抄録
【目的】ロボット工学の研究者と共に開発した関節運動再現ロボットに対し、徒手的技術を実施すること以外では計測できない、徒手的な関節操作技術で加えられている外力と外的トルクを時系列で測定し、一定の熟練度の関節操作技術の至適量と巧みさを明らかにすることにある。
【方法】対象は、理学療法士資格取得後1年から35年(平均9.72年)の理学療法士100名と、その比較対象群として理学療法士養成施設4年生42名とした。測定は、対象者にいつも行っている膝関節可動域運動を関節運動再現ロボットに対し行わせ、その時に膝関節部(下腿部)に加えられる力とトルクを20Hzの計測頻度で計測した。本ロボットは、その形態、触った感触、そして人体の膝関節運動を模擬した運動が可能な機能を持たせた。下腿近位部には光学式6軸力覚センサ(ミネベア株式会社製OPFT-500N-S01)が内在され、下腿部に加えられる外力及び外的トルクを計測できるようになっている。また、膝関節運動の駆動はアウターローター型DDモータ(日本精工株式会社製SSB045FN502)からのタイミングベルトにより実現させ、そのモータの制御とセンサのデータ保存と視覚化は、制御部のPC(IBM Think Centre A51)により行わせ、OS はVine Linux 3.1をベースにART Linux(Another Real Time Linux)を加えたものが採用された。今回の研究では、膝関節可動域制限を屈曲80°、伸展(-)30°に設定した。統計学的検討は、計測される各項目に関して、理学療法士の熟練者群(Expert以下、E群)と学生の初学者群(Novice以下、N群)の間でt検定を実施し、その有意差(p<0.05 或いは p<0.01)を検討した。関節可動域運動の技術精度(習熟度)について、どの要素が習熟度として重要かについて多重ロジスティック回帰分析(Multiple Logistic Regression Analysis、以下、ロジスティック分析)を用いて分析した。
【説明と同意】対象者には、研究の目的と方法について面接にて説明し、同時に、氏名、経験年数、経験内容を聴取した。この個人情報を特定するものについては、研究の分析に限定し、公開しないことを伝え同意を得た。
【結果】膝関節再現ロボットのセンサによる実測値を、E群とN群で比較すると、膝関節の最大屈曲角度、最大外的屈曲力、最大伸展角度、最大外的伸展力、下腿に加えられる最大内旋トルク、下腿に加えられる最大外旋トルク、下腿最大外旋トルクが加えられる膝関節屈曲角度、以上の7項目ではE群が有意に大きかった。また、関節可動域内で加えられている平均外的屈曲力と最大屈曲力の比は、E群が有意に小さかった。しかし、関節可動域内で加えられている平均外的屈曲力、下腿最大内旋トルクが加えられる膝関節屈曲角度の2項目では有意差は認められなかった。一方、技術の精度(習熟度)について、E群データの内、経験年数1年未満の対象者と明らかな外れ値を示す対象者を除いた70名とN群の全例42名のデータを使い、関節可動域運動の10項目を説明変数、初学者であるN群(学生42名)と熟練者であるE群(理学療法士70名)を目的変数としてロジスティック分析を行った結果、技術の精度(習熟度)が熟練者のE群であると有意に判別する要素としては、膝関節伸展方向の可動域運動により伸展方向への改善の大きさ、屈曲方向の可動域運動で加えられる内旋トルクが大きさ、屈曲方向の可動域運動の最大外的屈曲力が大きさ、そしてその結果得られる最大屈曲角度が大きさが、危険率p<0.05、的中率83.9%により判別された。
【考察】理学療法の評価と治療では、理学療法士の徒手的な関節操作技術が多用されている。しかし、その技術の精度や習熟度は、未だ主観的で経験的な側面が多く、技術の質に関する研究報告もほとんど見られない。また、医師や看護師などの同様の研究では、ビデオを使った研究や人体の構造を模擬した患者ロボットを使用した研究が多いが、人体の機能までも模擬再現した患者ロボットを使用した研究は未だほとんど見られない。その点では今回の研究は数少ない貴重なデータになると考えている。
【理学療法学研究としての意義】理学療法士の基本的技能においても、巧みのわざにつながる初学者との差が客観的に測定された。理学療法技術の習熟度を計測する基礎データとなり、主観的、経験的に伝えてきた技術教育において、技術の視覚化が果たす役割が認識された。また、対象者に直接接触し、相互にコミュニケーションが成立することの重要性が認識され、正確で精度(習熟度)の高い技術の実施とそれをコミュニケーションの重要な手段にした相互信頼関係の樹立が重要性をより客観的に認識できる意義は大きい。