抄録
【目的】筋力調節能力は必要な筋力を適切なタイミングで調節する能力である。Evangelosらは要求値に対する追従運動を用い検討を行った結果,健常高齢者の下肢の筋力調節能力は若年者に比べ低下していると報告しており,筋力調節能力は詳細な機能として有効と考えられる。また脳血管障害片麻痺者の麻痺肢の機能評価として有効と考えられる。われわれは脳血管障害片麻痺者の筋力調節能力と歩行自立度の関連性について検討を行った結果,関連性を認めた。しかし歩行速度については有意な相関が認められなかった。本研究の目的は異なる2つの要求値に対する追従運動を用いた筋力調節能力と歩行速度との関連性から,適切な要求値について検討することである。
【方法】対象は発症から6ヶ月以上経過し,歩行が自立している脳血管障害片麻痺患者12名であった。疾患は脳出血5名,脳梗塞7名,性別は男性10名,女性2名,麻痺側は右9名,左3名であった。下肢のBrunnstrom Stageは3:2名,4:3名,5:4名,6:2名であった。平均罹患日数は57.1±43.5カ月,平均年齢67.6±8.4歳であった。麻痺側膝関節伸展の等尺性筋力における筋力調節能力を測定した。測定肢位は両足を床から離した端坐位で,両手を大腿の上に組んだ肢位とした。サンプリング周波数は20 Hz,測定時間は60秒とした。要求値は最大筋力の0から20 %を0.3 Hzと0.5Hzで変動する2つの正弦波を用いた。麻痺側の下腿遠位部に徒手筋力センサーを設置し,発揮している筋力(発揮値)を継続的に測定した。要求値と発揮値をノートパソコン上に棒グラフとしてリアルタイムで表示した。対象者にノートパソコンの画面を注視し,変動する要求値に,発揮値を常に一致させるように指示した。測定開始直後10秒と,測定終了直前の10秒を除いた40秒間の1秒間あたりの誤差面積を筋力調節能力とした。この誤差面積が小さいほど筋力の調節が適切に行えており,筋力調節能力が高いことを示す。歩行速度は通常使用している補装具を用い,最大努力歩行にて測定した。Pearsonの相関係数を用い要求値が0.3 Hz,0.5Hzのそれぞれを用いた筋力調節能力と歩行速度との関連性について検討した。
【結果】0.3 Hzの要求値を用いた場合の誤差面積と歩行速度には有意な相関関係は認められなかった(r=-0.41,n.s.)。一方,0.5 Hzの要求値を用いた場合には有意な相関関係が認められた(r=-0.60,p<0.05)。
【考察】0.5 Hzの要求値を用いた筋力調節能力は歩行速度と有意な相関を認めた。麻痺側膝関節伸展の筋力調節能力は立脚相における重心の制御に関与すると考えられ,結果として歩行速度と有意な相関が得られたと考えられる。歩行が自立している症例の麻痺肢の機能評価としては0.3Hzの要求値よりも難易度の高い0.5Hzの要求値を用いた方がより麻痺肢機能を反映すると考えられた。