Rinsho Shinkeigaku
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Brief Clinical Notes
Diffuse cerebral atrophy and reversible polyneuropathy in a patient with chronic Bromvalerylurea intoxication: a case report
Yoichi KanatsukaMakiko InaokaKensuke NakazawaShiori AsanoIzumi MoriShigeki Yamaguchi
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2020 Volume 60 Issue 11 Pages 795-798

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要旨

37歳男性.頭痛でブロムワレリル尿素(Bromvalerylurea,以下BUと略記)を最大2,400 mg/日,11年間内服継続し歩行困難で入院した.皮疹,るいそう,認知機能,知能,注意機能低下,筋力低下,下肢振動覚低下あり.頭部MRIでびまん性脳萎縮,末梢神経伝導検査で神経伝導速度,活動電位低下を呈した.血中BU検出,ブロム高値で慢性BU中毒と診断した.BU服薬中止,補液で神経症状,皮疹は軽快し,末梢神経伝導検査所見も改善した.慢性BU中毒の末梢神経障害例の既報告は少なく,今回既報告例を交え報告する.

Abstract

A 37-year-old man who had been on bromvalerylurea (BU) medication for 11 years at a maximum dose of 2,400 mg per day for headache therapy was admitted to our hospital due to gait disturbance. He had weight loss and exanthema all over his body. Cognitive dysfunction, intellectual deterioration, attention disturbance, decreased muscle strength, and decreased vibratory sense in the lower limbs were observed. Brain MRI showed diffuse brain atrophy, and a peripheral nerve conduction examination revealed decreased nerve conduction velocity and action potential amplitude in the extremities. We diagnosed him with chronic BU intoxication based on pseudohyperchloremia, BU detected in the blood, and bromide elevation. By discontinuing BU and performing intravenous infusion, neurological symptoms and exanthema were improved, and peripheral nerve conduction examination findings also improved. There are few reports of peripheral neuropathy cases of chronic BU intoxication; herein we report one such case along with previously reported cases.

はじめに

ブロムワレリル尿素(Bromvalerylurea,以下BUと略記)は,20世紀初頭より催眠鎮痛剤として用いられ1,本邦ではかつて自殺目的で多用された.太宰治が自殺に用いたことでも知られる.現在でも一般用医薬品(ナロンエース®,ウット®など)で配合薬が入手可能である.BUは代謝産物のブロム(Bromide,以下Brと略記)がClチャネルを障害1することで抑うつやせん妄,幻覚などの精神症状や,視覚障害,脱力のような神経症状など様々な中毒症状を生じ,脳萎縮などの器質性変化を呈しうる.今回,我々は,可逆性の末梢神経障害を生じた症例を経験した,貴重な症例と考え報告する.

症例

症例:37歳男性

主訴:歩行困難

生活歴:喫煙,飲酒なし.

既往歴:特記事項なし.

家族歴:母親がBasedow病.

現病歴:発育歴正常.国立大学経済学部卒.2001年に慢性頭痛でナロンエース®(イブプロフェン,エテンザミド,無水カフェイン,BU)服薬開始.BUを最大で1日服用量の4倍の2,400 mg/日内服し継続した.2015年に下肢脱力,バランス不良を自覚し,2018年3月に皮疹が出現した.入院1週間前に倦怠感,食欲低下で食事摂取不能となり,ナロンエース®を服薬中止した.前日に歩行困難となり同年6月某日に当科受診,同日入院した.

