年の「南シナ海における関係諸国行動宣言」(DOC)を格上げして,「行動規範」(COC)を策定すべく協議を続けている。2018年はCOCに関して「単一の交渉草案」(a Single Draft COC Negotiating Text:SDNT)を策定することで合意した。2019年7月31日,ASEANと中国はSDNTの第1回検討作業を終了したという。SDNTの中身も協議の内容も明かされていないが,引き続き中国がCOC締結国以外の国(アメリカを想定)の介入を排除する条項を入れるように求めており,ベトナムやフィリピンはCOCに法的拘束力を付すことを主張している模様である。フィリピンの前外相は,フィリピンが提訴し,中国の主張に法的根拠がないとした2016年の仲裁裁判所の判決(『アジア動向年報2017』,ASEANの章を参照)をCOCに盛り込むべきだと主張している。

一方,フィリピンと中国,ベトナムと中国との間で,南シナ海上で衝突が相次いだ。6月,フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内のリード堆(フィリピン名:レクト環礁)で,フィリピンの漁船が中国のトロール船に衝突され,船員が海に投げ出された。中国のトロール船は救助することなく逃げ去り,ベトナムの漁船が救助した。後に中国側が謝罪したが,この事件をきっかけにフィリピン国内では,中国ならびに中国寄りのドゥテルテ政権への批判が高まった。ドゥテルテ大統領は,6月のASEAN首脳会議で重大な懸念を表明し,8月の訪中時には2016年の仲裁裁判所の判決を持ち出したとの報道もなされた。一方,中国は,仲裁裁判所の判決を外交材料にしないことを条件に,ガス開発の権益の過半数を譲渡することを提案し,ドゥテルテ政権に揺さぶりをかけている。ベトナムでも同国のEEZ内で7月,中国による石油探査が発覚し,違法行為の停止を求めたが中国側は無視している。

こうした衝突に対し,「航行の自由」の確保を主張するにとどまっていたアメリカがこの地域の平和と安全に対して具体的な行動をとり始めた。3月,ポンペオ国務長官は南シナ海でフィリピンに対する武力攻撃が行われた場合には相互防衛条約に基づいてフィリピンを防衛すると明言し,中国の反発を買った。7月のベトナムと中国の衝突については,ベトナム側のガス田プロジェクトにアメリカ企業が関与していることもあり,国務省が声明を発表し,中国の行為は地域の平和と安全を脅かすものだと批判した。11月には,エスパー国防長官がASEANに対し,「行動規範が中国の違法な行為を正当化するものであってはならない」と警告した。関連して,2018年のASEANと中国の合同海軍軍事演習に続き,2019年にはASEANとアメリカが初の合同海軍軍事演習を実施した。演習はタイ湾近くで行われ,1200人以上が参加した。

ロヒンギャ難民帰還に向けた支援

ミャンマーのラカイン(ヤカイン)州を追われて難民化したロヒンギャについて,その帰還に向け,ASEAN防災人道支援調整(AHA)センターを中心に,ASEANの支援が進められている。ロヒンギャの帰還に向けた取り組みは,2017年のミャンマー政府とバングラデシュ政府の覚書に基づいた実施が予定されてきたが,ロヒンギャが帰還後の安全が保障されないままの帰還を拒否しているため,実現していない。ラカイン州において仏教徒のアラカン軍と国軍との衝突が起きて,治安が悪化していることも帰還を難しくしている。膠着状態のなか,ロヒンギャを対象とする人身取引の被害の拡大が懸念されている。

2018年12月,AHAセンターの代表とともに,ASEAN事務総長がラカイン州を訪問し,帰還に向けた状況の把握と協力可能な分野の検討に努めた。この際,AHAセンターによるニーズ評価ミッション(Needs Assessment Mission)派遣の必要性とその役割についてミャンマー政府側と合意がなされた。2019年1月のASEAN非公式外相会議は,評価ミッションのミャンマーへの派遣を了承した。評価ミッションは,3月,AHAセンターのASEAN緊急対応評価チーム(Emergency Response and Assessment Team:ERAT)によって実施され,予備的ニーズ評価(Preliminary Needs Assessment:PNA)が6月の首脳会議に提出された。

