地質調査研究報告
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論文
北海道 胆振地方,白老地域と周辺3広域地域の「温泉水」の 地球化学・同位体化学的な特徴と起源
-「深層熱水型資源」・「大深度(掘削)温泉」の事例研究-
茂野 博
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2011 年 62 巻 3-4 号 p. 143-176

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抄録

 北海道の西部と中央部の境界部に位置する太平洋岸の白老地域では,1960 年代から深度400 ~1,600 m の坑井掘削によって,温度40 ~60℃の温泉水が広域的に多量に湧出している.本地域を中心に周辺の3 広域地域(西方の第四紀火山域,東方の石狩低地帯と古第三系域)を含めて,地下(特に深度~1,500 m 深までおよび~3,000 m 深まで)に賦存する熱水系の特徴と起源を明らかにする目的で,地表水・地下水・温泉水について地球化学・同位体化学的な調査・研究を行った.これらの地域についての従来の各種研究の成果を基礎として,その結果は以下の(1) ~(4) のようにまとめられる.
 (1) 第四紀火山域(北海道西部の東縁山地にあたり,先古第三系を基盤として新第三系が分布し,第四紀火山活動が活発)では,多様な温泉が自然湧出している.特に,登別地区(高温噴気地や酸性変質帯を伴う)では,高温・高塩濃度で酸性~中性・Na-Ca-Cl 型の温泉が分布し,温泉水の高いδD 値・δ18O 値などからマグマ起源の流体の寄与が推定される.地熱開発促進調査の坑井調査によってカルルス地区周辺では,深部に隠された高温熱水系(~200℃以上)の存在が捕捉されている.
 (2) 白老地域(下記(3) の石狩低地帯の南西端部にもあたるが,北海道西部に位置して上記(1) の第四紀火山域に接する海岸平野~丘陵域)では,低塩濃度の中性・Na-Cl 型(西部ではSO4 に富み,東部ではNa-HCO3 型となる傾向)の温泉水が上記のように湧出し,西部では最高90℃/km に達する温泉水の湧出温度に基づく高い見掛けの「地温勾配」を持つ.本地域(特に西部・中部)の温泉水については,近接する第四紀火山群の分布,上記の化学的・温度的な特徴,温泉水の同位体組成(~+1.0‰のδ18O 値シフト),地球化学的温度計(Na-K 温度計,Na-K-Ca 温度計,混合水モデルによるSiO2 温度計)による高い推定温度(200 ~250℃)などから,(1) の西方山地への降水を起源として地下深部のマグマ溜まり~高温火成岩体を伝導的な熱源とした潜頭性の本源的な深部高温熱水系(白老地域に近接する上記のカルルス地区周辺で捕捉されたものに類似)が起源となっている可能性が高いと推測される.δD 値・δ18O 値の特徴などから,白老地域の熱水系については上記の登別地区のようなマグマ起源流体の寄与は小さく,また倶多楽湖・支笏湖の湖水,海水・化石海水の寄与は非常に小さいと言える.
 (3) 石狩低地帯(新第三紀~第四紀の海成堆積岩類が厚く分布する大規模な沈降帯で,地温勾配が低い)では,「大深度温泉」は広域的に深部に分布し高塩濃度・中性・Na-Cl 型の海水~化石海水を主要な起源とするものと,西部などの相対的に浅部に分布し低塩濃度・中性・NaHCO3 型の降水を起源とするものに概略的に2分される.石狩低地帯西部の千歳蘭越地区の深度~1,000 m からの低塩濃度のものは,特異的に低いδD 値・δ18O 値を持ち,上記(1) の西方山地の標高~1,000 m の降水(過去の寒冷期の可能性あり)を起源としていると推定される.一方,石狩低地帯東部の馬追松原地区の浅い坑井からの低塩濃度と高塩濃度の温泉水は,分布する活逆断層・褶曲によって地下深部から温泉水が上昇していることを示す.
 (4) 古第三系域(上記(3) の石狩低地帯の東方で,夕張山地の南縁部−日高山脈の西縁部の丘陵地にあたり,白亜紀~新第三紀の海成堆積岩類が厚く分布する複雑な逆断層・褶曲帯)に湧出する穂別村上地区の温泉水は,低温・高塩濃度の中性・Ca-Na-Cl 型で高いδD 値・δ18O 値を持ち,起源水として続成作用が進んだ化石海水に富むと考えられる.北方の夕張炭田地域では,同様の化学的特徴を持つ「大深度温泉」(深度~1,500 m で~57℃)が開発されるとともに,石油・天然ガス基礎調査の「基礎試錐」のコア試料によって,衝上断層群の周辺に~200℃以上で生成した流体包有物の分布が報告されている.これらのことは,太平洋プレート−スラブの斜め沈み込みによって,千島弧の前孤域に位置するが特異な隆起・断裂形成環境にある夕張山地−日高山脈とその周辺地域では,地下深部から上昇するかなり高温の温泉水が少なくとも局地的に賦存していることを示唆している.

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© 2011 産業技術総合研究所 地質調査総合センター
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