抄録
【はじめに、目的】 足指・足底機能は,高齢者の転倒との関連性からその重要性が指摘され,なかでも足指把持力に関する報告が多くされている。その中で歩行能力との関連では,若年者,在宅障害高齢者の最大歩行速度や若年男性の至適歩行速度下での歩幅に相関関係が認められることが報告されている。また,半田らは,20~70歳代の男女97名を対象に足指把持力と10m最大歩行所要時間と10m至適歩行所要時間との間に負の相関が認められたことを報告している。しかし,この報告では,20~70歳代の足指把持力の平均値との関係を示しているものの,高齢者と若年者の足指把持力と歩行能力との関係を比較していない。また,これまでの報告においても高齢者の至適歩行速度下や歩幅や歩行率などの歩行能力と足指把持力との関係を示した報告はされていない。高齢者では加齢の影響により,高齢者と若年者では,足指把持力と歩行能力との関係に差異があることも考えられる。そこで本研究では足指把持力測定器を自作し,若年者および高齢者を対象に足指把持力と10m最大歩行および至適歩行下での歩行速度,歩幅,歩行率の関係を検討した。【方法】 対象は,下肢に病的機能障害が認められなかったT大学に在学中の若年群26名(男性:15名,女性:11名,平均20.7±1.5歳)と要介護認定が要支援2~要介護2と判定されH病院通所サービスを利用している高齢者10群(男性:3名,女性:8名,平均83.4±3.9歳)とした。足指把持力測定器の作製は,村田らの足指把持力測定器を参考に市販の竹井機器工業のTKK5001グリップAを用いて作成した。足指把持力の測定肢位は端座位であり,体幹垂直位で両腕を組み,股・膝関節を90度屈曲した肢位で,利き足を測定肢として実施した。計測は,足指把持バーを調節し,足趾でしっかりと把持できることを確認し,測定方法を十分に習得させた後,左右各2回測定した。測定した足指把持力については体格差を考慮し足指把持力対体重比(%)を算出した。10m最大歩行および至適歩行は,16mの屋内平地直線走行路を歩行し,中央の10mの所要時間と歩数を計測した。その所要時間と歩数から歩幅(cm),歩行率(steps/m),歩行速度(m/min)を算出した。統計処理は,自作した足把持力値の再現性について対象者5人の級内相関係数(1,2)を求めた。また,左右を合計した足指把持力対体重比と10m最大歩行および至適歩行の速度、歩幅、歩行率との関係は,ピアソンの相関係数を求め有意水準5%とし,検討した。【倫理的配慮、説明と同意】 すべての対象者には研究の目的と方法および被験者にならなくても不利益にならないことを十分に説明し,同意を得た。【結果】 級内相関係数(1,2)は,r=0.977であり高い再現性が認められた。左右の足指把持力を合計し求めた対体重比は,若年群が37.1±11.8%,高齢群が14.4±5.6%であった。足指把持力対体重比と歩行能力との関係は,若年群が最大歩行速度(r=0.56,p<0.01),最大歩行速度下の歩幅(r=0.46,p<0.05),最大歩行速度下の歩行率(r=0.42,p<0.05)に有意な正の相関関係が認められた。高齢群では,最大歩行速度下の歩幅(r=-0.72,p<0.05)に有意な負の相関関係が認められた。また,若年群および高齢群における至適歩行速度では,有意な相関関係が認められなかった。【考察】 本結果から,若年者および高齢者の足指把持力と10m最大歩行および至適歩行下での歩行能力との関係には差異があることが示された。足指把持力は,歩行時の蹴り出し時に前進駆動力として作用することが推測されている。このことから,若年者では,前進駆動力が必要とされる最大歩行下での速度,歩幅,歩行率と関係が認められたことは先行研究を支持するものであった。一方、高齢群において最大歩行速度下の歩幅に負の相関関係が認められたことは,歩行速度の増加と矛盾しているものであった。高齢者では,加齢の影響により蹴り出し期における足関節底屈角や股関節伸展角度の減少などの報告がされていることから,足指把持力が作用しづらいことが推測される。このことから高齢者では,足指把持力以外の他の要因により歩行速度を増加させることや足指把持力が歩行能力を反映しないことが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 足指把持力は,比較的,簡便な評価方法であり,転倒予防など様々な指標となりえることが報告されている。その中で,今回,若年者と高齢者における足指把持力と歩行能力の関係について示した。私たち理学療法士は,歩行能力や運動能力の向上を目指すため、歩行能力との関係を知ることは重要と考えられる。