PNAは,ERATとASEAN事務総長がミャンマー政府と調整しながら策定したとされ,人道危機の側面は過小評価された。たとえば,国連が74万人と推定した難民の数は50万人とされ,2年以内の帰還が可能だと結論付けられ,人権侵害については言及を避けている。一方で,帰還支援のためのASEAN-ERAT訓練プログラムを立ち上げることなどが進言された。6月の首脳会議では,人権侵害に対処するという姿勢は示されない一方で,「ミャンマー政府がラカイン州のすべての共同体の安全を確保し,追われた人々の安全な帰還を進めることを支持する」「ミャンマー政府が設置した独立調査委員会が人権侵害や関連する問題に対して公正で独立した調査を実施することを期待する」との声明が発表された。このメッセージは7月末のASEAN外相会議でも繰り返し伝えられた。こうしたASEAN諸国の求めに対し,自発的に帰還する難民には臨時身分証明書(National Verification Card)の発行をミャンマー政府が検討しているとの報道があった。

PNAの進言に基づき,7月末のASEAN外相会議の直前,AHAセンターの代表者とASEAN事務総長は,ミャンマー政府のハイレベルミッションに同行して,ロヒンギャ難民が住むバングラデシュのコックスバザールを訪問し,状況の把握を行っている。11月の首脳会議では,事務局内に特別支援チームを立ち上げるというASEAN事務総長の提案を支持する旨が表明された。12月,その支援チームにインドネシア政府が約50万ドルを支援すると表明した。

こうしたASEANの取り組みは,タイ,インドネシア,マレーシアの積極的な働きかけによるところが大きい。2019年議長国であるタイの外相は,バングラデシュ・ミャンマーを訪問して意見調整に取り組んだ。インドネシアもAHAセンターの役割拡大を提案するなど積極的に動き,マレーシアはロヒンギャ難民への対応についてASEANの内政不干渉原則を適用すべきでないと主張した。しかし,こうした一部の加盟国の主張にもかかわらず,全加盟国の総意としてのASEANの取り組みは,実施面においてミャンマー政府の関与が前提となっているため,同国政府にとって都合の悪い活動は展開されない仕組みになっている。一方,国際社会からの非難は強まっている。11月,イスラーム諸国を代表してガンビアがミャンマー政府をジェノサイド罪で国際司法裁判所に訴えた。ミャンマー政府は一部の過激派に対応したものだとして,訴えの不当性を主張している。

ジャカルタを中心とした外交

ASEAN事務局に16階建ての新ビルが完成し,8月8日,完成式典が行われた。旧ビルも引き続き活用されるが,ジャカルタで開催される会議のためのスペースを十分に提供できていないため,新ビルはそうしたニーズを満たすことが期待されている。

2008年のASEAN憲章発効後,さまざまな組織が新設され,その一部はジャカルタに常設された。代表的な組織としては常駐代表委員会(CPR)がある。CPRはASEAN全加盟国がジャカルタに常駐させることになったASEAN大使が集まる会議である。CPRの役割は,首脳会議による合意の履行,3つのASEAN共同体(政治安全保障,経済,社会文化)に関する活動の調整,事務局の運営・予算管理,域外国との関係構築などである。

CPRは行政的機能を主に担っていたが,その後,限定的ではあるが,政策立案・調整機能も担うようになった。ひとつは,ASEAN連結性の政策立案・調整を担うASEAN連結性調整委員会(ACCC)としての活動である。ASEAN連結性とは,インフラ開発などの物理的連結性,自由化措置などのルール作りを中心とする制度的連結性,ビザ手続きの緩和などの人的連結性を念頭に置いた,ASEAN域内のつながりを強化しようという取り組みである。第1マスタープラン(2010年),第2マスタープラン(2016年)に基づいてさまざまな取り組みがなされている。ACCCは組織上,首脳会議と直結しているため,その活動は首脳会議の決定につながる仕組みになっている。もうひとつは,域外国との関係構築である。2019年11月時点で,93の域外国がASEAN大使を任命し,ジャカルタに常駐させている。CPRは域外各国のASEAN大使と定期的に協議の機会を持ち,域外国との協力の行動計画を立案し,首脳会議に提出している。個別の会合もあれば,EAS大使会合のように複数の域外国が参加するものもある。

ASEAN事務局にも域外国からプロジェクト実施のために人員が派遣されている。アメリカ,オーストラリア,ドイツ,EU,日本などである(福永佳史「ASEAN外交におけるジャカルタの位置づけ」『アジ研ワールドトレンド』第241号,43~46ページ,2015年)。2019年,ASEANと中国はASEAN・中国協力基金管理チームを事務局内に発足させることで合意し,10月にASEANと中国から2人ずつが派遣され,業務を開始した。日本も日ASEAN技術協力協定に署名し,事務局内に国際協力機構(JICA)の専門家を派遣することになった。

