抄録
【目的】筋収縮に関するアプローチとして、治療的電気刺激や加圧トレーニングに至るまで、多くの外来刺激が筋収縮に対し、効果をもたらすと報告されている。その中でも理学療法アプローチとして、電気刺激は、古くから弱化筋や中枢神経麻痺による痙性に対し、自動運動の補助を中心として現在に至るまで、広く使用されている。
それに対し、筋弛緩に関する理学療法アプローチとしては、多くの場面でストレッチや温熱療法などによる他動的手技によって筋弛緩を得ようとする試みが中心となっているが、効果の持続性が短いなど、十分な介入とはいえないと考えられる。さらに、筋弛緩に対する自動的な介入についての検討はあまりされていないのが現状である。
これらのことから、外来刺激である電気刺激が、随意的筋弛緩の自動運動の補助として効果をもたらすかどうかを検討し、本研究は、随意的な筋弛緩の際に主動作筋または拮抗筋に電気刺激を行い、筋弛緩を促すための電気刺激の有効性の検討を行った。
【方法】対象は、健常成人17名(男性10名 女性7名、年齢20-36歳)とした。 被験者には、運動課題を施行してもらい、その際に電気刺激を行った。運動課題は、コンピュータプログラム(National Instruments社製 Lab VIEW)を用い、プログラムに表示された指標に沿うように手関節背屈にて橈側手根伸筋最大収縮(MVC)の30%を維持、その状態から、不意な音シグナル(反応音)に対し、できるだけ早く完全に筋リラクゼーションをすることとした。電気刺激は、電気刺激装置(日本光電;SEN-7203)とアイソレーター(日本光電;SS-104J)を用い、刺激部位は、主動作筋として橈側手根伸筋(ECR)また拮抗筋として橈側手根屈筋(FCR)をランダムに選択し、各筋の筋腱移行部に銀皿電極を貼付して刺激を行った。刺激条件は、1msの単発矩形波を使用し、パラメーターは、強度:運動閾値(MT)の1.0倍(1.0MT)、1.5(1.5MT)、時間:反応音から0、20、40、60、80、100ms後の12条件をランダムに各条件15施行行った。また、電気刺激を行わない状態で運動課題を行ったものをControlとした。
筋弛緩の状態は、張力センサーでモニターし、反応音からセンサーが下行開始時点までを単純反応時間(RT)、さらにセンサーの下降開始時点からセンサーの値が0になるまでを弛緩完了時間とし、それぞれに関して二元配置分散分析を行い、次いでダネットの多重比較検定によりControlに対する比較を検討した。
【説明と同意】本実験は、所属機関の倫理審査委員会にて承認を得たことに加え、被験者には、実験の目的から実験協力に関する権利までを十分に説明し、書面による同意を得た上で行った。
【結果】RTは、ECR刺激では、1.0MT、1.5MTともに反応音より0-60ms後の刺激で、Controlに対し有意な低下がみられ、強度と時間に交互作用が認められた(p<0.01)。FCR刺激では、1.0MTでは全ての刺激時間、1.5MTでは反応音より0-60ms後の刺激にてControlに対し、有意な低下がみられ、時間による主効果が認められた(p<0.01)。弛緩完了時間は、ECR刺激、FCR刺激において、Controlに対し、有意な低下を認めなかった。
【考察】随意的な筋弛緩に対し、主動作筋刺激は、早期の時間と強い強度の条件が筋弛緩の形成に促通の効果を生じ、拮抗筋刺激は、刺激強度に関わらず、時間条件が筋弛緩の形成に促通の効果を生じ、ともに電気刺激が随意的筋弛緩の開始を早期化させることが示唆された。また、今回のような単発刺激では、弛緩過程には影響を及ぼさないことが考えられた。
主動作筋刺激と拮抗筋刺激の弛緩に対する運動制御的メカニズムは異なるため、今後は筋弛緩に関する電気生理学的な検討が必要性であると考えられる。
【理学療法学研究としての意義】過剰筋緊張といった症状に対してストレッチや温熱療法のような他動的介入以外の治療選択肢を広げるための手がかりとなり、電気刺激と随意収縮を併用したリハビリテーション上の新たな治療法が確立されることが期待される。