日本物理学会誌
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最近の研究から
カイラル超流動体の軌道角運動量は何によって決まるか?
多田 靖啓
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2019 年 74 巻 2 号 p. 93-97

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抄録

反磁性や軌道磁性は歴史ある研究テーマであり,その値がどのようにして決まっているかという問題は,磁性物理学の基本的問題である.例えばランダウ反磁性や軌道強磁性は,基本的には状態密度などの電子構造が与えられれば一意的に定まるバルク物性である.一方で,現実の試料では試料表面に沿ってぐるぐると流れる電流,つまりエッジカレントが流れており,それが磁化を発生させている.したがって,試料表面を流れているにもかかわらず,エッジカレントもバルク物性であるということになる.これに対応して実験的には,試料の表面条件を完全にそろえなくても,物質固有の性質としてエッジカレントや軌道磁化が測定される.

実は,エッジカレントや軌道磁化は磁性体だけの専売特許ではなく,ある種のフェルミ粒子系超流動体・超伝導体においても重要な物理量となっている.そこではフェルミ粒子は対束縛状態をつくり,粒子対の波動関数は水素原子とのアナロジーで表すとs軌道的ではなく,( px+ipy),(dx2y2+idxy)などの軌道角運動量をもつものとなっている.軌道角運動量の正負に対応して( px-ipy)などの逆向き状態もあるため,このような系はカイラル超流動体・超伝導体と呼ばれている.電荷中性系の3HeのA相はカイラル超流動体であることが確立しており,電子系超伝導体ではSr2RuO4やいくつかのウラン系超伝導体などがその候補物質として知られている.これらの系はトポロジカル超流動体・超伝導体の典型例であり,試料表面にはエッジモードと呼ばれる特別な1粒子状態があり,それがエッジカレントや軌道角運動量に寄与すると考えられている.軌道角運動量は磁化に対応する基本物性であり,カイラル超流動体は磁場中金属や軌道強磁性体の類似物とみなすこともできる.素朴に考えれば,カイラル超流動体におけるエッジカレントやそれによる軌道角運動量は,金属や絶縁体の軌道磁化のときと同じようにバルク物性であり,さらにはトポロジーと関係していると期待される.ただし,その具体的大きさについては,「固有角運動量パラドックス」として1970年代の3He-A相の発見以来,40年以上議論されてきた歴史がある.

しかし,最近の研究によって,カイラル超流動体におけるエッジカレントや軌道角運動量は,トポロジカルでもなければバルク物性でもないことが明らかになってきた.様々な理論解析によれば,これらの量は試料表面や試料形状に強く依存し,条件によっては絶対値が何桁も変化したりベクトルとしての向きが反転したりする.これらの計算結果は,軌道角運動量は系に固有のバルク物性であるという素朴な期待からすると一見奇妙に思える.しかし,基本に立ち返って考察すると,それらに通底する非常に単純な物理的理由を見つけ出すことができる.つまり,カイラル超流動体の軌道角運動量は熱力学的に特徴づけられる量ではない,ということを一般的に示すことができる.このことは前述の軌道磁性とは本質的に異なる性質であり,実験的にもきわめて重要である.これまで3He-A相における軌道角運動量やSr2RuO4におけるエッジ電流の観測などを目指した実験が行われてきたが,その直接的測定は未だに未解決の難問である.その1つの理由として,エッジカレントや軌道角運動量の表面・形状依存性が影響していると思われる.今後,これらの量を実験的に測定し評価するためにも,試料表面・形状依存性などの基本的性質について改めて議論していくことが重要となってくるだろう.

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