抄録
【目的】理学療法では,運動の変化を指標にした評価が重要であるとされ,筋電図を用いた運動生理学的所見による評価が実施されている.特に反応時間に関する報告では,高齢者では中枢課程の遷延,外傷や固定による関節の不動化では末梢過程が遅延するとされている.そのうち,特に末梢過程での筋の制御による反応時間遅延が,パフォーマンスの低下を引き起こすことが確認されている.Muscle Fiber Conduction Velocity(以下MFCV)は神経筋接合部に生じた活動電位が筋線維両末端方向に伝播する速さで,筋線維膜の電気的興奮性を反映するものである.MFCVは反応時間に直接的に関与し,筋線維径に相関することから筋線維機能面評価に位置付けられている.しかし表面筋電図での報告が多く,筋線維レベルでの明確なMFCV値の報告は認めていない.そこで本研究では運動生理学的変化の一端を担う末梢過程での評価として,単一筋線維筋電図(Single Fiber Electromyography以下SFEMG)を用いて単一筋線維の反応時間である潜時(以下Latency)と,そこから算出したMFCVの測定,さらに筋線維径を観察することにより,不動に伴う廃用性筋萎縮後の変化,ならびに運動負荷における各々の影響について検討した.
【方法】8週齢のWistar系雄ラット40匹を無処置の対照群5匹と膝関節を4週間固定した実験群35匹に分けた.さらに実験群は,4週不動直後のD群,通常飼育を4週と8週実施したNS群,持続伸張運動を4週と8週実施したS群,持続伸張運動と持久力運動を4週と8週実施したT群の7群に分けた.各期間終了後,SFEMGによりLatencyの測定とMFCVを算出した.筋線維径は,顕微鏡用デジタルカメラを用いて撮影した.またC群と実験群の比較は,各群の変化率をパーセンテージで表した.なお,今回の実験はオホーツク海病院再生外科研究所動物実験倫理委員会の認証を得て行った.
【結果】MFCVと筋線維径とは共に,4週間の不動で有意に低下し,また8週後の回復過程では,NS群とS群に比べてT群が有意な向上を認めた.8週後のC群との変化率においては,T群でMFCV101.38%,筋線維径は106.26%であった.
【考察】先行研究ならびに我々が行った先の研究で,ラット廃用性筋萎縮に対して持久力運動や持続伸張運動を実施した.その結果,8週間の回復過程でMFCVと筋線維径はControl群に比べて80%程度の変化率であった.しかし今回の研究で,不動に伴う廃用性筋萎縮後に,持続伸張運動と持久力運動を併用することにより,LatencyやMFCVさらに筋線維径は共に有意な改善を認め,8週後におけるその変化率はControl群と比較してほぼ同等であった.廃用性筋萎縮後における反応時間や筋出力の改善に,様々な運動刺激の併用によってパフォーマンスの改善が得られることが示唆された.