主催: 日本理学療法士協会
会議名: 第53回日本理学療法学術大会 抄録集
開催日: 2018/07/16 - 2018/12/23
【症例紹介】
Prochaskaらが提唱した行動変容に関するモデル(The transtheoretical model:TTM)によれば,モデルの構成要素として行動変容の段階,行動変容の過程,意思決定のバランス,セルフ・エフィカシーが挙げられている.人が行動を変える場合は「無関心期」から「維持期」に至る5つのステージを通る.行動変容のステージを一つでも先に進むには,その人が今どのステージにいるかを把握し,それぞれのステージに合わせた働きかけや支援が必要である.理学療法介入においても,運動療法の実践や生活習慣の改善など,患者自身の行動変容を促す過程は重要である.今回,慢性的な腰部下肢痛を訴える患者に対する理学療法において,行動変容の過程に着目して症例報告する.
症例は60歳代の女性(BMI 19.9,体重比筋量%MV 70.9%)であり,ここ数年での下肢の脱力感,小刻みな歩行,腰部や下腿の疼痛による歩行困難感を訴えて来院された.当院整形外科にて変形性腰椎症と診断され,外来での理学療法開始となった.自宅ではほとんど運動することはなく,夫や近所に住む姉からも心配されていた.以前はよく外出されており,旅行や遠方にある生家のお墓参りに行きたいという希望があった.
【評価とリーズニング】
事前に神経内科での精査を受けており,神経病理学的な異常所見は指摘されなかった.画像診断の結果や熱発,安静時疼痛,下肢の痺れなどレッドフラッグに該当する所見はみられず,腰部の重篤な疾患が存在する可能性は低いと判断した.症状増悪因子は連続歩行であり,重力下でどれだけの運動能力を有するのかという力学的推論を重視した.そこで運動能力の評価では,30秒間椅子立ち上がりテスト(CS30)13回(やや劣っているレベル),体重支持指数(WBI)73.4,Timed Up & Go Test(TUGT)8.3秒であった.連続歩行は,10分間程度で下腿が攣り,途中休みながらでないと移動できなかった.WBIの結果より,重力下における姿勢保持や運動機能の低下が示唆された.身体の力学的な運動機能が低下して易疲労性や筋持久力低下をきたし,身体活動量の不足から生活活動性低下を惹起していると推察した.理学療法において身体の力学的環境の改善を図り,身体活動量や生活活動性を増加させることで,QOL向上へつながるよう努めた.
【介入内容および結果】
TTMに基づいて,標的行動を「定期的な身体活動や運動の実施」として介入した.介入当初の「無関心期」から「関心期」においては,疾患説明ツールを用いて障害形成に至ったプロセスを説明し,現状の生活習慣が持続することのリスクと治癒過程の理解を促した.行動変容への自信を持てるよう,徒手的介入による身体機能変化と患者自身で行う運動療法によるそれとを一致させ,患者自身の気づきと能動的な取り組みへの自覚を促した.行動変容への意欲が芽生え,実践に移る「準備期」においては,経時的な運動能力評価の結果をグラフにて提示しながら,理学療法士と患者とで経過や目標について意思共有していった.日々の活動量を歩数計を用いて定量的に計測した.理学療法継続の中で患者の主観的評価に変化が現れ,当初は「しんどいから,どうにかしてほしい」と他力に頼んでいたが,次第に「リハビリを続けるとよいね,歩くのが楽しくなった」と発言されるようになった.歩行についても,「脚の運びが軽くなった,移動の所要時間が短縮した」と,変化を実感された.「実行期」においては,自主的なメニューを増やすことで「自宅でも続けている,食事も見直した」と,積極的な自己管理行動への変容がみられた.また「私が元気になって家族も喜んでいる」というように,重要な他者からの承認は行動変容の過程を促進したと推察される.3ヶ月後には念願であった家族での旅行へ出かけることもできた.3ヶ月後の運動能力評価では,CS30 21回,WBI 81.3,TUGT 6.5秒,%MV 71.4へといずれも改善がみられた.
【結論】
運動器の慢性疼痛を有する患者では,長期的な症状管理のために能動的な行動変容も重要であると示唆された.患者自ら健康的な生活習慣を身に付ける行動変容の過程において,障害形成プロセスへの理解,経時的な運動能力評価による成果の確認,段階的な目標設定の共有などを通して支援することは有効と考えられる.今後は,改善された生活習慣を継続していく「維持期」に留まれるような支援を検討していく.
【倫理的配慮,説明と同意】
本研究はヘルシンキ宣言に則り,患者には症例発表における意義と方法,プライバシー保護への留意について説明し,文書にて同意を得た.