理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: OI1-009
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口述発表(一般)
運動学習に対する高齢者のセルフモニタリング能力
平井 達也千鳥 司浩
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抄録

【目的】
学習を効果的に進めるために,現在の自分の状態を自身でモニターする機能(セルフモニタリング)は必要不可欠なものである.臨床において,パフォーマンスが向上しない症例の中には,自己の学習状況を把握できていない(セルフモニタリングに問題がある)者が存在する. 本研究の目的は,運動学習におけるセルフモニタリングが加齢の影響により低下するかを明らかにすることである.
【方法】
対象は,視覚や上肢に問題のない健常若年成人14名(若年群:平均22.8±2.9歳),健常高齢者16名(高齢群:平均71.9±5.9歳)であった.高齢群のMini Mental State Examinationの得点は全て25点以上であった.運動学習課題は,座位にて20cm前方に設置したスタートボタンからその20cm前方に7個×7個で配列されたキーの中央にある標的キーを押すポインティング課題とした.標的キーを押すことができればヒット,標的キー以外のキーを押した場合はエラーとした.フィードバック板(FB板)を参加者の目の前に設置し,全てのキーを視覚確認できないようにした.FB板にはキーの位置に対応した位置にLED(ヒットは緑,エラーは黄と赤)を設置し,視覚的FBとして,キー押し1秒後,1秒間LEDを点灯させた.対象者には課題を通じてできるだけヒットを多くするよう求め,20試行を1ブロックとし,合計10ブロック(200試行)行なった.全試行および各ブロックのヒット率を算出した.セルフモニタリングの測定は,1)事前段階:学習課題の説明後,学習容易性判断(EOL)を「1:とても難しい~5:とても簡単」の5段階で答えるよう求め,2)遂行段階:各ブロックの前に次のブロック(20試行)のヒット率の予測(EOP)を0~100%の10%段階で答えるよう求め(計10回),さらに,3)事後段階:全試行終了後,「どのくらいヒットしたと思うか」という全試行のヒット率の判断(JAT)を%で答えるよう求めた.ヒット率の群間比較をt検定にて行い,EOLの群間比較をMann-Whitney U検定にて行なった.また,予測や判断の正確性を見るために,EOP誤差として各ブロックのEOPからヒット率を減じた値を算出し,年齢×ブロックの二元配置分散分析を行い,JAT誤差として全試行のヒット率を減じた値を算出し群間比較(t検定)を行なった.いずれも有意水準を5%未満とした.
【説明と同意】
本研究の主旨と倫理的配慮について説明し署名にて同意を得た.
【結果】
全試行における平均ヒット率は,若年群(平均53.4±10.8%)の方が高齢群(平均40.8±17.3%)より有意に高かった.EOLは両群ともに中央値2(やや難しい)であり有意差はなかった.EOP誤差の分散分析の結果,ブロック7(若年群:平均0.4±25.3%,高齢群:平均-21.6±25.7%),ブロック8(若年群:平均-4.6±21.2%,高齢群:平均-23.8±22.0%)では,高齢群の誤差が有意に大きかった. JAT誤差でも若年群(平均-0.5±12.1%)より高齢群(平均-12.3±17.3%)の誤差が有意に大きかった.
【考察】
本研究の結果,事前の学習容易性判断(EOL)では両群に違いがなかったにも関わらず,遂行中の予測(EOP),事後の判断(JAT)は両群間に差が見られた.高齢群のEOP,JATは,実際の成績と大きく乖離することが明らかとなり,運動学習におけるセルフモニタリング能力は加齢により低下することが示唆された.NelsonとNarens(1994)は学習活動のプロセスは事前段階→遂行段階→事後段階(→事前段階)と循環し各段階で自己によるモニタリングとコントロールの調整を受け,学習結果に影響を及ぼすとしている.本研究の結果は,高齢者の遂行段階や事後段階におけるモニタリングが適切に行われなかったか,予測が不適切であった結果を反映していると推察された.また,事後段階の判断の低下は,課題遂行中に与えられたFB結果を保持する機能(ワーキングメモリ)の問題であることも考えられた.運動学習中に行なわれるセルフモニタリングは,エラー感受性や身体への注意と関連し,学習の自己調整に影響すると考えられ,今後さらに詳細に検討する必要がある.
【理学療法学研究としての意義】
本研究の結果は,高齢者の学習能力の低下がセルフモニタリング能力と関連している可能性を明らかにし,臨床において高齢患者に適切な学習課題を提供するための一助となり得る.

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© 2011 日本理学療法士協会
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