抄録
【目的】
脳性麻痺児において,側彎に代表される脊柱の変形は成長に伴う二次障害としてよく観察される。Saitoらは,脊柱側彎変形の進行のリスクファクターとして全身的な筋緊張の分布の存在をあげており,体幹部の筋緊張の非対称性と重力の影響は側彎の形成に関係する重要な因子であるとしている。しかし,体幹部の筋緊張を定量的に評価する方法は少なく,腰部の筋緊張の非対称性についての詳細な報告はない。したがって,どのような筋のアンバランスが生じているかについては明確ではない。そこで,脳性麻痺児の筋の硬さを評価する方法として,筋硬度計がある。Leonardらは筋硬度計を用いて得られた値と,MASで評価した筋緊張との間に関連が認められたことを報告している。また,筋硬度計による測定では,筋緊張だけではなく,筋が伸張位になることによっても硬くなることも報告されている。このような筋硬度計の特性を利用して,腰部の筋緊張の特徴を明確にできる可能性がある。そこで,本研究の目的は,筋硬度計を用い,非対称な姿勢時の腰部の筋硬度と,姿勢を脊柱正中位に矯正した時の筋硬度の変化から,腰部の筋緊張の分布の変化を明らかにすることとした。
【方法】
対象は,脳性麻痺およびその他神経疾患の診断を受けた養護学校に通う35名(明確に脳性麻痺と診断を受けた22名,中途障害,てんかん性脳症13名:平均年齢12.02±3.02歳,男児20名,女児15名)とした。筋硬度の測定には,Myotonometer(Neurogenic Technologies社製)を用い,最大圧力1.0kgで圧迫し,プローブの貫入量のAUC(Area Under the Curve)を算出した。測定条件は,腹臥位にて,非対称姿勢と脊柱正中位の矯正姿勢の二条件とした。矯正姿勢は,腰部と胸部にそれぞれ枕を用い補高した状態で左右の肩甲骨上縁を結ぶ線と腸骨稜を結ぶ線が平行に近づく姿勢とし,骨盤の回旋は生じないようにした。測定部位は,左右の多裂筋とし,非対称姿勢での筋硬度によって,柔らかい側(Flexible Side:FS)と硬い側(Stiff Side:SS)に分けた。統計解析には,非対称姿勢と矯正姿勢との違い,FSとSSとの違いについて,二元配置分散分析を用いて分析した。
【説明と同意】
本研究は,京都大学医の倫理委員会の承認を得た上で,対象者の保護者に書面にて同意を得て行われた。
【結果】
二元配置分散分析により,非対称姿勢と矯正姿勢との間,FSとSSとの間に,有意な交互作用が認められた(p<0.05)。単純主効果において,非対称姿勢では,FSとSSとの間に有意な差が認められた(p<0.01)のに対して,矯正姿勢では,FSとSSとの間に有意な差は認められなかった。さらに,FSは矯正姿勢で有意に硬くなる(p<0.01)のに対し,SSは有意な変化は認められなかった。
【考察】
非対称姿勢を矯正した場合,始めの姿勢では伸張していた筋がゆるみ,短縮していた筋が引き伸ばされることになる。つまり,姿勢の矯正により生じる筋硬度の変化は左右差が生じるはずである。したがって,姿勢矯正により生じる筋硬度の増加は,短縮していた筋ほど大きくなると考えられる。今回の結果,非対称姿勢から矯正姿勢へ変換すると,FSは有意に硬くなったのに対して,SSは有意な変化が認められなかった。つまり,FSがより強く引き伸ばされており,非対称姿勢における短縮していた筋であったと考えられる。もし,過剰な筋緊張が安静時の非対称な姿勢を生じさせると考えると,筋緊張の高い側が短縮しているはずである。しかし,今回の結果は,短縮している筋の安静時の筋緊張が低くなっていた。これは脳性麻痺児に見られる非対称な姿勢が,短縮している筋をよりゆるませた(つまり,さらに短縮させた)姿勢であることを示唆している。このような特徴は,筋緊張の制限による非対称姿勢を強める結果になることから,側彎の進行を助長することにつながっている可能性がある。
【理学療法学研究としての意義】
自発的な臥位の筋緊張において,短縮している筋がよりゆるんでいる状態であるとすると,矯正していない姿勢では脊柱の非対称性はさらに大きくなっている状態にあると考えられる。よって,今回の結果は,日常的なポジショニングの重要性を強く支持している。