ASEANの重要な政策決定は首脳会議や外相会議など加盟国が集まる定例会議でなされてきた。その点は基本的に変更ないものの,とくに域外関係における政策策定においてジャカルタに常設された組織の重要性が増してきている。

経済協力

経済共同体の進捗状況

2019年9月のASEAN経済大臣会議の発表によると,2018年のASEANの実質GDP成長率は5.2%で,前年と同等の水準を維持した。しかし,2019年と2020年の成長率はやや鈍化し,それぞれ4.8%と4.9%と予想された。物品貿易は前年比8.7%増加し,サービス貿易は10.6%の増加だった。2018年のASEAN地域への海外直接投資(FDI)の全流入額は5.3%増加して,1547億ドルに達した。このうち,サービス分野への投資が60.7%を占め,引き続きFDIをけん引している。ASEAN域内貿易は全体の23%と過去最大となり,域内投資についても全体の15.9%を占めた。2018年の貿易上位3カ国・地域は中国,EU,アメリカであり,投資ではEU,日本,中国が上位を占めた。

ASEAN事務局が運営するサイト(https://asw.asean.org)によると,ASEAN物品貿易協定(ATIGA)の実施状況に関して,ASEANシングルウインドウで実施されている電子原産地証明書の運用が,2019年末までに全加盟国で開始された。2019年9月時点では,すでに運用が実施されているインドネシア,マレーシア,タイ,シンガポール,ベトナムに加え,ブルネイとカンボジアで開始されている。その後,フィリピン,ラオス,ミャンマーが参加した模様である。

ATIGAの原産地証明手続きについて,これまでの第三者証明に加え,自己証明による方法を導入する手続きが進められている。自己証明制度を導入するため,2018年にATIGA改正第一議定書が署名された。2019年9月のASEAN経済大臣会議では,議定書の批准を加速化し,2020年3月までに加盟各国が自己証明制度の導入を実現することを目指すとした(蒲田亮平「運用規則の正確な理解を通じたFTA利活用を(タイ)」地域・分析レポート,2019年6月4日,日本貿易振興機構[ジェトロ])。

ASEAN経済共同体全体のモニタリングと評価は加盟国訪問調査の形で実施されている。2017年のフィリピンに続き,2018年はインドネシアに加え,ブルネイ,マレーシアで実施された。2019年9月の経済大臣会議開催時点で,2019年はミャンマーとシンガポールで実施予定であるとされた。

ASEANが域外国・地域と締結するFTAについても進展があった。2019年2月に,日・ASEAN包括的経済連携協定(AJCEP)の第一改正議定書が署名された。物品貿易が中心の現行協定に加えてサービス貿易および投資の自由化に関する規定の充実が図られた。6月,香港とASEAN5カ国(タイ,シンガポール,ミャンマー,ベトナム,ラオス)の間でFTAおよび投資協定が発効した。EUとのFTA交渉にも進展があった。2007年以降,EUはASEANとのFTA交渉の可能性を探っていたが,ASEAN加盟各国と個別FTAを締結する方針に転換し,ベトナムとのFTAが6月に署名され,シンガポールとのFTAは11月に発効した。

中国との経済関係強化

南シナ海領有権問題とは対照的に,中国とASEANは経済関係の強化で合意した。11月のASEAN・中国首脳会議では,ASEAN連結性に関する第2マスタープランと一帯一路構想との相乗効果を高めること,2018年に発表されたASEANのスマートシティネットワークに中国が協力することが確認され,それぞれ声明が発表された。

先述したように,ASEAN連結性は,インフラ開発などを進める取り組みのため,一帯一路構想との親和性も高く,今回の首脳会議でその連携により相乗効果を高めようという方向性が示された。その特徴は,第1に,ASEAN地域と中国との,とくにインフラによる連結性を高めること,第2に,先述したインド太平洋に関するASEAN方針の原則を重視すること,第3にASEAN地域のインフラ開発への中国の支援を強化することである。

ASEANスマートシティネットワークに関しては,ASEAN諸国および中国の地方政府間の交流を促すこと,ASEAN諸国の各都市と中国の主要都市とのつながりを強化することが合意された。興味深いのは,ASEAN地域と国境を接する中国南部の都市だけでなく,中国の主要都市とのつながりを強化することが目指されている点である。声明では,南寧,厦門,杭州,済南,昆明,深圳,南京,成都が挙がっている。

11月の首脳会議はトランプ大統領が欠席したためアメリカのプレゼンスは低下した。その間隙をねらって,中国はインド太平洋に関するASEAN方針に賛同し,インフラ支援や都市開発などの分野において,ASEANの協力枠組みと自国の一帯一路構想との結びつきを明確にした。

