抄録
【はじめに】呼吸器疾患患者をみる際に、呼吸困難感を減少させる事は理学療法を行なう上で重要な事である。特にADL場面においても安楽に呼吸が出来る事も重要である。最近、臨床において上部胸郭の筋群をリラックスさせると胸郭の拡張性が高くなり、動作が楽になるという訴えを耳にする事がある。そこで今回、実際に行なっている治療でどのような変化が起きているのかを若干の知見を得る事ができたので報告する。
【方法】本研究の趣旨を充分に説明し、賛同を得た健常男性8名(平均年齢 27.3±3.9歳)。端坐位にて、鎖骨下筋と小胸筋のストレッチを各20秒行い、その後、端坐位にて胸椎の伸展運動を行なってもらった(Ex施行群)。その前後で姿勢の変化、自然呼吸時から努力吸気の際の拡張差(以下、拡張差)の変化を観察、比較した。姿勢観察は、矢状面をデジカメで撮影した。観察方法は外耳孔と肩峰の位置にマーキングし、外耳孔から垂線を下ろした線からの肩峰の位置の変化を観察する。拡張差の測定場所は腋窩・剣状突起・第10肋骨レベルでメジャーにて計測した。同様の方法で別の日にストレッチを行なわずに胸椎伸展運動を行ない、計測を行った(Ex非施行群)。その拡張差をアプローチ前後での自然呼吸の差・最大吸気時の差、ストレッチ前後の拡張差の値をWilcoxon順位和検定にて比較した。
【結果】Ex施行群は、腋窩レベルにおいてアプローチ前後での拡張差の比較で有意差が認められた。Ex施行群の他項目、及びEx非施行群において有意差は認められなかった。姿勢観察においては、Ex施行群は外耳孔と肩峰の位置関係に変化はなかった。
【考察】今回、Ex施行群において腋窩レベルでの拡張差の比較で有意差が認められた。鎖骨下筋の作用として第1肋骨を挙上・鎖骨の引き下げがある。そして鎖骨を引き下げる事により、肩甲骨を下制する働きもある。小胸筋は第3~5肋骨の挙上・肩甲骨の前方突出する働きがある。これらの筋をストレッチする事で、小胸筋によって肩甲骨に引きつけられていた上部肋骨が下がる事によって、最大吸気時において拡張差の増大となったと考える。姿勢観察にて画像上、双方の位置関係において変化はなかった。しかし外耳孔と肩峰は双方同じように後方偏移しているため、肩甲骨が内転 (矢状面上、肩峰は後方へ偏移)し、下部頚椎が伸展(矢状面上、外耳孔は後方偏移)し、胸椎や腰椎といった体幹自体が伸展し、双方の位置関係は変化せずにアライメントが変化したのではないかと考えられる。
【おわりに】今回は上部胸郭の拡張差が増大した結果、体幹の前方移動が容易になり動作効率が上がるという臨床の観察と相似したような形になったものと考えた。今後は上半身重心を考えたデータもとり、今後、上半身重心との位置関係もみていく必要があると考える。