理学療法学Supplement
Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
セッションID: PI1-236
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ポスター発表(一般)
人工股関節置換術後患者における歩行時股関節伸展制限の原因は何か?
塚越 累建内 宏重福元 喜啓上村 一貴秋山 治彦後藤 公志宗 和隆奥村 秀雄中村 孝志市橋 則明
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抄録

【目的】人工股関節置換術(以下,THA)患者の歩行能力は術後長期間を経ても健常者と比較して低下している。THA患者を対象とした多くの歩行分析研究から,THA患者は歩行立脚後期での股関節伸展角度が減少していることが共通した歩行異常として挙げられている(Perron M 2000, Miki H 2004)。歩行中における股伸展角度の減少は,歩行速度の低下や重複歩距離の短縮と関連しており,歩行能力低下の原因の1つとされている。さらに,骨盤や膝関節,足関節の運動にも影響するとされていることから,歩行時股伸展角度の改善は歩行動作の治療において重要な課題である。しかし,現在までTHA患者の歩行時股伸展角度の減少とその原因となる身体機能との関連は明らかではない。本研究では,THA患者の歩行時股関節伸展角度と股関節伸展可動域(以下,股伸展ROM)および下肢筋力との関連を検討し,股伸展角度に影響する要因を明らかにすることを目的とした。
【方法】変形性股関節症によりTHAを施行した女性54名(年齢61.8±6.7歳,身長153.9±4.7cm,体重52.7±8.9kg)のTHA施行側,片側例32名32肢,両側例22名44肢,合計76肢(術後期間50.9±40.4ヶ月)を対象とした。対象者の包含基準は,THA後6カ月以上経過していること,股関節以外の整形外科的・神経学的疾患を有していないこと,歩行補助具無しで50m以上の歩行が可能であることとした。また,人工股関節再置換術を施行した者,歩行時に疼痛を有する者は対象から除外した。全対象者に対して股伸展ROM測定,下肢筋力測定および歩行動作分析を行った。股伸展ROMは先行研究の測定方法(Pua YH 2008)に準じてゴニオメーターを使用して他動的に測定した。下肢筋力は股関節屈曲・伸展・外転,膝関節屈曲・伸展の最大等尺性筋力を測定した。股関節筋力には徒手筋力計(アニマ社製μ-tas),膝関節筋力には下肢筋力測定器(OG技研社製ISOFORCE GT-330)を使用して各2回測定し,最大値を採用した。各測定値にアーム長を乗じた後,対象者の体重で除してトルク体重比を算出した。歩行動作分析では,3次元動作解析装置VICON NEXUS(VICON社製;カメラ6台,サンプリング周波数200Hz)を使用し,反射マーカーはplug in gait full bodyモデルに準じて貼付した。対象者に自由速度での独歩を行わせ,歩行中の股関節最大伸展角度を算出した。試行回数は3回とし,平均値を採用した。統計分析では,歩行時股関節最大伸展角度と股伸展ROMおよび下肢筋力との関連をピアソンの相関係数を求めて検討した。さらに,歩行時股関節最大伸展角度を従属変数,年齢,股伸展ROMおよび下肢筋力を独立変数としてステップワイズ重回帰分析を行った。有意水準は5%未満とした。
【説明と同意】本研究は本学倫理委員会の承認を得て実施した。対象者には研究内容を十分に説明したうえで,文書にて研究参加の同意を得た。
【結果】股伸展ROMは平均10.7±4.1°,下肢筋力の各平均値は股屈曲0.96±0.18 Nm/kg,股伸展1.07±0.22 Nm/kg,股外転1.00±0.23 Nm/kg,膝屈曲0.75±0.18 Nm/kgおよび膝伸展1.77±0.49Nm/kg であった。歩行時股関節最大伸展角度は平均6.5±7.5°であった。相関係数を求めた結果,歩行時股関節最大伸展角度と有意な相関を示したのは,股伸展ROM(r=.301),股屈曲筋力(r=.247),股外転筋力(r=.406)および膝伸展筋力(r=.340)であった。股伸展筋力(r=.192)と膝屈曲筋力(r=.049)は歩行時股関節最大伸展角度との有意な相関を示さなかった。重回帰分析の結果,歩行時股関節最大伸展角度に影響を与える因子として,股外転筋力(β=.374)と股伸展ROM(β=.254)が抽出された(R2=.228)。
【考察】相関分析の結果から,THA患者の歩行中の股伸展角度の減少には股伸展ROM,股屈曲筋力,股外転筋力および膝伸展筋力が関連しており,重回帰分析の結果から特に股伸展ROMと股外転筋力が影響していることが明らかとなった。股伸展ROMが歩行時の股関節最大伸展角度に影響していることから,THA患者は持てる股伸展ROMに応じて股伸展運動を行っていると捉えることができる。筋力の観点から考えると,股外転筋は歩行時の側方安定性に寄与するため,立脚後期まで側方安定性が保証されることは股関節伸展運動に欠かせない要素であると考えられる。歩行分析研究から歩行時の股外転モーメントは立脚初期と立脚後期との二峰性のピークモーメントを示すことからも,立脚後期における股外転筋力発揮の重要性が推察される。以上のことから,歩行時の股関節最大伸展角度を改善するには,股伸展ROMの拡大と同時に股外転筋力の強化が重要であることが示唆された。
【理学療法学研究としての意義】THA後の歩行時股関節伸展制限に影響する身体機能因子を特定することは,理学療法における治療選択の一助となると考えられる。

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© 2011 日本理学療法士協会
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