日本物理学会誌
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最近の研究から
強い斥力を持つ重い電子系化合物でのオンサイト引力による超伝導
竹中 崇了芝内 孝禎常盤 欣文松田 祐司
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2018 年 73 巻 8 号 p. 575-580

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抄録

超伝導は物質が見せる最も劇的な現象の一つであり,カマリン・オンネスによる発見以来多くの研究者を惹きつけてやまない.超伝導は2個の電子が対を作り,ボース・アインシュタイン凝縮に類似した量子凝縮を起こすことによって生じる相転移現象である.ほとんどの超伝導体での対形成は,電子格子相互作用,つまり格子を組む正イオンの振動による分極を媒介することにより起こる.この場合,同じ原子の位置(オンサイト)で引力が生じる.超伝導転移によりフェルミ面における電子励起スペクトラムにエネルギーギャップが生じるが,超伝導ギャップ関数の波数依存性は対形成の相互作用と密接な関係にある.一般にオンサイト引力の場合,フェルミ面のどの方向でも有限のギャップが等方的に開き,ギャップ関数が符号を変えないs波となる.

一方で,電子間にはたらく強いクーロン斥力が無視できず,電子が強い相関を持って動き回る強相関電子系とよばれる物質群がある.その代表格が3d軌道に電子を持つ遷移金属物質である銅酸化物と鉄系化合物,そしてf軌道に電子を持つ希土類やアクチノイド物質で重い電子系とよばれる化合物である.このような系で発現する超伝導現象は,高温超伝導,量子相転移,非フェルミ液体,磁気秩序などの他秩序と超伝導の共存と競合,といった凝縮系物理学における主要テーマを数多く内包する.これらの強相関電子系では,強いクーロン斥力のためオンサイト引力で超伝導電子対を組むことができないと一般に考えられ,磁気揺らぎを媒介として対形成が起こると考えられてきた.この場合,超伝導ギャップ関数は大きな波数依存性を持ち,符号反転が生じることから,フェルミ面のある方向で超伝導ギャップが消失したノード構造(ゼロ点)が多くの場合現れる.

これらの非従来型超伝導研究の先駆けとなったのが,1979年のCeCu2Si2における超伝導の発見である.この系は,f電子と伝導電子の混成によって起こる近藤効果により非常に狭いバンドが形成され,その結果強い電子間斥力により,電子の有効質量が自由電子よりも一千倍近く重くなった電子状態が低温で実現し,超伝導に転移する.この物質は,磁気秩序相からわずかにずれたところに位置しており,臨界的な磁気揺らぎを反映して,様々な物理量の温度依存性が従来の金属とは大きく異なる,いわゆる非フェルミ液体的振る舞いを示す.さらに,超伝導ギャップ構造は長い間,非従来型のノードを持つものだと考えられており,対形成の機構は磁気揺らぎによる非従来型のものであるとされてきた.最近我々は,比熱,熱伝導度,磁場侵入長,電子線照射の実験を行い,多角的にこの物質の超伝導状態を詳細に研究した結果,超伝導ギャップ関数はフェルミ面のどの位置にもノードを持たないだけでなく,符号反転も伴わない従来型のものであることを明らかにした.

このことは電子間の強いクーロン斥力にも関わらず,オンサイト引力により超伝導が生じることが可能であることを意味しており,「磁気揺らぎを媒介とした非従来型超伝導」という長い間信じられてきた常識に再考を促すものである.非従来型超伝導という一大分野を切り開いた最初の重い電子系超伝導体CeCu2Si2は,今再び超伝導研究に新たな展開をもたらそうとしている.

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