東アジア地域包括的経済連携(RCEP),翌年妥結へ

RCEPの交渉は,2018年に続き,2019年も難航したが,11月のRCEP首脳会議では2020年2月の締結を目指すことが表明された。

2019年前半には,年内に締結するとの決意表明が出され,締結可能であるとの報道もなされていた。しかし,8月ごろまでにルール分野での合意は停滞した。8月に入り,20の交渉分野のうち,サービス貿易で実質的に合意したとの報道がなされた。9月のASEAN経済大臣会議の時点で実質的合意に至った分野は,税関手続・貿易円滑化,衛生植物検疫措置,任意規格・強制規格・適合性評価手続,サービス貿易,経済技術協力,中小企業,政府調達,制度的事項である。その後,合意分野は,9月末の第28回交渉会合(ベトナム,ダナン)で13分野,10月の閣僚中間会合(バンコク)では18分野となった。

以上のルール分野での交渉とは別に,関税引き下げなどは二国間で話し合うことになっており,とくに,インドと中国の交渉が最後までRCEP締結の足かせとなった。インドは中国からの安い製品に対し,関税を引き下げることに最後まで抵抗し,11月には,輸入量が急増したときにセーフガード措置を導入するという提案もしている。こうしたインドの態度に対し,中国はASEAN+3(日本,中国,韓国),もしくはインドを除く15カ国での締結を目指すことを提案し,一部のASEAN諸国も賛同したという。それに対して,日本はインドを含めた16カ国での合意を目指す姿勢を維持し,インドネシアとタイもインドに貿易担当大臣を派遣し,ASEAN事務局担当者とともに説得と調整を試みた。

しかしながら,中国製品が流入することにインドの農業団体などが反対し,抗議デモが起きたため,インドのモディ首相は,RCEPからの離脱を決定し,関係諸国に通知することとなった。11月のRCEP首脳会議では,インドを除く15カ国で2020年の締結を目指すことで合意した旨の声明が発表された。

インド政府としてはセーフガード措置の導入を提案するなど,最後までRCEP締結を目指していた。タイやインドネシアからの説得などもあり,その点で,交渉当事者間の意思疎通や妥結に向けた努力は共有されていた。しかしながら,インド国内の関連業者・団体の激しい抵抗を前に締結を断念せざるを得なかった。

2020年の課題

ASEANが発表したインド太平洋に関する方針は,具体性を欠くものの協力の原則や協力分野などを打ち出した点で,域外国からさまざまな反応を呼び起こした。中国は,経済分野において,明確にASEAN方針と自国の一帯一路構想を結びつけることに成功した。今後は,アメリカや日本など関係諸国が,ASEAN方針をどう扱い,自らの方針とすり合わせるかが注目される。

南シナ海の領有権問題については,中国の行動やCOCに盛り込む事項について同国がさまざまな提案をしていることを踏まえると,早期の策定を目指すことがASEANの利益になるのか再検討しなければならない。アメリカが警告するように,早期策定を条件に中国の提案に合意することはASEANに不利益をもたらすかもしれない。ロヒンギャ問題については,ミャンマー政府の意向に沿ったASEANの支援がどこまで国際社会の理解を得られるかが問われる。

RCEPの交渉は,インドが離脱したことで,締結に向けた主な障害が取り除かれたことを歓迎する国もあるが,インド離脱によりRCEPの効果が下がるとの懸念も広がっている。2019年末時点で,日本はインドを含んだ妥結の可能性をなおも探っている。インドを除く15カ国によるRCEP締結が実現するとしても,インドの参加は今後の課題のひとつとなろう。

(東京大学大学院総合文化研究科)

参考資料 ASEAN 2019年
①  ASEANの組織図(2019年12月末現在)

(出所)ASEAN事務局ウェブサイトに基づき筆者作成。

②  ASEAN主要会議・関連会議の開催日程(2019年)

(注)1)ASEAN+3(日本,中国,韓国),東アジアサミット(EAS),ASEAN諸国と域外対話国(ASEAN+1)などとの閣僚会議を同時開催。2)ASEAN+3首脳会議,EAS,ASEAN+1首脳会議を同時開催。

(出所)①ASEAN事務局ウェブサイトよりダウンロードした各閣僚会議・首脳会議の合意文書,②新聞報道などに基づき筆者作成。①~②は,開催日時に違いがある場合に参照する優先順位。

③  ASEAN常駐代表(2019年12月末現在)

④  事務局名簿(2019年12月末現在)

(注)*は出身国。

 
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