入院時現症:右利き.意識清明.発話流暢.四肢体幹に不定形の皮疹の散在,るいそうあり(身長174 cm 体重52.1 kg BMI 17.2).脳神経に異常なし.項部硬直なし.MMT 頸部伸筋,屈筋,僧帽筋,三角筋,上腕二頭筋,三頭筋,手関節伸筋,屈筋 左右5 握力 右23.3 kg/左9.3 kgで低下.下肢MMT 腸腰筋 右左4 大腿四頭筋 右左3 大腿屈筋 右左4 前脛骨筋,腓腹筋 右左5 Gowers徴候あり.Lasegue徴候なし.四肢腱反射正常,左右差なし.Babinski徴候 両側屈曲.感覚系:痛覚低下なし 振動覚 足関節内顆 右8秒/左11秒で右低下.両下肢拇指で位置覚正常.指鼻試験は右左正常.踵膝試験は脱力で施行困難.膀胱直腸障害なし.開眼で立位保持困難.

検査所見:末梢血:異常なし.生化学:CK 243 U/l,LDH 399 IU/lで軽度上昇.K 2.2 mEq/l,Cl 115 mEq/lで低K,高Cl血症あり.IgG 548 mg/dlで低下.M蛋白血症なし.抗ガングリオシド抗体,各種膠原病,甲状腺抗体陰性.Wa氏・HBs・HBc・HCV陰性.髄液:水様透明,圧 初圧125/終圧75 mmH2O,細胞,蛋白,糖,IgG index異常なし,OCB陰性.薬物:BU濃度0.523 μg/ml(GS-MS/MS定量分析)Br血中濃度(イオンクロマトグラフィー法)159.52 mg/dl

頭部MRIでびまん性脳萎縮,脳血流SPECTで小脳主体のびまん性血流低下を認めた(Fig. 1).

Fig. 1 MRI and SPECT (Tc-ECD) on admission.

A, B, and C: Diffuse cerebral atrophy observed on brain MRI (T1-weighted images). D: Cerebellum-based diffuse hypovolemia observed on SPECT (Tc-ECD) of cerebral blood flow

末梢神経伝導検査:各運動/感覚神経で伝導速度低下あり.尺骨神経運動神経,腓腹神経感覚神経で潜時延長あり.腓腹神経感覚神経で神経活動電位の低下あり.尺骨神経,脛骨神経F波で潜時延長あり(Fig. 2).

Nerve Conduction Study (Right): Day 1 (※: reference value)
Day 1 MCS-DL (ms) CMAP (mV) MCV (m/s) F-latency (ms) F-frequency (%) SCS-DL (ms) SNAP (μV) SCV (m/s)
Median N 3.84 (※<4.0) 8.93 (※>3.5) 45.9 (※>48) 29.1 (※<30) 81 (※>60) 3.4 (※<3.5) 40.4 (※>20) 42.6 (※>47)
Ulnar N 3.46 (※<3.0) 9.03 (※>2.7) 47.2 (※>50) 30.5 (※<30) 81 (※>70) 2.88 (※<3.1) 25.3 (※>18) 38.2 (※>44)
Tibial N 5.45 (※<5.7) 12.37 (※>2.9) 38.5 (※>41) 58.0 (※<50) 100 (※>90%)
Sural N 3.74 (※<3.1) 3.6 (※>10) 37.4 (※>45)
Nerve Conduction Study (Right): after 5 months (※: reference value)
MCS-DL (ms) CMAP (mV) MCV (m/s) F-latency (ms) F-frequency (%) SCS-DL (ms) SNAP (μV) SCV (m/s)
Median N 3.06 (※<4.0) 12.12 (※>3.5) 50.8 (※>48) 28.1 (※<30) 75 (※>60) 2.62 (※<3.5) 30.8 (※>20) 57.3 (※>47)
Ulnar N 2.28 (※<3.0) 18.5 (※>2.7) 54.7 (※>50) 28.7 (※<30) 94 (※>70) 2.04 (※<3.1) 28.5 (※>18) 58.8 (※>44)
Tibial N 4.15 (※<5.7) 15.24 (※>2.9) 42.0 (※>41) 57.6 (※<50) 100 (※>90%)
Sural N 2.98 (※<3.1) 15.6 (※>10) 47.0 (※>45)

