抄録
【目的】
理学療法士には、起居・移動動作に関するゴールを的確に設定することが求められる。しかし、病態や障害像等によっては、特に歩行のゴール設定に難渋することがある。また歩行や日常生活行為等の予後予測や自立判定をテーマにした研究報告等では、対象が片麻痺患者に絞られ失調症状を呈する(以下、失調症状)患者が対象から除外されている場合が多い。よって今回、失調症状患者の病棟歩行自立に寄与する因子と自立時期に関する指標を作成することを目的とした。
【方法】
対象は平成18年4月1日から21年9月30日までに当院回復期リハ病棟を退院した失調症状患者のうち、状態悪化等による転院者を除外した73名。
診療録より属性項目(年齢、性別、発症から入院までの期間、入院期間、責任病巣)、入院時項目(Japan Coma Scale、失調症状部位、麻痺の有無、めまいの有無、嘔気の有無、複視の有無、感覚障害の程度、下肢・体幹の粗大筋力、認知症の有無、高次脳機能障害の有無、起居動作・歩行能力)、退院時の病棟歩行能力、病棟歩行自立までの期間を後方視的に調査した。なお、責任病巣は当院主治医または急性期病院医師による診断結果を、各入院時項目は臨床経験3年以上の理学療法士・作業療法士の評価結果をそれぞれ採用した。認知症有はMMSE23点以下とし、起居動作・歩行能力は自立・非自立の2段階で評価した。
(1)病棟歩行自立の寄与因子探索のための統計解析として、病棟歩行が退院時自立か非自立かの2値を目的変数とし、責任病巣および上記入院時項目を説明変数とした決定木分析を行った。
(2)入院から病棟歩行自立に達するまでの期間分析として、起居動作項目ごとにカプランマイヤー法によるログランク検定を用いて期間を算出し、期間は中央値(平均値±標準誤差)で表示した。病棟歩行自立日をエンドポイントとし、自立に至らなかった者は打ち切りとして入院日数で統計処理(JMPver5.0.1を使用、有意水準5%未満)した。
【説明と同意】
本研究を行うにあたり当院の倫理委員会の承諾を受けた。
【結果】
73名の平均年齢は65.4±13.0歳、発症から入院までの期間は35.3±13.7日、入院期間は84.6±47.6日であった。責任病巣は脳幹37名(50.7%)、小脳30名(41.1%)、視床6名(8.2%)であった。体幹失調は有が48名(65.8%)、四肢失調は片側が47名(64.4%)で両側が26名(35.6%)、麻痺は無が37名(50.7%)で片麻痺が32名(43.8%)で両片麻痺が4名(5.5%)であった。めまいは有が19名(26.0%)、嘔気は有が10名(13.7%)、複視は有が24名(32.9%)であった。
(1)病棟歩行能力は退院時自立55名(75.3%)、非自立18名(24.7%)であった。決定木分析の結果、病棟歩行自立に寄与する因子として、入院時項目では、第1ノードで認知症無が選択され、次いで感覚障害無・軽度が選択された。起居動作では、第1ノードで入院時の立ち上がり能力が選択され、入院時に立ち上がりが自立していた者はすべて退院時に病棟歩行が自立していた。
(2)ログランク検定の結果、入院から病棟歩行自立までの期間は、起居動作の各項目で自立と非自立間に有意差を認め(p<.0001)、入院時立ち上がり自立は病棟歩行自立までに28日(26.9±3.5)で非自立が112日(109.2±10.0)、座位自立は34日(42.1±5.0)で非自立が118日(126.8±12.2)を要した。
【考察】
脳卒中患者全般を対象とした我々の先行研究では、退院時の病棟歩行自立者は約6割であった。今回の失調症状患者に限定した分析では、約7割が病棟歩行自立であったため失調症状の有無、責任病巣の相違、麻痺の合併等と歩行自立との関係性は低いと推察され、歩行自立の寄与因子として認知症の有無や感覚障害の程度が選択された。また上記先行研究では、入院時の座位能力が歩行自立に強く寄与することが報告されたことに加えて、今回立ち上がり能力が選択されたことは新たな知見である。さらに病棟歩行自立時期の分析では、入院時の起居動作能力ごとに有意差を認め、入院時に立ち上がりが自立であれば約1ヶ月で病棟歩行が自立し、非自立であれば約4ヶ月の期間を要すことが整理できた。上記先行研究では、入院時に立ち上がりが自立していれば歩行自立までに11日、非自立であれば71日を要したと報告されており、これと比較すると失調症状患者では歩行自立までに期間をより要すことが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
失調症状患者において、病棟歩行が自立するか否かの判断や自立時期の予測を入院時評価から行え、ゴール設定をより的確に行うための一助と成り得ると思われた。