抄録
【はじめに、目的】 介護保険法は2006年の改正により予防重視型システムへ転換し、生活機能障害を改善するため、運動器機能向上プログラムが広く実施させるようになった。現在、新たなプログラムの必要性が指摘されており、より効果的な介護予防の実施が求められている。この様な背景の下、我々は東京都健康長寿医療センターが行った福岡県行橋市での介護予防実態調査分析事業に関わり、問診、体力測定、運動器機能向上プログラム及び参加者教育を自治体と3年間実施した。そこで今回、この事業における介入効果を検証したので報告する。【方法】 郵送調査により運動器疾患の対策が必要で、医師から運動を制限されていない者を抽出し、第1期42名、第2期41名、第3期44名の計127名を対象とした。この対象者を先に介入する先行群、3か月遅れて実施する待機群の2群に無作為に割り付けた。本事業の評価項目は変形性膝関節症患者機能評価尺度、疾患特異的・患者立脚型慢性腰痛症患者機能尺度、鳥羽らによる転倒リスク尺度、健康関連QOL(SF-8)、WHO-5とした。また、身体機能評価として握力、開眼片足時間、Time Up&Go test(TUG)、5m通常歩行時間、5m最大歩行時間を行った。この一連の評価を実施前と3ヶ月後(先行群の事後)、6ヶ月後(待機群の事後)に行った。また、第1期42名は事後の約1年半に亘り評価を継続した。運動器機能向上プログラムは週2回、計23回、内容は坐位、立位、臥位でのストレッチ体操、筋力トレーニングを中心に構成し、参加者教育は、変形性膝関節症、腰痛症、転倒等について講義を行った。尚、事業終了後にプログラム内容を集約したDVDを配布し、校区毎に存在している体操教室「いきいきサロン」への参加を促した。統計解析は、長期的な変化を把握するため、身体機能評価については第1期先行群および待機群の実施前と3ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後、24ヶ月後の評価結果に対してKruskal-Wallis testにて検定をした。また、その他の評価結果は我々が関与した事業期間6ヶ月間の第1期から第3期の結果に対しても同様にKruskal-Wallis testにて検定をした。次に、運動器機能向上プログラムの効果をより詳細に検討するために実施前とプログラム実施後及び事後3ヶ月から6ヶ月、6ヶ月から12ヶ月後の身体機能評価の結果を一元配置分散分析後、多重比較検定としてFisher’s PLSDにて検定をした。【倫理的配慮、説明と同意】 全ての対象者に対し、事前に事業内容の説明を行い、書面にて事業参加の同意を得た。【結果】 第1期先行群、待機群の実施前と3ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後、24ヶ月後の身体機能については、TUGで先行群(P<0.01)、待機群(P<0.05)、5m最大歩行時間で先行群(P<0.05)と改善を示す有意差を認めた。その他の評価についてはWHO-5で先行群(P<0.05)、転倒リスク尺度で先行群(P<0.01)と改善を示す有意差を認めた。また、SF-8については待機群においてプログラム実施前にも関わらず、向上している者が散見された。次に身体機能の経時的変化については開眼片足時間とTUGで実施前に比較して事後3ヶ月から6ヶ月、また事後6ヶ月から12ヶ月において有意な改善を示した(P<0.05)。また、5m通常歩行時間では実施前と比較して事後3ヶ月から6ヶ月において、5m最大歩行時間では実施前と比較してプログラム終了時、事後3ヶ月から6ヶ月において有意な改善を示した(P<0.05)。【考察】 今回の運動機能向上プログラムの実施により、TUG、5m最大歩行時間が向上し、転倒リスク尺度も改善を示した。また、WHO-5の結果においても抑うつ傾向の改善が認められ、SF-8ではプログラム実施前にも関わらず向上している者が散見された。このことはストレッチ体操及び筋力トレーニング中心に構成したプログラムの有効性を示しており、筋力の向上及び随意的な姿勢制御能力の改善により立ち上がり、方向転換、歩行等、様々な要素を含むTUGの結果を向上させ、転倒への恐怖心も低下したと考える。また、このことは積極的な行動を可能し、ADLを高め、精神面に好影響を及ぼしたと考える。次に身体機能の経時的変化については事後3ヶ月から6ヶ月において有意な改善を示す傾向にある。これは、高齢者の筋力強化では期待する反応、意図とした効果が出現するまでには時間を要することを表しており、また「いきいきサロン」の継続的な取組みが成されている事を示している。【理学療法学研究としての意義】 現在、多くの理学療法士が自治体からの委託を受け介護予防事業に関与している。様々な事業において体力向上等の成果を出しているが、今後はより地域と密着した長期間の支援が必要であると考える。今後はより自治体と連携し、効果的な事業展開を検討していきたい。