抄録
【はじめに、目的】 頸髄損傷者において、嚥下障害を合併し問題となる場合がある。頸髄損傷に対する手術や骨棘などの骨の形態異常に起因する嚥下障害も見られるが、手術や骨の形態異常に問題はなくとも頸椎装具による頭頸部の固定が嚥下機能に影響を与えていることも報告されている。Stambolisらは、健常成人を対象に3種類の装具を使用し、嚥下機能を評価しており、装具を使用することにより、82%の人に嚥下機能への影響(咽頭残留、喉頭侵入)がみられ、47%の人で嚥下反射の開始時期が変化したと報告している。先行研究より、頸椎装具を使用することが、嚥下機能に悪影響を及ぼすことが示唆されている。一方で、有嶋らは、ハローベストを装着した嚥下機能障害を有する外傷性脊髄損傷の1症例に対し、頸椎の伸展角度を軽減したことで、嚥下障害が改善したと報告している。そこで、今回の研究では、健常者を対象に頸椎装具使用時に、頭部の角度のみを変化させることで、嚥下のしやすさも変化するのか否かを検証する。頸椎装具の使用が嚥下を行いにくくするが、頭部角度のみを調節し、頭部を中間位にすることで嚥下のしやすさを改善することができると仮説を立て、反復唾液嚥下テスト(以下、RSST)とRSSTの初回から3回までの時間、1回嚥下量を検査し嚥下機能に与える影響の有無について、装具非使用時(頭部中間位:以下中間位)、装具使用時(頭部伸展位)、装具使用時(中間位)と比較し検証することとした。【方法】 頸部脊椎、脊髄疾患、脳血管障害、口腔疾患など嚥下障害を伴う疾患を有しない若年健常者のうち研究内容を書面、口頭にて説明し同意を得られた男子学生10人(21.9±4.5歳)を対象とした。被検者姿勢は、壁に頭を付け、股関節、膝関節が90°で足底全面接地した端座位で行った。頸椎装具はオルソカラー(有薗製作所)を使用し、頭部姿勢は、装具非使用時(中間位)、装具使用時(頭部伸展位)、装具使用時(中間位)の3条件で比較した。中間位は、フランクフルト平面が外耳孔と肩峰を結ぶ線に対してなす角度が90°になる姿勢とした。頭部伸展位は、フランクフルト平面が外耳孔と肩峰を結ぶ線に対してなす角度が100°になる姿勢とした。装具使用時の中間位は、装具と後頭部の間に1cm厚のパッドを入れ頭部を中間位とした。検査項目は30秒間のRSSTの回数、健口くん(竹井機器工業株式会社)を使用してRSST初回から3回までの時間、1回嚥下量の3項目とした。1回嚥下量は100ccの水を紙コップに入れ、紙コップから一口水を飲み、残った水の量から、口腔内に取り込んだ量を計測した。3種類の姿勢は検査による疲労度を考慮し別々の日で行った。また、姿勢の3条件はランダムに実施した。統計学的検討は反復計測一元配置分散分析およびTukeyによる多重比較検定を行った。【倫理的配慮、説明と同意】 被検者への説明は書面及び口頭にて行い、書面にて同意を得た。なお、実験を遂行するにあたり、新潟リハビリテーション大学倫理委員会の承認を得た。【結果】 RSSTの回数は装具非使用時では8.1±2.2回、装具使用時(頭部伸展位)では、7.7±2.0回、装具使用時(中間位)では、7.6±1.6回であり、有意な差はみられなかった。RSST初回から3回までの時間は、装具非使用時では6.0±1.3秒、装具使用時(頭部伸展位)では、7.2±2.6秒、装具使用時(中間位)では、6.6±2.0秒であり、装具非使用時と装具使用時(頭部伸展位)との比較で装具使用時(頭部伸展位)の方が有意に延長していた。1回嚥下量は装具非使用時では、23.8±10.2 ml、装具使用時(頭部伸展位)では、22.2±9.7 ml、装具使用時(中間位)では、15.8±6.6 mlであり、装具非使用時および装具使用時(頭部伸展位)と比べて装具使用時(中間位)の方が有意に少なかった。【考察】 装具使用時での頭部伸展位でRSSTの初回から3回までの時間が延長した原因としては、顎下部の軟部組織が伸長し開口方向へ牽引力を生じるために顎の固定および喉頭挙上に対して抵抗力が生じ喉頭運動が阻害されたためと考えられる。装具使用時の頭部中間位で一回嚥下量が軽減した原因としては、頭部を中間位にすることで、頸椎装具の顎受け部分に下顎が抑えつけられ開口量が減少し、口腔内に取り込む量も減少したと考えられる。頸椎装具使用により嚥下機能が低下している場合、頭部の角度を変化させることで機能が向上する場合もあることが示唆された。【理学療法学研究としての意義】 頸髄損傷者などで頸椎装具を使用し、嚥下機能が低下している場合、リクライニング角度や座位姿勢などの様々な姿勢の評価を行うが、体幹や頸部だけでなく頭部の角度も評価の対象となることが考えられた。