理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: Se2-028
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専門領域別演題
低酸素性虚血性脳症モデル動物における皮質脊髄路の代償メカニズム
吉川 輝跡部 好敏武田 昭仁船越 健悟
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抄録

【目的】中枢神経系は再生能力に乏しく,一度損傷を受けると回復は困難と考えられてきた.しかし近年,脳の様々な可塑的変化が脳損傷後のリハビリテーションにより機能回復に影響を及ぼしている事が示唆されている.特に発生・発達期に被った脳損傷の場合,著しく改善する事が臨床的に明らかにされている.
このように脳機能とリハビリテーションへの関心が強まる中,発達障害を対象とする小児理学療法界では,発生・発達期脳障害と機能代償・機能回復メカニズムに関する基礎医学研究に乏しい.そこで本研究では,出生時期における低酸素性虚血性脳症(perinatal hypoxic ischemic encephalopathy:HIE)モデル動物を作製し,その後の運動発達がどの様にもたらされるのかを行動学的・組織学的に検討した.
【方法】本研究ではWistar系ラット(SLC)を使用した.HIE群8匹,コントロール群4匹の雌雄混合,計12匹を用意した.
HIEモデル動物作製法としては,生後7日目にイソフルラン(1.5L/min)吸入麻酔下にて左総頸動脈を上下2ヶ所結紮し,その間を切断.その後,8%酸素:92%窒素の混合ガスにて低酸素負荷を120分実施した.負荷後,回復を待ち母親ラットに戻して保育させた.
HIE後の運動発達を評価するために,生後3週の時点でBBBスコアを用いて複数名で採点,その平均を算出した.
さらに非傷害側の皮質脊髄路の代償メカニズムを組織学的に検討するため,順行性トレーサー法を実施した.トレーサー標識物質としてDextran amine Texas Red(3000MW,100mg/ml):biotinylated dextran amine(3000MW,100mg/ml)=1:1の混合物質2μlをBregma頭尾側2mm,外側2mmの右大脳皮質感覚運動野領域へ数か所,microinjectorを使用して注入した.
注入後2日から4日の生存期間を経て,イソフルランにて深麻酔を行い, 4%パラホルムアルデヒドにて灌流固定を行った.その後,即時に脳脊髄を取り出し4%パラホルムアルデヒドにて一晩浸漬固定を行い,25%スクロール溶液にて浸漬保存した.脳幹部および頸膨大部をクライオスタット(Leica社製)にて20μmの凍結前額断切片を作製.作製した切片は後固定,洗浄,封入の後に蛍光落射顕微鏡(Leica社製DMR)観察を行った.
【説明と同意】本研究は,横浜市立大学医学部動物実験倫理委員会の承認を得て実施した.
【結果】本研究を進行するにあたり,実験中での死亡例・順行性トレーサーの取り込み不良例は除外し,最終的に残ったHIE群4匹,コントロール群4匹で検討を行った.
BBBスコアはHIE群の全例とも満点で歩行障害は殆ど目立たなかった.
順行性トレーサー実験では,コントロール群においては右側延髄腹側から正中を越え反対側である左背索へ向かう陽性線維束が認められた.一方,HIE群においても同様の走行をした陽性線維束が確認されたが,それ以外に (1)反対側へ交叉する事なく同側である右背索へ向かう陽性線維,(2)一度は交叉したが再び同側である右背索へ向かう陽性線維,など数の大小には差異があるが全例で認められた.
【考察】本研究結果では,著明な歩行障害を伴わなかった.その理由として非傷害側大脳皮質からの皮質脊髄路が両側性に支配しているためと考え,順行性トレーサー法を実施した.その結果,同側背索へ向かう線維が認められた.Joostenら(1992)は,げっ歯類における同側性皮質脊髄路は腹索正中裂付近に上位胸髄レベルまで存在すると報告しているが,同側背索にも存在するとの報告はこれまで見かけられない.この事から本研究で確認された同側の背索へ向かう陽性線維は発達期に被ったHIE後からの皮質脊髄路の可塑的な変化であると考えられる.臨床的には,山田(2007)が幼少期における半球切除にも関わらず片麻痺が回復した症例が紹介されている.このように発達期脳傷害からの回復メカニズムの一つとして,同側性皮質脊髄路の関与が示唆されている.しかしこの線維がどの様にシナプス形成をし,運動に関与しているか?また健常側と比べるとその線維数の違いは明らかであり,この線維でどの程度までの運動を担っているのか?など今後,検討する必要がある.
【理学療法学研究としての意義】本研究は,発達期脳傷害からの機能回復メカニズムについて,行動学的検討にさらに理学療法学研究では今まで殆どなされていなかった組織学的手法を用いて検討を行った.臨床では,Jang(2009)らがDiffusion tensor tractographyを用いて発達期の皮質脊髄路を画像化し,予後予測を立てる報告がされている.このように今まで行動学的・運動学的観点が主であった理学療法アプローチから,脳画像所見から導かれる基礎医学的見解を加え理学療法を行っていく事でより効果的な結果が得られるのではないかと考えられる.その一端を担う上で,本研究のような基礎的研究を実施・発展させていく事は小児理学療法の発展に必要不可欠である.

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© 2010 日本理学療法士協会
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