理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI1-011
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ポスター発表(一般)
スリッパと靴での歩行の比較
歩行分析計と表面筋電図による解析
柴垣 信介
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抄録

【目的】
履物は転倒発生に関わる外的要因の一つで、スリッパの使用は靴と比較して転倒リスクが高いと報告される。しかし履物と歩行に関する研究結果は一定せず、十分な根拠はないが経験的にスリッパの使用を避けるよう指導内容に選択されているのが現状といえる。今回、スリッパとバレーシューズ(以下靴)での歩行を、歩行分析計と表面筋電図(SEMG)を用いて比較し、若干の知見を得たので報告する。
【方法】
被験者は健常男性9名、年齢27±6.2歳、身長168±3.1 cm。スリッパと靴は市販物を使用し、裸足で着用した。靴は装着感に問題のないものを0.5cm間隔で選ばせた。歩行解析にはウォークWay MG-1000(アニマ株式会社製)を使用し、長さ48cmのプレート5枚と前後1mの合計4.4mを歩行路とした。通常速度での歩行を十分な練習後に各4回計測した。施行間に充分な休息時間を設けた。検討項目はストライド長及び秒、歩幅、歩隔、歩行角度、足角、立脚期及び両脚支持期の割合、スピード、ケイデンスの平均値とした。距離因子は身長の平均値から算出した割合で正規化した。また、モニタ上に描写される足跡とCOPの移動を10msec間隔で観察した。SEMG解析にはMyoSystem1400A(NORAXON社製)を使用し、利き足大腿直筋(RF)、前脛骨筋、内側腓腹筋(MG)を測定筋とした。フットスィッチを両側靴底面の母趾々腹、第1中足骨遠位足底面、踵骨足底面に被験者毎に設置して筋電計と同期させた。計測波形はRoot Mean Squareにて処理した。検討項目は各筋ピーク値、立脚相と遊脚相での各エリア平均値とし、MMTの肢位で測定した各筋MVCで正規化した。統計学的分析には対応のあるT検定を用い、有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】
被験者には研究の目的及び方法を説明し、理解と同意を得た。
【結果】
被験者につき平均8歩行周期を計測した。歩行解析では歩隔(スリッパ:9.9±2.9cm 靴:8.9±2.7cm 以下同順に記載)、歩行角度(9.1±2.8° 8.4±3°)、ケイデンス(115±7.5歩/min 109±8.7歩/min)、立脚期の割合(63±1.6% 66±4%)に有意差があった。モニタの観察からCOPの軌跡は踵接地から足趾離地にかけて、踵から第1中足骨遠位端次いで母趾々腹へと移動する。その移動は滑らかではなく、各箇所で一旦停止してまた動くといった軌跡を呈し、視覚的に明らかな変化があった。COPが踵部から第1中足骨遠位端に到達するのに要する時間(310±50msec 270±40msec)と第1中足骨遠位端から母趾々腹に到達するのに要する時間(50±30msec 100±30msec)に有意差があった。SEMG解析では視覚的に特徴のある波形の変化はなかった。ピーク値は立脚相でのRF(32±16%MVC 24±13%MVC)、MG(54±15%MVC 72±24%MVC)で有意差があった。各相エリア平均値は立脚相でのMG(15±6.2%MVC 24±9.8%MVC)に有意差があった。
【考察】
スリッパ歩行はwide base傾向で、踵接地から踵離地にかけてのCOPの移動時間が延長し、踵離地から足趾離地での時間が短縮する。歩容を誇張して表現すると踵接地後の重心前方移動は制限され、立脚後期は短縮すなわちターミナルスタンス以降が不十分な状態で遊脚相へ移行する。これはSEMG解析で立脚相MGの活動性低下が示した通り、蹴り出しによる推進力が低下した事が関連した歩容の変化と考えた。スリッパ歩行は踵部の固定性がないため、足趾屈曲による履物の固定と歩行中の背屈可動域の維持による履物落下防止が必要である。足趾伸展及び底屈可動域の抑制により立脚期MGの活動とフォアフットロッカー作用が低下し、COPの軌跡が変化したと考えた。そしてケイデンスの増加は推進力確保の補完と考えた。RFの立脚相ピーク値は接地後の衝撃緩和を表し、スリッパ歩行で高値であった。上述の通り立脚後期の短縮が生じているが歩幅に有意差はない。立脚相の減少、換言すると遊脚相の拡大は歩幅を維持する代償であり、推進力低下を補うために遊脚時の股関節及び膝関節屈曲角度は増大していたと推測される。この現象は靴歩行と比べ鉛直方向の接地を生じさせ、接地時の床反力作用線は膝後方へ移動し、外的モーメントに変化が現れたと考えた。以上の事からスリッパ歩行は履物保持と推進力を得るために歩容の変化が起き、筋活動等に影響を与える事が示唆された。今回の対象が健常若年者であったため顕著な差ではなかったが、高齢者や下肢機能障害者では身体機能や適応能力が低下し、差の開大が予測され、リスクへの発展が危惧される。被験者の再考と関節角度や床反力、クリアランス等のパラメータとの考察が今後の課題である。
【理学療法学研究としての意義】
履物の違いによる歩行解析によって転倒との関連性を明確にし、根拠のあるADL指導やリスク管理を行う。

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© 2011 日本理学療法士協会
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