日本物理学会誌
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解説
共振器オプトマグノニクス――実験を中心に
長田 有登
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2021 年 76 巻 8 号 p. 498-506

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抄録

合わせ鏡の中では多重反射した像が鏡の奥の方にずらりと並んで見え,その空間がまるで広がったように見えるものだ.合わせ鏡に「閉じ込められた」光と,同じくその中に捕らわれた物体は普段よりも多い回数出会うことになり,より強く相互作用するようになるとも考えられる.実はこれを半導体素子の端面と半導体中の電子で実装すると,こんにちよく使われる半導体レーザーの実現に繋がる.

光共振器によってその中の物質と光の相互作用を増強するというアイデアは非常に有用だ.これにより単一の原子と単一の光子がそれぞれ緩和するよりも速く量子的な情報をやり取りすることも可能になり,共振器量子電気力学という分野が花開いた.また,共振器オプトメカニクスでは,ほぼ透明な薄膜に対する光の輻射圧が,光共振器によって薄膜の振動状態を制御することができるほどに増強される.

本稿の主題となる光と磁気の相互作用についてはどうだろうか.光と磁気に関する研究はFaradayによる磁気光学効果の発見(Pockels効果の発見よりも50年早い)に端を発し,近年ではスピントロニクスの技術としての光によるマグノン(スピン波)の生成と検出,そして量子技術でのマイクロ波–光量子変換といった応用に向けてマグノンの光制御が精力的に研究されてきた.しかし,光と磁気の相互作用は非常に弱いことが知られている.これもまた光共振器で増強しよう,というモチベーションで共振器オプトマグノニクスが勃興した.

共振器オプトマグノニクス,つまり光共振モードとマグノンの相互作用の研究には,マグノンの寿命が長く波長1.5 μmの光に対して透明でもあるイットリウム鉄ガーネット(YIG,Y3Fe5O12)の利用が適している.ただし,レーザーの研究でよくやられるようにYIG結晶に反射防止コートを施してFabry–Perot共振器内に配置する,あるいはYIG結晶に高反射コートを施してFabry–Perot共振器とするのではなく,YIGの球がもつウィスパリングギャラリーモード(WGM)が利用された.WGMとは,誘電体球の内部を光が全反射しながら周回するような共振モードであり,偏光(スピン)だけでなく軌道角運動量の自由度ももつような興味深いモードである.

はじめは共振器オプトメカニクスと同様,共振器内の光子のマグノンによる非弾性散乱(Brillouin散乱)が単に増強されるものと思われていた.しかし上記のWGMを用いることによりマグノンによるBrillouin散乱の非相反性,Stokes/anti–Stokes散乱の非対称性といった興味深い性質の発現が実験により明らかになった.そのうえ,光とマグノンのスピンおよび軌道角運動量の授受やWGM光のスピン軌道結合の顕わな影響といった豊かな物理を内包することが明らかになったのである.

こういった実験結果に触発されるように共振器光による高速磁化反転や波数選択性・光による効率のよいスピン波生成の理論提案,そして微細加工技術を駆使した共振器オプトマグノニクスの実験研究などの新たな展開をみせている.このように,共振器オプトマグノニクスは光と磁気の研究に新たな舞台を提供し,いまなおスピントロニクスと量子エレクトロニクスの両面から,実験的にも理論的にもその応用が精力的に研究されている.

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