日本物理学会誌
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最近の研究から
真のカイラルフォノンと角運動量
佐藤 琢哉戸川 欣彦楠瀬 博明岸根 順一郎
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2024 年 79 巻 3 号 p. 123-128

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抄録

最近,結晶における鏡映対称性の破れ(カイラリティ)と,結晶中のフォノンが運ぶ角運動量との関係が重要な研究対象になっている.その背景には,物質に潜む様々な情報(量子数)をフォノンに乗せて運ぶことで新たな物質機能を開拓したいという機運の高まりがある.量子論では,物質の量子状態は対称性により分類される.例えば,固体結晶中の電子が持つ結晶運動量(波数)は,結晶の離散的な並進対称性に対応する量子数(空間群の既約表現)である.

では,結晶中の格子振動(フォノン)は,結晶のカイラリティをどのように見るのだろうか? 分子や結晶のカイラリティが,磁性や伝導に本質的な影響を及ぼすことは広く知られているが,フォノンの場合はどうであろうか.この問題は,意外にも最近まで深く吟味されておらず,物質がカイラルであることに起因する物性の探求が活発になるとともに,にわかに脚光を浴び始めた.

この問いに答えるには「結晶のカイラリティ」と「フォノンの角運動量」の結びつきを深く知る必要がある.らせん階段はカイラリティを持つ形態の典型であるが,回転に昇降運動が伴う.このように,回転と並進の結合がカイラリティの本質である.フォノンの場合も,原子核の回転運動がその回転軸の方向に伝播してはじめてカイラリティを持つ.これが真の意味でのカイラルフォノンである.

この回転運動は通常の意味での力学的な角運動量を持つが,カイラルな結晶中ではこれとは異なる保存量としての擬角運動量が現れる.回転と並進の対称性を合わせ持つ「カイラル結晶」,例えば120°回転(3回回転)を伴うらせん対称性がある場合,その回転演算子の固有値は3つの離散値であり,その値はフォノン波動関数の位相に現れる.これが擬(結晶)角運動量であり,らせん軸方向に伝播するフォノンの縦と右回転・左回転モードを指定する量子数(既約表現)になる.

ラマン散乱におけるフォノンと光の間の選択則にはこの保存角運動量が現れ,これを用いてカイラルフォノンモードを特定することができる.我々は,カイラル結晶HgS(辰砂)やTe(テルル)において,小さいが有限の波数を持つ円偏光レーザー光を用いたラマン散乱実験により,カイラルフォノンモードを同定し,擬角運動量で表されるフォノン・光選択則や,左右回転に応じたフォノンエネルギーの分裂を確認した.また,第一原理計算に基づいて,擬角運動量と通常の力学的角運動量の対応関係も明らかにした.フォノンのカイラリティは電気トロイダル単極子により定量化でき,フォノンの力学的角運動量を用いてTeの場合にその評価を行った.

以上の研究により,フォノンと光の相互作用の過程で擬角運動量が保存することが確かめられ,フォノンの持つカイラリティが定量化された.これらの研究は,カイラルフォノンを介した光子スピンと電子スピンの相互変換や長距離輸送といった新たな潮流を生み,情報伝達の物質機能開拓に貢献すると期待される.

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