日本物理学会誌
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最近の研究から
泡沫滴からの液体ピンチオフ
谷 茉莉栗田 玲
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2022 年 77 巻 11 号 p. 740-744

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抄録

生クリームやカプチーノなどの食品,洗顔フォームや洗剤などの日用品,さらには消火泡まで,我々の身近には様々な泡が存在している.これらの泡は,一つの気泡と区別して「泡沫」(フォーム)と呼ばれる.すなわち,「泡沫」とは液体や固体中に多数の気泡が高密度に詰まった状態である.ここでは,溶媒が液体の泡沫(液体泡沫)のことを単に泡沫と呼ぶことにする.

泡沫の特徴の一つとして,その状態が時々刻々変化することが挙げられるだろう.泡沫内では気泡間の圧力差により,大きな気泡は膨張し,小さな気泡は収縮する.また,液膜の破裂や気泡の融合も起こる.さらには,泡沫内の液体流路(プラトー境界)のネットワークを通じて液体が排水される.この排水の効果により,泡沫の上部はドライ泡沫,下部はウェット泡沫へと変化していく.泡沫は我々に身近であり産業的な利用も多い一方で,物理的には非常に複雑であり,特に,泡沫が示すマクロな現象の多くは理解されていない.

我々は泡沫の重力下での振る舞いに注目した.風呂の壁などの鉛直壁に吹き付けられた泡沫内では,排水の効果により泡沫下部に液体が溜まっていく.さらには,泡沫下部から液体がちぎれる現象も観察される.このとき泡沫は一度に多くの液体を失うことになる.洗剤溶液が持つ殺菌成分なども流出して機能性が著しく低下するため,産業的には防ぎたい現象の一つといえる.しかし,鉛直な壁につけられた泡沫の挙動やそのメカニズムは,これまで解明されていなかった.

この問題に対して,我々はシンプルなモデルを考案し実験を行った.ヘレ・ショウ・セルと呼ばれる厚みの薄いセルに,気泡が一層になるように泡沫を閉じ込めた.閉じ込める泡沫の量は有限とし,この有限サイズの泡沫のことを泡沫滴と呼ぶことにする.セルを傾けると,重力下での泡沫滴の振る舞いを観察することができる.我々は,セルの厚さやセルの傾き角,泡沫滴の液体分率や質量を変えながら実験を行った.

その結果,二つのモードがあることがわかった.一つは,先に述べた現象と同様で,泡沫滴下部に液体が排水され,泡沫滴からぶら下がった液体がちぎれるモードである.これを「ピンチオフ」モードと呼ぶ.もう一つは,この液体ピンチオフが起きず,泡沫滴が一体のまま下降するモードである.これを「非ピンチオフ」モードと呼ぶ.

我々は,泡沫滴の面積と泡沫滴下部にぶら下がった液体の質量をパラメターとして,観察されたモードの状態図を作成した.泡沫滴下部にぶら下がった液体の質量にはある閾値が存在し,その閾値以上になるとピンチオフモードが観察されることがわかった.さらに,蛇口のノズル先端から液滴がちぎれる場合の条件式を拡張した式で理論値を求めたところ,実験結果とよく一致した.すなわち,泡沫滴から排水されてぶら下がった液体の重さが液体に働く毛管力より大きくなると,液体はピンチオフすることがわかった.

最後に,我々がもともと興味があった3次元系,すなわち,鉛直壁に泡沫滴をつけた系でも実験を行った.この場合も,ピンチオフが起きる泡沫滴の質量下限値は同様の条件式で説明できることがわかった.

この研究結果は,一見複雑な泡沫のマクロな現象とそのメカニズムをシンプルな実験と理論から明らかにしたものである.したがって,これまであまり理解されていなかった泡沫のマクロな現象の解明のみならず,身近な現象の物理的理解を目指す研究を促進させる可能性がある.また,泡沫は我々の日常生活に密接に関係しており製品にも直結する問題であるため,産業界にも貢献する成果を得られたと考えられる.

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