抄録
【目的】骨格筋の損傷は激しい運動や不慣れな運動などにより惹起される。骨格筋は損傷後、筋衛星細胞が活性化し筋芽細胞へと分化し、さらに筋芽細胞が融合することで中心核を持つ筋管細胞となる。その後、筋管細胞が成熟し、骨格筋の再生が終了するが、骨格筋が損傷して、完全に再生されるまで、非常に多くの時間を要する。
人工炭酸泉浴は経皮的に二酸化炭素を吸収し、血管拡張を誘発し、血流の増加、組織酸素分圧の上昇を起こす。また、経皮的に二酸化炭素を吸収することで、創傷の治癒を促進することが報告されている。このことから、我々は、人工炭酸泉浴により筋損傷の再生が促進されるのではないかと仮説を立てた。人工炭酸泉浴が損傷骨格筋の再生を促進するならば、骨格筋損傷の物理療法として、人工炭酸泉浴を適応できる可能性があると考える。
そこで、本研究は人工炭酸泉浴が損傷骨格筋の再生促進効果について組織学的に検討することを目的に行った。
【方法】本研究はWistar系雌ラット(12~14週齢)16匹を用いて行った。ラットを非損傷群(NI、n=4)、損傷コントロール群(IC、n=4)、損傷温浴群(FW、n=4)、損傷炭酸泉群(CO2、n=4)に分けた。IC群、FW群、CO2群のラットの左前脛骨筋に0.5%ブピバカイン塩酸塩を接種し、筋損傷を誘発した。筋損傷誘発の1日後から、FW群、CO2群のラットに37°Cで30分間、温浴および人工炭酸泉浴(1000ppm)をそれぞれ行った。温浴負荷は1日1回、週5日行った。損傷の2週間後、すべてのラットを安楽死させ、左前脛骨筋を摘出した。摘出した前脛骨筋は液体窒素で冷却したイソペンタンを用いて凍結させた。前脛骨筋を10μmの厚さに薄切し、組織標本を作製した。作成した組織標本を抗ジストロフィン抗体とDAPIを用いて筋細胞膜と核の2重蛍光免疫組織染色を行い、光学顕微鏡で観察した。筋核数は100本以上の筋細胞膜内にある核を筋核として同定し、1本あたりの筋核数を示した。筋横断面積は100本以上の筋横断面積を測定し、1本あたりの筋横断面積を示した。
全てのデータは平均値±標準偏差で表した。統計処理は一元配置分散分析を行い、有意差が認められた場合、Tukey 法による多重比較検定を行った。すべての統計は5%未満を有意水準とした。
【説明と同意】本研究は吉備国際大学動物倫理委員会の承認を受け行った。
【結果】NI群、IC群、FW群、CO2群の筋核数はそれぞれ、1.68±0.10個、1.27±0.13個、1.28±0.13個、1.69±0.11個であった。筋核数は、NI群とCO2群に比べ、IC群、FW群で有意に高値を示した(P < 0.01)。
NI群、IC群、FW群、CO2群の筋横断面積はそれぞれ、2113±201μm2、961±74μm2、1049±143μm2、1317±189μm2であった。筋横断面積はNI群に比べIC群、FW群、CO2群で有意に低値を示した(P < 0.01)。また、CO2群はIC群に比べ、有意に高値を示した(P < 0.05)。
【考察】本研究結果は人工炭酸泉浴が損傷骨格筋の再生を促進する可能性を示唆している。骨格筋は損傷後、筋衛星細胞が活性化し単核の筋芽細胞へ分化する。筋芽細胞が融合することで多核の筋管細胞へとなる。筋線維が成長する際には、筋芽細胞が融合する必要があり、融合により筋核は増加する。本研究でCO2群の筋核数がIC群、FW群に比べ多かったことから、人工炭酸泉浴により筋芽細胞の融合が促進していると考えられる。また、CO2群の筋横断面積がIC群に比べ高値を示す傾向が認められたことから、CO2群は人工炭酸泉浴によりの再生筋線維の成長が促されている可能性があると考えられる。CO2群での筋核数と筋横断面積の増加は、人工炭酸泉浴が損傷筋の再生を促進させた事を示唆している。
本研究は、人工炭酸泉浴が損傷骨格筋の再生を促進する可能性を示唆しており、筋損傷に対する物理療法として、人工炭酸泉浴が適応できる可能性があると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】筋損傷に対する物理療法として、人工炭酸泉浴の有効性を示唆した点。