理学療法学Supplement
Vol.37 Suppl. No.2 (第45回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: O2-041
会議情報

一般演題(口述)
視覚情報の減少が跨ぎ動作に及ぼす影響(第二報)
藤野 高史坂本 有加栁沼 寛阿南 雅也新小田 幸一
著者情報
キーワード: 転倒, 視覚, 運動力学
会議録・要旨集 フリー

詳細
抄録
【目的】高齢社会である現在,高齢者の転倒は大きな社会問題である.高齢者の転倒要因の一つとして,視機能の低下が挙げられ,転倒の発生状況では障害物などを跨ぐ際につまずくことが多いとされている.高齢者ではさまざまな機能低下が生じるため,視機能の影響のみを観察することは困難であると考えられる.そのため本研究では,高齢者に対するアプローチを行う前段階として,若年者を対象に視機能低下が跨ぎ動作に及ぼす影響を明らかにし,高齢者の転倒予防につながる情報を得ることを目的として行った.第一報では運動学的データのみからの考察を行った.今回は運動力学的データも加えた考察を行い,新たな知見が得られたので報告する.
【方法】被験者は,歩行および跨ぎ動作に影響をもたらす疾患の既往および現病歴のない健常若年者(男性7名,女性8名,年齢21.3±1.4歳,身長166.1±7.1cm,体重56.5±6.6kg)であった.人為的に視覚的情報を減らすため,視覚障害体験グラス(教育図書社製)を使用した.跨ぎ動作は視覚障害体験グラスをかけた条件(以下,条件G)とかけない条件(以下,条件N)で行った.反射マーカ(以下,マーカ)は,両側の肩峰,股関節,外側膝関節裂隙,外果,第5中足骨頭,拇趾先端に貼付した.拇趾先端のマーカは中心から足底部までの鉛直距離と拇趾先端までの距離が等しくなるように貼付した.動作開始肢位は,足幅を肩幅に広げた静止立位とし,口頭での合図とともに,身長の20%前方にある障害物を最初の一歩で右下肢から跨ぎ始め,跨いだ後も歩行を続けるように被験者に指示した.各マーカの動きはキッセイコムテック社製3次元動画解析システムKinema Tracerを用いて, CCDカメラにより60フレーム/sで収録し,その動画からマーカの空間座標を求め,身体重心座標を算出した.拇趾と障害物間の距離(以下,TC)は,マーカが障害物上を通過するときの,実測値よりマーカから拇趾足底部までの距離と障害物の高さである身長(body height:以下,BH)の10%を差し引いた値とした.更に2基のAMTI社製床反力計を用い,左下肢立脚期の床反力前後方向成分(Fy)の最大値をサンプリング周波数540Hzにて測定した.被験者の形態学的な差を考慮し,身体重心座標はBHで正規化を行い,Fyは体重(body weight:以下,BW)で正規化を行った.計測空間内の座標系は右手系に準じ,左右方向をx軸(右方:+),前後方向を軸(前方:+),鉛直方向をz軸(上方:+)とし,絶対座標系で定義した.
【説明と同意】本研究はヘルシンキ宣言に沿ったものであり,研究の開始にあたり当該施設の倫理委員会の承認を得た.また,被験者に本研究の意義,目的について十分に説明し,口頭および文書による同意を得た後に実施した.
【結果】TCは,条件Gの方が21.8±5.6cmと条件Nの17.1±3.7cmよりも有意に大きかった(p<0.01).Fyは条件Gの方が30.9±4.2%BW と条件Nの28.9±4.7 %BWよりも有意に大きかった(p<0.01).身体重心z座標の最大値は条件Gの方が59.1±1.0%BHと条件Nの±0.9%BHよりも有意に大きかった(p<0.01).
【考察】条件Gでは,前方への推進力を制御し,TCを大きく確保する戦略をとっていると考えられる.条件Gでは視覚から得られる障害物の情報が少ないため,TCを大きくし,つまずくリスクを減らしたものと考える.しかし,TCを大きくすることで,身体重心位置が上昇し,転倒リスクが高まると考えられた.
【理学療法学研究としての意義】今回得られたデータからの考察により,動作戦略の違いや転倒リスクについて視機能が跨ぎ動作に及ぼす影響を比較できた.その結果,高齢者の転倒リスクを考えるうえで,視機能の評価の必要性が示唆された.視機能の低下がある場合には,物体を見分けやすく,注意を喚起しやすい環境の整備などの対策を講じることや,杖等の歩行補助具の有効性を今後検討していくことが重要であると示唆された.

著者関連情報
© 2010 日本理学療法士協会
前の記事 次の記事
feedback
Top