経過:BU服薬中止を継続,補液を施行した.入院3日目に下肢MMTは正常化し,歩行可能となった.ふらつきがあったが,入院6日目に消失した.握力は徐々に改善し,入院22日目に右27.9/左23.6 kgとなった.低K血症はK補充で入院8日目に正常化し,高Cl血症は入院19日目に正常化した.同日に下肢振動覚の正常化を確認した.皮疹も徐々に消退した.入院第7日目MMSE:26/30で軽度認知機能低下,入院第11日目Kohs立方体試験:I.Q. 78.で知能低下,TMT-A 101.4秒(30歳代 平均70.9秒)TMT-B 111.1秒(30歳代 平均90.1秒)で注意障害を呈したが,入院19日目の再評価では正常化した.入院22日目に退院し,以後悪化なし.退院5か月後の頭部MRI,脳血流SPECTは入院時と著変なし.末梢神経伝導検査では入院20日目の再評価で上肢の運動神経,感覚神経伝導速度の改善傾向を呈し,退院5か月後には上下肢での神経伝導速度,腓腹神経感覚神経の神経活動電位の正常化を認めた.各運動神経の活動電位も改善した(Fig. 2).

考察

BUは,20世紀初頭より催眠鎮痛剤として用いられ1,本邦では昭和30年代頃に自殺目的で多用された.現在は使用頻度は減少したが,一般用医薬品(ナロンエース®,ウット®など)で配合薬が入手できる.本例では服薬中止約8日後の検査で,体内半減期2.5時間2のBUを中毒域の5 μg/ml3以下であるが血中より検出し,体内半減期12日間2の血中Brの血中濃度は慢性中毒を呈する80 ml/dl4を上回った.BUの代謝産物のBrは細胞外液,筋肉や神経組織などでClチャネルを障害し1.偽性高Cl血症,皮疹,やせ,抑うつ気分,刺激性,せん妄,幻覚,視力低下,眼球運動障害,錐体路障害,末梢神経障害など24)~89を呈する.細胞代謝の障害で大脳皮質の神経細胞変性,錐体路の脱髄や小脳Purkinje線維の脱落7などを生じ,脳萎縮2610に至り不可逆的となる可能性がある2.本例では脳萎縮は残存したが,神経症状は補液にて短期間で改善した.既報告例でも短期間に症状が回復した脳萎縮併発例10があり,器質的変化を呈しても無症候性であれば,Br濃度低下で早期に機能回復する可能性がある.慢性Br中毒の末梢神経障害の既報告は少ないが,神経伝導検査で下肢優位の運動および感覚神経の伝導速度,活動電位低下を呈し,慢性Br中毒による大径有髄線維の一様な減少を神経生検で認め,歩行障害が残存した例をAraiら8が,神経伝導速度,歩行障害が改善した例を山角ら9が報告している.末梢神経では髄鞘および軸索にてBrのため広範に機能低下し,神経伝導速度,活動電位が低下したと考えられる.本例は近位有意に下肢筋力低下を生じ,Araiらの症例でも低Kを併発し下肢の近位,遠位に筋力低下を生じたことから,筋力低下は,低Kの影響やBrによる筋障害も併発した可能性がある.Araiらの症例では,服薬中止時のBr濃度は本例の約10倍の1.52 g/dlであり,より高度な障害を生じ不可逆的変化に至ったと推察される.慢性Br中毒では末梢神経障害の併発に留意すべきである.

Acknowledgments

謝辞:本症例の血清の定性定量解析にご協力いただきました昭和大学 法医学講座 李暁鵬先生,東邦大学 法医学講座 黒崎久仁彦先生,東邦大学 法医学教室 長谷川智華先生に深謝いたします

Notes

本報告の要旨は,第226回日本神経学会関東・甲信越地方会で発表し,会長推薦演題に選ばれた.

※著者全員に本論文に関連し,開示すべきCOI状態にある企業,組織,団体はいずれも有りません.

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