1994 年 49 巻 4 号 p. 197-212
牧口常三郎『人生地理学』(1903年初版,1908年訂正増補8版)は,当時の非アカデミズム地理学徒に歓迎され高い評価を受けたが,アカデミズム地理学の形成者たちには1970年代前半ごろまで無視ないし軽視されてきた。しかし本書は,環境論的な立場からの地人関係の考察が優れているだけでなく,分布論・立地論による経済地理学的・社会地理学的・政治地理学的な分析に先駆的かつ現代的な意義が認められる。なかでも,チューネン圏を最も早く地理学研究に導入した点が注目される。ただし牧口は,それを原典に忠実に導入することはせず,現実社会への適用および有効性を考慮しつつ吸収しようとした。この応用や実践への志向,および実学的な傾向が彼の学風の特徴であった。アカデミズム地理学者のなかで牧口に最も近い存在は,在野的な人文地理学者で,しかも「郷土会」の活動を共に行った小田内通敏であったと考えられる。しかし小田内でさえ,なぜか牧口とその著書について論及することがなかった。それは,前アカデミズム地理学の成果がアカデミズム地理学にあまり継承されなかったということを示唆していると考えられる。